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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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45/62

45:重装令嬢とキラキラしたお姫様Ⅲ


 一人一部屋用意された客室は見事としか言いようがなく、大きなベッド、立派な調度品、飾られている絵画、どれもが一目で高価とわかる。平時であれば、モアネットはこの豪華さを前に感嘆の吐息を漏らしただろう。

 だが今は広い部屋に通されても何一つ感情は湧かず、ぼんやりと部屋の中を見回した。

 机の上にはモアネットとジーナの荷物がまとめて置かれている。屋敷の者達は荷をどう分けていいのかわからず、ひとまず男・女と分けて部屋に運んだのだろう。


「私とジーナさんの荷物、分けなきゃ……」


 そうモアネットがポツリと呟き、テーブルの上の荷物へと手を伸ばした。

 もっとも、分けなきゃならないとわかっていても気持ちは切り替えられず、荷を分けるというよりは上の空でただ鞄を眺めているだけに近い。

 そんな中、コンコンと軽いノックの音が室内に響いた。鞄に向けていた視線を扉に向け、ゆっくりと椅子から立ち上がる。扉へと向かう自分の動きは酷く緩慢で、まるで心を置き去りにして体だけ動いているようではないか。

 意識も心も体も、何もかもちぐはぐだ。


「……パーシヴァルさん」


 扉を開ければ、別室に案内されたはずのパーシヴァルの姿。

 まだ先程の話を引きずっているのだろう表情はどこか硬いが、それでも彼は穏やかな笑みを取り繕い、片手に持っていた箱を軽く揺らしてみせた。白一色の箱には『救急用具』の文字。


「モアネット嬢、手当てをさせてくれ」

「手当て……?」

「あぁ、王宮で魔術を使うときに手を傷つけただろ」


 それを、と話すパーシヴァルに、モアネットが小さく頷いた。

 確かに、王宮で魔術を使うために深く手を傷つけた。あの後は落ち着く暇なく応急処置しかしていない。それも、軽く拭ってハンカチで手を巻いて……という雑にも程がある処置だ。

 おかげで未だにジワジワと痛みが響いている。もっとも、今はもう手の痛みなど気にかけるものではない。それ以上に心が痛む。

 だがそんなことを言えるわけがなく、モアネットは彼に礼を告げて救急用具の入った箱を受け取ろうとし……部屋に入る許可を求められて兜の中で目を丸くさせた。


「俺が手当てをしたい。……駄目か?」

「駄目です」

「即答だな」

「だって手当てをするなら、手甲を外さなきゃいけないじゃないですか」


 呟くようにモアネットが視線を逸らす。

 いくら手だけとはいえ肌を晒すことが怖い。全てが魔女の呪いと知った今でさえこれなのだ。己に憐れみさえ抱いてしまう。

 だがそんなモアネットに対し、パーシヴァルは僅かに瞳を細め、次いでそっとモアネットの手を掴んできた。


「部屋を暗くするし、極力見ないようにする」

「でも……」

「『醜い』なんて思わない、約束する」


 パーシヴァルの声は宥めるように深い。まるで鉄を擦り抜けて耳元で囁かれているかのような感覚に、モアネットが己の手元に視線を落とした。

 ジワジワと滲むような痛みを訴えているのは手甲の中の手だ。鉄越しでは傷の深さも分からず、パーシヴァルがいくら手甲を握ってきても肌の感触も熱もなにも伝わってこない。そんな手甲を見つめ、モアネットが僅かに迷い……そして応じるように彼を部屋へと招いた。



 彼を部屋へ通し、向かい合うように椅子に腰掛ける。

 そうして片手を差し出してくるパーシヴァルに促され、モアネットが手を伸ばした。

 …………手甲のまま。

 ちょこんと彼の手の上に乗せれば、「モアネット嬢」という一言と共にコンコンと指先で鉄の手を叩かれた。


「……わ、分かってますよ。でも心の準備が必要なんです」

「ん、それなら待ってる」


 そう告げてくるパーシヴァルの言葉に、モアネットが手甲を己の胸元へと戻した。

 鉄と鉄が触れるカチンという高い音は普段から聞いているはずなのに、今だけは心臓に響き鼓動を速めていく。落ち着かない、落ち着けるわけがない。

 それでもそっと手甲を引けば、隙間から肌色が覗いた。

 顔でもない、体でもない、手だけだ。それなのに恐怖とさえいえる緊張が湧きあがり体中を支配していく。冷汗が鎧の中の背中を伝い、このまま手甲を嵌めなおしてしまいたい衝動に駆られる。

「醜い」というかつてのアレクシスの言葉が脳裏を過る。だがあの言葉も……と、そうモアネットが己に言い聞かせ、ゆっくりと手甲を外した。

 自分の手が、銀色ではない肌色の手が視界に映る。


 ……あぁ、マニキュアが剥がれている。


 そんな場違いなことを考えてしまうのは、緊張のあまりだろうか。

 心音が体中を巡るように木霊する中、それでもモアネットがそっと己の手を、手甲に包まれていない己の手をパーシヴァルに差し出した。

 恐る恐る、時には躊躇うように手を止める。その動きは緩慢と言えるほどに遅いが、パーシヴァルは急かすことも無理に手を取ることもなく、先程と変わらず片手を差し出して待ってくれている。


 その手に、大きく男らしい彼の手に、モアネットの手がそっと触れた。


 緊張と、手を晒すだけでこれほどに緊張する己への憐れみと、行き場の無いやるせなさが綯い交ぜになる。

 そんなモアネットの胸の内を察してか、それとも触れる手が微かに震えていることに気付いたのか、パーシヴァルは至極平然とした態度で手元の救急用具を手に取った。

 それどころか「沁みたからって魔術を発動させないでくれよ」と冗談めいて言ってくるのだ。もちろん、モアネットを落ち着かせるためなのは言うまでもない。


「そ、そんなこと言って……パーシヴァルさんに魔術を使っても、き、効かないじゃないですか……」

「あぁ、そうだった。それなら遠慮なく包帯を締め付けられるな」

「そんなことしたら、レンガで殴ってやる……」


 パーシヴァルの冗談に上擦った声ながらに返す。

 包帯を締め付ける等と、なんて酷い手当てだろうか。だけど……とモアネットが己の手に視線をやった。彼の片手が震える自分の手を支え、器用に傷を手当てしていく。

 言葉に反してその動きの、そして支えてくれる手のなんて優しいことか……。

 まるで一級の細工品を扱うかのような彼の触れ方が擽ったく、モアネットが兜の中で瞳を細めた。

 ほんの少し高い彼の体温が肌を通して伝ってくる。掴むでもなく乗せるに近い手の重なり、それでも包まれているような感覚を覚えるのは、パーシヴァルの手が大きいからか。


 ……あぁそうだ、誰かに触れるって温かかったんだ。


 そんなことを思い出す。

 それと同時に沸くのは、そんなことすら忘れてしまった自分への憐れみ。あの日から人前に出ることを恐れ、己の姿を隠し、果てには全身鎧を纏った。そんな哀れな人生だったのだ、人の肌の感触も温かさも過去の思い出でしかなかった。

 自虐にすら昇華できない憤りが胸の内で渦巻き、モアネットが堪えきれず瞳を閉じた。兜を被っていて良かった、そう今の己の表情を想像して思う。


 そうして手当てが終わり、パーシヴァルの手がそっと離れていく。

 丁寧に巻かれた包帯を一瞥し礼と共に手甲を嵌めれば、妙にヒンヤリとした冷たさを感じた。


「夜になったら包帯を変えよう」

「……はい」


 ギシと兜を頷かせて返せば、パーシヴァルもまた頷き……次いで深く溜息を吐くかのように「全て魔女の呪いか」と呟いた。


「……はい。全て(・・)、です」

「そうか」


 どこまでか(・・・・)は口にしないパーシヴァルに、モアネットもまた明確なことは告げずに答えた。


 全て、だ。

 全てがエミリアの、彼女の願いを叶えるための魔術によるものだった。

 アレクシスの不運の呪いも、モアネットが古城に篭ったことも……。


 そして、全身鎧を纏うようになったことも。

 あの日の、アレクシスの言葉さえも……。



『お前みたいな醜い女と結婚なんかするもんか!』



 そうかつて聞いた、そして今日に至るまでモアネットを全身鎧に閉じ込めた言葉が蘇る。

 まるで今この瞬間に幼いアレクシスが目の前に現れて告げてきたかのように鮮明に、あの時の彼の姿も、全てがまだモアネットの記憶の中にこびりついている。


 あれも全て魔術によるもの。

 エミリアが『キラキラしたお姫様』になるための第一歩。


 ならばこの全身鎧を纏った重装令嬢の人生は、いったい何だというのか……。


 そうモアネットが呟き、そっと己の手甲を撫でた。

 鉄が擦れる音がする。銀一色の手甲……それを見つめていたモアネットが兜の中でパチンと瞳を瞬かせたのは、銀一色の手に肌色が掛かったからだ。

 先程までモアネットの手を直接包んでいた大きな手が、今度は手甲を握っている。もちろん、パーシヴァルだ。

 兜を上げて彼を見れば、碧色の瞳がジッとこちらを見つめている。


「全てが魔女の呪いでも、俺の気持ちは変わらない。貴女に呪われたい」

「パーシヴァルさん、でも……私が貴方を呪う理由はありません」


 パーシヴァルがモアネットに抱いていた罪悪感は、『平穏に暮らしていたモアネットを巻き込み、古城から無理に連れ出した』というものだ。

 だがその『古城での平穏な暮らし』自体がエミリアの魔術による飼い殺しでしかなく、パーシヴァルは巻き込んだところか実際にはモアネットを救い出した。

 つまり彼がモアネットに呪われる理由は無い。それを訴えれば、パーシヴァルが柔らかく苦笑を浮かべた。


「それでも俺の気持ちは変わらない。俺を呪ってくれ」

「……そもそも、パーシヴァルさん(魔女殺し)を呪うなんてどんな魔女にも出来ませんよ」

「それじゃレンガに似たもので殴ってくれ」

「レンガに似たものって……」


 いったい何で殴れというのか、そうモアネットが兜の中で苦笑を浮かべた瞬間、パーシヴァルがゆっくりと身を寄せ……、



 両腕を広げ、まるで包む様に抱きしめてきた。



「……パーシヴァルさん?」

「モアネット嬢、あ、貴女は……その、良い魔女だ」

「……え?」

「凄く、その……可愛くて、素敵な魔女だ。俺は貴女に呪われたい。……叶うなら、ずっと」


 しどろもどろなパーシヴァルの言葉に、彼の腕の中でモアネットが身を捩ってその顔を見上げる。

 真っ赤な頬と戸惑いを隠し切れない視線。言い淀んでは「良い魔女だ」と口にし、またムグと噤んでは意を決して「素敵だ」と褒めてくる。それでも腕は離すまいと抱きしめ、鎧の背を優しく撫でてくる。

 まるで寝ぼけている時のよう……と。そう考えてモアネットが彼の名前を呼ぼうとした瞬間、それよりも先に「モアネット嬢」と名を呼ばれた。


「モアネット嬢、俺は今寝ぼけてる」

「……パーシヴァルさん」

「だからこれは『寝ぼけた俺の迷惑な行為』でしかないから、深く考えなくていい」


 だから、と宥めるような深い声色のパーシヴァルの言葉に、モアネットが兜の中で視線を逸らした。

 だから、どうしろと言うのか。

 その一言を告げられたら、今この瞬間まで必死になって耐えてきたものが一瞬にして崩壊してしまいそうな気がする。強がって平静を取り繕って、冗談と軽口でひた隠しにしていた、胸の奥にある素直な感情。

 人前で晒せるはずがない、そうモアネットが自分に言い聞かせてパーシヴァルの腕の中で身じろぐも、彼の腕が更にきつく抱きしめてきた。


「パーシヴァルさん、離して……」

「俺は寝ぼけてるんだ。十五分待ってくれ」

「そんな、本当は寝ぼけてなんか……」

「泣かないでくれなんて言わない。だけど一人で鎧の中では泣かないでくれ。モアネット嬢、どうか今泣いてくれ。寝惚けた俺は、貴方を絶対に離さないから」


 そう促すような言葉を聞き、モアネットが兜の中で瞳を見開かせた。泣いてくれ、と。彼の言葉が兜の中に、モアネットの胸の中に溶け込んでいく。

 緩やかに溶けて、鉄のように固めて鎧で覆った本音を溶かしていく。しっかりと抱きしめてくる彼の腕は、そんな溶け落ちた本音を受け止めようとしているかのようだ。

 あぁ、駄目だ……。と、そうモアネットが己の胸のうちに湧いた感情が溢れだすのを感じ、鉄の手でパーシヴァルの服を掴んだ。 


 そして、長く、それこそ全てが始まったあの日から、誰にも言えず己の中だけで叫び続けていた言葉を吐露するように口にした。



「辛いよぉ……」


 と。

 その声は酷く掠れて弱々しく情けなく、兜の中でか細く響いて消える。

 それでもきつく抱きしめるパーシヴァルには届いたのだろう。彼の腕に力が入るのが分かった。


 それでも、鎧の中では抱きしめられる感覚は伝わってこない。背を撫でる彼の手の動きも、彼の熱も、何もかも、鉄越しでは分からない。

 それがまた辛く、そして辛いと思っても鎧を脱げない自分が惨めで、モアネットが嗚咽をあげると共に泣き出した。



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