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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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41:重装令嬢の勘違いと魔女殺し

 

 互いの覚悟を確認し合うようにジッと向き合い、次いでアレクシスがパーシヴァルに視線をやった。

 先程のやりとりから二人の覚悟を察したのだろう、彼もまた真剣みを帯びた表情を浮かべている。そうして彼はアレクシスが申し訳なさそうに眉尻を下げて名前を呼ぶや、その先を言わせまいと遮るように言葉を被せた。


「まさか、騎士の称号や家名のために戻れなんて言いませんよね」

「……パーシヴァル」

「貴方を王宮から連れ出した時から、俺は除名も勘当も覚悟していました」


 そう苦笑しながらパーシヴァルが話す。

 彼もまた今回の件で全てを失いかけているのだ。誰もが信じ込んだ不貞の噂をたった一人で疑い続け、魔女の呪いだと言い出した。そうして周囲の言葉を無視してアレクシスと共に城を抜けだしたのだ。

 その挙句に王の眼前で自ら騎士の称号を捨てることも厭わないと豪語したのだから、傍から見ればパーシヴァルの行動は騎士としてあるまじき行為、国に対しての裏切りと言われても仕方ないだろう。


 騎士の称号は当然だが剥奪され、体裁の為に家系からも名を消される……。


 そんな可能性も全て考え、それでもアレクシスを針の筵である王宮から連れ出したのだ。そうパーシヴァルが話せば、アレクシスが表情を緩めて謝罪ではなく感謝の言葉を返した。

 そんな二人のやりとりを眺めるオルドの表情は妙に楽し気で、細められた瞳と弧を描く口元は良からぬことを企んでいると言っているようなものではないか。


「魔女が二人に、脱良い子ちゃんの王子が一人、それに無職が一人か……。仕事放って来たかいがあったな」

「む、無職!?」

「当たり前だろ。騎士の称号が無くなったらお前はなんだ?」

「うっ……む、無職です……」


 ぐぬぬと唸るパーシヴァルに、その態度こそ面白いと言いたげにオルドが笑う。そのうえ「雑用係くらいにはしてやる」とまで言い出すのだからよっぽどである。

 だが事実、騎士の称号を捨て、さらに家からも除名されかけているパーシヴァルには『魔女』や『王子』のように名乗るものはない。本人もそれを自覚しているのか、それともこの状況下でオルドに反論すべきではないと考えているのか、悔しそうに唸るだけだ。

 そんなパーシヴァルをモアネットがジッと見つめ、次いで鎧越しに己の胸元に視線をやった。

 悔し気な彼の表情を見るのは気分が良かったはずなのに、どういうわけか今はちっとも嬉しくない。心の中の祝砲もあがらず、それどころか胸の内がもやもやと渦巻いて自然と眉間に皺が寄ってしまう。

 そんな不可思議な感覚を覚えつつ、楽しみ足らないのか追い打ちを掛けようとするオルドに待ったをかけた。


「オルド様、パーシヴァルさんは無職じゃありませんよ」

「……モアネット嬢、今本気で傷ついてるから追撃は許してくれ」

「追撃なんてかけませんよ。むしろ、オルド様が魔女(私達)を利用するのならパーシヴァルさんは何より強い切り札になります」


 まるでパーシヴァルを庇うような己の発言に、モアネットは己の胸の内が分からないと思いながらも話を進めた。

 隙あらば彼をけちょんけちょんにしたい気持ちに変わりはないが、かといってオルドが彼をけちょんけちょんにしても気分は晴れない。それどころか、まるで胃もたれを起こしているようではないか。

 これも魔女の気まぐれなのか。だとするとなんとも不便ではないか。そんなことを考えつつモアネットがパーシヴァルに視線をやった。

 いまだ己が何かを分かっていないのだろう、碧色の瞳が不思議そうにこちらを見てくる。


「パーシヴァルさん、私が王宮で魔術を使ったとき、みんな伏せたのにパーシヴァルさんは立っていられた。どうしてか分かりますか?」

「……そうだ。確かにあの時、俺は立っていた。皆呻いていたが何も感じなかったんだ。コンチェッタも居なかったのに。どうして……」

「理由はただ一つです」


 そうモアネットが告げれば、パーシヴァルが考えを巡らせるように視線を他所に向けた。あの瞬間を思い出しているのだろうか、それとも今までのことも含めて記憶を反芻しているのか、碧色の瞳がゆっくりと揺らぐ。

 そうして彼もまた結論に辿り着いたのだろう、瞳を見開くと共に息を呑んで顔を上げた。それに合わせて、モアネットが答えを突き付けるため口を開く。


「まさか、これが恋のちか」

「パーシヴァルさんが魔女殺しだからで……え、今何か言い掛けました?」

「ん゛っんぅ! いや何でもない、話を続けてくれ。俺が魔女殺しだからで……俺が魔女殺し?」


 妙な咳払いのあとに一転して目を丸くさせるパーシヴァルに、モアネットが肯定するように頷いて見せた。一瞬彼が何かを言いかけていたが生憎と自分の声と被さってしまって聞こえなかったが、まぁ本人が「何でもない」と言っているのであえて問う必要も無いだろう。

 なにより、今は彼が魔女殺しという件についてだ。

 見ればパーシヴァルはもちろんアレクシスも唖然とし、オルドもまた驚きを隠せずにパーシヴァルに視線を向けて「魔女殺し……」と呟いている。

 だがジーナだけは驚いた様子も無く、どこかツンと澄ました表情で己の膝に戻ってきたコンチェッタを撫でていた。その仕草を見るに、きっと彼女は既に気付いていたのだろう。


「だがモアネット嬢、魔女殺しはもう居ないって……」

「はい。魔女殺しは途絶えたものだと思っていました。でも、それはあくまでたった一冊本を読んでそう思い込んでいただけのこと。ジーナさん、本当は魔女殺しは途絶えていなかったんですよね?」

「えぇ、そうよ。元々魔女殺しは魔女(私達)と違って血筋に宿るものじゃない。ある日突然、なんの前触れも無く生まれるもの。だからこそ、魔女は魔女殺しを減らすことはできても途絶えさせる事は出来ないの」


 そう話すジーナに、モアネットがやはりと心の中で呟いた。

 モアネットが読んでいた本には、魔女殺しの生まれについては書いていなかった。『魔女殺し』と名前が着くに至った事件と、そこからの長い闘い、そしていかに魔女が残酷に彼等を狩っていったかを綴っていたのだ。

 それも随分と魔女に偏った書き方で、資料というには聊か脚色めいた部分も目立つ。娯楽を目的とした本と言えるだろう。モアネットはそれ一冊しか持っていなかったのだ。


 そしてその本に魔女の『魔女殺し狩り』がぱたりと止まったことが書かれていた。だからこそ、モアネットは魔女が『魔女殺しの最後の一人』を殺し根絶やしにしたと勘違いしてしまったのだ。

 一族郎党皆殺しにすれば以降は生まれないものだと、血筋に宿る魔女(自分達)に寄せて考えていた。

 本当は『魔女殺しの最後の一人』を殺したのではなく、『当時の魔女が見つけられた、当時生きていた魔女殺しの最後の一人』に過ぎない。その後も魔女殺しは生まれ、そして気分屋な魔女達は彼等を狩ることに飽きてしまっただけなのだ。


『魔女殺しはもう居ない』と勝手に思い込み、だからこそパーシヴァルが魔女殺しであるとに気が付かなかった。だが思い返してみれば、彼に魔術が効かなかったことが何度かあったではないか。

 もっと早く気付けばよかった。そう自分の思い込みと迂闊さをモアネットが心の中で悔やんでいると、パーシヴァルがようやく理解したのか「俺が」と呟いた。


「俺が魔女殺し……だから魔女の呪いも効かなかったのか……」

「全ての魔術を弾くのが魔女殺しです。今後どんな魔女が来ようと、パーシヴァルさんに魔術を掛けることも呪うことも……」


 出来ないと言い掛け、モアネットがとあることに思い至り声色を一気に落とした。

 パーシヴァルが魔女殺しであることは間違いない。魔女の魔術が効かない魔女殺し。過去も、今も、これからも、彼を呪える魔女は居ない。

 それは長く続く魔女の家系であるアバルキン家も例外ではなく、ジーナが癪だと言いたげな声色で「私にも無理だわ」と肩を竦めた。


 どんな魔女も魔女殺しは呪えない。

 全てが終わっても、モアネットはパーシヴァルを呪えない。



「……なにが『全て終わった暁には俺を呪い殺してくれて良い』ですか。魔女殺しじゃ呪えないじゃないですか。嘘吐き」

「モアネット嬢!?」

「騙された。パーシヴァルさんの大嘘吐き」


 ふんとそっぽを向いてモアネットが近くにあったクッションを手繰り寄せる。

 そうして最後に「魔女殺しは魔女の敵です」と言い捨ててクッションに倒れ込むように身を預ければ、パーシヴァルが慌てて名を呼んできた。


「モアネット嬢、俺も知らなかったんだ」

「知らなかろうが何だろうが、呪えないのは事実。パーシヴァルさんは嘘吐きです」

「それなら呪いじゃなくて直接くればいい。全てが終わったら、俺をレンガで殴ってくれ」

「やですよ。犯罪者になる」


 ぴしゃりと言い切り、モアネットが兜をクッションに埋めた。相変わらず胸の内の靄がぐるぐると渦を描いているのだ。パーシヴァルの声を聴くと余計に渦が加速する。

 だからこそモアネットがクッションに兜を埋めて『もう話さないアピール』をすれば、それが分かってパーシヴァルがどうしたものかと焦り、果てには「それならレンガに似たもので殴ってくれ」と謎の妥協点を提案してくる。

 先程まで漂っていた決意と緊迫の空気をぶち壊すこのやりとりに、呆れ交じりの苦笑を浮かべていたアレクシスが「そういえば」とふとモアネットに視線を向けた。


「そういえば、パーシヴァルが魔女殺しだとすると、もしかして湖畔のおとっ……!」


 言い掛けたアレクシスの言葉を途中で止めたのは、今回もまたジーナである。もちろ、詳しく言うのであればジーナのパンだ。


ふぃ()ふぃいな、ふぁにを(ジーナ、なにを)……」

「あら、何でもないのよ。ほらコンチェッタ、お食べなさい」


 コンチェッタを揺り起こしパンを食べるように差し向けるのは、言わずもがな口封じである。それを察して、アレクシスが渋々とパンを咥えたままコンチェッタを抱きかかえた。

 何も言わないのはジーナからの圧力を感じているからと、そして喋ろうとするとパンが揺れてコンチェッタが「ヴー(食べにくい)」と唸るからである。魔女と使い魔に挟まれて、アレクシスが無抵抗を訴える代わりに瞳を閉じた。



 そうして馬車の中には、クッションに兜を埋めて「嘘吐き、大嘘吐き」と繰り返すモアネットと、そんな彼女をどう宥めて良いのか分からず困惑するパーシヴァル。そしてコンチェッタのパン支え係と化しているアレクシスと、余計な発言は許すまいと威圧感を漂わせつつ優雅に微笑むジーナ……。

 国を追われたとは思えない間の抜けた光景に、オルドが「良いものを拾った」とニンマリと笑った。



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