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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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40/62

40:たとえ全てが魔女の呪いでも

 

「良いかアレクシス、世界中を探したって魔女を味方につけてる王族は居ない。これが何を意味してるか分かるか?」

「よく分からないけど、味方は多いに越したことないってこと?」

「違う、馬鹿。お前がその気になれば、どの国が相手だろうとひと捻りってことだ」


 説明させるなとでも言いたげなオルドの口調に、アレクシスが先程より一層目を丸くさせた。彼にとって突飛過ぎる話なのだろう。頭上に疑問符が飛び交いそうなほどだ。

 そんなアレクシスを見かねたのか、ジーナが優雅に笑って「オルドの言う通りよ」と後押しした。そのついでと言わんばかりにパンをアレクシスの口に詰め込むのは、きっと「話が進まないから黙ってなさい」という事なのだろう。眠っていたはずのコンチェッタがカッ!と目を見開き、アレクシスに――正確に言うのならばアレクシスの口元のパンに――飛びかかる。

 パーシヴァルがそれを見て慌てて口元を手で押さえるのは、二の舞は御免だと沈黙を訴えているのだろうか。「何も言わないからパンは勘弁してください」そんな訴えが聞こえそうなほどだ。


 パン一つでこの場を支配する、これもまた魔女の手腕か。


 ……いや、違うだろうけれど。

 そうモアネットが自分の中で考えを否定していると、ジーナがアレクシスに視線をやった。

「そうねぇ」と焦らす口調はどこか楽し気で、彼を見る視線も柔く細まっている。


「たとえば、今オルドが『世界を牛耳るから力を貸してくれ』って言っても興味ないけど、アレクシスが『なんだか色々と疲れちゃったから、国を滅ぼして世界を牛耳りたいよ』って言ってきたら同行するわね」

「ジーナさんの中のアレクシス様、気力ないけど野心凄いですね」

「モアネット、そうなったら貴女どうする?」

「ジーナさんが行くなら私も行く」


 もちろんだとモアネットが即答すれば、膝に乗っていたロバートソンが徐に前の足を上げた。きっと彼も賛同しているに違いない。

 その姿にモアネットの胸が暖まり、そっと鉄で覆われた人差し指を彼に差し出した。人差し指とロバートソンの足が触れる、まるで心が通じ合っているようではないか。

 そのやりとりを見ていたジーナがモアネットの兜に手を添え、それどころかギュッと抱きしめてきた。ぐりぐりと頬を摺り寄せてくれるのは、自分を慕ってくれる新米魔女を心から愛でているのだろう。それが分かってモアネットが兜の中で笑みを零した。


 そしてこのモアネットとジーナの反応こそ、アレクシスが世界を引っ繰り返せる要因なのだ。

 アレクシスが決意すればジーナが面白半分とはいえ同行し、モアネットも親鳥の後を追う雛鳥のごとくジーナに付いてくる。結果的に見れば、アレクシスの背後に魔女が二人付いたことになる。

 本来魔女は王族の命令と言えど気分がのらなければ首を縦に振らないもので、それがここまで肩入れしているのはどの国にも前例がない。

 なにせ、この肩入れもまた魔女の『気まぐれ』によるものなのだ。誰も成り変わる事が出来ず、仮にアレクシスが自らの立場をオルドに譲ったとしても魔女は付いてこないだろう。


「俺からしてみれば、今のお前は兄貴より厄介な存在だ」


 そうはっきりと言い切るオルドに、アレクシスが未だ実感がわかないと言いたげに唖然とする。

 だがそんな彼に対してオルドは気遣うこともなく、それどころかさっさと話題を変えてパーシヴァルへと視線をやった。突然話を振られるとは思っていなかったのか、パーシヴァルが碧色の瞳を僅かに丸くさせて何を言われるのかと身構えた。


「ところで、なんでこの状況でパーシヴァルがアレクシスに付いてるんだ? そもそもこの状況はどういうことだ」

「いえ、それは、どうして俺だけなのかは自分でも分かりません。ですが全ては魔女の呪い……だから、陛下も国民も……」


 惑わされている、そう呟くパーシヴァルの声色は酷く沈んでいる。きっと王宮でのことを思いだしたのだろう。

 そんなパーシヴァルにも気遣ってやる気はないのか、オルドが話を聞くや「なんだ、あれは魔女が流したデマなのか」と答えた。酷くあっさりとしたその態度に、誰もが目を丸くさせる。

 オルドは合点がいったと言いたげで、それどころか己もまた騙されたとぼやき、そして魔女の呪いがいかに難解かを半ば褒めるように話している。――どことなく楽しそうなのは、言わずもがな魔女を自分の味方に引き込もうと考えているからだろう――


「叔父さん、僕の噂は聞いて……信じてたんだよね?」

「一部は調べりゃデマだと分かったが、出所の分からないもんは信じてたな」

「周りからはあんなに、騙されたとまで言われてたのに……」


 噂の一部とはいえ真偽を疑ってくれる人が居た、それがアレクシスにとって意外でしかないのだろう。

 そんなアレクシスに対し、オルドがジッと彼を見据え、そしてその肩に手を置いた。

 野性味あふれる瞳の王弟が、同じ色合いの瞳を持つ麗しい王子を宥める。その光景はなんとも様になっており、まるで絵画のようではないかとモアネットが感嘆の吐息を漏らし……、


「そもそも、俺はそこまでお前のことを信用してないし、高く評価もしてないからな」


 という一刀両断に瞳を細めた。


「……叔父さん、何一つ揺るがないね」

「兄貴の血を継いでるってだけで嫌悪が勝るし、そのうえお前みたいな良い子ちゃんの優等生はいけ好かない」

「今はもう叔父さんのそのお構いなしなところが心地良いぐらいだ」

「むしろ不貞の噂を聞いて『お、あいつもやるじゃねぇか』ぐらいに思ってたな」

「まさかの高評価! 僕は不貞なんて働いてないよ!」


 潔白だ!と訴えつつアレクシスが己の肩に置かれたオルドの手を払った。その際にオルドが発した「童貞か」という品の無い一言には、アレクシスは勿論誰もが無視である。


「僕は不貞も働いてないし隠し子もいない。国費だって使ってない!」

「なんだ、相変わらず良い子ちゃんの優等生か」

「……いや、もう以前の僕(良い子ちゃんの優等生)にも戻れない」


 つまらないと言いたげなオルドの言葉に、アレクシスが小さく呟くように返し、次いでモアネットに視線を向けてきた。

 兜越しに見る彼の瞳はどこか少し申し訳なさそうで、それでいて決意を宿したようにも見える。深い茶色の瞳がいつもより濃く思え、見つめられている圧迫感にモアネットがそれでも堪えるように彼を見据えて返した。

 何かを言いかけ、彼が僅かに瞳を細める。物言いたげなその仕草に促すように問おうとした瞬間、それよりも先に彼が名前を呼んできた。


「モアネット、僕はずっと君に謝り続けてきた。過去の非道を許してほしいと願って、そしていつか許して貰えるかもしれないと思って君に謝り続けてきた。もしも全て(・・)が魔女の呪いなら尚のこと、許しを得れるかもしれないと思ってた……」

「……アレクシス様」

「拒絶の言葉を口にして君を傷つけたのは間違いなく僕だ。これからも謝り続ける。だけどもう、許してほしいとは言わない。全てが魔女の呪いだったとしても、ずっと僕を恨み続けてくれ」


 そう告げてくるアレクシスの瞳には確固たる意志が宿っている。

 彼は事の発端を察し、そして察したがゆえに『魔女の呪い』という言い訳を捨てたのだ。

 何に対してか、考えるまでも無い。



「たとえ全てが魔女の呪いのせいだったとしても、僕は彼等を許せない。だから、僕は君に許してくれとは言わない」



 アレクシスの言葉は熱を帯びているようにさえ聞こえ、向けられたモアネットが兜の中で小さく息を呑んだ。

 彼は『魔女の呪い』という言い訳を捨て、かつての非道への許しを諦めた。己が『魔女の呪い』により受けた仕打ちを許せないからこそ、己もまた許されまいと決意したのだ。

 それに対してモアネットは僅かに俯き、少しだけ早まった呼吸を落ち着かせるように深く息を吐いた。


 脳裏に過ぎるのは両親と妹の記憶、平穏だった家族の時間、そしてそこからの転落……。

 せめて家族くらいはと抱いて打ち砕かれた期待、周囲の目に怯え埃臭い古城に逃げ込んだ惨めさ。何より辛かったのはアレクシスの言葉か? いや違う、辛かったのはあの一言を発端に全てが崩れたことだ。

 家族からたった一言でもあれば救われたのに、その一言は幼い時にも、それどころかいまだ聞こえてこない。


 自分もまた決めねばならない。そう決意し、モアネットが改めてアレクシスに向き直った。



「えぇ、勿論です。たとえ全てが魔女の呪いだったとしても、私も受けた仕打ちを許したりはしません」



 その言葉はアレクシスに向けてこそいるが、まるで彼に跳ね返り自分の鎧の中に、それどころか心臓に溶け込むようではないか。心臓に溶け込み、滲みだして体を巡り、まるで矢のように駆け抜けて記憶に浮かぶ家族を貫いていく。

 そんなことを考え、モアネットが再度深く息を吐いた。



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