39:厄介な王弟と世界をひっくり返す王子様Ⅰ
ひとまず身を隠すためにもと乗り込むよう促された馬車は豪華の一言につき、出された紅茶をジーナが満足そうに受け取った。モアネットもまた紅茶と砂糖を受取り、「こんなものしか無いが」と詫びる男にふるふると兜を横に降ってみせた。魔女は紅茶一杯でも良いのだ、というより普通に美味しい紅茶である。
ちなみにアレクシスとパーシヴァルはといえば、「てめぇらは水でも飲んでろ」と何も入っていない水を渡され、うんざりとした表情を浮かべている。のっけから扱いの格差が歴然ではないか。
男の名はオルド・ラウドル。王弟という立場であり、アレクシスの叔父にあたる。
本来であれば王宮から離れた地で暮らしているはずの人物に、アレクシスが頬を引きつらせながらも彼をモアネットとジーナに紹介した。ジーナが優雅に微笑んで返し、モアネットもまたギシと音をたてながら頭をさげる。
次いでチラと兜を上げてオルドの様子を窺った。やはりアレクシスに似ている、隣に座れば尚の事だ。
アレクシスを老けさせて、そこに威圧感と野性味を混ぜて体格を良くすればこうなるだろうか。あと根性を捻くれさせる必要もあるかもしれない。
言い過ぎと言うなかれ、なにせそれ程までの人物なのだ。
オルドは王弟でありながら己が国を継ぐことを渇望し、いつか玉座に座るのだと野心を抱いていた。……いや、野心を抱くどころか常にそのために行動をしていた。
第一王子である兄が正式に跡継ぎになる前から蹴落とそうと策略を巡らせ実行し、兄が正式に跡を継いで王になってもなお玉座を狙い、寝首を掻こうと励んでいたという。
「……13回目に寝首を掻こうとした時、さすがに親族一同の逆鱗に触れて僻地に追いやられたんだ。そこで大人しくなるはず……ってみんな考えたらしいんだけど」
そこまで語ってアレクシスが盛大に溜息をついた。その様子から、王族の期待に反して僻地に追いやられたオルドが全く大人しくしていなかったことが分かる。
なにせ彼が追いやられた僻地というのが、現状国内にありながらも独立している特殊な地域なのだ。それがオルドの統治下であるのは言うまでもなく、彼は追いやられるやいなやそこに住む者達を掌握し独立宣言をした。王どころか国に喧嘩を売ったのだ。
その厄介さといったらない。幼い頃は王宮から離れた地で過ごし、王宮に顔を出すやすぐさま鎧を纏って古城に篭ってしまったモアネットでさえ、彼の話は聞いたことがある。もちろん、悪い噂として。
「……事あるごとにこっちにちょっかいを出してきて、それでいて自分の土地には入らせない。みんな話す時は頭が痛いって言ってるよ」
「失礼だなアレクシス。俺だって流石に最近は寝首を掻くような真似はしないだろ」
「そこは誇るところじゃないよ……」
アレクシスが溜息交じりに返せば、オルドが若い頃の自分の行動を思い返してか小さく息を吐くと共に「俺も馬鹿だったよ」と呟いた。
その言葉に誰もがおやと彼に視線をやる。
茶色の瞳を細め、窓の外を眺めるオルドの姿には哀愁さえ感じさせる。かつての自分の愚行を恥じ、そして失ってしまった身内からの信頼を惜しんでいるのだろうか。その姿にモアネットが兜の中で小さくオルドを呼ぼうとし……、
「兄貴さえ殺せばいいと思ってたなんて、俺も馬鹿だったよ。玉座に座るためには、こっちの地盤も固めとかなきゃなんねぇもんな」
という言葉に兜の中で瞳を細めた。
どうやら人間はそうそう簡単に変わるものではないらしく、オルドは今だって王の寝首を掻く気満々なようだ。それどころか、自分の足元を固めてから国を引っ繰り返そうと考えているらしい。
これは大人しくなるどころか悪化の一途だ。
アレクシスが心底呆れたような表情を浮かべている。「そう言うと思ったよ」という彼の言葉は疲労を感じさせ、甥にまでこんな態度を取られるオルドの性格がよく分かる。
そんな彼はと言えば、向けられる呆れの視線にまったく気付いていないのか気付いたうえで無視しているのか――彼の性格を考えるに後者の可能性の方が高い――、自分の紹介は終わりだと言いたげに「それで」と話題を変えてしまった。
彼の表情がニヤリと悪どいものに変わる。
端正な顔つきのアレクシスや平時であれば気品の中に優しさを感じさせる陛下とは違い、顔の造りは似ているのに不思議なものだとモアネットがオルドに視線をやる。
「俺は一年前にお前達のとこに攻め込むつもりだったんだ。ところが国内は変な噂が蔓延って、お前の評価がガタ落ちときた。兄貴もお前も一気に蹴落としてやろうと考えてた俺の計画が台無しだ」
「……またさらっと酷いことを」
「そのうえ、一度様子見をしようと計画を練り直してたらこの騒ぎだ。お前が戻って来た混乱に乗じて兄貴を殺してやろうかとも思ったんだが、王宮に近付けば妙な気怠さが付きまとう。これは何かあるなと察してお前たちの後をつけたんだ」
「まさか僕達を助けるために……なんてことは無いか」
「あぁ、無いな。役に立つなら拾っても良いと思ってたが、役に立たないなら見捨てるつもりだった」
「だよね」
爆弾発言ばかりの話に、アレクシスもまた慣れたものだと言いたげに返す。そこに傷付いている様子は一切無い。
そんな二人のやりとりに、モアネットが兜の中で瞳を細めるどころか見ていられないと瞳を閉じた。オルドの厄介さは噂に聞いていたが、それを遥かに超えた厄介さではないか。
だがそんな厄介な男に今は拾われているのだ。
それを思えば、いったい何に巻き込まれるのかとモアネットの中で警戒の色が強まった。他でもないオルドだ。まさか善意で助けてくれたなんてことはないだろう。というか、現に『役に立つか否か』という基準で話している。
なんとも分かり易い男ではないか。その分かり易さは今のところ好意には繋がりがたいが。
「でも叔父さん、今の僕は役になんか立たないよ」
「アレクシス?」
「全部無くなったんだ、もう僕には何もない……。叔父さんにとって拾う価値も無い……」
家族から見限られたことを思いだしたのだろうアレクシスの声色は酷く沈んでおり、気持ちを察してパーシヴァルがそっと優しく彼の肩を擦ってやる。
そんなやりとりに対し、オルドが意外だと言いたげに瞳を丸くさせた。驚いたその表情はどことなくアレクシスに似ており、次いで彼はこちらに向くと、どういうわけか軽く頭を下げてきた。
モアネットがいったい何かと兜の中でキョトンとし、隣に座るジーナが優雅に笑う。
「良い子ちゃんで馬鹿な甥だと思っていたが、ここまで馬鹿とは思わなかった。申し訳ない」
そう話すオルドの口調は丁寧で、心から詫びていることが分かる。
だが謝られてもモアネットには何のことか分からずギシと首を傾げるしかなく、対してジーナは相変わらず優雅に笑ったままだ。彼女を見上げれば、その表情はこの謝罪に対して満更でもないと言いたげではないか。
次いでジーナはモアネットの視線に気付くとこちらを見下ろし、麗しい表情でパチンとウィンクをしてきた。楽し気な表情、心なしか彼女の膝に乗るコンチェッタも得意げに見える。
「まさか魔女を二人も味方につけて何も無いとは……」
「あら、気になさらないで。こういう扱いもたまになら良いものよ」
コロコロと笑うジーナの言葉に、アレクシスや彼を宥めていたパーシヴァルも視線をやる。
いったい何の話だと言いたげな二人の表情が更にオルドの呆れを募らせるのか、彼が吐く溜息は随分と深い。
日頃から呆れられる最たる存在である彼に今は呆れられているのだ、それがまた困惑と居心地の悪さを感じさせるのか、アレクシスが戸惑いを含んだ声色で叔父を呼んだ。
「叔父さん、何の話……?」
「今のお前は何も無いどころか、国も世界も引っ繰り返せるって話だ」
「僕が?」
聞きなれない言葉にアレクシスが首を傾げて問えば、それにもまたオルドが溜息をついた。
パーシヴァルもまた同様に、不思議そうな表情を浮かべている。いったいどうして、不貞の疑惑を掛けられ王宮を逃げたアレクシスが世界を引っ繰り返せるのか分からないのだろう。
そんな二人に対して、いち早くオルドの言わんとしていることに気付いたモアネットは兜の中で小さく「そうか」と呟き、次いでジーナと顔を見合わせた。
※オルドの名前、盛大に間違えておりました。
訂正しました、申し訳ありません…!




