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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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32:復路の一歩

 

 翌朝、ジーナが用意してくれた朝食を手早くとって屋敷を出る。

 その際にモアネットがギシと兜を傾げたのは、豪華な屋敷に反して彼女が掛けた施錠はなんとも簡素なものだからだ。

 響くのはカチャンと軽い音。ジーナの細くしなやかな指先でクルクルと回されるのは細身の銀の鍵。それ一つでこの豪華な屋敷の施錠を担っているとなれば、世の空巣が喜んで集うだろう。

 防犯は平気なのかと案じてモアネットが問えば、家主であるジーナが一瞬目を丸くさせ、次いで愛でるように兜を撫でてきた。どうやらモアネットの質問はいかにも『新米魔女』そのものらしく、そしてその初心者らしさがジーナにとっては堪らないらしい。


「本当は鍵を掛ける必要も無いのよ」

「鍵を? だって誰か入ってきちゃいますよ? こんな立派なお屋敷だから、きっと泥棒が……」


 言い掛け、モアネットがなるほどそういうことかと兜を頷かせた。

 ジーナの屋敷に辿り着くには、コンチェッタに案内してもらい岩を登って谷を抜け、そして魔女の文字を読んで道の奥にある扉を見つけなければならない。

 いかに旅に慣れた者でも不可能と言い切れる道程。つまり屋敷を訪ねることが出来るのは彼女に招かれた魔女限定ということだ。

 それゆえの施錠であり、モアネットがなるほどと頷きながら、次に引っ越すときはジーナのように難解な場所に住居を構えようと心の中で決意した。

 簡単には辿り着けないよう、魔術を駆使して複雑で意地悪な仕掛けを用意しよう。アレクシスとパーシヴァルが悉く彷徨って散々な目に合うような場所に住むのだ。見晴らしのいい場所でロバートソンと一緒にそれを眺め、彼等が音を上げはじめたころにロバートソンに迎えに行ってもらおうか。


 そんなことを考えつつモアネットが自分の荷物であるトランクをパーシヴァルに差し出せば、言わずとも分かっているのだろう彼も無言で受け取った。

 見ればジーナもまた当然と言わんばかりの態度でアレクシスに荷物を持たせている。さすがは魔女だ、一国の王子に荷物を持たせることに対して後ろめたいことなど何一つ感じていないのだろう。

 コンチェッタを抱き抱えて颯爽と歩く姿は優雅の一言、アレクシスすらも従わせる威厳を感じさせる。

 あれが魔女のあるべき姿だ、そう考えてモアネットもまた颯爽と歩き出そうとし……ふと足を止めた。


「ジーナさん、そっちは違いますよ」

「違う?」

「だって、来たときはこっちからだったし」


 そうモアネットが道の先を指さすのは、ジーナがまったく逆の方へと歩き出してしまったからだ。

 これにはアレクシスやパーシヴァルも同じように疑問を抱いたいのだろう。二人共不思議そうにジーナを見つめ、パーシヴァルに至っては怪訝そうに地図を眺めている。

 だというのにジーナは三人分の視線を受け、次いで腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしながら連動して光るコンチェッタに視線を落とした。そうして彼女が放った、


「あらコンチェッタ、あなたまた歩きにくい道を案内したのね」


 という言葉に、モアネットはもちろんアレクシスもパーシヴァルまでもが目を丸くさせ……そしてあれほど苦労して――アレクシスに至っては底なし沼に嵌まりまでして――ここに来たのは何だったのかと一斉に肩を落とした。




 ジーナが先導する街までの道程は、往路に比べて距離こそあるものの酷い傾斜もなく、岩を登ることもなければ足場もぬかるんでいない楽としか言いようのないものであった。

 それでも幾度か目印も無く道を曲がり時には補整されていない道を進むので、これもまた道案内が必要だろう。だが岩も沼もなく、軽い休憩を一度挟むだけで街に着いてしまった。


「……あの苦労はなんだったのか」


 とは、溜息交じりのパーシヴァル。

 その隣では途中でジーナからコンチェッタを抱き運ぶよう渡されたアレクシスが――ジーナ曰く「可愛いけど抱っこは30分までなの」とのことで。腕が痺れるらしい――恨めしそうに腕の中に視線をやり……次いで顔を背けた。見ていられないと言いたげなその表情に、モアネットがどうしたのかとアレクシスの腕の中を覗き込む。

 そこではコンチェッタが口を中途半端に開いたまま、ジッとこちらを見ているではないか。なんとも言えない表情だ。


「ア、アレクシス様、コンチェッタどうしたんですか?」

「前に本で読んだけど、猫って匂いがきついとこうなるらしい」


 そう話すアレクシスに、モアネットが再びコンチェッタに視線を落とす。

 ジーナ曰く、楽な道にはコンチェッタの嫌いな草が生えているらしく、通ると口が半開きになってしまうらしい。

 間の抜けた顔ではあるが、これはこれでまた愛らしい。そう考えてモアネットがコンチェッタを撫でる。……若干コンチェッタを抱くアレクシスの腕が震えつつあるが、まぁ大丈夫だろう。多分。


 そうして酷くあっさりと街に着き、パーシヴァルが馬車の手配へと向かった。

 その背に対してジーナがニッコリと妖艶に笑って「どんな馬車か楽しみにしてるわ」と告げるのは、言わずもがな高価な馬車にしろという脅しである。そのうえ食料調達という名目でふらふらと買物に出てしまうのだから、彼女のあまりの自由さにモアネットが思わず笑みを零した。

 気分屋で気まぐれな魔女になろうとあれこれ我が儘を言っていたが、ジーナにはとうてい敵う気がしない。やはりそれも含めてジーナは立派な魔女なのだ。


「私も先輩魔女に倣って食料調達してこようかな」

「行ってきなよ。荷物は僕とコンチェッタで見てるから」


 ポツリと呟いたモアネットの言葉に、いまだコンチェッタを抱いていたアレクシスが答える。

 その声色にはモアネットの我が儘に対して困惑する色もなく、今まさに幾つか買い漁って店から出てきて次の店の扉へと吸い込まれていくジーナを呼び留める様子もない。

 それどころか、冗談めいて腕の中にいるコンチェッタに「何か買ってきてもらえば?」と尋ねていた。先程よりだいぶ腕の震えが激しくなっているが、コンチェッタに退く気はなさそうだ。


「コンチェッタにはふかふかのクッションを買ってきましょうか」

「そうだね。さすがに馬車の中ではクッションに乗ってもらわないと、腕が……」

「だいぶ辛そうですね。かわりませんけど」

「腕の感覚がなくなりつつあるから、これも不運と言えば不運なのかな」


 そう話しながらアレクシスが腕の中のコンチェッタを揺らす。

 まるで赤子のような扱いに、コンチェッタが心地良さそうにうっとりと瞳を閉じてしまった。どうやら寝入ったようで、アレクシスが「更に重くなった」と苦笑を漏らす。終始ズッシリとしたコンチェッタを抱いているのは相当辛いはずだが、それでもその表情は満更ではなさそうだ。底なし沼に両足を取られるよりは比べるまでもなく良いのだろう。

 そんな話をしていると、手配を終えたパーシヴァルが戻ってきた。

 モアネットが買物し損ねたとぼやけば、いつの間にか戻ってきていたジーナが満足そうに両手に抱えた紙袋を揺らす。曰く、馬車の中でモアネットとあれこれ食べようと買いあさってきたらしい。


「人気店のパンに果物に、あとお菓子もたくさん買っておいたわ」

「……ジーナさん、それはあまり旅の食料とは言えないような」

「美味しい食べ物は旅の必需品よ。あ、アレクシス、全部あとで請求するから」


 当然と言いたげなジーナの発言にしばし誰もが唖然とし、そんな空気を破ったのはコホンと咳払いをして場を改めたパーシヴァルだった。


「一番良い馬車を手配できました。前の馬車よりも広くて速いし、これなら行きよりも早く国に戻れます」


 パーシヴァルの話に、モアネットがそれほどなのかと期待を抱いた。行きだって質の良い馬車を手配させたのに、それより更にとなるとよっぽどだ。

 これはなんとも喜ばしい……ところなのだが、見ればアレクシスが僅かに表情を強張らせていた。良い馬車が手配出来てよかったと話す声色もどこか緊張をはらんでいる。

 相変わらずコンチェッタは腕の中にいるが、今はもうその寝顔に視線を落としてもいない。


 どうしたのか……とモアネットが尋ねようとし、彼の意を察して出かけた言葉を飲み込んだ。


 自国に戻れば、本格的な呪いの犯人探しが始まる。

 その結果彼の呪いが解けるのか、もしくは今より悪化するのか、下手をすれば怨恨の果てに……なんて可能性だってある。そのうえ国内はいまだアレクシスに対する不評が渦巻いており、さらに呪いの犯人に近付けば彼の不運はまた本調子を取り戻してしまう。

 アレクシスにとっては針の筵に戻るようなものだ。いや、筵どころか彼からしてみれば針の国か。


 それでも戻らねばならないと言いたげに顔を上げるアレクシスに、見ていたジーナが肩を竦め、抱えていた紙袋からパンを一つ取り出した。

 それを問答無用でアレクシスの口に詰め込む。一瞬の隙をつかれたからか「むぐっ!?」という彼の声は随分と間抜けだ。そしてその瞬間、彼の腕の中で眠っていたコンチェッタがカッ!と目を見開かせた。


ふぃいな、こへ(ジーナ、これ)

「アレクシス、あなた私と会ってから不運に襲われた?」

「……ほういへは(そういえば)よふもふううにねれは(夜も普通に寝れた)……ほ、ほんへっは!(コ、コンチェッタ!)


 アレクシスの腕の中で眠っていたはずのコンチェッタが、グイと身を伸ばして反対側からパンを食べ始める。一つのパンを二人ならぬ一人と一匹が半分こ……というと猫好きには堪らない光景だが、コンチェッタの食べる勢いは侮れない。ふんすふんすと鼻息も荒くパンに貪り付いている。

 そんな一人と一匹の光景を横目に、モアネットがジーナに声をかけた。


「ジーナさん、いつの間に呪い避けをしたんですか?」

「あら、呪い避けなんてしてないわよ」

「え、でも、現にアレクシス様の不運が起こってないし……」


 それはつまり呪い避けを施したのではないか?

 そうモアネットが問えば、ジーナが細くしなやかな手でそっと兜を撫でてきた。


「あんな付け焼刃の些末な呪いを弾くのなんて、魔女には小虫を払うより他愛ないことなのよ」


 断言するジーナの口調は嘘偽りも虚勢もなく、純粋に、さして大した事でもないと言いたげである。

 見惚れてしまうほどに美しく、そしてどことなく寒気を感じるような余裕。それでいて見た目に反して声は低く野太く、それがまた耳に纏わりついて背筋を震わせる。


 そうしてあっさりと歩き出すジーナに、モアネットは勿論その話を聞いていたアレクシスもパーシヴァルも唖然とし……、


「魔女だ」


 と誰からともなく呟いた。



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