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3:重装令嬢と、天井からくる友達


※虫注意※


 モアネットが住んでいる古城は長いこと人の手が入らずにいたおかげで経年劣化は見られるが、それでも造りは自体はしっかりとしている。

 広く勝手もよく、そして古城ゆえの古めかしさが独特な雰囲気を漂わす。夜はバルコニーから満点の星空も見え、朝は森から爽やかな風が木々の香りを伴って吹き抜ける。ここまでの道をきちんと舗装し中も整えれば、きっと洒落た宿になるに違いない。

 そんな古城の一室、大広間にあたる部屋でモアネットはアレクシスとパーシヴァルと共に夕食をとっていた。


 もちろん鎧を身に着けたままで。当然だが顔も兜で覆っている。

 口元もしっかりと鉄で隠されているのだが、それでも淡々と食事を進めるモアネットにパーシヴァルが怪訝そうにその名を呼んだ。


「……モアネット嬢、貴女はどうなっているんだ?」

「どうなっている、とは?」

「貴女の体だ」

「性的な質問には一切お答えしませんよ」

「なんの話だ」


 モアネットの返事にパーシヴァルの眉間に皺が寄る。明らかな不快を示す表情だが、モアネットもまた何を尋ねられているのか分からずギギと音をたてて首を傾げた。

 それでも銀の手甲でフォークを操り、一口サイズに切った肉にたっぷりとソースを絡めて口に運ぶ。ムグと頬張れば、パーシヴァルとアレクシスがジッとこちらを見つめているではないか。

 さっぱり意味が分からない。見つめられるのは気分が悪い。自然と手が震え、それが手甲を通じてフォークが細かに揺れてカチカチと皿とぶつかる。


「ひとが食事をしているところを凝視なんて失礼ですよ」

「それは申し訳なかった。俺には鉄塊が食べ物を吸収してる不思議な光景にしか見えないんだがな」


 きっぱりと言い切るパーシヴァルに、隣で食事をしていたアレクシスが溜息をついた。

 そうして、己の部下と己を恨んでいる令嬢の相性の悪さを心の中で嘆きつつ、まるで仲介するようにモアネットを呼ぶ。


「モアネット、君の食事の仕組みがどうなっているのか聞きたいんだ」

「食事の仕組みですか?」

「そう。僕達からは君の口元がまったく見えない、なのに君は普通に食事をしている」


 だから不思議なんだと説明するアレクシスに、なるほどそういうことかとモアネットが頷いた。

 確かに、口元を見せていないのに食べ物が消えてしまっては彼等が不思議に思うのも仕方あるまい。人前で物を口にする事など滅多にどころか数年単位でなかったので、自分の食事風景が傍目から奇怪であることを忘れていた。


「特殊な造りをしているんです。それに、人に見られないように魔術もかけてあります」

「徹底してるんだね」


 そう返すアレクシスの声色はどことなく沈んでおり、申し訳なさそうな色さえ感じさせる。ここまでモアネットを追い込んだ責任が自分にあると考え、だからこそこの徹底した隠しようを前に罪悪感を抱いているのだろう。

 それに対してモアネットはフォローをしてやる気にもならず、さっさと食事に戻ってしまった。「気になさらないでください」なんて言う気にもならない、ましてや「アレクシス様のせいではありません」なんて嘘になる。

 だからこそモアネットが気落ちするアレクシスを放って食事をしていると、彼を気遣ってかパーシヴァルが「この城には」と話題を変えてきた。


「この城にはメイドも居ないのか」

「えぇ、メイドも庭師も居ません。もちろん護衛も」

「本当にモアネット嬢しかいないんだな」

「そうです。私一人、たまに森で迷った人が泊まりにくるけど、それだって月に一度あるかないかぐらいです」

「そうか」

「あ、でも友達は頻繁に遊びに来ます」


 はたと思い出してモアネットが顔を上げれば、意外だったのかパーシヴァルとアレクシスが「友達」と声を揃えた。

 どうやら古城に籠もる重装令嬢に友達がいるという事が驚きらしい。その反応はおおいに腹が立つものなのだが、モアネットは文句を言うまいと自分を落ち着かせ……そして聞こえてきたカサという微かな音に天井に視線をやった。

 話をすればなんとやら、どうやら友人が来たようだ。


「せっかくだから紹介しますね」


 そう告げてモアネットが宙に手を差し出す。手のひらを上に、まるで誰かがそこに居て「こちら……」と紹介するかのようではないか。

 だが当然だが誰もおらず、パーシヴァルとアレクシスの頭上に疑問符が浮かぶ。その瞬間、


 ツツ……と天井から一匹の蜘蛛が下りてきた。


「友達のロバートソンです」


 と、そう紹介した瞬間、耳をつんざくような悲鳴が大広間に響いた。

 そのうえアレクシスが顔色を青ざめさせて立ち上がり、パーシヴァルが腰から下げていた剣を抜く。

 一瞬にして警戒態勢に入った二人に、モアネットがギコギコと音を立てながら二人とロバートソンに視線をやった。鉄の兜が一定のテンポで左右する様は随分とシュールだろうが、あいにくと今それを指摘する者はいない。


「なんですか、蜘蛛はお嫌いですか?」

「く、蜘蛛が……毒蜘蛛がっ……!」

「失礼ですねぇ。ロバートソンは毒のない蜘蛛ですよ。ねぇ?」


 そうモアネットがロバートソンに話しかければ、彼は手ごろな高さで宙に滞在しながらフラと微かに揺れた。ふっくらとした体に長い八本の足、まさに蜘蛛だ。

 確かに見た目はインパクトがあるが、毒はない。だから安全だとモアネットが二人に告げようとした瞬間、


 ツツ……と天井からもう一匹蜘蛛が下りてきた。


「ロバートソン、お友達? 黄色にピンクのストライプなんて、随分とファッショナブルな友達だね」

「明らかに毒のある配色!!」

「失礼ですよ、アレクシス様。いくらファッショナブルな色合いだからって毒があるとは……え、ある? あるの? あるみたいですね」

「モアネット嬢、その蜘蛛をどこかにやってくれ! 王子が噛まれる!」

「パーシヴァルさんも失礼ですよ。いくらファッショナブルな色合いで毒があるからって、噛むとは……あ、噛む。噛むんだ」


 そうなんだ、とモアネットがロバートソンと彼のファッショナブルな友達に話しかける。

 それを聞いたアレクシスが悲鳴をあげ、パーシヴァルがより一層表情を険しくして剣を構えなおした。先程までの夕食の空気もどこへやらである。


「大丈夫ですよ。今はべつに噛む気はないみたいですし」


 そうモアネットが二人を落ち着かせようとするも、テーブルの上に避難したアレクシスが顔色を青ざめさせたままフルフルと首を横に振った。


「良いかモアネット、僕の不運は尋常じゃない……」

「そうなんですか」

「この一年、致死量に至らない毒をもつ生き物には三日に一回の頻度で噛まれてる!」

「よく生きてますね」


 不運の割には頑丈ではないか。

 そうモアネットが感心しつつ、それでもチラとロバートソンと彼のファッショナブルな友達に視線をやった。天井から糸で降りてきた彼等はいまだ宙に滞在している。

 このままでは夕食が再開できそうにない。


「ごめんねロバートソン、今日はお友達と地下で過ごしてくれないかな」


 申し訳ないとモアネットがロバートソンに頭を下げれば、通じたのだろうロバートソンとファッショナブルな友達がススと糸をたどって天井に戻っていく。

 そうしてカサカサと天井と壁をはって大広間を出て行ってしまった。きっと地下に向かったのだろう。せっかく来てくれたのにとモアネットが心の中で詫びれば、危機は去ったと考えたのかアレクシスとパーシヴァルの安堵した声が聞こえてきた。


 アレクシス様とパーシヴァルさんが地下に行けばいいのに。


 思わず兜の中で呟けば「聞こえてるぞ鉄塊」と忌々しげな声が返ってきた。





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