29:重装令嬢と先輩魔女(?)
岩場の一角が影になっており、覗き込めば奥へと道が続いている。
その先にあるのは扉だろうか? 自然溢れる岩肌に人口の扉が設けられている様は随分と不釣り合いで、そして不釣り合いだからこそ『そこに何かある』と一目でわかる。
だがそれもモアネットが魔女の文字に気付いたからこそ見つけられたのだ。それが無ければ岩の影を覗き込むこともなかったし、そもそもコンチェッタが居なければ何の目印もない岩場を登ることも無かっただろう。
コンチェッタが居て、魔女の文字を読める者が居て、そうしてようやく辿り着ける場所なのだ。
現にアレクシスもパーシヴァルも気付かず通り過ぎようとしており、モアネットが声をかけてようやく足を止めて扉に視線をやった。
「ここに魔女が?」
「えぇ、間違いありません。魔女にしか分からない魔女の家です」
そうモアネットが断言すれば、アレクシスがゴクリと生唾を飲んだ。
覚悟はしているが、それでも目の当たりにすると緊張が勝るのだろう。パーシヴァルも同様、緊張と警戒の表情でジッと道の先を見据えている。
二人の空気にあてられたか、モアネットもまた鎧の中で己の心音が高鳴っているのを感じていた。初めて会う同族。はたして仲良くなれるだろうか、魔女と認めて貰えるだろうか、不安が胸に湧く。
そんな三人をよそに、コンチェッタがンニャーンと甘えるような声で鳴いて道の奥へと進んでいった。普段はノスノスとしたその歩みが、今だけは主人に会えることが嬉しいのだろうノッスノッスと弾んでいる。
そうしてコンチェッタがンナンナと主人を呼べば、道の奥にある扉がゆっくりと開き、そこから一人の女性が姿を現した。
その美しさにモアネットが、それどころかアレクシスとパーシヴァルまでもが息を呑む。
歩くたびに波のように優雅に揺れるしなやかな黒髪。長い手足に細身の体、黒一色のワンピースが妖艶さを際立たせ、羽織るショールが肩と胸元を守る様に覆っている。
コンチェッタを見ると形の良い唇で柔らかく弧を描き、白く細い腕で愛猫を抱き上げた。まるで子供を愛でるように頬を擦りよせる光景は美しいとしか言いようが無く、それでいて殺風景な岩肌が不可思議なギャップを感じさせ、彼女の周りに異質な空気を漂わせていた。
この人が魔女……そうモアネットが見惚れるように見つめれば、コンチェッタの額にキスをしていた魔女がこちらに視線をやり……、
「ようこそ、歓迎するわ新米魔女さん。さぁ奥に入って。あ、男二人は汚いから外で体洗ってから入りなさいよ」
と前半は優し気に、後半は冷ややかに告げた。……随分と低く野太い声で。
魔女(?)の名前はジーナ・アバルキン。魔女の家系アバルキン家の血を引く、由緒正しき魔女(?)である。
彼女(?)が出てきた扉の奥には立派な屋敷が建てられており、そこにコンチェッタと住んでいるのだという。中に案内され、紅茶を用意したテーブルに着く。ここが谷だということを忘れてしまいそうなほど立派な客室だ。
さすが魔女(?)……とモアネットが周囲を見回していると、ジーナが開口一番に「何が聞きたいかは分かってるわ」と言い切り、次いでアレクシスの呪いは自分が関与していないと断言してしまった。
曰く、『不貞の王子』も『重装令嬢』も以前から噂として聞いており、そしてモアネット達が国境を越えた瞬間に二つの噂に魔術が関与していると知り、そして自分に会いに来たのだと確信したという。
だからコンチェッタを案内にやった。そう話すジーナに、コンチェッタが労ってくれと彼女(?)の手に鼻先を擦りよせる。そうして頭を撫でられ、鼻先を擽られ、そのうえおやつを一欠けら貰うと満足したのかポワポワと点滅しながらジーナの膝の上でゴロンと丸くなった。
「食べてすぐ寝ると太るわよ」とコンチェッタを撫でるジーナの姿はなんとも麗しい。……声は野太いが。
「残念だけど、アレクシスの呪いについては何も分からないの」
コンチェッタを撫でつつジーナがアレクシスに視線を向ける。
説明どころか名乗ってすらいないのに呪いまで言い当てられ、アレクシスが緊張を含んだ真剣な表情で頷いて返した。そうして深く息を吐くと共に浮かべる彼の表情は、見ていて何とも言えない痛々しさを感じさせる。
ジーナが呪いの犯人では無いと判明した安堵と、それでいて解決はまだ先だと突き付けられた虚脱感。それらが綯い交ぜになり隠しきれずに表情に出た……と、こんなところか。
「実際に呪った魔女に会えば分かるんだけどねぇ」
そう野太い声で話すジーナに、モアネットが紅茶を飲みつつ彼女(?)を見上げた。――何を言わずともジーナは紅茶に砂糖を二つ入れてくれた。さすが魔女だ。野太い声には些か疑問も残るが、本人が魔女だと言っているので魔女で良いだろう。自己申告制だ――
聞けば、いかに由緒正しき魔女と言えど、会った事も見たことも無い魔女の魔術を辿るのは難しいらしい。そのうえアレクシスに掛かっている呪いは酷くいびつで、探りようもないのだという。
それでも呪った本人を一目でも見れば分かるというのだから、やはり流石である。新米魔女のモアネットでは、呪いの犯人を前にしても、それどころか話をしたとしても気付けないだろう。
これが代々続く魔女の実力、そうモアネットがジーナを見つめれば、視線に気付いたのかジーナがこちらを向いてニッコリと微笑んだ。同性――多分同性――のモアネットでさえも頬を染めてしまいそうになる美しい笑み。落ち着き払った仕草と高い身長が合わさって包容力を感じさせる。
そんなジーナの美しさにモアネットが見惚れていると、アレクシスが彼女の名を呼び、そして深く頭を下げた。泥を洗い落としたばかりでまだ少し濡れた髪がハラリと揺れる。
「突然押し掛けた上にこんな話をして申し訳ありません。ですがどうか、力を貸していただけませんでしょうか」
深く頭を下げて告げるアレクシスに、自分もとパーシヴァルが続く。人の域を超えた『魔女の呪い』を前に、彼等にはもう縋るものが魔女しかいないのだ。
そんな二人に対して、モアネットは当然だが頭を下げるようなことはせず彼等とジーナの交互に視線をやった。
「ねぇモアネット、貴女はどうするの?」
「私?」
「そうよ。もしモアネットがこの街に残るなら、私は行かない。一緒にここで暮らしましょ」
アレクシスとパーシヴァルには視線も向けず誘ってくるジーナに、モアネットが兜の中で目を丸くさせた。まさか自分の意見を求められるとは思ってもいなかったのだ、それも「一緒に暮らそう」とお誘い付きで。
予想外の展開にモアネットがどうしたものかと未だ頭を下げ続ける二人と彼女(?)を見やり、それでも「私は」と話し出した。
「私は帰ります」
「あら、帰るの? この街で暮らせばいいのに」
「私の帰りを待ってる人が……待ってる蜘蛛がいるから」
古城でカサカサと壁を這うロバートソンを思い出し、モアネットが念を押すように「だから帰ります」と告げた。
ジーナが意外だと言いたげに「そうなの」と返してくる。きっと彼女(?)の耳に届いた『重装令嬢』は、古城で一人孤独に暮らしていたのだろう。だからこそ一緒に暮らそうと言ってくれたのだ。
それは嬉しい。今まで古城で一人、それどころか国で唯一の魔女として暮らしていたモアネットにとってこれ以上の誘いは無い。だから一度帰って、ロバートソンを連れてこの街に戻ってくるのだ。
それを話せば、ジーナが嬉しそうに笑って頷いてくれた。その表情に、隠すことなく歓迎を示してくれる彼女(?)に、モアネットが兜の中で小さく笑みをこぼした。
「それじゃモアネットも一度国に戻るのね」
「はい。それにアレクシス様の呪いに関して私も知りたいし。だから出来ればジーナさんも」
「行くわ」
「早い」
即決どころではなく若干被り気味な返答にモアネットが僅かに臆してしまう。
もう少し迷うとか、こちらの考えを探るとか、せめて最後まで話を聞いてほしいところである。この即決ぶりにアレクシスとパーシヴァルも顔を上げて目を丸くしている。
だがジーナはそんな周囲の反応に気付いているのかいないのか、楽し気に笑って「嬉しいのよ」と野太い声で告げてきた。
「魔女は魔女の訪問を喜ぶの。そのうえ新米魔女が頼ってきてくれたんだもの、これに頷かない魔女はいないわ」
嬉しそうに話すジーナに嘘や偽りの様子はなく、それどころか細くしなやかな手で、まるで中にいるモアネットを撫でるように兜を撫でてきた。
その優しい手の動きにモアネットが兜の中で瞳を細める。子供のように扱われるのは少し気恥ずかしく、それでいて魔女として受け入れて貰えたことが堪らなく嬉しい。
「でも出発は明日にしてちょうだいね。色々と準備があるの。客室があるからモアネットはそこに泊まって」
「はい、お世話になります」
「男二人はなんか適当にそこらで転がって寝なさい」
「わぁ、杜撰」
あまりの対応の落差にモアネットが声をもらす。
これにはきっとパーシヴァルが「王子を床に寝かすなんて」と言い出すはずだ……と思ったが、見れば何やら物言いたげな表情こそ浮かべているもののムグと口を噤んでいる。反論すればジーナの気が変わりかねないと考えて堪えているのだろう。
アレクシスに至っては「床で寝ればベッドの底が抜けることもないか」と何故か納得して頷いている。
これは放っておいても問題なさそうだ、そう判断し、客室まで案内してくれるのだろうジーナの膝から降りるや尻尾を揺らして歩くコンチェッタの後を追った。




