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21:お絵かき大会と三匹のにゃんこ

 


「私が知ってるのはこれぐらいです」


 そうモアネットが話を終いにし、ポフンとクッションに身を預けた。

 元よりアイディラ家に残っていた書物は少なく、そのうえ殆どが魔術に関してのものであった。魔女とはどんなものなのか、どのように魔女同士で交流をしていたのか、そういった事が記されていたのはほんの僅か。数日で読み終えてしまう程度だ。

 魔女殺しに至っては一冊しか残されておらず、それも脚色がつよく物語めいたものであった。資料として扱うには聊か信憑性に欠ける。

 魔女殺しの最後の一人を見つけ出し殺すところなど、大袈裟すぎるほどに緊迫感を煽る書き方であった。読み終えた時には、知識を得たというより、魔女殺しを根絶やしにしてやったのだと達成感を覚えるほどであった。まぁ、読物としては申し分ないのだが。


「正直に言えば、私もあまり魔女については詳しくないんです。私のことだけど、私しかいないから」


 そう話し、モアネットがクッションに兜を埋める。


「そういえば、モアネットはどうして呪符に猫……(という名の何か)を描くの?」

「猫……(本人曰く)じゃないと魔術は発動しないのか? たとえば他の動物や、それこそ文字では?」


 どうやらアレクシスとパーシヴァルの興味は今度は魔女から魔術に移ったらしい。

 その質問に、モアネットはポシェットに視線をやった。−−彼等の言葉は、微妙に『猫』の後に何やら意味深な間があるように感じさせるのだが、今はその言及はするまい−−

 そうしてポシェットから羊皮紙を一枚取り出し、サラリと可愛いにゃんこを描く。柄も仕草もなにも無い、シンプルなにゃんこだ。ちょっと簡素過ぎたかなと思うが、装飾が無くとも猫は愛らしいので問題ないだろう。

 それを二人に見せつけ、モアネットが得意げに胸を張った。もっとも、所詮は全身鎧なので傍からは微弱に揺れた程度にしか見えないのだが。


「描くのはどんなものでもいいんです。術式を思い描いて血を染み込ませれば呪符になります」

「なるほど。要は『描く』ことに意味があるんだね」

「……これが前足、これも前足。この二本が後ろ足……となるとこの三本出てるのはなんだ?」


 怪訝そうに呪符を見てくるパーシヴァルを無視して、モアネットがアレクシスの言葉に頷いて肯定する。

 大事なのは紙に魔女の家系であるモアネットの血が染みこむこと。そしてそこに術式が組み込まれ、発動の言葉と合わさる。それがモアネットが魔術を扱う仕組みだ。

 つまり、羊皮紙もペンも道具でしかなく、いざとなれば只の紙に血文字でも構わない。

 それをモアネットが話せば、眉間に皺を寄せながら呪符を眺めていたパーシヴァルが顔を上げた。


「呪符の仕掛けは分かったが、それが何で猫……(という事にしておく)なんだ?」

「理由は簡単です。だって……」


 勿体ぶった口調でモアネットが己の描いた呪符を眺める。

 シンプルなにゃんこがスッと立っている様。なんて可愛らしい、特に揺れる尻尾は我ながら上手く描けている。三本描くことで尻尾が揺れている様子を現したのだ、なんという高等テクニックだろうか。

 これを見れば呪符ににゃんこを描く理由は一目瞭然。


「猫が一番上手く描けるからです!」


 そうモアネットが胸を張って告げる。

 その瞬間の馬車内の空気と言ったらない。シンと静まり返り、車輪が道を走る音だけがガタガタと無常に続く。

 だがその静けさに気付くことなく、モアネットは言い切ってやったと得意げに深く息を吐いた。クッションにもたれかかれば、ようやく硬直が解けたのかアレクシスとパーシヴァルがぎこちなく動き出す。


「……い、一番、得意なんだね」

「お恥ずかしい話ですが、これ(にゃんこ)以外はどうにも上手く描けないんですよね」

「……そ、そうなんだ」


 はは……とアレクシスが渇いた笑いを浮かべる。

 その表情が引きつっているがこれ以上なにかを言う様子がなく、ジッと呪符を眺めている。

 気に入ったのだろうか? とモアネットがギギッと兜を傾げれば、呆れたと言いたげなパーシヴァルがしばらく考え込んだ後、はっと小さく息を呑んだ。何かに気付いたと、むしろ気付いてしまったと言いたげなその表情に、自然とモアネットとアレクシスが視線を向ける。


「……そうか、分かったぞ」

「パーシヴァルさん?」

「モアネット嬢、貴女はあの古城の地下で人間の知らない未知の生物『にゃんこ』を飼っていたんだな!」

「飼ってませんよ!」

「そうか、だから呪符に描かれてるのが僕達の知らない化け物だったんだ……!」

「飼ってませんし、可愛いにゃんこですし!」

「だから未知の生物『にゃんこ』だろ」


 それ以外考えられないとパーシヴァルが断言し、対してアレクシスは「餌は何を食べるの?」と未知の生物に対して興味を抱き始める。

 なんて失礼な話だろうか。あの古城の地下にはワインセラーしかなく、当然だが未知の生物『にゃんこ』なんて居ない。居るのはロバートソンぐらいだ。

 そもそも、モアネットが描いているのは誰もが知る『猫』だ。具体的に言えば、市街地でよく見かける野良猫達。気まぐれで気分屋な彼等は機嫌が良い時は擦り寄って撫でさせてくれるが、時にはツンと澄まして人が通れない場所へと潜ってしまう。

 そんな猫達の姿を思い出して描いている、そうモアネットが訴えるもアレクシスもパーシヴァルも今一つ納得がいかないと言いたげだ。


「……なるほど、お二人は人にとやかく言えるほどに絵がお上手なんですね」


 ふんとモアネットが兜の中でふてくされる。

 次いでポシェットから羊皮紙を二枚取り出し、二人へと差し出した。


「モアネット?」

「さぁ、可愛いにゃんこを描いてください」


 有無を言わさぬ低い声色でモアネットが促せば、意を察したのだろうアレクシスとパーシヴァルが顔を見合わせ、次いで徐に自分達のペンを鞄から取り出した。



 突如行われたこのお絵かき大会。アレクシスもパーシヴァルも異論を唱えることもなく、しばらくは馬車の中を車輪が転がる音だけが響き二人が羊皮紙に向かう。モアネットはふんと不満気にクッションにもたれかかり、そんな二人をジッと眺めていた。

 だがそれも終わり、どちらからともなく「終わった」と告げて顔を上げる 。


「まずは僕からで良いかな」


 一番に名乗りをあげたのはアレクシス。自信が無いから先に見せたいと考えたのか「最近猫を見てないから」と頭を掻いている。

 そうして伏せるようにして持っていた羊皮紙をクルリと回す。モアネットは勿論パーシヴァルもそれを覗き込み……そして感嘆の声を漏らした。


 なにせ上手いのだ。

 羊皮紙の中では見るからに利口そうな猫がちょこんと座っている。その愛らしさ、スラリとしなやかでいて柔らかそうな体、体を回って前足に乗せられた尻尾、全てが愛らしさを感じさせる。

 アレクシス曰く、足の形や体が分からなかったから誤魔化したのだという。だが言われなければそんなこと分からない、それ程までだ。


「アレクシス王子、凄いですね……。どこかで絵の勉強を?」

「王族たるもの芸術関係に長けていないとって習わされたんだ。一回も褒められなかったけどね」


 そう告げてアレクシスが手早く羊皮紙を丸めてしまう。どうやら本当に自信が無いらしく、それどころか苦笑しながら「習ってもこの程度だよ」と笑った。

 その表情には謙遜の色すらなく、心から「この程度」と言っているのが分かる。第一王子である彼は生まれた時から一流の芸術品に囲まれ、一流の芸術家と話し、そして一流の芸術家を教師にしてきたのだろう。基準が高すぎるのだ。

 そんなアレクシスに対し、モアネットはヒョイと彼の手から羊皮紙を受け取り、再び開いて猫を眺めた。ビー玉のような丸い瞳がこちらを見つめている。今すぐにニャンと鳴きそうではないか。


「これは可愛いですね。この旅で一回たりともアレクシス様を褒めるものかと、むしろ意欲的に貶して扱き下ろしていこうと考えていた私も認めざるを得ません」

「気に入ってくれたんだね」


 アレクシスが僅かに苦笑を浮かべる。

 そんな彼を横目に、モアネットが二枚の羊皮紙を並べた。一枚は先程アレクシスが描いたものであり、もう一枚はモアネットが描いたものだ。見比べてみると違いが分かり、なるほどここを直せばいいのか……と改善策が見えてくる。これでより可愛らしくにゃんこを描けるだろう。

 仮にここに第三者が居れば、きっとこの二枚の羊皮紙を眺めて首を傾げたに違いない。まさか同じ『猫』を描いたとは夢にも思わないだろう。

 そんな二枚の明確な差を指摘出来そうなアレクシスは初めて自分の絵が褒められたとどこか嬉しそうで、パーシヴァルは黙り込んで自分の手元の羊皮紙を眺めているだけだ。

 そんなパーシヴァルに視線をやり、モアネットが急かす様に彼を呼んだ。もちろん、次は彼が猫の絵を見せる番だからだ。


「パーシヴァルさん、早くしてください」

「……い、いや。俺はべつに面白くもないから」

「面白いか否かじゃなく、可愛いかどうかですよ。ほら」


 早く、とモアネットが急かすと、諦めたのかパーシヴァルがそっと二枚の羊皮紙に己が持つ一枚を並べ、クルリとひっくり返した。


「……これは」

「……なんというか」


 と、モアネットとアレクシスが呟いた。


 パーシヴァルが見せてきた羊皮紙の中には、確かに猫がいる。

 そう……猫だ。それは分かる。

 だが何と言っていいのか、あくまで猫なのだ。まるで本物を前にしたかのように生き生きと描かれているわけでもなく、かといってこれが猫かと疑うような程でもない。可愛くないわけでもないが、それでいて特筆すべき可愛さというわけでもない。

 今まで絵など無縁の剣の道に生きてきた男が描いたと考えれば上手い方なのかもしれないが、それでも探せばもっと器用に描ける者もいるだろう。だが指をさして笑う程でもない。


 つまるところ、


「驚くほど面白みがないですね」


 という事なのだ。


「だ、だから言っただろ!」

「いや、べつに下手ってわけでもないですよ。ただなんかこう……言うべき言葉が全く浮かんでこない」

「浮かんでこないなら何も言わなくていい!」

「パーシヴァル、あんまり気にしないで。ほら……その……こう……」


 上手いフォローが出来ないのか言いよどむアレクシスに、対してモアネットが「凡百の絵を描く男」と暴言を放つ。意欲的にアレクシスを貶して扱き下ろしていくスタンスだが、パーシヴァルもけちょんけちょんにしたいのだ。

 そうしてしばらくは三枚の羊皮紙を眺めてあれこれ言い合っていると、ガタンと一際大きく馬車が揺れて停まった。


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