20:気まぐれな魔女と魔女殺しⅡ
「魔女殺し……」
聞きなれない言葉にアレクシスがオウム返しで問うてくる。
それに対してモアネットは手元の本をパラパラとめくり、次いでパーシヴァルに視線をやった。
「パーシヴァルさん、昨夜『魔女もレンガで殴られれば死ぬ』って話をしたのを覚えてますか」
「あぁ、覚えてる」
「君達なんでそんな物騒な話してるの」
「その『魔女をレンガで殴れる』というのが魔女殺しです。魔女殺しがレンガで殴っても当然魔女は死にます」
「なるほど。唯一魔女をレンガで殴れる存在か」
「待って、ねぇ二人共レンガで人を殴る前提で話を進めないで」
この際なのでアレクシスの訴えは無視してモアネットが話を進めれば、無理に話題を変えて言及する気はないのかアレクシスも真剣な表情に戻る。それどころか、興味深そうにグイと身を乗り出してきた。パーシヴァルも同様である。
だがそんな二人分の視線はモアネットには辛く、彼等が興味を抱いているのが鎧の中身ではなく『魔女殺し』についてだと分かっているのに居心地の悪さが全身を包む。冷汗が背中を伝い、逃げるようにクッションに体を沈めた。兜の中で視線が泳ぐ。鉄越しでは彼等には視線など分からず、逃げる必要などないのに視線が逃げ場を求めて彷徨う。
モアネットがクッションに身を委ねたことで察したのか、それとも話を止めたことで察したのか、二人が眉尻を僅かに下げて視線をそらした。「モアネット」と呼ぶアレクシスの声は案じるような色合いを含んでいる。
「それでモアネット、魔女殺しっていうのは魔女のように何か力があるのかい?」
「……いえ、魔女殺しはあくまで『魔女の呪いが効かない』だけです。それ以外は他の人間と同じ、レンガで殴ればやっぱり死にます」
「レンガに全てを託しすぎだよ。だけどそうか、他の人と同じなら魔女の懐にも入りやすいのか……」
ポツリと呟くアレクシスにモアネットが無言で頷いた。自分のことでもある魔女の撃退方法となると気分の良いものでもないが、それでも彼の発言は正解なのだ。
魔女殺しの見た目は極平凡な人間でしかなく、その素性は魔女ですら気付けない。『魔術が効いていない』と認識してはじめてその人物が『魔女殺し』と知るのだ。逆に言えば、魔女殺しは他の人間に紛れれば魔女に近付くことも、それどころか背後をとることも不可能ではない。
「魔女にとって唯一寝首を掻かれかねない存在です。それでも、問題が起こる前は『魔女殺し』等と呼ばず、稀有な存在とは思いつつも魔女は彼等に一目置いていたみたいです。国との仲介役として話をしていた記述もあります」
「……問題が起こる前?」
「はい。実際に、一人の魔女が寝首を掻かれたんです」
もう何百年と昔のことだ。当時はまだ魔女殺しもそんな物騒な呼び名では無く、魔女とも付かず離れずな関係であったという。
そんな中、一人の魔女殺しが素性を隠して魔女に近付き、そして恋に落ちた。……ふりをして、その魔女を利用し、挙句に殺したのだ。俗物的な言い方をすれば痴情のもつれ。
男は己の私利私欲のために魔術を利用し出世し、その果てに魔女を捨てようとしたが拗れて殺したのだ。魔術の効かない男にとって『気分次第で絶対的な力を使う自分に惚れている魔女』は『使い勝手が最高の便利な女』と同義語でしかない。
男が別の女と結婚したと知り、嫉妬に狂い魔術を仕掛ける魔女はさぞや男には殺しやすかっただろう。
それを切っ掛けに魔術の効かない人間を『魔女殺し』と呼ぶようになり、魔女と魔女殺しの長い争いが始まった。
いかに絶対的な力を持っているとはいえ、魔女も人間を片っ端から殺していくような真似には出れない。魔女とて造りは人間なのだから食事をするし、食事のためには人間と関わる必要がある。いかに仲間同士で籠もるたちにある魔女といえど、魔術の研究と自給自足をこなすことは出来ないのだ。
だからこそ魔女は魔女殺しを探し出さねばならず、対して魔女殺しは己がそうであることを隠して魔女の油断を誘い、懐に入り込んで寝首を掻く。争いといっても、殆どが相手がボロを出す様に仕向ける騙し騙されあいだ。
「だけどそんな争いも終わりを迎えます。当然、勝ったのは私達です」
いかに魔術が効かないとはいえ魔女殺しはあくまで人間。国単位で操れる魔女には敵わない。時には王を浚い、国民を脅し、村民を惑わし、誰が魔女殺しであるかを探ったのだ。
そもそも、争いが長引いたのは魔女の気まぐれだろう。最初に魔女を殺した男こそ血眼で探していたが、そのあとは暇潰しと見せしめも兼ねていたと記述から分かる。アイディラ家に残されていた魔女と魔女殺しの記録も、魔女視点で書かれていたからかどこか余興じみた色さえ見せていた。
だがそれすらも数百年前にぱったりと止まってしまったあたり、きっと魔女殺しを根絶やしにしたに違いない。
そうモアネットが淡々と話せば、魔女の恐ろしさを実感したかアレクシスとパーシヴァルの表情が青ざめていく。
もちろんモアネットも魔女なのだから、ここはクッションに埋まらずそっと起き上がって優雅に構えて見せた。アレクシスとパーシヴァルの瞳に戸惑いが浮かぶ。今まで彼等の中にあった重装令嬢が、今の話で恐ろしい魔女になりつつあるのだろう。
これは気分が良い、そうモアネットが兜の中でニンマリと笑み、次いで優雅にポシェットから砂糖菓子を取り出した。
そうして己の余裕を見せつけるように一つを摘んで口元に運び……スルと滑らせた。
「あ、」
と思わず声をあげてしまう。
だが砂糖菓子は戻ってくることはなく、カン、コン、と軽い音を立てて兜から鎧へと転がり落ちていった。
そうしてモアネットが咄嗟に立てば、カン、コン、カン……と音を立ててさらに砂糖菓子が落下し、三人の視線がモアネットの鉄で覆われた足へと向かう。肌を見せるまいと覆った鉄越しには見えないが、確かに足元に砂糖菓子が転がり落ちた。
「うぐっ……」
と最初に声を漏らしたのはパーシヴァル。
口を押さえて顔を背けるも、護衛らしい逞しい肩が盛大に震えている。
「くっ……」
とは続くように窓の外に視線を向けたアレクシス。
固く握られた拳が膝の上で震えている。
言わずもがな、笑いを堪えているのだ。それも見たところ限界は近い。
そんな二人に対してモアネットは兜の中で瞳を細め、ポシェットから羊皮紙とペンを取り出した。サラリと手早く描くのは、プンプンと怒るにゃんこ。キラリと光る牙と膨らんだ尻尾が怒りの度合い訴えている。
それを描き終えるや二人に見せつけるように掲げた。
「どうぞ笑ってください。ただし先に笑いだした方にはこの『三竦み寄せ』の呪符を叩き付けます」
「モ、モアネット……誰も笑ってなんか……。ほら、僕達うしろを向いてるから脱いで取り出しなよ」
「そうだモアネット嬢、そんな呪符はしまって……。砂糖菓子が無くなりそうだな、次の町で探そう」
そうフルフルと震えながら取り繕って話す二人に、モアネットが兜の中で魔術発動の言葉を口にした。




