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16:宿にまつわる王子の呪いⅠ


 馬車の中で朝食と昼食をとり、揺られ続けること数時間。なんとか日が落ちる前には街に着くことができた。

 試しにと窓から様子を覗えば、屋根が密集したいかにもといった光景が目と鼻の先に見える。

 途中、相変わらず毒蛾が舞い込んできたりファッショナブルな蛙が入り込んできたり、馬車をひく馬がすれ違う馬に一目惚れをして無理矢理進路を変えて横転しかけたりとアクシデントは多々あったが、まぁ想定内と言えるだろう。ちなみに、想定外とはアレクシスの不運死である。それ以外は全て想定内で押し通すつもりだ。


 そんなことを考えていると馬車が一度揺れると共に停まり、馭者が到着を告げて扉を開けた。

 パーシヴァルとアレクシスがここまでの料金を払いつつ街の情報を聞き、モアネットはそれを横目にググッと背を伸ばす。ギチギチと音がするのは鎧が擦れる音か、それとも長い時間馬車に揺られていた体の悲鳴が。

 そうして体を解しつつ、ここまで連れてきてくれた馬の鼻先を撫でる。恋に生きなよ、と話しかければ、馬の瞳が僅かに輝いた気がした。少なくもモアネットには適いそうにない生き方だ。



「まずは宿を決めて、そのあとに夕食。明日は朝から出発したいから今日のうちに次の馬車を手配して……」


 街の地図を片手に、あれこれとパーシヴァルが予定をたてる。

 それを聞き、モアネットがパッと表情を明るくさせた。「宿」と思わず漏れる言葉は、兜の中でさえ明るく弾んで聞こえる。

 だが興奮するのも仕方あるまい。なにせ宿だ。今日の宿泊先は宿なのだ。狭い馬車の中とは違い、ベッドで手足を伸ばすことが出来る。とうぜん男女別々の部屋なのだから、寝ぼけたパーシヴァルの奇行に付き合わされることもない。

 そのうえ自分は我儘が許される。これにはモアネットが兜の中でニンマリと笑った。


「さぁ宿に行きましょう! 一番いい部屋が取られちゃう!」


 そう意気揚々と二人を促して歩き出せば、アレクシスは文句も言えないのだろう大人しく歩き出し、パーシヴァルに至っては財布を覗きながら眉を顰めているではないか。

 なんて気分がいいのだろうか。



 そうして訪れた宿のカウンターで、パーシヴァルが渋々といった様子で、


「二部屋頼む。片方は一番いい部屋を」


 と頼む。

 それに対してモアネットはこれ以上ないほどに気分が良くなり、思わず「最上階の部屋で!」と口を挟んだ。

 といっても三階建ての宿。おまけに一階はカウンターと食堂しかないので最上階も何も無いのだが、そこで妥協せず我儘を通すことに意義があるのだ。受付をしていた女性が頷き、パーシヴァルの眉間に寄った皺がより深まる。

 それが分かっているからこそ、モアネットはこれみよがしにカウンターに置かれていたルームサービスのメニューを開いた。もちろん見せつけるためだ。初日は大人しく馬車で寝てやったが−−おまけにパーシヴァルの膝枕と散々だ−−魔女を連れだすとどうなるか彼等に分からせてやるのも良い。


「……最上階か」

「そうです。最上階の一番いい部屋。もちろんルームサービス付きで」

「そうか、この建物を見るに最上階の部屋は傾斜がきついから気をつけろよ」

「屋根には泊まりません」


 悔し紛れか明後日な事を言ってくるパーシヴァルに、モアネットがきっぱりと返す。そうしてルームサービスのメニューから夜食をいくつか選んでカウンターの女性に告げた。

 この際だ、彼女はもちろんカウンターに立つ者達が受付を済ませながらチラチラと視線を向けてくるのは気にするまい。きっとこの全身鎧が珍しいのだろう。

 馬車で一晩といえど国内、きっと『王子に醜いと罵られた哀れな重装令嬢』の話はこの地まで届いているはずだ。好機の視線は気分が悪く、視線を感じれば冷や汗が伝う。

 鉄で覆われていると知ってなお、彼等の視界に自分の何かが醜いと映っているのではないかと怖くなる。何かとは何か? それは分からない。分からないからこうなった。


「……モアネット、どうしたの? 大丈夫?」


 そうアレクシスに声をかけられ、モアネットがはたと我に返った。深い茶色の瞳が案じるようにこちらを見つめてくる……が、その視線が僅かに外れているのは鉄越しだからだ。

 こちらからアレクシスの瞳は見えるが、彼からはモアネットの瞳は見えない。いくら彼が目を凝らそうとも、鉄と魔術が遮ってくれる。

 そう考えれば安堵が湧き、モアネットが深く息を吐いて好機の視線を寄越してくる周囲を見やった。小さな声で聞こえてくるのは『重装令嬢』の陰口。

 構うものが、どうせ誰も私のことなんて見えないんだから。そう自分に言いきかせる。


「モアネット、もし良ければ呪い避けを用意してくれないかな」

「呪い避けですか?」

「うん。僕は部屋に残るから」


 大人しく本でも読んでいる。そう話すアレクシスの表情はどこか強張っており、伏せられた瞳が逃げ場を求める。

 何からの逃げ場か、など聞くまでもない。鎧を纏ったモアネットが『重装令嬢』として好機の視線に晒されるように、謂れの無い噂を纏わされた彼もまた『不貞の王子』として侮蔑の視線に晒されているのだ。

 これは確かに部屋にこもるに限る。そう考え、モアネットがポシェットからペンと羊皮紙を一枚取り出し可愛いにゃんこを書き込んだ。今回のにゃんこはハチワレ、そのうえぺろりと舌を出している。なんて愛らしい。


「とりあえずこれをどうぞ。夜までは持たないけど、まぁ効果が切れたら切れたで頑張ってください」

「ありがとうモアネット、わざわざ顔面がまっぷたつに割れた生き物の捕食シーンを書いてくれたんだね」

「可愛いにゃんこ!」


 失礼な!とモアネットが訴えれば、アレクシスが苦笑しつつ宿の使いに案内されて去っていく。その背はどこか不安げで、それでも最後に一度振り返り「部屋で寝てるから、ゆっくり買物してきなよ」と告げるのだから痛々しい。

 きっと、不運まみれの自分が同行すれば買物どころではないと考えたのだろう。

 そんな彼の気遣いにモアネットは軽く肩を竦め、羊皮紙を買いに行くとパーシヴァルに注げて宿を後にした。この際だ、パーシヴァルが呪符を見た瞬間に「バッカルコーン」と呟いたのは無視しておく。




 羊皮紙とインクを書い、ついでに街頭に並ぶワゴンを眺める。全身鎧の姿で店の中に入るには勇気が居るが、ワゴンを覗くぐらいならまだ出来る。

 そこで薄いピンクのマニキュアを一つ買い、日が暗くなり街頭が灯りだすと共に宿に戻った。


 そうして宿の食堂で食事を取る。

 どうやら季節的に旅客が多いらしく食堂は賑わっており、ひそひそと風に乗って聞こえてくる陰口も活気の良い笑い声と酔の喧騒が殆ど掻き消してくれた。煩い場所での食事など初めてで−−そもそも、誰かと食卓を囲むことだって滅多にない−−最初こそ落ち着きないと渋っていたモアネットもほんの少し気分を良くしていた。


 そんな食事を終え、明日も早いと部屋に戻る……のだが、そこでモアネットはアレクシスとパーシヴァルの部屋に行きたいと告げた。もちろん、アレクシスの不運がどんなものかを知るためだ。


「……男が寝る部屋を訪れたいなんてはしたないぞモアネット嬢。不運を笑いたいのか?」

「九分九厘加えて一厘それが理由ですが、呪いの程度も知りたいんです」


 呪い避けの効果を強めるために、そうモアネットが白々しく告げれば、アレクシスとパーシヴァルが断れるわけがない。なにせモアネットは彼等が安眠するための唯一の術なのだ。

 それが分かっているからこそモアネットが部屋に入れろと食い下がれば、アレクシスが小さく息を吐いて頷いた。若干疲労の色が見え額に薄い擦り傷があるのは、きっと出掛けに渡した呪い避けが予想以上に早く切れ、椅子から転げ落ちたか何かしたのだろう。


「まぁ結局モアネットが呪符を作ってくれないと不運に見舞われるんだし……。いいよモアネット、存分に楽しんで」

「……アレクシス王子」

「宿の不運にはもう慣れたから」


 そう力なく笑い、部屋に戻ろうとアレクシスが歩き出す。その背はやはり覇気がなく、対してギロリと睨んでくるパーシヴァルの眼光の鋭さと言ったらない。

 足して二で割ればちょうどいいのに、そんな事を思う。そうなった場合、寝ぼけたパーシヴァルが余る気もするが。


「王子が良いと仰っているから部屋に入れるが、不運を楽しんだら自分の部屋に戻れよ。それに」

「分かってます、呪い避けでしょ。一晩ばっちり呪いを弾く呪符をお作りしますよ」

「約束だからな。……もし違えたら」

「違えたら?」

「これでもかと寝ぼけてやる」

「未だかつてない脅し文句」


 本気だと言わんばかりの鋭い視線で情けない脅しを掛けてくるパーシヴァルに、モアネットがあしらう様に「わかってますよ」とパタパタと……とはいかずカシャンカシャンと手甲を振った。だが胸中は穏やかではなく、兜で隠しこそしているが彼の脅し文句に恐怖すら抱いていた。

 なにせ他の誰でもないパーシヴァル。彼が寝ぼけたらどうなるか……傾斜のきつい屋根の上で「モアネット嬢の手は綺麗だなぁ」と手甲にマニキュアを塗られかねないのだ。

 これは本気で呪符を作らねば……そう考え、前を歩くアレクシスを追う。


「モアネットが期待してるのも分かるけど、直ぐに何か起こるってわけでもないよ」

「そうなんですか?」

「寝ようとしたら床が抜けたり、寝て少ししたら見知らぬ女性が泥棒猫って叫びながら扉を叩いてきたり、時間が経ってからって事も多いんだ。ねぇパーシヴァル」

「そうですね。今夜は無事に過ごせると思ったことも何度かありましたね。過ごせませんでしたけど」


 そう話しながら歩く二人を、モアネットが頷きながら後を着いて廊下を歩く。

 呪い自体は継続的ではあるものの、そこからくる不運には一貫性は無いようだ。もちろん毒蛾に集られたり毒蛇に噛まれたりと定番化しているものもあるらしいが、それだって結局アレクシスを死に至らしめるどころか後遺症すら残せていない。

 魔女の呪いにしては微妙で、何だかあやふやだ。

 そう考え、モアネットがギギィと兜を傾げた。だが次の瞬間ギッと兜を所定の位置に戻すのは、彼等の部屋に着いたからだ。

 モアネットが今夜泊まる最上階の一番いい部屋とは違う、何とも簡素な扉。ベッドが二つに狭い浴室のみだという。


「明日は早いから、不運を待つのも程々にね」

「分かってます。手頃な時間には戻りますよ」


 わざとらしくモアネットが「ルームサービスも来るし」と告げれば、アレクシスが肩を竦めつつ扉の鍵を開けドアノブに手を掛けた。

 そうしてギィと軋む音をあげ、扉がゆっくりと開き……、



「サプラァーイズ!!」



 という複数の陽気な声と共に、彼の顔面にクリームの載ったパイが飛んできた。



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