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13:護衛騎士の真夜中の奇行in馬車

 

 随分と昔のことを夢に見た。

 エミリアと二人、母の膝に頭を預け寝転がって甘えていた時のことだ。細くしなやかな母の指が髪を梳くってくれて、時に悪戯に鼻先を擽ってくる。微睡むような心地良さの中、エミリアと夢物語を語っていた。

 こんなドレスを着たい、あんな宝石のついたアクセサリーを着けたい……幼い子供の夢は無限で、尽きることも飽きることもなく母に話していた。


 なんて懐かしい。もうずっと前の記憶だ。

 どうして今あの時のことを思い出すのだろうか……。

 どうして……、


 成人男性の硬い膝を枕にし、逞しい手に兜を撫でられているこの状況で、いったいどうしてあの柔らかで輝かしい記憶が蘇ってきたのだろうか。




「……パーシヴァルさん、眠いなら『二人共疲れてるだろうから先に』なんて言わずに真っ先に寝てください」

「モアネット嬢、すまない起こしてしまったか」

「良い夢見ちゃったのがまた腹立たしいくらいで……やめて! ポンポン叩かないで! この状況で寝かし付けられて堪るか!」


 まるで子供を寝かす様に優しく叩いてくるパーシヴァルの手を振り払い、モアネットが慌てて起き上がる。

 そうして改めて彼を睨み付けるも、彼はいまだ柔らかく笑って、それどころかまるで「さぁこっちにおいで」と言わんばかりに己の膝を軽く叩いているではないか。とても憎らしい。

 そのうえモアネットが応じないことに痺れを切らしたか、両腕を広げてゆっくりとこちらに近付いてくる始末。これはまずい……とモアネットが後退るも、所詮は馬車の中、逃げ場などない。つまりいとも簡単に彼に抱きしめられてしまったのだ。

 鎧のおかげで苦しくも無ければ緊張もない、当然だが胸が高鳴るようなことも無い。ただひたすらにうざったらしい。


「あぁもう、早く正気に戻ってくださいよ」

「モアネット嬢、貴女は優しくて良い子だ。俺達の旅に着いてきてくれてありがとう」

「その良い子の安眠を邪魔しないでください」

「眠れないのなら俺が子守唄を歌ってあげよう」


 パーシヴァルの提案に、モアネットが冗談じゃないと腕の中で暴れる。彼の膝枕と子守唄で眠りにつくなんて悪夢を見ること間違いなし、そもそも眠れる気がしない。

 だというのにモアネットの拒否に対し、パーシヴァルは一向に理解を示すことも無く「ありがとう」だの「貴女は優しい」だの言って寄越してくる。果てには「貴女が居てくれてよかった」と頭を撫でてくるではないか。その表情と声色は随分と穏やかだが、モアネットにとっては寒気と不快しか誘わない。


 なんて煩わしいのだろうか。

 これは呪符で気を失わせるぐらいしても罰は当たらないだろう。それにどうせあと数十分で見張りを交代するのだ、彼には少し早めに眠りについて頂こう。ひとの眠りを邪魔する方が悪いのだ。

 そう考え、モアネットが彼の腕の中で身動ぎつつも呪符を手に取った。そうして狙いを定めて発動させようとし……、


「モアネット嬢、ごめんな」


 と呟くように囁かれた掠れた声に、出かけた言葉を飲み込んだ。


「モアネット嬢、ごめん。すまない。こんなことに貴女を巻き込んで……」

「……パーシヴァルさん」

「もう貴女しか頼る人がいないんだ。どうしようもない、わけが分からない……」


 断片的に話すパーシヴァルの言葉は的を射ず、そのうえ顔も覗けないぐらいに強く抱きしめてきた。苦しくはないが、それでも己の鎧を包む腕に相当力が入れられていることは分かる。そしてその腕が震えていることも、微かに伝わってくる。


「アレクシス王子が不貞など働くわけがない。そんなこと誰だってわかるはずなのに、どうして皆あんなに簡単に信じてしまうんだ……」

「どうしてって、それは……」


 言いかけ、モアネットが口を噤んだ。

 アレクシスは呪われている。それは事実、呪符をもって確認した。呪いゆえに彼は不幸に見舞われ続け、そして彼に関する評価は地に落ちたのだ。

 続く失敗、晴らせぬ噂、悪評が悪評を呼ぶ。一人また一人どころではない速さで臣下が離れ、国民の心も冷え切っていった。今や彼の評価は地に落ち、市街地に赴けば陰口を叩かれ、同行する者には同情の声が掛けられるほどだ。


 だからこそ思う。どうして周囲はこうも揃えたように掌返しをしたのだろうか。

 かつてのアレクシスが良き王子で慕われていたからこそ、あまりに早い掌返しは違和感と薄ら寒さを感じさせる。


 とりわけ、彼が見舞われる不運が馬鹿げているほどに並外れたものだから尚の事。己の不注意どころではない理不尽な不幸に、本来であれば周囲は違和感を覚え彼を助けようとするはずなのだ。はびこる噂だって、真偽を決める確固たる証拠がないのだから信じる者と疑う者に分かれるのが当然なのだ。


 だというのに、臣下も国民も全ての評価が一転した。右に倣えで彼を蔑んだのだ。

 ……唯一、パーシヴァルだけを残して。彼だけが取り残された。


「両陛下さえもアレクシス王子を疑い蔑みだした。何を言っても信じて貰えない、俺がおかしいのかと思えてくる。まるで別の世界に放り込まれた気分だ。誰を信じて良いのか分からない、誰もが敵に思えてならない。モアネット嬢、俺は怖くて堪らないんだ……」

「パーシヴァルさん……」

「貴女を古城から引きずり出して巻き込んだ。非道を許してくれとは言わない。全て終わった暁には俺を呪い殺してくれて良い。だからどうか、まっとうな元の世界で俺を呪い殺してくれ……」


 そう抱きしめられたまま苦し気な声で告げられ、モアネットがどうしたものかと彼の腕の中で溜息をついた。

 彼の言わんとしていることは分かる。市街地で見たアレクシスに対する周囲の態度はあからさまを通り越し、なにか尋常ではないものを感じさせる。まるでアレクシスを囲むすべての人間が一晩にして入れ替わったかのようではないか。

 元より彼に恨みがあり嫌っていたモアネットでさえ、これはおかしいと思える程なのだ。


 これも呪いか。だがどこまでが呪いなのか。



 誰が、誰を、いつから、どう、呪っていたのか。



「パーシヴァルさん、私の魔術では調べることは出来ません。とにかく隣国の魔女に会いに行きましょう。私も確認したいことがある」

「モアネット嬢、すまない。こんな苦労をさせて、俺は…………」

「パーシヴァルさん?」

「…………」


 突然黙り込んだパーシヴァルに違和感を覚え、モアネットがもぞと動いて彼の腕から逃れて顔を見上げる。

 先程まで泣きそうな声色で訴えていた彼は今はこれでもかと視線をそらし、徐に腕を放すとまるで夜風に当たるように窓辺に腕を掛けて外を眺めた。そうして白々しい声で、


「今夜は月が綺麗だなぁ」


 と呟くのだ。ちなみに空は暗雲が立ち込めている。先程まで雨が降っていたのか、風もどこか湿気を帯びている。

 そんなパーシヴァルの姿にようやく正気に戻ったかとモアネットが溜息をついた。賢者タイムスタートである。

 

「突然切り替わるんですね」

「……十五分たつと波が引くように冷静になる」

「『非道を許してくれとは言わない。全て終わった暁には俺を呪い殺してくれて良い』って言ってたのに」

「ぐっ、またも一字一句覚えたのか……!」


 なんて記憶力の良い鉄塊だ! と忌々し気に睨みつけてくるパーシヴァルに、モアネットが兜の中で舌を出した。もちろん鉄越しなので見えてはいないはずなのだが、舌を出した瞬間に彼が悔し気に唸りだした。相変わらず勘が良い。

 だが今のこの状況では言及したところで墓穴を掘るだけなのが分かっているのだろう、睨み付けてはくるものの文句や暴言で返す気配はない。自分の言動を覚えているだけに、その表情はなんとも居心地悪そうだ。


 これは勝機!


 そうモアネットの脳内で開戦の鐘がなる。普段は憎らしく眠い時はうざったいこの男に、一撃食らわす絶好の機会である。隙あらばアレクシスを扱き下ろすスタンスだが、それと同じくらい隙あらばパーシヴァルをけちょんけちょんにしたい。


「パーシヴァルさん、私もう一度寝るんで寝かしつけてください」

「さっさと寝ろ」

「膝枕してください」

「絶対にするもんか。あと言っておくけど、兜けっこう重かったからな。軽量化の魔術を見直しておけ」

「子守唄は?」

「誰が歌うか。今夜のことは全て忘れろ!」


 眠るアレクシスを気遣ってか声量を押さえつつも怒鳴るパーシヴァルに、モアネットが兜の中でクツクツと笑った。

 彼の反応を十分に楽しんだ。これは良い夢が見られそうではないか。そう考えて最後に一言、


「私は優しくて良い子ですから、甘いお菓子で忘れてあげますよ」


 と告げて、再び横になった。

 パーシヴァルの碧色の瞳が僅かに丸くなり、してやられたと悔しそうに表情を渋くさせる。

 それを見てモアネットは心の中で祝砲を上げ――紙吹雪が舞い、ファンシーな文字で『一本!』という垂れ幕が揺れる――ゆっくりと瞳を閉じた。色々と思考が回るが今はひとまず眠りに着こう、そう自分に言い聞かす。



 ……そうして眠りにつく直前、本当に最後に一言、


「貴方に邪魔されたんで三十分延長で寝かしてください」


 と言っておくのも忘れない。



 ちなみに、パーシヴァルが交代だと起こしてきたのは、それから1時間後の事だった。



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