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12:姉と妹

 

 エミリア・アイディラはアイディラ家の次女でありモアネットの妹である。

 そしてアレクシスの婚約者でもある。彼の評価が地に落ち第二王子が後を継ぐべきだと声が上がっている現状、今はまだ婚約者(・・・・・・・)といった方が正しいのかもしれないが。

 紺の髪に翡翠色の瞳、幼さとあどけなさを感じさせる愛らしい少女。無邪気で天真爛漫、それでいて幼い頃は体が弱いと儚さも併せ持つ。エミリアに敵う令嬢など、どこを探したって見つかるまい。

 賢王になろうと努めいたアレクシスと、彼に寄り添う無垢なエミリア……。一年前までは誰もがお似合いだと二人を褒め、二人の幸せな未来を思い描いていた。


「エミリア、どうしてここに?」

「お姉様が居ると聞いて、慌てて来たんです。普段お姉様は朝に市街地に来られるでしょ、私いつもお会いできなくて……」


 起きれなくて、とエミリアが恥ずかしそうに告げる。そんな愛らしい姿に、モアネットが兜の中で瞳を細めた。

 エミリアは優しい子だ。モアネットが己の顔を隠しても、事実に篭っても、それどころか全身を鎧で包んで古城に引きこもっても、彼女は変わらず慕ってくれた。それどころか、一時はモアネットの心の傷を治そうと勤めてくれていたのだ。

 だがモアネットはそんな妹の優しさに応えられず、姉の負担になるだけだと悟ったエミリアは無理に近付くことなく距離を取って接してくれるようになった。


「エミリア、まだ夜更しの癖は治らないの?」

「そうなんです。夜はおまじないをして、あれこれ考えて、お祈りして……そうしたら朝がとても眠くて」


 気恥ずかしそうに笑うエミリアに、モアネットが苦笑を浮かべた。「変わらないね」と告げれば、姉らしいその言葉が嬉しかったのか懐かしさを感じたのか、エミリアが表情を綻ばせた。

 愛らしい少女の、輝かんばかりの笑顔。髪飾りにあしらわれた細かな宝石がその輝きを増させ、上質のレースをふんだんに使ったドレスが彼女の動きに合わせて華やかに揺れる。聞けば今回のアレクシスの件で迷惑をかけたと第二王子と両陛下が特別に仕立ててくれたのだという。

 異国から取り寄せた特別な布のドレスと、上質の宝石を綺麗にカットしてあしらわれた髪飾り。特別なパーティーのためにと取っておいたが、モアネットが市街地に居ると知って直ぐに用意させたのだという。

「市街地では少し浮いてるね」とモアネットが苦笑と共に告げれば「お姉様にお会いできる以上の特別なことはありません」と返されてしまった。


 その話も、纏う姿も、まさに『キラキラしたお姫様』だ。なんて鮮やかで愛らしい。

 そんな眩さにモアネットが兜の中で瞳を細め、そっと彼女の肩に手を添えた。レースに鉄の指が掛かる。


「エミリア、会いに来てくれて有難う。でも、もう行かなきゃ。しばらく留守にするから手紙はいらないよ」

「でもお姉様……」


 エミリアの声は切なげで、心から案じていることが分かる。

 純粋な彼女は、姉がこんな姿(鉄塊)になっても慕い、ろくに返事をせずともこまめに手紙を寄越してくれるのだ。季節の花が箔押された上質の可愛らしい便箋。一年前くらいからだろうか、金箔まであしらわれて便箋だけでも芸術品のようだった。

 古城で暮らすと決めた姉が望郷の念に駆られ苦しまぬよう家族のことは控え、それでいて昔を懐かしんでくれるように過去を綴り、そして重荷にならないよう前向きな別れの言葉でしめる。

 その手紙は、一度読めばどれだけ相手を想って綴られたかが伝わってくる。……だからこそ、一度しか読まないのだが。


「お姉様、それならせめてこれを持っていってください……」


 そう告げてエミリアが己の首元に手を掛けた。

 次いでそっと外して手渡してくるのは真赤な石が飾られたネックレス。光を受けて輝く石は鮮やかで、角度によって色味を変える。

 時に吸い込まれそうなほどに濃く、時に透き通るようなほどに繊細に。多様な色を見せるそのネックレスは一目で高価な物と分かる。

 そもそも、王族の婚約者であるアイディラ家のエミリアがつけているのだ、そこいらで売っているアクセサリーとは桁が三つも四つも違うはず。もちろんだが、昔二人で身に着けた玩具のアクセサリーなんて比べるようなものでもない。

 きっと、このネックレス1つで一家族が一生を贅沢に暮らせるだろう。そんなことを考えつつマジマジとネックレスを見つめてしまうのは、古城暮らしか長かったせいか。思わずワインの売値と比べてしまう。


「そんな、こんなの受け取れないよ」

「お守り代わりに持っていてください。私ずっと、お姉様の無事を祈ってますから……」

「エミリア……」


 切なげに話すエミリアに、モアネットが苦笑と共に肩を竦めた。

 おまじないだのお祈りだの、そういったものをエミリアは昔から信じていた。そして夢を抱いていた。元々体が弱かった彼女は、そういった夢のあるものに傾倒しがちだったのだ。

 そして必ずそんなお祈りとおまじないの先には『キラキラしたお姫様』が居る。己が魔女の家系であると知ってもなお『魔法使いになるんじゃなくて、魔法でお姫様になりたいのに』と不満気に訴え、そして子供じみた可愛いお祈りとおまじないを続けていた程なのだ。

 その時から何一つ変わらない。いや、おまじない好きからは抜けていないが、ひとの無事を願うあたりは成長したか。

 そう小さく笑みを零しながら話し、モアネットが礼を告げてネックレスをポシェットにしまった。


「ありがとうエミリア、大事にするよ」

「差し上げたんじゃありません。貸すだけです。だからちゃんと返してくださいね……」


 旅に出たまま行方を眩ますとでも思ったのか、切なげに告げてくるエミリアにモアネットが了承の意を込めて頷いた。

 元々この旅が終われば古城に帰るつもりだ。あれほど居心地の良い場所はないし、魔術書も残っている。なによりロバートソンがいる。もちろん、このネックレスもきちんと返す。

 ……ただ、返しに行くかどうかは定かではないが、頷くだけなので嘘にはならないだろう。


「それじゃ、私もう行くから」

「モアネットお姉様、どうかお気をつけて。出せるようでしたら、一言でも構いませんのでお手紙をくださいね」


 名残惜しそうに縋ってくるエミリアに対し、モアネットが曖昧に返事を濁して足早に立ち去った。

 エミリアがジッと見つめてくるのが背中越しに……それどころか鎧越しに分かる。だから振り向けない。

 ポシェットが重く感じる。咄嗟に呪符で包んだ自分の性根の悪さに目眩がしそうだ。





 待ち合わせの場所へと向かえば、既にアレクシスとパーシヴァルの姿があった。

 それと質の良い馬車が一台。これならば直ぐにでも出発できそうではないか。だがそう考えてモアネットが馬車へと近付いた瞬間、突如馬が暴れだした。高い声で嘶き、前足で地を叩く。


「……な、なんですか?」

「重そうだから乗せたくないんじゃないか?」


 さらっと言い切るパーシヴァルに、モアネットがレディの体重に触れるなんてと彼を睨みつけた。もちろん彼の言う「重そう」が全身鎧のことを言っているのが分かったからだ。

 だがこの鎧は軽量化の魔術をかけており、重々しい見た目に反して実際は羽のように軽い。そこにモアネットの元々の体重が加算されるだけだ。詰めれば何でも運ばされる馬からしてみれば、モアネットなど軽い方ではないか。

 そう訴えればアレクシスとパーシヴァルが感心したかのような表情を見せ、暴れていた馬がフスンと一度鼻息で返した。どうやら納得してくれたようで、馭者が宥めるようにその背中を撫でて危険がないかを確認する。


「申し訳ありません。馬が暴れたことで何か破損してないか点検をします。安全の確認がとれたら荷を積みますので」


 出発が少し遅れてしまうと申し訳なさそうに謝罪してくる馭者に、アレクシスとパーシヴァルが軽く頷いて答え、モアネットはといえば、


「不運野郎がいる時点で安全も何もないんですけどね」


 とアレクシスに一撃放った。隙あらば彼を扱き下ろしていくスタンスである。

 そんなモアネットに対しアレクシスが切なげに溜息をつき、パーシヴァルが徐に鞄から小さな袋を取り出した。

 それを目の前で揺らされ、モアネットがギコッと音をたてて首を傾げる。可愛いピンクの袋、白いシンプルなリボンで止められている。中には小さな砂糖菓子が詰められており、それをまさに騎士と言ったパーシヴァルが持っているのは不釣り合いだ。


「何ですか、これ」

「菓子だ。貴女にやる」

「なんで?」

「……それは」


 むぐとパーシヴァルが言い淀む。

 何かを言いたげなその表情。古城で荷造りをしていた時も彼は時折話しかけては言い淀み、この表情をしていた。しびれを切らして何かと問えば、なんでも無いとはぐらかしてしまう。

 そんな彼と包に入った菓子を交互に見やり、モアネットが最後に一度兜越しに彼を見つめ、そして

「いりません」

 とはっきりと拒絶の言葉を告げた。


「私は我が儘を言って貴方達に色々と買わせるつもりです。ですがそれはあくまで私の我が儘、私の悪意。貴方達から何かを貰うなんて冗談じゃない」


 そう早口で捲し立て、モアネットがさっさと馬車に乗り込んだ。

 心苦し気にこちらを見つめるアレクシスにも、無言で袋を鞄にしまうパーシヴァルにも、とうてい何も言ってやる気にはなれない。二人の姿は見ているだけで気分が滅入り、溜息をつくと共に明後日な方向へと視線を逃がした。


 華やかなドレスを纏ったエミリアの姿が脳裏によぎる。

 伺うように影からこちらを見つめてくる人達の視線が煩わしい。

 ポシェットが重い。

 



 そうして馬車が走り出し、時には今後のことを話しあう。

 どことなく重苦しい空気を纏いながらも馬車に揺られ、次第に周囲も暗くなり、窓の外に世闇が広がり何も見るものがなくなった頃、交代で眠ることにした。



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