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11:パンとワインと妹


 アレクシスが三匹の蛇に噛まれたり蛾の毒が抜けるや新たに群がられかけたりと色々あったが、なんとか市街地に辿り着いた。予定していた時間をかなり超えていたが、アレクシスとパーシヴァルが「思ったより早く着いた」「生きて辿り着けて良かった」と話し合っているのだからモアネットは呆れるしかない。


 王宮が近いこの市街地は日頃から賑わいを見せており、日が落ちかけようとしている時間でも人の行き来は絶えない。だというのに、行き交う一人がチラとこちらを見るや慌てて周囲に声を掛け、一瞬にして場が静まり返ってしまった。言わずもがな、不貞の王子が現れたからだ。

 注がれる視線は酷く冷ややかで、自分に向けられてはいないと分かっていても気分が悪いとモアネットが兜の中で眉を顰めた。囁き合うように聞こえてくる会話は、アレクシスへの罵倒が主で残りは蔑みである。


「アレクシス様ってば嫌われまくってますね。ざまぁみろ」

「モアネット、せめてもう少し言葉を選んでくれないかな」

「嫌われまくりでございますのね。ざまぁごらんあそばせ!」

「どこの言葉かな」



 分かりやすい暴言と共にモアネットが笑ってやれば、アレクシスが居心地悪そうに溜息をつきパーシヴァルがギロリと睨みつけてきた。パーシヴァルの眼光の鋭さといったらなく、今まで以上のものを感じさせる。主への陰口に苛立っているのか警戒しているのか……。

 だがそんな彼は己の中の憤りを吐き出すように一度深く息をつくと、「馬車の手配をしてくる」と話題を変えてしまった。


「馬車の中でとる食事も買っておきましょう。アレクシス王子、危ないので俺と共に居てください」

「この市街地が危ない、か……。モアネットはどうする?」

「ワインをお金に変えてきます。お二人と同行してこんな薄ら寒い視線を浴び続けるなんてご免ですからね」


 嫌味たっぷりに言い切り、それじゃ、と待ち合わせ場所を馬車の乗り場に決め、モアネットがカシャンカシャンと小気味良い鎧の音をたてて歩き出した。

 そうして道の半ばまで進んでチラと背後を振り返れば、アレクシスとパーシヴァルが背を向けて歩き去っていくのが見えた。人々の冷ややかで気味の悪い視線がそれに合わせて動くのが分かる。

 彼等の背中越しに見える市街地はその光景こそ以前と何一つ変わらないのに、妙に薄ら寒い。




「あのアレクシス王子の護衛なんて、大変ですねぇ」


 会計の最中に言われた言葉に、パーシヴァルが僅かに目を細めた。アレクシス王子を店の外で待たせておいて良かった……そう思う反面、彼を待たせていたからこんな事を言われるのかとも思う。

 おまけに「王命ですか?」と労うように言って寄越すのだ。これには眉間に皺を寄せ、違うとはっきりと返した。彼を守ると決めたのは自分の意志だ、それは断言できる。今はもう、それぐらいしか断言できない。


「人を待たせている、早く包んでくれ」


 そう急かす声色に刺がこもるが、この雑多とした野次馬の群がる店の中では刺も意味がないだろう。いくら反論し必死に訴えたところで、彼等が考え直してくれることが無いのはこの一年で幾度と思い知らされ、そしてとうに心が折れた。

 関わらず話を広げず、すぐに店を出るに限る。そう自分に言い聞かせ紙袋に入ったパンを受け取り「あの子も可哀想に」という言葉につい反応してしまった。


「あの子とは、モアネット嬢のことか?」

「そうですよ。あんなふうに姿を隠して、不憫としか言いようがない。見た目の悪さに左右されるんだから、名家の令嬢ってのも可哀想なもんですよ」

「見た目の悪さ……」

「母君も妹もあんなに美しいのに。神様ってのは残酷ですね」


 姉妹でこうも美醜の差をつけるなんて、そう同情の色を含んだ声色で嘆く店主に、パーシヴァルがカウンターに手をかけ乗り出すように彼に詰め寄った。


「彼女の顔を、モアネット嬢の姿を見たことがあるのか!?」

「え、か、顔? いやまさか、相手はアイディラ家のお嬢さんですよ。幼少の頃をこんな一介のパン屋が知るわけがない」


 パーシヴァルの勢いに圧倒されるように店主が慌てて首を横に振って答える。

 曰く、アイディラ家の次女は生まれた時から身体が弱く、療養のために姉妹は長く避暑地に篭っていたという。そして妹の体調も良くなり心配も無いと判断し王都に戻るが、その矢先にあの日を迎えた。モアネットは初対面のアレクシスに観にくいと罵られたのだ。

 その後すぐにモアネットは顔を隠し、姿を隠し、そして古城に引きこもってしまった。

 つまり社交界どころか世間に禄に顔を見せていない。実際にモアネットの姿を見たという者は少なく、記憶もあやふやなのだ。そのうえ妹が見惚れるような美少女なのだから、周囲はより鮮明に彼女の美しさだけを記憶し、朧気な令嬢のことなどすぐさま忘れてしまう。


「モアネット嬢を実際に見ていないのにか? それなのに、どうして彼女を醜いと言う」

「そりゃあれだけ容姿を隠してるんだから、よっぽどなんでしょう。それにアレクシス王子の言葉を受けてアイディラ家はすぐに婚約者に妹に変えたじゃないですか。それほどってことですよ」

「見ていないのに」

「まぁでも、見た目は悪くとも彼女は優しい子ですよ」


 そう話しながら店主が釣りを渡してくる。

 それを受け取り、パーシヴァルが小さく溜息をつき……「これも貰おうか」とカウンターに置かれた小さな袋を手に取った。




 そんなやりとりがパン屋で行われているとは露知らず、モアネットは馴染みの店でワインを換金していた。

 それとしばらく古城を離れるためワインを卸せせないとも伝えておく。どこに行くのかと問われあの二人と共に国を超えると答えれば、店員の表情がハッキリと難色を示した。なんて分かりやすい。

 労りと心配を綯交ぜにしたその表情は、数年前に自国の第一王子を語っていたあの明るい表情とは真逆と言える。当時はあんなに誇らしげに饒舌に話していたのに。

 それほどまでか……とモアネットが薄ら寒さを覚えつつ金を受け取った。「気をつけて」と告げてくる声には皮肉も何もなく、そこにワインと金の関係があるとしても本当に案じてくれていると分かる。

『重装令嬢』等と皮肉しかない渾名をつけてはいるが、彼等は別にモアネットに嫌悪を抱いているわけではないのだ。

 むしろこんな全身鎧に対して話しかけてくれ、あまつワインを買い取ってくれる。その金額は多少値切られている気もしないでもないが、それでも彼等は全身鎧の見た目だけでモアネットを迫害するような輩ではないのだ。少なくとも、あそこまで露骨な視線を向けたりこれみよがしに陰口は叩かない。


 だからこそ、アレクシスに対しての掌返しが理解できない。


 そうモアネットが考えながら道を歩いていると、背後からトタタタタと小気味良く軽やかな足音が聞こえてきた。次いで響く、

「モアネットお姉様!」

 という声に振り返る。

 ここに居たのは濃紺の髪の麗しい少女。華やかなドレスが美しく、この市街地で一際輝いて見える。きらきらと、瞬くような音が脳裏に浮かぶ。

 そんな少女の姿に、モアネットがポツリと「エミリア」と妹の名前を口にした。





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