機械的面接
「……このままでは財政破綻です」
有識者を集めた会議場で、ある経済学者が悲愴感を込め訴えた。
国の失業率が15%を超え国家は危機を感じていた。
景気が悪いと言ってしまえばそれまでだが、問題は他にもあった。
若者が職に就かないのだ。
"自分に一番合った職業につきたい。"
誰もがそう思うことがあるだろう。
将来を思い悩み、どの職業についたらいいのか迷う。
その程度なら問題はない。
しかし、迷いに迷って、ズルズル学生を続け、長い学生生活を卒業後、路頭にも迷ってしまった。
また自分得手不得手にお構いなしに”カッコイイ仕事”に就こうとする若者も多くいた。
創造性が皆無なのにアーティストになろうとするもの。
運動神経が鈍いのに野球選手やサッカー選手を憧れるもの。などなど。
国はこうした現状を打開すべく、国中の専門家を集め対策を練った。
『若者の根性を叩き直すために徴兵制をおこなう』
『マスメディアを買収し、情報に敏感な若者に対し前向きな思考になるよう洗脳する』といった意見が出たが、どれも実行するために多大な論争が起こり、クーデターが起こり、国家がひるがえりかねないという結論に至った。
国家もあまりリスクは取りたがらないものだ。
「私に任せてもらえませんか?」
議論が煮詰まった会場で、1人の博士が名乗りを上げた。
「何か案があるのかね」
議長が尋ねた。
「はい、私は人間の行動心理と職業の関連性について研究しています。そこである機械を開発したのです。簡単に言えば、機械の質問に答え、身体検査をすれば、ある人の天職を知ることができる機械です。既存の物と比べモノにならないほど正確で、これを就職で悩んでいる若者に対して使用すれば、たちまち就職難は解消します。」
「そんなにうまくいくものかね?」
議長をはじめ、出席者は懐疑的だった。
しかし他に案もなく、なかば投げやりに博士に任せることにした。
そこで試験期間を決め、うまくいけば、国から援助をだすことにした。
研究室に戻った博士は早速、実験台となる学生を何人か連れてきて、機械の前に座らせた。機械はかなり大きく、銀色に輝き、マイクやスピーカー、また全身の内臓や筋肉をスキャンするための電極や医療機器を搭載していた。
機械の前に座った学生は不安そうだった。
「来年度、大学院を卒業ですが、いまだにやりたい職業が見つかりません。就活してもほんとは興味がない仕事だったりするので、面接にもうまく受け答えができず、50社落とされました。ほんとにこの機械で私のやりたい仕事が見つかりますか?」
学生はよほど追いつめられているのか、今にも泣きそうだった。
「任せなさい。君が機械の質問に正直に答えれば何の問題もない。まあ、ウソを言ったところで、機械にはウソ発見器もついているがね」
機械が起動し、次々質問を浴びせてくる。性別、年齢、学歴、趣味、健康状態といった基本的なことから、家族編成、好きな色、好きな食べ物、過去の女性関係、デートの時相手に対してどう接するかなど細かいことまで質問された。
その後、学生の体をくまなくスキャンし、血液を採血する。筋肉の構造、脈のリズム、血管の配置、内臓の大きさ、ホルモンバランスなど事細かな人体の情報をチェックする。
ひと通り検査が終わると機械の側面から一枚の紙が出てきた。
『天職=看護師』
『身体能力~』『精神能力~』『性格~』
「ふむ、結果が出たようじゃな」
「看護師ですって?考えたこともなかった。しかし今医学に関しての知識がないのですが……」
「この機械は君の潜在能力も完璧に反映するものだ。今は知識も経験もないだろうが、機械のことを信じこの仕事をやれば、君の持てる全ての能力を発揮しうるだろう」
「そうですか……とりあえず信じてやってみます」
そういって、学生は帰っていた。
他にも、その日診断を受けに来たある人は、自分は何をやってもダメだと嘆いていたが、機械が出した『彫刻家』という言葉を聞いて呆然としながらも少し納得しながら帰っていき、また別の体格の良いがガラが悪い男性は『警察官』という紙が出たときにあからさまに嫌悪感を出しながら帰って行った。
来る日も来る日も、機械は相談者に診断結果をはきだした。
始めて間もないころは、世の中に何も変化のない日々が続く。
その間に国の上層部の人間は催促しにくる。
金は出さないが口はたくさん出してくる。
そのしつこさはまるで借金取りみたいだった。
おそらく博士の成果を見守ること以外なすべきこと、いや、出来ることがなかった。
しばらくしたころ、社会の一部で小さな変化が起きていた。
各ジャンルの職種において新星が出現し始めたのだ。
それらのほとんどが博士の元で診断した若者だったのだ。
博士の機械から診断された若者は博士と機械を信じ、コツコツ努力をつづけていたのだ。
勢いはとどまることを知らず、次から次へと期待の新人がうまれ、それらがそのまま期待のエースになり、今までに無かった技術を開拓していった。
こうすると企業側も博士の機械に注目し始めた。
博士の元で診断したとなれば、どんな熟練の面接官として敵うわけがなく、企業側の入社試験も書類審査のみ、つまり博士の機械から出された紙一枚で行われるようになった。
産業技術的なことだけではなく、芸術や音楽の世界でも同様のことが起こっていた。
もはや機械によって超人的なパワーと才能を与えられているかのような錯覚さえ起こした。
博士の噂は瞬く間に広がった。
診断を求めやってくる人は当初の1000倍以上になり、研究所の前は順番待ちする人間であふれかえり、何日も待つ人すらいた。
国も博士の功績を認め莫大な予算を提供することにした。
その予算で人員を増やし、効率化を図った。
政府の人間は実のところ、機械そのものを量産したかったが、博士は何故か了承しない。
経済界が上向きになり、しばらくして、政界にも博士の機械が影響を及ぼしていた。
頭の悪い政治家や外面はいいが悪事に手を染めた政治家はふるいに落され、消えて行った。
代わりに入ってきたのは、やはり博士の機械によって『国会議員』や『官僚』と紙が出てきた若者だった。
選挙が無くなり、やたら熱意のこもった街頭演説もなくなった。
機械で選別されたという事実が人々の判断の全てとなっていたからだ、
外国との交渉する際にも機械によって選別され選ばれた。
国内と世界の情勢に詳しく交渉術にすぐれ、頭の回転が速い人間がえらばれた。
国は急成長し、一気に経済、芸術、医療大国に成り上がった。
そうなってくると、やはり他国の国々も黙っていない。
大国から法外ともいえる高い値段で博士の機械を売って頂きたいと申し入れがあったのだが、国は渋った。
これを売ってしまえば、一時的には大金を得るかもしれないが、このままでも順調に経済は良くなってきている。
またその後、経済や政治で太刀打ちできなくなることを恐れたのだ。
それに、博士が絶対に了承しない。
長年の交渉は決裂した。
普通に手にいれることが出来ないのであれば、今度は政治的に圧力をかけてきた。
しかし、長い交渉の間にも国は成長し、対処したは、もちろん機械で選ばれた国内で最高の人材、頭の回転で負けることはない。
業を煮やした大国やそのほかの国々は、スパイを何人も送り込み博士の持つ機械の仕組みを解き明かし、必要ならば博士の機械を破壊するように命じられた。しかしどういうわけか、誰一人としてうまくいく者がおらず、スパイもそのまま行方不明になった。
スパイa
「よし、祖国から命令が来た。いよいよだ」
私はこの計画が実行される時を虎視眈々と狙っていた。私は博士が開発した当初からこの機械に目を付けていた。研究室で働く人間の数、顔、出勤シフト、研究室の見取り図、セキュリティも完璧に頭の中に入っている。
「当日セキュリティ解除してもらうための内通者の協力態勢も万全だ。さすがに良心が咎め、設計図までは盗めなかったのは残念だが、仕方ない。」
内通者を作るのは、私ほどのスパイになると簡単なことだった。
「要するに飴と鞭の使い方次第だ」
私の口癖だ。
何十通りの侵入パターンもイメージトレーニングを行なってきているので、もはや目をつぶって設計図を盗み、機械を破壊することはたやすいだろう。
はやる気持ちをおさえ、いよいよ計画を実行した。
深夜、研究所は閉館している。
診断待ちの人間にまぎれ、研究所の塀で待機する。
最初に、研究所一帯を停電させる。
辺りは真っ暗になり、まわりが騒然とする中、敷地内に潜入。
その間、協力者には私の姿が防犯カメラに映らないように細工してもらう。
建物に入り、設計図と機械がある部屋には私の歩幅で220歩。
机や椅子の配置も分かっている。
巡回の警備員の時間とコースも確認済みだ。
いつ電気がついても、もしくは、つかなくても問題はない。
設計図と機械のある部屋にたどり着いた。
予定では金庫を開けてから、機械を破壊する。
機械を壊した音で警備員が駆け付け、金庫が開けられなくなる事態になると困るからだ。
金庫は機械のある部屋の博士の肖像画の裏に隠されており、ダイヤルを回し、鍵をカギ穴にさしこんで開ける二段構えだ。
古いタイプのものだが、とても頑丈で、重く、ピッキングも最高難易度の金庫。
しかし、ここは私の腕の見せ所。
金庫破りは私のスパイ仲間の中ではダントツにうまかった。
「5分、いや3分で開けて見せる」
にんまり笑顔を見せ、とりかかった。
全神経を指先に集め、わずかな感触をとらえ、次にダイヤルの音に耳をすませた。
実際、金庫は3分で開けることが出来た。
目の前には、設計図と思われる書類が置いてある。
手をのばし、中身を確認する。
今まで、どこの国のスパイもなしえなかったことを成し遂げたのだ。
スパイの顔から笑みが込み上げ、気も緩む。
そのとたん、猛烈なめまいと眠気におそわれ、スパイはその場で倒れてしまった。
朝、博士が出勤すると、見知らぬ男が床で寝ていた。
室内の様子を見れば男がスパイであることが一目瞭然だった。
部屋の入り口と奥にあるスイッチを押した後、スパイを縛り上げ、機械の中に通しスキャンし、それから起こした。
「おい、起きろ」博士はスパイのほほをたたき起した。
「……」
起きたスパイは無言のままボーっとした目つきで博士の顔を見つめている
「ふむ……うまくいったようだな」
博士は満足げにうなずいた。
機械にはある設定がなされており、金庫を正規のカギで開けない、または部屋に入り3分以内に部屋のいたる所にあるスイッチをおさなければ、催眠ガスを噴出させるシステムが組み込まれていた。
スパイが急に寝たのはその為だった。
「金庫を探し出し、あけるスパイなんて初めでだな。今までの奴は金庫を探している間に催眠状態になっていたのに……それに機械のスキャン結果は身体能力と知能が今までの人間と比べ、ずば抜けている。……今回は高く売れそうだ」
博士はにんまり笑顔を作り、人身売買のブローカーに連絡した。
やってきた人身売買のブローカーは、奇妙な出で立ちだった。
体は緑色、足は八本、銀色の服を着ている。
「今回の奴は研究所の中に侵入したうえ、金庫の鍵まであけやがった。それに体をスキャンした結果、驚異の身体能力を持っていた。きっとお宅のとこで役に立つはずです」
博士はスキャンデータを差し出した。
緑色のブローカーは八本の足を器用に使い、翻訳機を口にあてた。
「ふむ。確かに素晴らしいデータだ。ご苦労。こいつは地球上に存在しない金属2トンと交換してやろう」
「それはありがたい。こいつは好きに使ってくれ」
やっと催眠ガスの効果が切れてきたのか、スパイは声を発した。
「俺はいったい……はっ!化け物め!俺をどうする気だ?」
「私たちの星で、貴重な労働力として使わせてもらおう。何しろ私たちの種族は素晴らしい奴隷をさがしていたのだから」
博士は緑色の男の言葉に続けた。
「優秀なスパイは頭脳に優れ、肉体的にも優秀な人間がほとんどだった。彼ら宇宙人が求める人材に適任だったというわけさ」
「するとまさか……」
「ご明察通り、この機械は元々、優秀な人間を選別し、かれらの星の奴隷にするための物であり、“宇宙人の奴隷面接官”として存在していた。つまりこの機械は元々、宇宙人の所有物だったのだよ。優秀な人物を集め、捕まえるためには、何か理由付けが必要だった。それが、この方法だったというわけだ。まあ、無駄話はこの辺にして、そろそろもう一度眠ってもらおう。いずれ寝るヒマも無いくらいに働いてもらわなければ……」
緑色の男はスパイの顔にスプレーを吹きかけ、眠らせた後、どこかへ連れて行った。
一人残された博士は、スパイと交換した金属をウットリ眺めながら悦に入って呟いた。
「国益も上がり、邪魔な他国のスパイも始末でき、私が求めている物質も手に入る。まさに素晴らしい機械、いや……面接官だというわけだ」