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#097 関ヶ原の戦い(1)

 関ヶ原。

 四方を山に囲まれた、盆地である。

 そこに、横長の長方形を成す対角線の如く、街道が走っていた。

 北東から南西へと至る東山道、北西からは北国街道、南東からは伊勢街道と言う具合に。

 それら三つの街道が交わりし場所一円が、野原として広がっている。

 その原っぱこそが、史実では日本史上最大の合戦〝関ヶ原の戦い〟が起きた場所。

 総兵二十万とも伝えられる天下分け目の大戦が繰り広げられた、戦国の世を事実上終わらせた合戦場であった。

 その様な場所に、俺の率いる織田の軍勢が乗り込んだ。

 逃げる足利義輝を追い掛けるままに。

 日が暮れる頃合いには、三つの街道が交わる箇所から少し進んだ場所で行軍を止めた。

 前方には浅い川が流れている。

 更にその先には小高い山々、北天満山と南天満山が連なっており、その斜面を背にした形で幕府方による堅牢な陣地が設けられていた。


(高所を取り、万端を整えた上で待ち伏せていたか……)


 太陽は地平線の先に沈み、空に残るは微かな残照のみ。

 それすらも消え、やがては雲間から覗く月や星の明かり、それだけが頼りとなるのも時間の問題であった。

——リーンリンリンリン……

——チンチロチンチロ……

——コロコロコロ……

 草の影から起こる虫の鳴き音。

——グワッ、グワッ……

 何処からともなく聞こえるゴイサギの声。

 それらが五月蝿いほど幾重にも重なり、響き渡る。


(煩いな。だが、決戦の明日はこの比ではない! そして、決戦の帰趨は今宵の内に半ば決まるだろう!)


 俺は幕府方を睨み付けると、急拵えの本陣へと踵を返した。


 本陣の天幕内では主だった者らが集まり、得られた情報を検めていた。


「南東の桃配山、南宮山からは鳥笛が以前絶えたままよ。斥候を放つしかあるまい!」

「那古野砲(臼砲)、木擲弾(手榴弾)は間に合わぬぞ!」

「那古野筒(施条砲)も橋本一巴殿らの一部だけにございまする!」

「輜重が参らぬのか⁉ 明日以降戦えぬぞ!」

「清洲から続いた馬車には何が積まれておる? 銅管の束? なんじゃそれは⁉」

「森可成様、柴田勝家様は如何か⁉」


 紛うことなき、野戦司令部である。

 津々木蔵人が中心となり、通信衆から得られた新たな報せを基に軍監衆らが野戦地図の上に駒を並べていた。

 鎧武者が形作る輪の中に、何故か陣僧よろしく空誓が加わっている。

 四隅の暗がりには黒檀太郎ら鷹之目衆が腕組みして潜み、白い目を光らせていた。


「待たせたな」


 情報が出揃ったであろう時分、俺はその輪に加わる。

 そして、整理された報告を一通り受けた。


「……つまり、日の出直後に動かせる兵は三万を切り、対する幕府方は六万を数える。森可成、柴田勝家らの合流は遅れ、前田利益らの旗衆は徒にて更に遅れ、輜重は当てにならぬ、と。それだけでなく、後背の桃配山に敵方の間者らしき影が見え隠れし、それを裏付ける様に通信衆らの報せが途絶えている、と言う事だな」

「ははっ!」

「……(思った以上に拙いな!)」


 俺は腕を組み、考え込む。

 報せに抜けがないか、一発逆転に繋がる勝ち目はないのか、と。

 すると、幾つか気になる事柄に思い至った。

 その一つは、夜のコンビニの前に屯するガラの悪い中高生の如く天幕の周囲に集っていた、やたらと日に焼けた腕の太い者達。

 彼らの中心には六尺を超す、やけに目立つ偉丈夫がいたのだ。


「前田利家の周りにいた、あの者らは何だ?」


 傍らに立つ津々木蔵人が、困り顔で俺に答える。


「あれらは前田利家が集めし、兵法者らにございまする」


 甥である前田利益が力士を集め、自らの隊を結成した。

 それに触発されたのか何なのか、彼は各地を転々とする中、身分を問わず腕に覚えのある武芸者を織田家に引き抜いて回ったらしい。

 それが、


「件の武田信繁を討ち取りし者らにございまする」


 南蛮砲の飛び交う中、稲葉山城の搦手口から飛び出し、人による海を文字通り斬り開いたとか。


「……であるか」


 聞いた直後はそれしか言えなかった。


「千名の内、半数が薩摩からの者にございまする」

「何だと⁉」


 何でも「米がたらふく食え、酒を浴びるほど呑めるなら」と那古野まで付いてきたらしい。

 薩摩ってそんなに貧しいのか? 江戸時代では密貿易で潤ってたイメージがあるんだが……。

 成形済み那古野三和土の対価として、随分な量の米と酒を送った筈だけどな。

 ……もしや、兵法者とは名ばかりの、荒くれ者の厄介払い?


「……大丈夫なのか?」

「竹中重治によると、前田殿を除く多くが長巻野太刀を手にし、実に良い働きぶりであったとか。加えて、大層織田の領内を気に入っているらしく。裏切ることはないかと思われまする」

「ふ、ふうん……」


 ならばと、俺は本陣近くの遊撃に彼らを配置する事にした。

 騎馬と言う、機を見て走らす絶対の攻撃力がない以上、彼らを用いるしかない。

 徒歩なので機動力はないけどな。


 他の部隊も確認し、次に気になるのは兵具類であった。

 津々木蔵人からの報告にもあった様に、那古野砲(臼砲)、木擲弾(手榴弾)、更には数々の戦場で俺を勝利に導いた竹の足場(戦場簡易櫓)も無い。

 それもこれも、枇杷島橋が武田信玄による水計により、馬車や荷車の通行が困難になった所為であった。

 だが、何も無い訳ではない。

 岡本良勝が清洲から運び出した物があるらしいのだ。

 俺は天幕を離れ、岡本良勝が率いし一隊へと足を運ぶ。

 そこで先ず始めに俺を出迎えたのが、


「鋼の大弓か……」


 であった。

 先端には弭槍があり、俺好みの仕様となっている。


「ご所望の、人を打ち据えても壊れぬ弓、にございまする」


 だがな、鋼の弓など……


「重くて引けぬわ!」


 引いてみるまでもない。

 岡本良勝が「そんな殺生な!」と目を丸くした。


「良勝、己は何を根拠に……」


 俺の心に阿修羅が宿る。


「お、お待ちくだされ! 黒檀太郎殿なれば間違いなく!」


 そしてそれは、事実であった。

 呼びつけた黒檀太郎はいとも容易く鋼の弓を引いてみせたのだ。

 俺は思わず、呆気にとられる。


「……正に万力」

「マンリキ?」

「力があると言う意よ」

「チカラナイ、ミナシンダ」


 南蛮船における奴隷の漕ぎ手とは、そういう存在であった。


「弓は使えるのか?」

「ユミツカエナイ、エモノカレナイ」

「なれば黒檀太郎、この弓はお主に与える」

「lo! ア、アリガタキシアワセ!」


 そして、次は清洲から運んだ荷馬車へと向かう番だ。

 五体投地する黒檀太郎を尻目に、弾む足を進める。

 しかしそれは、何の変哲も無い箱馬車。

 だが、積まれた物が問題であった。


「こ、これは⁉」

「あの時とは違い、幾度も試み済みなれば。此度こそお役に立てると存じまする!」


 俺は突如湧き上がる武者震いを抑えられない。

 それ程の代物が積まれていたのだ。


「されど、一度が限界にございまする」

「構わぬ! 一度でも十分よ! 岡本良勝、お前はまっこと尾張の麒麟児よな!」


 大音声が口から迸るのも致し方の無い事であった。


 天幕に戻った俺は、新たに得た情報を元に練った策を皆に計る。


「このまま夜が明けても三万対六万と言う構図は変わらぬ。騎馬は居らぬし、背後の山中には甲賀者らしき透波が見え隠れする。よしんば、利益ら旗衆、森可成、柴田勝家ら騎馬が加わっても四万に届くかどうか。そこでだ……」


 それを元に、津々木蔵人らが参謀よろしく細部を詰め始めた。

 俺はそんな彼らを眺めつつ——


「信長だったら、こんな時はどうしただろう?」


 明日の天気は通信衆曰く、曇り後ち雨。

 雨が降れば野原は泥濘、兵の足は止まる。

 なのに、三万対六万が表す通り、明らかに分が悪い。

 ただでさえ少ない方が、より多く走らねば勝てないと言うのに。

 それだけでなく、武具も十分にないのだから。

 だが、天下を占う一か八かの戦だ。

 勝負したくなるのも当然である。

 信長ならば、桶狭間の如く……


「いや、それはないな。金ヶ崎の退き口を思うに、信長なら身一つで那古野に戻った筈だ」


 自分が生きてさえいれば、幾らでもやり直せると。

 そんな俺に誰かが音もなく近づく。


「信長様には信長様のお考えが、信行様には信行様のお考えがございましょうに」


 津々木蔵人であった。


「そもそも、信長様は常に相手より多き兵を用いて事に当たり、加えて総大将が前線に出て戦うことを良しとしなかった、と聞き及んでおりまする」

「確かに」


 史実ではそうに違いなかった。


「正直、信行様には見習って頂きとうございまする」

「……で、あるか」


 だが、既に賽は投げられた。

 後は明日の日の出を待つばかりである。

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