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#089 虎を狩る者、虎を誑かす者

 永禄六年(西暦一五六三年)十一月、京の都はいつになく賑わっていた。

 都大路、その全てが去来する人々に埋め尽くされ、明らかに積み過ぎだと分かる荷車が彼方此方で立ち往生する程にだ。

 その主な理由として挙げられるのが、征夷大将軍足利義輝による近江国ならびに伊賀国の併呑、であった。

 もとより治めていた山城国、それをも含めた三国の石高は百万石を軽く超える。

 時の将軍に対して甚だ不適当ではあるが、日の本有数の大太守、と言えた。

 その本拠地である山城国は京の都。

 住まう人々が


「将軍様万歳!」


 と盛り上がらぬ訳がなかった。

 では、一方のお上、為政者の側はどうかと言うと、


「この度はおめでとうございまする!」

「公方様は〝弓矢将軍〟の再来でございまするな!」

「大樹様万歳! 幕府万々歳!」


 下々よりも大いに沸き返っていた。

 いや、血わき肉おどる状態とも表すべきか。

 近江国と伊賀国を飲み込んで随分経つと言うのに、まるでつい先ほど難攻不落の城を落としたかのような空気を漲らせていた。

 それも、古来より足利家に仕える家柄の者ほど。

 近年の、足利将軍家が舐めた辛酸を思えばこそ、である。


 だがしかし、それを成し遂げた当の本人は日々厳しい顔を崩してはいなかった。

 この日の評定でもそれは変わらず。

 それどころか、新参者の重臣らを前にして、


「公方様、何かお気に触りし事でもございまするか?」


 あからさまに顔を顰めていた。


「……公方様?」


 やがて、ただならぬ気配を感じたのだろう、音がピタリと止んだ。

 すると、足利義輝の最も近い場所にいた男が、それまで閉じていた口を開いた。


「公方様はお悩みであらせられる」


 それは和田惟政。

 生まれは近江国甲賀郡であり、家柄は〝甲賀二十一家〟の一つに挙げられる程の名家である。

 お家騒動がもとで六角氏が滅びた今、甲賀の命運はこの男が握っていた。

 いや、今や彼が甲賀を率いている、と言った方が正しいだろう。

 その証拠に、和田惟政の指図で甲賀は動く。

 甲賀二十一家についで名高い〝甲賀五十三家〟の息女らが織田領内に遣わされたのも、彼の指導力のなせる技、であった。

 そんな男が意味有り気に含んだ物言いをした。

 足利義輝のを除いた視線、その全てが彼に注がれたのは、当然と言えば当然である。


「公方様はお悩みであらせられる」


 和田惟政が重ねた言葉に、


「和田殿! 公方様が気に病みし種はなんでござろうや!」


 一人の重臣が大音声で問うた。

 まるで歌舞伎の如き裏声で。

 和田惟政は気にもせず、答えた。


「公方様を悩ませしは! 屏風の中に住まう虎! である!」


 これもまた、芝居がかった声で。

 それも有り得ぬ事を。

 しかし、嗤う者は皆無。

 その意味を解せぬ者は、この場にはいなかった。


 公方様こと足利義輝が口を開いた。


「誰ぞ屏風の中に篭る虎を、いや……那古野総構えとやらの中に潜む彼奴を釣り出す、その策を挙げてみせよ」

「恐れながら!」


 間髪入れずに発する者。

 その名は、


「惟任……」

「明智光秀! にございまする!」


 であった。

 無論、足利義輝は明智光秀を見知っている。

 にも関わらずこの様な猿芝居をするその訳は、自らが認めた俊英を新旧の家臣らに認めさせる為であった。


「光秀、申せ!」

「ははっ! 公方様を悩ませし屏風の中の虎、この光秀めが必ずや誘き出してみせましょうぞ!」


 不遜な物言いの明智光秀を睨みつけた後、足利義輝はニヤリと笑った。




  ◇




 永禄七年(西暦一五六四年)一月、尾張国 那古野城


 ここ数年、正月を迎える度に那古野は賑やかさを増していた。

 だというのに、ある時を境に様相が一変する。

 那古野街道沿いの店々の戸が閉じられ、那古野大湊を不夜城の如く浮かび上がらせていた灯りが消えたのだ。

 無論、織田信行こと俺はその原因を把握していた。

 一つは、幕府が近江国大津に設けた〝大津米会所〟。

 これにより、尾張那古野に流れていた米が一転して、近江国に向かう事となったからだ。


(まさか、高騰した銀で支払うとはな。それにより、是が非でも銀を欲っした国人衆、大名共がこぞって近江国へと米を送り出した訳だ)


 加えて、織田領内を除く地域に広められた織田家に対する悪評。

 病を装う様な小賢しい織田に売るよりは、天下の征夷大将軍足利義輝の率いる幕府、それが開いた米会所に卸した方が作り手である百姓の受けが何倍も良かった。


 二つ目は、織田領との境に設けられた〝関〟が問題であった。

 中山道の不破関、東海道の鈴鹿関だけでなく、飛騨国、伊豆国、信濃国との境に幕府管轄の関が新たに設けられ、関銭が徴収され始めたのだ。

 結果、織田領内を血液の如く流れていた物流がピタリと止まった。

 とどのつまり、織田家は突如、幕府からの経済制裁を受け始めたと言う訳だ。


(その大義名分は幕府を通さずに南蛮国と取引をした、と言う事らしいがな)


 「何を今更!」と一時憤るも、よくよく考えれば理解出来た。

 これまで幕府は、足利義輝は無力だった。

 御内書を発するも、軽く無視される程に。


(俺も無視した口だからな)


 それがだ、瞬く間に三ヶ国を斬り従え、巨大な力を振るえるまでになった。

 しかも、独力で。

 〝機を見るに敏なり〟どころの話ではない。

 果たして、歴史上僅か二年弱で三ヶ国を攻め落とした英傑がいただろうか?

 それも、山城国と近江国と言うこの日の本の国の中心地を、だ。


(……俺の知る限り信長ぐらいか。もっともあれは、足利義昭を擁していたから成せた力技、と思うがな)


 そんな力を有した将軍様が意趣返しを行う、当然といえば当然であった。


(しかし、史実では数々の約定を翻した甲斐の武田は兎も角、同盟には比較的律儀に付き合うと思われた北条が関を許すとは……。流石にこれは予想の範囲外だった)


 幸いにして、織田領内には半ば独立した経済圏による需要と供給が成立しており、更には十分な備蓄があった。

 新米は勿論の事、古米、古々米などを万が一に備え、倉に保管させていたからだ。

 それだけでなく、尾張領内は米以外の様々な主食が広められていた。

 小麦粉からはうどんは当然の事ながらパンにパスタであり、蕎麦粉からは蕎麦とガレットなどがだ。

 つまり、南蛮人向けに作らせた料理が瞬く間に受け入れられ、主食の多様化が爆発的に進んでいた。


(不幸中の幸い、とは正にこの事だ)


 が、織田領内以外の地で、これらの影響を最も被ったのが何を隠そう薩摩であった。


「酒……か……」

「はっ! 酒、にございまする!」


 米がなくては酒は作れない。

 そして、その酒がなくては薩摩隼人は動かない。

 もとい、那古野三和土の為に人手を出さぬ、湊を使わせぬと言い出したらしい。

 更には、島津歳久が直々に出張り、那古野三和土を差し押さえたとか。


(島津にとっては酒が全てであったか……)


 さしもの前田利家、いや竹中半兵衛もこの酒に起因する薩摩島津の一連の動きは読めなかったらしい。

 彼らとその一行はあっさりと捕らえられてしまった。


(客人として遇されているらしいがな)


 俺は仕方なく那古野三和土を放棄すると共に、那古野から酒を送り人質解放を働きかけたのであった。


(しかしあれだな、風向きが変わるとこうも扱いが変わるか。戦国の世の常とは言え、幾ら何でも手のひらの返しが早すぎるぞ)


 俺は思わず、


(それにしても参った。今更幕府に恭順を示しても受け入れられないだろうし。そもそも、細川晴元や伊勢貞孝を匿ってるのもバレてるだろうし。うーん……幕府なぞ三好氏に滅ぼされる程度の存在で足利義輝はただの傀儡将軍、と現代の歴史シミュレーションゲームから得た先入観により軽く見てしまったツケが見事に返ってき感じだな。こうなったら、朝廷にすがるしかないか……)


 と考え込んだ末に、深い溜息をついた。


 それから暫く後、朝廷からの使者が那古野を訪れた。


「不破関では荷検めの列が酷く並んでいてな。もっとも、我らは菊の御印のお陰で造作もなく進めたがな」

「山科殿、それはようございましたな」


 山科言継である。


「時に来る時に目にした、枇杷島橋のたもとに建てられつつある不可思議にして巨大な塔、あれは一体何であろうか?」

「ああ、あれは……」


 それは現代愛知県の脆弱な観光力(現代の名古屋では新テーマパーク・ブロックが大コケしてた筈。いや、あれは敷地が千葉ネズミの国より遥かに狭いのに料金が変わらないからだったかな? ネズミの国51ヘクタールに対して、名古屋のブロックは9・3ヘクタールだし。その割には子供料金がネズミの国より高いとか。名古屋人は金にがめつい、と陰口を叩かれる訳だ……)を一変させる為に構想した有名観光スポット先取りシリーズ第三弾〝那古野版ビックベン〟、と素直に言っても山科言継に通じる筈もなく。


(因みにだが、第一弾は五稜郭ならぬ八稜郭、第二弾はベネチアを模した那古野大湊である。いや、父方の家系が愛知県出身だから、全国的にイマイチパッとしない現代愛知県の観光スポットを今から底入れしておこうと言うか……そこでまぁ、次は京から下ってくる商人向けに那古野の新たなランドマークを、と考えた訳なのだ)


 が、ここは一旦、


「……ただの見張り台にございまする」


 と誤魔化しておく。

 案の定、幕府と一触即発な尾張の現状を知る山科言継は「然もありなん」と大いに頷いた。


「時に、この様な時期に何故わざわざ那古野に参られましたかな?」


 「ただの使者ならば他の者でも足りる筈」と言う俺の問いに、山科言継は大層辛そうな表情を浮かべ、


「天子様が我ら(・・)直々に、困窮しているであろう平朝臣信行が悩みをよくよく聞いて参れ、と申されてな」


 と答えたと思うと、最後にはニヤリと笑った。


(と言うのが、建前、か。この狸め)


 そう、彼ら(・・)の狙いは他にあったのだ。


「時に、南蛮より特に珍しい品が献上されたとか。天子様はいたく気にされておった」


 今一人の使者、時の関白殿下であらせられる近衛前久がこの日初めて口を開き、真の狙いを露わにした。

 彼の態度は顔芸、もとい腹芸は山科言継に任せたと言わんばかりである。


(山科言継が狸なら、近衛前久は狐だな。それも極上の毛並みをした、な。ただ、いずれも化かすのが得意、と言うのが実に腹立たしい……)


 俺はそんな二人に対してニコリと微笑み、


「こちらですかな?」


 懐から時計取り出す。

 途端に、身を乗り出す眼前の貴人。


(……やはりそうか)


 俺はそんな彼らに対し、竜頭を押してみせた。

 刹那、パカリと開く蓋。

 と同時に、時計盤が二人の瞳に写った。


「……おお!」

「これが……」

「はい、懐の中の時計と書きまして、懐中時計にございまする」

「実に美しゅうございまするな」

「まっこと、尊き御方が持つに相応しい品である」

(献上しろ、という事か。だが、南蛮渡来の懐中時計はあと一つしかない)


 俺は恐る恐るといった体を醸し出しつつ、


「渡来の懐中時計、お一つで宜しゅうございますな?」


 こちらから数を指定する。

 すると、咄嗟に顔を見合わせた近衛前久と山科言継。

 彼らは何やら頷き合ったかと思うと、山科言継は俺の顔色を探るかの様に覗きながら言葉を発した。


「……天子様は……その……み……三つは欲しい、と申されておる」

(いやいや、絶対お前らの分を含めたでしょ! この古狸めが!)


 目論見を看破した俺は大変心苦しそうに、且つ丁重に断りを入れるのであった。


「恐れながら、天子様に献上されるに足る南蛮製の懐中時計はただの一つだけにございまする。それにそもそも……」


 ところがである、全てを言い終える前に狸爺と化した山科言継が、俺の膝に縋りつかんばかりに這いつくばる。


「織田殿! 後生じゃ! この通り、何とか都合して下され! これ程の品を目にした以上、儂は欲しゅうて、欲しゅうて仕方がのうなってしまったのじゃ!」

(狸なのに本音だだ漏れ!?)


 いや、これも作戦なのかもしれない。

 何故ならば、醜くも泣き落としに入った中高年に対し、俺は同情を禁じ得なかったからだ。


「とは申されても……」


 無理なものは無理、と言い含め様とした俺を近衛前久が素早く遮る。


「見苦しいぞ、言継! この場を何と心得る!」


 それも、まるで虫けらを見るが如く冷たい目を向け、言い放ってみせたのだ。

 更には、


「言継! お主が斯様な醜態を晒す故、尾張殿が気分を害したではないか!」

(お、尾張殿?)

「身共らは天子様が遣いぞ! 此度の無様、許されると思うてか!」

(確かにその通り。正論だ、正論だが……)

「言継! お主の様な老害が、何時までも天子様の名代など申して……」

「後は土に還るだけお主が、天子様と同じ物を欲するなど恐れ多いとは……」

(あわわわわ……)


 あらん限りに罵った。


「ええい! 此度の不始末! この関白近衛前久自らがお主の首をはねてくれるわ!」

(も、もう許してあげて! お爺ちゃんが死んじゃう!)


 俺は息絶え絶えの山科言継を目にし、思わず居ても立ってもいられなくなり——


「か、関白様! お、お待ちあれ! そ、某に妙案がございまする! な、何卒耳を傾けてくだされ!」


 すると、


「……尾張殿がそこまで申されるならば、話を聞いてみようではないか!」


 近衛前久がニヤリと笑った。


「!?……(し、してやられた?)」


 懐中時計がカチリと時を刻む度に、「ぐぬぬ」と後悔ひとしおとなる俺。

 対する貴人二人は、まるで何事もなかったかの様に居住まいを正し、澄まし顔を作っていた。


「ささ、申してみよ」


 近衛前久が勝ち誇りながら、扇を開いてみせた。


「……し、しからば……そもそも、南蛮渡来の懐中時計は幕府の締め付けを解く対価として考えておりました。その価値は十分ある、と考えます故に」

「確かに、公方様もこれ程の品を献上されれば織田殿を許してくれるやもしれませぬな」


 山科言継が首肯する。

 が、今一人の貴人は、


「だが天子様もまた、南蛮渡来の懐中時計を献上されたあかつきには必ずや! 幕府に働きかけてくださるであろうぞ」


 既定路線を崩すなと言わんばかりに、言葉を継いだ。

 実に見事な連携プレイである。


(どうしても幕府に献上させぬつもりか。もっとも、知られた以上仕方がないな。格上の相手に「見たことを忘れろ」と言える訳もないし……。しかし、朝廷からの働き掛けで経済封鎖が解かれるとは思えないのだが……。いや待てよ。幕府に解かせるのではなく、結果的に朝廷に解かせれば良いのではないのか? その為には……)


 俺は先の言葉について思い悩むフリをしつつ、新たな湧き出た策について深く考え、


「この信行めに、献上出来る南蛮懐中時計は一つのみ」


 手札を一枚切る事にした。


「……一つのみだと?」


 期待に反した所為か、不満顔を露わにしたのは近衛前久。

 俺はそんな彼を気にせず、更に一枚手札を晒した。


「ですが、〝那古野時計〟がございまする」

「な、那古野時計?」


 近衛前久と山科言継の声が揃った。


「如何にも。ここ那古野では南蛮より参った時計職人に新たな時計を作らせております」

「あ、新たな時計?」

「左様、世界広しといえども、未だ何処にもなき代物にございまする」

「何処にもなき……」

「幸いにして既に試作が終わっておりますれば、京の都にて天子様にご覧頂きとうございました。が、関の荷検めによる万が一を考えますると、いやはや……」

「織田の荷と知れば手荒くされるは必定。それどころか火を放たれるやも知れぬな」

「如何にもその通りでございまする」

「して、その那古野時計とやらは身共らには……」


 俺は心の中で舌舐めずりする。


「ご覧になられますか?」

「無論じゃ!」


 俺は二人を引き連れ、部屋を移した。

 そこは那古野にてもっとも広い評定の間。

 そして目当ての品はその間の、上座に位置する壁に据え付けられていた。

 西洋式の棺桶よりも一回り以上大きい箱。

 中からは規則正しい、それでいて重い音が響いている。

 だがそれが何かは、誰が見ても一目で分かった。

 何故ならば、大きな時計盤が上部にあったからだ。

 懐中時計に比べて遥かに大きい時計盤が。

 見ている間に長針が一つ、時を刻んだ。


「な、なんと大きい……」

「こ、これが那古野時計か? これを身共らに……。しかし、なんと巨大な……。いや、これ程の大きさであるなれば身共はあまり……」


 欲しくない、そんな雰囲気を醸し出す男らに俺は更なる手札、いや、虎の子の一枚を繰り出す。

 長針を動かし、時計盤の〝十二〟に重ねた。

 刹那、心地よい金属音と共に時計盤と天井の間に設けられた穴から何かが飛び出す。

 それは、明らかに鳥の形を模していた。


「は、鳩!?」


 そう、現代で言うところの〝鳩時計〟である。

 試作品故この鳩は未だ鳴かない。

 だがそれでも、この時代に生きる者には驚く程珍しい品であったのだろう、二人の貴人が鳩の如き顔を晒していた。


(この光景を目にしただけで、「鳩の飛び出すカラクリなぞ不要!」と強く反対するカルバン派の時計職人をなんとか宥め、説得した甲斐があったと言うものだ。もっとも、本来はカッコウ、つまりは閑古鳥らしいが日の本では宜しくないからなぁ。ただでさえ、近頃の那古野では良く耳にするし……)


 俺は少しばかり間を開けた後、とうとうと説明を始める。


「某の家臣、岡本良勝が振り子のとある特性を見出しましてな。それを用いた時計にございまする。今のところ、この世に一つとない貴重な品でございまする。あえて値を付けるなれば、一台千貫、でございましょうか。織田家としましては焼物、藍、木綿、絹、酒、手押しポンプ、羽毛布団などなどに続く新たな特産品として、まずは京の都にてお披露目を、と考えていたのですが……」


 しかし、先ほども話にあった関所がなぁ。

 加えて、那古屋の看板で売り出すと幕府に睨まれるよな?

 そんな訳で販売代理店とかあると助かるんだけどなー。

 幾らかは中抜きしても怒らないよ?

 などと俺は分かり易く、二人の思考の行き着く先を誘導した。

 案の定、賢き方々は——


「……良いだろう。関には身共自らが働きかけよう。最悪、天子様の御印を掲げた馬車、荷車を遣わそうぞ。それらに積み込めば幕府も手を出せまい」

「誠に宜しいので?」

「構わぬ」

「販売代理店? はこの言継にお任せ下され。一台千貫ともなりますれば、それなりの商人でなければ捌けぬ故に。そしてこの言継、それに能う商人には当てがございまする」

「左様でございまするか。では、お願い致しまする」

「なれど、鳩時計を見れる者を都に一人は欲しい。身共らは無論の事、商人らも中の事までは手が回らぬ故にな」

「勿論でございまする。それにつけても格別なご好意、誠に有難く」

「……なに構わぬ。近く熾るであろう戦火に焼かれ失うには、あまりに惜しいでな」

「………………え?」


 今度は俺が鳩になった。


「め、滅相もない事を。関白様、御戯れが過ぎまするぞ」

「そうであったな、許せ織田殿」


 近衛前久は再び、開いた扇で口元を隠した。


(な、なんだよその、つい口が滑った、みたいな感じは……)


 俺が訝しんでいると、


「時に、薩摩でも何やら商いで困っておるそうだな?」


 近衛前久が話を思いっきり変えた。

 が、俺は日々頭を悩ましていた懸案事項が突如湧き上がった事にドキリとする。


「な、何故ご存じで?」

「ふふふ、薩摩の島津は身共の、近衛家の家来筋。元々近衛家の家司なれば、な。ま、折に触れ聞こえて来るのよ」

(まじで!?)


 解決の糸口が見つからぬまま幾星霜。

 俺は藁にすがる思いで、建築資材を作らせていたが対価の酒が滞り人質をとられた、と包み隠さず話した。

 そう、薩摩が望むのは一時しのぎの酒にあらず。

 安定的に那古野酒が供給される体制の構築、であった。

 それが叶うまでは人質はもちろんの事、那古野三和土の供給はストップ。

 そして、その所為でビッグベンの建築が滞りがちとなっていたのだ。

 俺が話し終えると、さすがの近衛前久も呆れ顔となる。


「近衛様の家来筋と言うなれば、是非ともお力添えを賜りたく」


 近衛前久は暫し考え込んだ後、口を開いた。


「……都にな、先日不幸にも途絶えた酒蔵がある。そこを……。丁度、米会所、なるものが近くに……」


 まるで密談の如く、ごにょごにょと。


「なるほど、近江に米が集まるならば……」


 ひそひそと言葉を交わす。


「織田は当座の銭と酒造りの技を出せばよい。後の細かい事は……」

「この言継にお任せあれ!」


 そして最後とばかりに、山科言継が大見得を切った。

--更新履歴

2017/06/01 鳩時計と結びつけていた「閑古鳥うんぬん」の一文を削除、その他修正しました。


大変お待たせ致しました。

まさか前回更新から一ヶ月も掛かるとは思わず。

汗顔の至り、でございます。


あと、感想欄のログイン制限を解除(解放?)してみました。

この機会に是非、アカウントのない方々のご意見、ご感想も頂けたらと思います。


追記:書籍情報

・特典SSは「岡本良勝の回顧録」「ルイ十四世の弟 オルレアン公フリップでボンソワール」の二本となっております。

・つい最近まで「とらのあな」様を「アニメイト」様と同じ様な店だと思っていた。

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