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#085 歴史の大転換点

 永禄五年(西暦一五六二年)十二月。

 京を発生源とした二つの報せが、日の本の国を揺るがした。

 一つ目は、


「毛利元就、尼子との和議を仲立ちした朝廷並びに幕府に対し、石見銀山を御料所として献上する」


 であった。

 山陰・山陽八ヶ国の盟主であった尼子晴久がおよそ一年前に急死し、家督を継いだのが晴久の嫡男である尼子義久。

 その尼子義久が領内を纏めるのに手間取っている間、毛利元就は石見銀山に仕掛け、見事に奪取したのである。

 これに慌てふためいた尼子義久、彼は父である晴久が決して選ばなかった手を打った。

 それが、朝廷および幕府による和平の仲介、であった。

 しかし、その動きすら利用するのが毛利元就である。

 彼はあろう事か、「石見銀山から採れた銀、その半分を朝廷と幕府に献上する」のと引き換えに、その管理を一任される事、加えて、石見国への不入不可侵を半年という期限を設けはしたものの、尼子義久に認めさせる事に成功したのだ。

 正に「巧み」の一言。

 これに絶望したのが石見に残された尼子勢であった。

 彼らは、ある者は毛利に寝返り、ある者は自害を選んだ。

 結果、毛利は労せず、石見国を得たのである。

 半年後、石見国を併合した毛利元就は後背を脅かす九州探題大友氏を警戒しつつ、尼子の本貫地でもある出雲国へと攻め入ったのだ。

 その上で、朝廷および幕府との約定を果たした。

 誰にも、朝廷と幕府にすらも口を挟む余地が無くなった瞬間であった。


 さて、約定の一部として銀(石見銀山の年間産出量を一万貫とするならば、朝廷と幕府の取り分はおよそ五千貫。米に置き換えると五十万石前後となる、の一部)を得た幕府、公方様こと足利義輝の動きは素早かった。


「の、信行様! お、恐れながら、京にて大事にございまする!」

「なんだ!」

「公方様が政所執事伊勢貞孝とその郎等相手に挙兵! 伊勢一党は山城国を追われたとの事にございまする!」


 そしてこれこそが世を寒からしめた、京から発せられた今一つの凶報、であった。

 この出来事は言うなれば、国を度々追われた暗君が王なき国を支え続けた忠臣でかつ名宰相であった者を討つ、に他ならないのだから。

 ようやく国の屋台骨、幕府の中枢が落ち着きを取り戻した矢先に内訌が起きた。

 再び応仁の乱の如き戦乱が巻き起こるのか、市井は暗澹たる気持ちを隠そうとはしなかった。


「そうか! して伊勢殿は如何した?」

「はっ! たまたま居合わせた浪人衆に守られ、近江国六角氏の許に身を寄せたそうにございまする!」

「でかした!」

「何がでござる?」

「伊勢殿らを守る者らには那古野に連れて参る様、伝えてある。かように有意な人材を反乱のかどで討たせる訳にはいかぬ故にな!」


 伊勢貞孝とその一門は代々幕府の要職、政所執事を勤め、官僚機構の酸いも甘いも知り尽くしている。

 つまりは権力の生き字引なのだ。

 その者を失う、それがどれだけこの国の損失になるのか。

 公方様は一顧だにしなかったらしい。


「されど、一時は匿った六角殿、更には信行様が公方様に恨まれるのではございませぬか?」

「そこで、先の不可侵条約が生きてくるのよ」

「なるほど。三年もすれば、喉元過ぎれば熱さ忘れる、ですな」

「左様、左様」


 織田信行はニヤリと笑った。




 だが、足利義輝も一廉の人物であるのは間違いなかった。

 その証拠に、山城国を瞬く間に平穏ならしめたからだ。

 無論、その功の多くが彼の麾下に参じた、武士らの手による代物であったとしても、である。

 何となれば、彼は征夷大将軍足利義輝。

 彼の部下による全ての名声は、彼の許に還る。

 それは至極当然の事であった。


 その彼が、今宵は酷い夢にうなされていた。


「う、ううう、うぉー! し、静!? 静ー!!」

「い、いかがなされましたか!?」

「……し、静?」

「はい。静にございます」


 静とは今は亡き足利義輝の側近中の側近であった、進士晴舎の娘の事である。

 史実ではルイス・フロイスをして足利義輝の〝プリンセゼ〟と呼ばしめた、事実上の正室と世間から目されていた女性であった。


「嫌な夢を見た」

「どの様な?」

「余の首を狙う賊に城を囲まれ、討ち死にする夢よ。そして、我が子を宿した静、お前も知恩院で首を打たれる、と言うな……」


 しかも、一刀の許に首を切り落とされるどころか、その侍が不得手であったのだろう、万人が認めし美麗な顔に見るからに惨たらしい傷を刻んだ上で。

 救いとなったのは、この処刑を見ていた者が皆滂沱の涙を流した事であった。


「あれま、恐ろし」

「余は惚けている訳ではない。まるで現の如き夢であったが故、恐ろしかったのよ。なにより、静の腹に出来た彦を失のうたのがな」

「夢にまで……あぁ、おいたわしや。この静、姫しか産めぬ腹を申し訳なく思うておりまする」

「そうでは無い。余には分かったのだ、夢であれ、余と静の間に男の子は出来ていた、と。いや、これは天啓よ! 余と静が共に励めば必ず出来る、と言うな!」

「では……」

「ああ、励もう。なご……男女産み分け法、とやらをな!」

「うぅ、あ、ありがたき幸せ」


 那古野式男女産み分け法とは、睦言に長き時をかければかけるほど男が生まれ確率が高くなる、と言う代物であった。

 近年、織田信行に娘が多いのは、それが理由ではないか、とも民草には囁かれていた。


「なれど……」

「なれど?」

「いや、安心致せ。先の夢の話よ」

「お話くだされ」

「なに、力なき故、夢の中の余は討ち取られた。偶然やも知れぬが、その事は日々痛感しておる。故に我は自ら振るえる力を得ようと画策しておるのだが、それだけでは足りぬ様だ、と思うてな」

「はて、それは一体?」

「ふふふ、力が足りぬなら相手の力を削ぎ落としてやろうと思うてな。ちょうど、南蛮では禁制となりし秘薬が余の手元に有る故に」

「南蛮……。大友殿からでございまするか?」

「如何にも。日の本では未だ見出されておらぬ秘薬よ。味は無く、匂いもせぬ。故に誰にも、曲直瀬道三にすらも分からぬであろう。それを用い、余が力を付ける間、余が畿内を纏める間、他の邪魔者共、特に西国の大大名共の力を削ぐ。乱世の常道よな」

「……」


 静の肢体がぎゅっと締まった。


「なんだ、静。怖がらせてしまったか?」

「いえ、義輝様はまがうことなき公方様なのだと、改めて思うた次第。この静もまた、公方様の妾としてお勤めを果たしたいと、強く願うておりまする」

「なれば、静……」

「……はい」


 足利義輝は熱を帯び始めた身体を強く引き寄せ、組み敷く。

 静と呼ばれた女はそれはそれは長い時間、くぐもった悲鳴を上げ続けた。





  ◇





 永禄六年(西暦一五六三年)一月、尾張国 那古野城


「新年、あけましておめでとうございまする!」

「おめでとうございまする!!」


 林秀貞の音頭に合わせ、跪く家臣が声を揃えた。

 俺はそんな彼らを労い、面を上げさせる。

 そう、俺は無事、新たな年を迎える事が出来たのだ。

 正直、公方様こと足利義輝が、伊勢氏討伐の兵を挙げた時はドキリとした。

 不可侵条約があるとはいえ、あの、様々な問題を心の内に抱えてそうな公方様の事である。

 勢いに任せ、伊勢氏一門の落ち延びた南近江に攻め込む事も有り得るかも……、と。

 流石に、それは起きなかったのだがな。


(しかし……あの足利義輝が自らの兵を持ったか)


 史実とは似て非なる一連の動きとその結果に、俺はうすら寒い何かを覚えた。

 そんな俺を他所に、祝膳が並べられていく。

 やがて、支度が整ったのか、


「信行様、お願い仕りまする」


 挨拶を促す声が掛かった。


 正月の諸行事が終わった後、俺は早速正月評定を開いた。

 そして、それすらも滞り無く終えた俺を待っていたのは、


「待たせたな、千秋季忠(せんしゅうすえただ)。それに沢彦宗恩、空誓、トーレス」


 ら寺社奉行の面々であった。

 彼らは正月の挨拶を型通りに片付け、すぐ様、


「本年の御託宣を下賜願い奉る」


 のであった。


(さて、そろそろ都合良く予言と称して知識・雑学を語るのが、記憶力的にも、改変されつつある歴史的にも難しくなってきたのだが……)


 俺は言葉に詰まった。


(西暦一五六三年、一五六三年……イベントらしいイベントが思い浮かばないなぁ。めぼしい大名は息災の筈。唯一心を病んでたと思われる三好長慶が亡くなるのも、一五六四年だったよなぁ。足利義輝はその翌年だが、あれは暗殺だし……)


 これといって思い浮かばなかったからだ。


(でも、その三好と松永久秀繋がりで何かあった様な…………おぉ! そうだ! アレがあったか! 確か……)

「三好……」


 俺が一言漏らすと辺りがザワリとした。


「ま! まさか、三好長慶殿にございまするか!?」

「ようやく畿内が落ち着くかと思われましたのに……。しかし、三好長慶が……」

「幕府要職を辞し、大和国を失ってなお……。救われませぬなぁ、三好も……」


 俺はそんな彼らの勘違いをサラリと否定する。


「いや、その嫡男、三好義興」


 しかしそれは、誤差の範囲内、とも言える内容であった。


「同じ事ではございませぬか!」

「寧ろ、なお悪うございまする!」

「されど、信じられませぬ! 公方様との間柄も昵懇の、智勇を兼ね備えた武士と誉れ高き御仁が!?」

「まだ、二十一、二ではござらぬか!?」


 しかも、三好長慶からは既に家督を譲られている。

 だからであろう、残された三好一門は約束された輝かしい未来を失ったと嘆き悲しみ、更にはこの出来事を起点とし、没落し始めるのだ。

 だが、それと同じ事が別の大大名家でも起きた。

 それが、


「毛利隆元」


 である。

 俺がその名を呟くと、


「ヒッ……」


 と言う声を最後に、ピタリと音が止んだ。

 それはつい先日、「石見銀山を献上する」と世間を大いに騒がした者の一門である。

 そして何よりも大事なのは、西国一の戦国大名、毛利元就の後継者である、という事であった。

 蓄熱器(那古野三和土で造作された箱に熱した木炭が入れられている)から出る輻射熱にて温められた部屋が、まるでそれが突如失われたかの様に底冷えし始める。

 沢彦宗恩、空誓が無言で両の手を合わせ、トーレスは十字を重ね切った。


「……誠に相成りましょうや?」


 沈黙を破ったのは千秋季忠であった。

 彼は青白い顔を俺に向け、問うた。

 俺はそれに、


「確とは言えぬ」


 正直に答えた。


(俺が好んでプレイしていたゲームでは、病で寿命? を迎える武将はその時が来るとぽっくり死んだ。それも、ほぼ確実に。だが……どう何だろう? 俺が挙げた先の二人は平均寿命が五十歳前後の戦国時代においても、異様に早い早世だ。歴史には記されてはいないが、不慮の事故、もしくは暗殺、という事も有り得る。故に……)


「近頃、随分と因果律が揺らいでおる。いや、破れかけておる。原因は……(俺だ)分からぬがな」


 それっぽい言葉を並べた。


「では……」

「あぁ、人の生き死には、これ以降は難しいやも知れぬ」


 そして、丁度良い機会でもあった。

 予言打ち止め、その予防線を張る、な。


「なれば、その言葉をも添え、熱田様の神託とさせて頂きまする」

「季忠、それで構わぬが間違っても不破関から西に広めるでないぞ。当の本人らが知り得れば、何が如何なるか分からぬ故にな」

「ははっ!」



 寺社奉行との評定を終えた俺は、この日最後の会合に臨んだ。

 いや、謁見と言うべきか。

 異国の大使ジョバンニが「どうしても会って欲しい」と願い出ていたので、時間を取る事にしたのだ。

 無論、その望みは明らかである。

 それは神託。

 例年のこの時期に下ると知り、固執したのだろう。

 そして、その礼として貢いで来たのが、


「ほう、銀盃、か」


 であった。

 盃と言うか、器から伸びた足とその先に台があるので、正確にはゴブレットなのだろう。

 ビールを入れて飲みたくなる、そういう形状をしていた。

 細かく入れられた小桜、それが互いに繋がる、所謂ダマスク柄がヨーロッパらしさ、いや東方との交易が賑わうベネチアらしさを際立たせている。


「はい、ソーマ銀で作らせた代物です。我が祖国では銀をふんだんに使った器が諸侯に好まれます。理由がお分かりになりますでしょうか?」

「毒、であろう。銀で有れば黒く変わる事でそれを見出せる」

「やはりご存知でしたか。いえ、試した訳ではありません。そもそも、お知りであろうと思った上での献上ですので」

「されど、ここは日の本の地。御主の郷里で使いし毒は使われぬ。取り越し苦労よな。だが、我が身を案じた事には礼を言っておこう」

「有り難き幸せ。では……」

「ふふふ、分かっておる。神託であろう? だが、トーレスらにも申したが、時が揺らいでおる。確実な物で決してない、それは承知して貰うぞ?」

「当然です。神託が下され、それが災難を示しているのならば、人はそれを避けようと動く。それは必然なのですから」

「そこまで分かっているならば良かろう」


 と言ってみたのは良いが……何が有るだろう?

 正直、ヨーロッパで今何が起きているのか不明だ。

 流石の歩き巫女もあの地までは辿り着けないからな。

 となると、現代で学んだ世界史の範疇でそれっぽい事を伝えるしかないのだが……新教徒(ユグノー)大虐殺は前に言ったしなぁ。

 あぁ、そう言えば、カソリックがユグノーと、つまりはプロテスタントと決定的に決裂する、大転換点となる出来事があったな。

 俺はその出来事を神託とする事に決めた。


「トリエント、そこで教皇が主催するカソリックを中心とした会合が行われているであろう?」

「!? お、仰せの通りです……」

「そこで取り決められた内容がプロテスタントには甚だ厳しくてな。その結果、カソリックとプロテスタント、つまりはカソリック以外の諸会派は永遠に袂を別つ事となり、宗派間戦争がヨーロッパ全土を舞台として、何十年と繰り広げられる」

「そ、そんな!」

「慌てるな。で、御主のベネチアはそれに加え、先の争いの間隙を突いて侵攻して来たオスマン帝国に領内を荒らされる」


 俺の伝えた言葉に、ジョバンニは声も無く、顔を両手の中に埋めた。

 そんな彼の気持ちを少しは軽くしてやろうと、俺はオスマン帝国の目的を教える。


「だが、オスマン帝国の真の狙いはマルタ島よ」

「で、では! クレタ島は既に!?」


 ジョバンニの悲痛な問いに、俺は答えられなかった。

 何故ならば、その島の帰趨を世界史で学ばなかったからだ。

 俺は致し方無く、無言を貫く。

 彼が如何様にも取れるようにと。

 そしてジョバンニは、


「あぁぁ……、ベネチアが……」


 悪い方に受け取った様だ。


(すまんな、無学な俺を許せ……)


 俺は心の中で懺悔をしつつ、言葉を紡いだ。


「五万にも及ぶオスマン帝国兵に攻囲されたマルタ島は激戦の末辛くも死守する」

「……それでも、勝ったのですね」

「兵と住民の八割近くを失った、その結果を勝利と言えるならばな」

「クレタ島がオスマン帝国に奪われたのであれば、マルタ島は重要な防衛拠点と成り得ます。その地を確保出来たならば、勝利と言わずして何が言えましょう!」

「で、あるか……」


 俺はヨーロッパの地図を思い浮かべ、「そう言うものなのかなぁ」と考えに耽った。

 それを合図と思ったのか、


「失礼致しまする」


 小姓の一人が現れ、卓上に置かれた銀のゴブレットに酒を注ぐ。

 白濁した色が弧を描いて落ちる。

 途端に、酒の甘い香りが鼻を打った。


「……これは?」


 いつもなら葡萄酒の筈、ジョバンニの目がそう物語っていた。


「公方様、いや、御主の国の言葉で言うなれば日の本の王から賜った酒よ。もっとも、直接頂いた訳では無いがな」


 足利義輝は〝返礼〟と称し、日本各地の諸大名に自らが愛飲する酒を贈っていた。

 そう、俺以外にな。

 それが何故俺の手元にあるのかと言うと、三好長慶と松永久秀が気を利かせてくれたからであった。


「あの銘酒と、将軍家御用達として名高い〝柳〟の酒!? 凄く羨ましいんですけど!」

「えっ、贈られてないの? ……幾つか樽で頂戴したから送るよ。でも、公方様には内緒ね」

「超嬉しいです! このご恩はいずれ!」


 書状ではそれなりに畏まった文体でのやり取りであるが、今思えば酷く恥ずかしい。


「よ、宜しいのですか? 私の様な者に、大変尊き方からの代物を僅かなりとも頂くのはとても心苦しいのですが」

「何、構わぬ。南蛮の者の忌憚無い意見を知りたくてな」


 現代でもヨーロッパでは高い評価を得つつあったのだ。

 ならば今の時代でも好評を得るのではないか?

 であれば、この時代の日の本の国からの貴重な輸出品目の一つと成り得るのではないか?

 淡い期待が俺を駆り立てる。


「では」


 二人だけで〝乾杯(ちんちん)〟と唱和した。

 それを間近で耳にした小姓が顔を赤く染める。

 そんな姿を目の隅に入れつつ、銀のゴブレットを傾けた。

 銀特有の肌触りが唇に感じられる。

 続いて、優しい口当たりと確かな酒精。

 銘酒〝柳〟の芳香が鼻を抜けていく。


(実に上品な……)


 刹那、俺は目にした。

 銀のゴブレットが禍々しい色合いに染まっているのを。

 それが意味する事は一つ。


「プーーーーーッ!」


 俺とジョバンニは時同じくして吹き出した。


「い、如何なされましたか!」


 慌てふためく小姓。

 俺はそんな彼に、


「ど、毒だ! 公方様からの酒に毒が入っておるぞ!」


 事実を伝えた。





  ◇





 織田信行の〝神託〟は、各地に伝えられた。

 それも彼が思う以上の速さで。

 織田信行は、この時代における情報の重要性、それも決して外れぬと言われた神託、その伝達速度を甘く見積もっていた。

 その証拠に、不破関より東にのみ齎された筈の報せが、


「儂が………………死ぬ?」

「あ、熱田様が誠にそう宣託されたのか!?」

「ぎょ、御意!」


「元就様!」

「………………」

「元就様! 元就様!! お気を確かに元就様!!!」


 僅か数日の間を開けたのみで届けられたのだから。


 それはユーラシア大陸最果ての地、欧州でも同様であった。


「お前、聞いたか?」

「……何をだよ?」

「ナポリの東……の事だよ」

「…………おいおい。こんな所で口にするのか? 異端審問が激しくなっているのはお前も知ってるだろうに」

「……」

「取り敢えず……家に行くか」

「あ、ああ……」


 そして、件のトリエントではより重々しい空気が満ちていた。


「ベネチアがイエズス会から手を引くらしい」

「いや、それどころか、私が耳にしたのはカソリックとプロテスタントの争いに厭戦し、オスマン帝国に降るという噂だったぞ」

「カピチュレーションだとか……」


「異端の預言者は本物らしい」

「あぁ、ナポリの南東に石に埋もれた街があったそうな……」

「〝楽園〟、〝未知の南方大陸〟に続いて〝失われた快楽の都ポンペイ〟か……」

「教皇様は口にこそしないがな」

「ば、馬鹿な。それでは東の最果てに、イエス様の墓があると言うのか!?」

「…………命が惜しくば、それ以上はやめておけ」


「カソリックとプロテスタントがこのまま争い続けるのは如何なものか?」

「しかし、彼奴らの、ルターの戯言を受け入れろと?」

「聖書を慈しむ点は何ら変わらぬ」

「しかし!」

「イエス様が東の辺境の地で没したなど、御主はこれ以上耳にする事を耐えられるのか?」

「それに、東の果ての異端者が本物の預言者だとするならば、我らの教えは偽物となる」

「我らが紛い物……。認められぬ」

「……………………プロテスタントを今一度トリエントに呼ぶ。全てはそれからよ」


 一度は落ち着くかに思われていた会議が、再び踊り始めたのである。

 ただ、彼らは未だ知らない。

 いや、知る由もない。

 自らが、〝歴史の大転換点〟の渦中にいる事を。

 そしてそれが、たった一人の男の内に残る、ある筈のない〝史実〟により生み出されている事を。

 だが、それでもこの時代に生きる万人において、たった一つの事柄だけは共通していた。

 それは、これから先は誰も知らない歴史が始まる、という事であった。

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