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#008 現代知識

 那古野城に戻ると、そこは惨憺たる有様であった。

 城門は焼け落ち、扉は破壊され、敷地には大穴が空いていたのだ。

 月明かり、星の瞬きが如何に太陽に比べ弱い光だとはいえ、その姿は隠しようもなかった。


 俺は城門のあった場所を過ぎ、馬を城内に進めた。

 刹那、


「おめでとうござりまする、信行様!」


 大勢の武士の声が揃い、俺を出迎えてくれた。

 彼らの最前列には林秀貞(はやしひでさだ)津々木蔵人(つづきくらんど)ら、俺の家老達もいた。

 血と汗とそれ以外の何かによって汚れた地面の上に、居住まいを正した姿勢をとって。

 激戦を戦い抜き、疲れ果て、座るのも辛いだろうに。

 怪我を負い、明らかに血が足りない者もいるだろうに。

 それどころか、息をするのも、目を開けるのもやっとの者もいるだろうに。

 当然だろう、攻めやすく守り難い平城に篭り、数倍の戦力と戦い抜いたのだから。

 俺はその姿に思わず、込み上げるものを隠せなかった。


「うぉおおおー!」


 俺は馬から降り、彼らの側に駆け寄った。

 そして、


「平城に篭った数は八十に過ぎなかった! 方や攻め方は潜んでいた鉄砲衆を含め三百を優に超えておった! しかし、御主らは矢を放ち続け、梯子を押し返し続け、敵足軽を落とし続け、槍を馳走し続け、城を、この那古野城を守り通した! それも相手はただの武将では無いぞ! あの、信長ぞ! 勝った戦の数は数知れず、負けた戦は数える程しか無い信長ぞ! 御主はそれに勝ったのじゃ! 少なき数にて勝ったのじゃ! まさに比類なき武勇じゃ! この信行! そなたらの武勇に! そして、その陰に倒れた者達に! 三拝九拝の感謝をいたして候!!」


 心の底から感謝を述べた。

 その直後、城の壁を揺るがす程の音が沸き起こった。

 それは俺の眼前にいる武士達の口から発せられていた。

 その圧倒的な景色を前に、束の間、俺の心が痺れた。


 すると、最前列にいた林秀貞が近づき、


「勝ち鬨をお願いいたしまする」


 囁いた。

 俺は力強く頷いた。


「皆の衆! 勝ち鬨を上げよ! 清洲城にまで轟く程に! それ! エイ! エイ! オー!!」


 勝ち鬨は俺の温度が無くとも暫くの間、続いた。





 俺と俺の四名の家老達は当座の戦後処理を決めるため、那古野城は上の間に場所を移った。

 まず最初は、


「佐久間盛重、柴田勝家。那古野城の防衛、大儀であった」


 あの二人の処遇だ。

 いや、二人と彼らの一族の、か。


「しかし、私の家老でありながら、兄に通じ弑逆(しぎゃく)しようとしたのも事実。何ぞ、申し開きはあるか?」


 最初に答えたのは佐久間盛重であった。

 彼は昨年に起きた信長との争い、通称”稲生の戦”の前に信長方に転向していた筈だ。


「恐れながら、信行様。以前の信行様は織田家の一門衆として、立たれる気概がござらぬ様子であらせられました。覚えておられませぬか? 我ら佐久間家が幾度か諫言(かんげん)致しましたのを……」

(知らぬ……と言うか、記憶がない。体が弓を覚えているのに、何故頭が覚えてないのか? 記憶は魂と通じるということか? その割には、侍言葉? はスラスラ出る……謎だ)


 俺が無言でいると、佐久間盛重は続きを述べた。


「我ら尾張に住む佐久間氏は、遡れば越後は奥山に通じまする。故に越後に帰るは我らが悲願。その為には……」

「軽い御輿を担ぐか、大器の主人を頭に戴く……か。なるほどな」

「我らは信長様の覇気の中に、奥山の地を垣間見た気が致し申した。しかしそれは、我らの宿願が自らに見せた幻。信長様にとって我らは所詮、使い捨ての駒に過ぎぬと身をもって知り申した。故に、誓詞を出した次第に御座いまする」

「確かに誓詞は貰うたが……私の下でこれまで以上、いや、これまでの分も含めた以上に働けるのか? 一度は私を裏切ったのだ。兄上以上にお主らを、尾張におる佐久間氏を扱うやも知れぬぞ?」

「ははっ! もう、迷いませぬ! お許しを頂けるならば、尾張にすむ佐久間氏一同、命懸けで仕えさせて頂きとう御座いまする!」

「ならば許す!」


 佐久間の件はこれで終いだ。

 だが、もう一人いた。

 それは柴田勝家。

 こいつは「信長様は明日をも知れぬ命」と俺を謀り、清洲城へと誘った。

 加えて、稲生の戦でも、怪我のフリをして真っ先に逃げたんじゃないのか?

 その所為で、信行方の戦線は崩壊し、林秀貞が弟、林通具(はやちみちとも)は討ち死にした。

 討ち取ったのは、信長らしいがな。


「さて……」


 俺は柴田勝家に視線を向けた。

 すると、彼もまた腹の奥底に抱えていた思いを、(わだかま)りを述べた。


「某は林秀貞殿と共に、信行様を織田家の棟梁とすべく忠勤に励んでおりもうした。しかし、某の働きは信行様の御心に一向に適わず、それどころか信行様の御心は津々木殿に向けられるばかりになりもうした。如何なる時も、津々木殿が(はべ)っておりもうした!」

(……如何なる時も侍って? 織田信行が柴田勝家以上に津々木蔵人を重用してたって事か? だが……その気持ち分からないでもない。だって……)


 身の丈百九十センチ近い髭面の大男が、目を真っ赤にして声を荒げているのだ。

 正直、俺は身の危険を感じている。

 かれは腰に刀の類を差していないとはいえ、目の前の巨体に宿る力を使えば、俺など造作も無く殺せそうなのだから。


 その柴田勝家が俺ににじり寄り始めた。


「ですが、信行様のご寵愛が向けられなくとも、信行様のお側近くに勤められるならと、自らを慰めておりもうした。なのに……信行様は家中で有能な者共を津々木殿の下に集められもうした! それはまるで、某を信行様の側から遠ざけられるかのように見えもうした! 某には、それが悔しゅうて、悔しゅうて……」

(な、なるほど……。あ、あるよね、そういう事って。カリスマ上司に疎まれた始めた部下の悲哀って感じか? で、でもな、ちょ、ちょっと近づき過ぎじゃね? は、鼻息荒すぎじゃね?)


 佐久間重盛が柴田勝家の左腕を掴み、押し留めようとする。

 林秀貞が柴田勝家の右肩に手を置いた。

 その手には青筋が浮かび上がっている。

 津々木蔵人が俺と柴田勝家の間にいつでも入れるように、身構え始めた。


「その様な時でございもうした。姉の嫁ぎ先である佐久間盛次殿より、信行様を見限り信長様方に付いてはどうか、という誘いを受けたのは……」

(ほほう? 恐らくは信長による離間の計。だが、いつ頃の話だ?)

「しかし、某は断りもうした!」

(なんと! (おとこ)だねぇ)

「信行様のお側を離れたくは無かったが故に! ですが、あの稲生での戦が全てを変えてしまいもうした……」


 項垂れた柴田勝家。

 過去を思い出し、自責の念にかられている様だ。


「……柴田勝家、お主に一体何があったのだ?」


 俺は思わず身を乗り出した。

 柴田勝家ほどの漢を、こうも懺悔させる何かを知りたかったのだ。

 彼は消え入りそうな声で呟いた。


「信長様で御座いまする。戦場でのあのお姿に、某は魅入ってしまいもうした……」

(あぁ、分かるわー。信長、カッコ良かったもんなー。覇気溢れる武者姿。あれは男でも見惚れるわ)

「某、思わず尻をまくって逃げ出してしまいもうした。ご存知の通り、怪我をした、と偽ってまで。それどころか、稲生の後、某は自ら信長様に恭順の意を示しもうした……」


 ……要するに、信行に仕えていたが同期のライバルに出し抜かれ、居辛くなったので近くのライバル会社に転職したのだが、上手くいかず、それどころか敵に対する使者として使われた挙句、見捨てられたのが柴田勝家。

 まっこと、哀れよのう。

 だがしかし? ここで俺が柴田勝家を許せば……


 俺は心の中でニヤリと笑った。


「柴田勝家、お主の思い、相分かった。その上で頼もう、今一度私を其方の主にして貰えぬか?」

「の、信行様!」


 俺の名を叫んだのは津々木蔵人。

 俺は彼に手の平を向け、その動きを押し留める。


「柴田勝家を兄上の下に走らせたのは、私の不徳の致すところ。ならばそれは改めねばならぬ。それに私はお主を重用し過ぎた(ようだ)。それもまた改めよう。私の直属として仕える者達に対し、これまでの働きに関係無く、等しく振るまおう(実際のところ、誰が何をしてくれたか知らないしな)」


 俺は思い悩んだ顔を作り、津々木蔵人に語り掛ける。

 それを受けた彼は酷く悲しげな顔を俺に向けた。


(あれぇ? そんなにショック!?)


 が、俺はその事に深く触れず、


「それで良いな、柴田勝家。私に再び仕えてくれるな?」


 柴田勝家を説いた。

 すると、柴田勝家は髭面を涙で濡らしつつ、


「有り難き幸せ! この柴田勝家! 終生、信行様を崇め奉りもうす!」

「お、おう(崇め奉る?)。た、頼みましたぞ……」


 俺への忠誠を、彼の言葉で約した。

 実に力強い言葉。

 逆に、俺の声が尻窄みになった。





「次に!」


 俺は微妙な空気が漂い始めた広間の雰囲気を変えるため、勢いよく次の議題に移る事にした。

 それにだよ。

 俺は二人の勇将とその一族をあの信長から引き抜き、味方に出来たのだ。

 加えて人数が少なかったとはいえ、追い払えたのだ。

 もっと自信を持ち、胸を張っても良い筈である。

 勢いに乗り、テキパキと、戦後処理をしようではないか!


「林秀貞!」

「はっ!」

「兄上が退却したは、例の策が成ったから、それに相違無いな?」

「はっ! 信行様の御下知の通り、近隣の村々に燃え盛る松明を買うと、しかと申し伝えました。しかし、面白い様に集まりましたな!」

「うむ! さぞかし兄上も肝を潰したであろう。三方より敵の援軍と思わしき明かりが近づくのだからな」


 そう、俺は擬兵の計を仕掛けたのだ。

 松明一本を米もしくは銭に交換する、と御触れを出してな。

 この年の瀬、僅かな量の米や金銭であっても、松明と引き換えに貰えるなら嬉しいものだ。

 それが、松明一本の代価を大きく上回る代価であるならば尚更である。

 案の定、多くの人々が近隣の村々から、こぞって現れたらしい。


「少し集まった者が多すぎたやも知れませぬ。那古野城に残された量では足りぬ可能性が……」

「那古野城で足りなければ、末森城からも出させよ。決して約定を違えてはならぬぞ」

(民の信を得られ無くなれば、政道は立ち行か無くなるからな)

「はっ! 承知つかまつりました!」


 次は負傷者達だ。

 この時代、どう言う訳だか傷口に馬糞を塗りたくったり、馬糞を湯で溶いたものを負傷者に飲ましていたらしい。

 現代生まれの俺からすると、有りえない治療法だ。

 そもそも、治療とも言えない行為だ。

 そんな事をしたら、確実に健康を害するのだから。


「津々木蔵人!」

「はっ!」

「怪我の手当てに馬糞を使うてはならぬ!」

「し、しかし、それでは傷の手当てがままなりませぬ!」


 津々木蔵人にとっては突然の事なのだろう、彼は酷く当惑した。

 いや、彼以外の家老らもだ。

 だからこそ、改めねばならない。

 俺の兵はただでさえ少ないのだ。

 一人でも多くの負傷兵を癒し、再び戦場に立てるようにしなければならないのだ。


「唐国によると、馬糞は百害あって一利無しとの事。それよりもだ……」


 俺は清浄な水や一度沸かした水を使い、傷口を洗い流す事を教えた。

 加えて、


「松明を持って来た者の中に河原者や山窩が居ろう。その者達の中で薬草の類に詳しい者を探し出し、止血に効く草や病を治す草を聞き出すのだ。よく教える者には銭や米を多めに振る舞え。酒も望むなら出してやれ」


 現代知識を元に、薬草の存在を教える。

 馬糞を塗るより、余程効果が有る筈だしな。


 やがて、一通りの戦後処理が終わった。

 俺は安堵していた。

 無事に今回の評定も切り抜けられた、と。

 だがしかし、


(っていうか、この夢、いつ醒めるんだ? 俺、いつまで織田信行を演じ続けるんだ? どう考えても、いつか絶対バレるよなぁ……。バレたら……きっと殺されるよなぁ……)


 新たな問題が。

 それは誰にも相談できない事柄であった。








(つ、疲れた……)


 俺が織田信行が居城、末森城に着いた頃には、体力は限界に達していた。

 ちなみにだが、那古野城には兵をそれなりに残している。

 廃城予定の城とはいえ、信長には取られたくはなかったからだ。


 俺は明日の朝一に評定を開くと宣言し、将兵を帰した。

 その後、一番年若そうな小姓を捕まえ、


「体が重くてかなわぬ。具足を解く故、手伝え」


 と命じ、具足を脱ぎつつ、


「このあと直ぐにでも湯船に浸かりたい。誰でも良いから、準備をさせよ」


 と命じるも、


「ゆぶね? ゆぶねとは何でございます?」


 小姓はキョトンとした顔をした。


(えっ? やべっ! この時代、まだ風呂は存在しなかったのか?)


 俺は誤魔化す事にした。


「ゆ、湯船とはあれだ。唐国の風俗でな、人の入れる程の大きさの木桶の事だ。それに湯を張り、体を洗い清めるのだ」

「それは、寺社の湯堂や湯室の事では御座いませぬか?」

「そ、そう! (多分)その通りだ! 有るか!?」

「有りませぬ。そもそも、信行様は水を張った場所はお嫌いで御座いませぬか」


 何でも俺こと織田信行は、幼き頃、大蛇のいると言われた池に落とされた事があるらしい。

 それも、信長の手によって。

 以来、織田信行は大の池嫌い、川嫌い、海嫌いとなったらしい。

 加えて、湯堂や湯室を設けるのは大金がかかるとの事。

 当然、湯を毎日沸かすのにも膨大な経費が掛かるのだろう。


 俺は仕方なく、湯に潜らせた布で体を拭かせるにとどめた。

 自分で拭こうとしたのだが、何を言っても「某が拭きまする!」と小姓は頑なに拒んだ。

 あまりに頑ななので、


(あれかな? 一番若い小姓の仕事なのかな? 断ると仕事が無くなり、少年の養っている家族が困窮するとか?)


 俺はされるがままに。

 他人に拭かれるのも、存外悪くないものだ。


 その後、小姓を上手く誘導しつつ俺の寝屋に案内させる。

 正直、城の間取りが分からない。

 明日、一人で評定の間に辿り着ける自信もない。

 が、細かい事はどうでも良い。

 俺はもうへとへと。

 一刻も早く横になりたかった。


 寝屋に入ると、そこには一枚の敷布団? と大きな着物が掛けられていた。


(えっ、着物が掛け布団替わりなの!? しかも……お、重い。これじゃ、眠れない……)


 戸惑う俺に、


「信行様、お眠りになれそうですか?」


 小姓が問う。

 俺はそれに、


「(布団が重くて)無理かも知れぬ……」


 正直に答えた。

 すると、小姓は


「……分かりました。しばしお待ちを」


 と言って、俺の寝屋を後にした。


 小姓が下がってからの暫くの間、俺は、


「うーん、やっぱり眠れない……。現代でもベッドに羽毛布団だったからなぁ……。そりゃ、眠れないよなぁ。枕も妙に硬いし。風呂もそうだけど、この夢が続くんなら、その辺りを何とかしないとなぁ……」


 一人悶々としていた。

 その刹那、


「……信行様、御呼びでしょうか?」


 襖の先から声がした。

 先ほどの小姓ではない、男の声だ。


「えっ!?」


 スッと開く襖。

 そこにいたのは、三つ指をついた、


「……津々木蔵人?」


 であった。







(…………)


 言葉が無い、とはこの事だろう。

 何故か、真っ白い着物を身に纏った津々木蔵人が俺の寝屋に入ろうとしている。

 いや、入りたそうにしている。

 俺はそれを、


(ふ、ふざけんな! こんな夜更けに酷い冗談だ! 幾ら何でも怒るぞ!)


 視線で制していた。

 死線を共にした仲間とはいえ、織田信行の信厚き忠臣だとはいえ、それとこれとは別。

 それに、この様な悪ふざけに笑顔を返せるほど、俺は人が良いわけでも無い。


(何と言っても、万年平社員だからな!)


 俺はにこやかに微笑む津々木蔵人に対して、意を決して答えた。


「……そちを呼んだ覚えなど無い」


 多少棘のある言い方で。

 些か強く言い過ぎたのだろうか、彼は酷くショックを受けていた。


「そ、そうで御座いましたか……。戦の後は眠れぬもの。ですから……。いえ、そうではないかと思ったのです。柴田勝家殿にも”平等に”と申されていたのですから……」

(ここで何故柴田勝家の名前が?)


 逆に困惑する俺。

 しかし、それを面に出す事は憚られた。

 俺は無言を貫いた。

 下手な言葉を口にすると、俺が信行で無い、とバレるかも知れないからだ。

 やがて、


「……失礼いたしました」


 津々木蔵人は寂しそうな顔をして去って行った。


(な、なんだよあの顔! まるで俺が悪いみたいじゃ無いかよ!)


 俺は再び一人になるも、妙に興奮していた。

 疲れはもとより、眠気も吹き飛んでしまったのだ。

 それに、


(そもそも、夢の中で眠れる訳が無いのか!?)


 でもあった。


(あぁ、どうする! 何だか気持ちが高ぶりっぱなしだし。それもこれも、津々木蔵人の言う通り、戦の後の興奮の所為か!?)


 更に、寝返りを打ちつつ数十分が経過した頃合い。

 再び、襖の先に人の近づく気配が。

 それは徐々に俺の寝屋に近づき、部屋の前で止まった。

 津々木蔵人の口から柴田勝家の名前が出た所為か、


(あ、新手の訪問者? まさか……柴田勝家? こ、こんな夜更けに!?)


 俺が戦々恐々としていると、訪問者が襖越しに声を掛けてきた。


「信行様、入っても宜しゅうございますか?」


 明らかに女性の声。

 俺は思わず、


「許す!」


 力強く答えた。


「有難う御座いまする」


 嬉しげな声。

 襖がゆっくりと、音もなく開いた。

 その時、俺の目に映ったのは、


「か、可愛い……」


 野に咲く白菊のような、可憐な大和撫子であった。


(だ、誰だ? この少女はいったい誰なんだ!? 背も高いし、正直どストライクだよ!)


 少女は薄明かりの下でも分かるほど、頬を桃色に染め上げていた。

 衣服は白く薄い着物。

 細い帯を腰に巻いている。

 その所為で、あろう事か、それとも必然か、少女には不似合いな程の立派な胸が強調されていた。


(少女が何故俺の寝屋に? そんな事、決まりきっている! 眠れぬ俺に津々木蔵人が寄こしたのだ! でかしたぞ、我が忠臣の中の忠臣! 近いうちに必ず褒美をやろう! が、その前に……)

「戦の後の所為か、夜は目があまり見えぬ、耳が遠く感じる。もそっと近くに、はよう近くに。お主の名を、私との関係を教えておくれ」


 俺は芝居がかった様子で少女の身を尋ねた。

 誰だか分からないままでいるよりは、知っていた方が良い。

 少なくとも、名前ぐらいはな。

 すると、


「うふふ、お戯れを。わたくしは荒尾御前と皆に呼ばれておりまする。貴方様の室に御座います」


 甘い声が耳元に返ってきた。

 次の瞬間、少女の重みを俺は全身で受け止めた。

 少女の体から発した匂いが、俺の鼻腔を満たした。

 刹那、理性が決壊した。

 心の奥底から突如湧き上がった劣情に俺は飲み込まれた。

 俺は少女の唇を激しく吸い、そのまま押し倒した。

 ふと、少女の顔を見ると驚きと、嬉しさがない混ぜとなった表情を浮かべていた。


 俺は再び彼女の口を俺自身の口で塞いだ後、()()()()を活かした、濃厚なセックスをした。


 その結果、


「貴方様……」

「……どうした?」

「何と申して良いのやら……」

「何だい? 言ってごらん、私の白菊」

「あれ、お恥ずかしい。では……思い切って……」

「あぁ、何でも言うが良い。例え私を罵る言葉であっても、私はそれを含めて、貴女の全てを愛してみせるよ」

「あれまぁ、嬉しい事を。では……」


 少女は大きく深呼吸をした後、言葉を発した。

 それは睦言とは思えぬほど、底冷えのする声音であった。


「貴方様は……」

「うんうん?」

「信行様ではありませんね」


 バレた。


「えぇっ!?」


 俺の体が硬直した。

 頬がチクリとした。

 いつの間にか、少女の握る短刀が浅く刺さっていた。

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