#076 上洛
「……やはり、岡本良勝に作らせたアレを持っていくか」
永禄五年(西暦一五六二年)九月上旬
残暑厳しい最中、俺は上洛した。
おおよそ一万の兵を率いて。
その内訳は津々木蔵人が率いし近衞七千、前田利益が率いる旗衆改め旗本の三千であった。
これに輜重等が加わる。
先陣を務めたのは威風堂々、豪華絢爛な装いをした旗本衆。
身の丈六尺を優に超す武者行列が街道を行く姿は見るものを驚嘆させ、続いて楽しませていた。
さて、何故上洛の話が届いてから実際に上洛するまでに一月以上の時間が掛かったのか。
それは朝廷との談合に加え、途上にある六角等との調整に時間を要したからである。
道路敷設に伴う、人足やら資金などの負担割合調整などなど。
と言うのは表向きの話。
実際のところ、稲刈りの季節が出来るだけ近くなるよう、出立を遅らせていたのだ。
(遅らせれば遅らせるほど飯盛山にいる兵は稲刈りをしに国許に帰るだろうからな。そうすれば、俺の安全も僅かだか確かになる筈だ。駄目押しとばかりに「米の融通が出来なくなった」と両者に伝えたしな)
その目論見は当たった。
三好勢と畠山、六角勢の兵は潮が引くかの様に飯盛山城周辺から引き上げていったのだ。
もっとも、朝廷との交渉も簡単に纏まった訳ではなかった。
当初、叙任して頂く官位は尾張守唯一つ。
そこから三河守、遠江守、駿河、美濃守だけでなく弾正忠、更には大宰を請い、鎮蛮府もしくは那古野大宰府を開く事を許される様に願った。
流石に大宰と鎮蛮府、那古野大宰府は認められなかったが、それ以外は叶った。
その代わりに洛内の警護以外に大変な役目を引き受けざるを得なくなったがな。
ちなみにだが、鎮蛮府、大宰府とは幕府の管轄から外れた、朝廷を頂点とする独立外交兼地方行政機関だと思って貰えれば良い。
南蛮人相手の外交や防衛を主に担いつつ、行政権(利権)を占有する。
博多にあった鎮西府、後の太宰府は「遠の朝廷」と呼ばれる程の権限を有していたらしい。
困窮する朝廷の足元を見て「あわよくば」と思ったのだが、「国司長官の官位一つにつき毎年五十貫の献金ではとてもとても……」という事だった。
無論、俺は駄々を捏ねたりはせずにあっさり引き下がった。
相手の手札を予想して掛け金を吊り上げるのが賭博の常道ではあるが、何事も程々が肝要、だからである。
山科言継は「良い前例ができた」とホクホク顔だったがな。
そんな訳で都に入った俺は、昇殿宣旨とその後に続く天子様との謁見、叙任を明日に控える中、既に禁裏に入っていたりする。
献上品の目録を山科言継と検めたついで、とばかりに。
「ほう、太陽熱温水器を? 織田殿の領国内だけに許されておると存じておるが……宜しいのか?」
「構いませぬ。夏を過ぎれは日々寒さが酷くなる。都は盆地故なおさらでしょう。病を避けるには体を冷やしすぎず、日々清らかにするのが肝要。つまり湯浴みですな。されど薪代は高い。日々の費えを少なくするのが何よりも大切でござろう。されど数に限りがござる。皆が楽しめるよう、設ける場所には配慮願いたい。また換えはありませぬ。くれぐれも扱いは大事に頼みまする」
津々木蔵人と前田利益ら数名のお供を引き連れて。
それも山科言継の案内、で。
どういう訳か特に持ち物検査も、誰何を一切される事もなく、だ。
(現代感覚を有する俺からすると有り得んな。そもそも、警備の者は僅かしかいないし、その彼らからもやる気が全く見られないのだが……)
さては俺が数カ国にも及ぶ国持ち大名の一行だから安心している? と山科言継に問うてみると、
「いや、商人だろうが何だろうが、身元がはっきりしている者で望む者には儂が自ら連れ立って見せて回っておるし、禁裏を警衛する者で儂の顔を知らぬ者、咎める者は居らぬ。そもそも勝手知ったる何とか、とも言うでな」
と実に軽く答えた。
どうやら、知り合いを引き連れて禁裏を拝観する、なんて事は良くあるらしい。
天子様が過ごしあそばされる御所なのに、本当にそれで良いのか? と俺の方がわだかまってしまう。
(現代で言うならば、宮内庁に務める課長職が地方に住む友人とその友人を引き連れ、皇居内をウロウロしている様なものだ。それも無断でな。……考えられないな)
さて、その禁裏なのだが……庭は見事な造営をしているが、家屋の痛みが激しい。
修繕はそれなりにされている様なのだがな。
塀は表面の漆喰が剥がれ落ち、中の土が剥き出しになっている。
いずれ来るであろう大地震、それを待つ間に崩落するかもしれない、そんな有様であった。
「天子様の御所とは云え、実に嘆かわしい有様であろう?」
山科言継の言葉に俺は小さく頷き返す。
すると彼は「もう少し献上金の額を引き上げてくれても良いのだぞ?」と言わんばかりに、ニヤリと笑った。
さらに進むと、小御所と呼ぶらしい建屋、それに面した庭園に出た。
見事な松が数本、植えてある。
所々に点在する巨石。
雅な風情が生み出されていた。
そんな中に、一人の壮年がポツンと座っていた。
岩に背を預けながら、まるで我が物顔に。
よくよく見てみると、その身に纏う衣服は上等。
公卿の身分にある者の中でも上から数えた方が早い、そう一目で察せられる程だ。
禁裏内でその様な雰囲気を醸し出せ、しかも身分の高き者。
その様な存在が、そういる筈もなかった。
(誰だ? まさか、今上天皇ではあらせられないよな? 一条、二条、とんで九条とか、五摂家の人だよな? って言うか、そうであってくれ……)
俺の懸念をよそに、俺の案内人こと山科言継はその場で跪き、御名を口にした。
「天子様!」
その御方は正しく、今上天皇であらせられる正親町天皇であらせられた。
俺も慌てて、その場でひれ伏した。
それは供の者も然り。
辺りの空気が極度の緊張を孕み始める。
前田利益などは普段の締まりの悪い形を潜め、下げて相手に見えぬ筈の顔にわざわざ真摯な表情を浮かべる程であった。
「平朝臣信行、これへ」
深みのある声が響いた。
俺の名を呼ばれた不思議。
(さては……山科言継の差し金か? となると、嵌められたか!?)
しかし、その様な事を一顧だにする事もなく、俺の体が自然と動いた。
顔を俯いたまま、声の起こった場所に摺り足で近付いたのだ。
「昇殿宣旨の前に禁裏に参ると聞いてな、いてもたってもおれずここで待っておったのだが……まずは面を上げよ」
「ははっ!」
俺は言われるがまま、顔を上げた。
刹那、目にしたのは大きな瞳の奥に深い光を湛えた、瞬きを全くする事なく凝視し続けつつ微笑みを浮かべる天子様の御尊顔と、
「まぁ、取り敢えず呑め」
と言わんばかりに突き出された鉄製の提子(注酒器)であった。
(なっ? 突然の天盃!? にもかかわらず、酒盃がこの場に無い? つまり……その口から直に吸えと? いやー、流石にないわー)
俺は束の間、失礼ながらも天子様の顔をまじまじと見返した。
その御尊顔には一点の曇りも見受けられない。
例えが悪いとは思うが、苛めっ子ばりの明らかな確信犯顔であった。
(と言う事は……試されてる? 何の為に? それとも敢えて俺の方から断らせたいのか? ならば……酒盃が無い事を理由に断るのはちょっと、なぁ……)
ならば! と俺は意を決し、懐から懐紙を取り出す。
そしてそれを、数枚重ねた上で、
「失礼いたしまする!」
と断りを入れつつ、その場で折り始めた。
まるで折り紙を折るかの様に。
否! 正に折り紙その物であった。
(出来た! 葉っぱ皿!)
俺はそれを提子の口の下に、恭しく差し出した。
まるで、何事も無かったかの様に注がれる澄んだ酒。
辺りに強い酒特有の香りが薄く広がった。
「まずは一献」
俺は頂戴したその言葉と供に、紙の盃を軽く傾けた。
刹那、先ほどとは違う、爽やかな香りが俺の鼻を満たした。
(ん?)
僅かに気になり、軽く舌を濡らす。
(あれ、甘いな? 舌も痺れ始めないから毒の類ではない。なら、大丈夫か)
紙で模した盃を一気に呷った。
懐紙が大き過ぎたのか、ゴクリゴクリと酒が喉を幾度も鳴らし、胃に落ちてゆく。
その度に、喉と胃を心地よく焼いた。
「見事なり」
見上げれば、天子様が「いとおかしい」と言わんばかりに笑っておられた。
「かような真似をするとは思わなんだ。何故酒盃が出てくるのを待たなんだ?」
「はっ! 恐れながら、待つ間に酒盃が現れるとも思えなき故にございまする」
「それだけか?」
「然に非ず。物が無ければ無いなりにやりようがございまする。此度もそうであったが故に、それを為したまででございまする」
「ほう、殊勝な心掛けよな」
「お褒め頂き、有り難き幸せ。敢えてその心を詠むなれば、”鳴かぬなら 鳴かずともよい ホトトギス”でございまする」
「その意は何ぞ?」
「鳴こうが鳴くまいがホトトギスはホトトギス。その在り様は一切変わりませぬ。と同時に、良く歌うホトトギスを欲するなれば、それに代えればよいだけの事。転じて、望む物が無ければ工夫し、代用せよ、と言った所でございまする」
直後、天子様は声を荒げ笑われた。
そして一頻り笑われた後、声のトーンを落とし、
「恐ろしい! 御主はげに恐ろしき武士よ! 我の役に立たねば取り替えよ、天子であっても例外では無い、朕が無用なれば親王に首を挿げ代えよ、と左様に申すのであろう?」
と尋ねられた。
俺は自らの意の斜め上を行くその解釈に、思わず慌てふためいた。
「お、恐れ多くも左様な事は決して!」
「そうであろうか? 鳴かぬホトトギスは捨てるのであろう?」
「まさか! 我が手にある以上、慈しみまする! 役立たずは捨てるなど、左様な意味は決してございませぬ。ある物を慈しみ、大切にし、工夫する、それだけにございまする!」
(って言うか、会社一の穀潰しだったし! そんな俺が役立たずは辞めろなど言えませんって!)
「ふふふ、必死よな。なれば、なるほど、という事にしておくか」
(くっ……おちょくられてる気がする……)
天子様はそう述べられつつ、悪い笑みを御尊顔に浮かべられた……いや、顔に浮かべた。
「時に、御主は地球儀を朕に献上するほど南蛮に詳しい、左様であったな」
「……いえ、それほどでもございませぬ」
俺は突然話がガラリと変わった事に驚きを覚えつつ、慎重に答えた。
すると、何処かでタイミングを計っていたのだろうか? 従者が一人、俺のお手製である螺鈿細工の地球儀をその両手に携え、現れた。
描かれた大陸と海洋の形は間違いなく現代で見られるソレ。
よくよく考えれば、完全なオーパーツ(作られた当時の文明レベルでは有り得ない物品)と言うべき代物であった。
(山科言継を介して献上した品か。宝物庫に直行した訳では無かったか……。いや、こうなる事は予想してしかるべきだった?)
俺の背筋を冷たい物が流れ落ちた。
刹那、
「日の本はこれに相違無いな」
正親町天皇が極東の島国を指して問うた。
俺はそれに「是」と答えた。
「なれば、明と南蛮の位置を教えよ」
俺は問われた場所を大まかに指し示した。
正親町天皇の目が鋭利な刃に様変わりした。
「明は兎も角、迷う事なく西方の最果てを指し示すか……。正しく近衛前久の言うとおりよな」
(関白近衛前久が俺の事を? むぅ、何と言ったのか気になる所だが……)
俺から天子様に問える筈もなく。
(信長だったらこの場合、どうしただろうか? うーん、そもそも「酒を飲め」と言われた時点で、「酒盃がなくて飲めるか!」と怒り狂って帰ってそう……)
俺は唯々黙り込み、天子様の一挙手一投足を目で追い続け、あるかもしれない次なる問いに備えていた。
そして、その時は来た。
天子様が数々の問いを、次々に口にしたのである。
時々、「呑め呑め」と提子を突き出しながら。
俺は頂戴しつつ、それらに対して真摯に答え続けた。
「南蛮人共は何故、かような長旅をしてまで日の本に参ったのか?」
「はっ! 明と日の本の間を取り持つ、いわゆる中継貿易により巨額の富を得る事が出来た、と学んでおりまする」
「中継貿易、とな。して、日の本は何を得、何を失う?」
「明からは生糸や絹織物、南蛮からは鉄砲に火薬などを得、代償として主に銀。加えて硫黄、奴隷などを手放しておりまする」
(確か、この時代の世界に流通する銀の三分の一が日本産だったらしいからな。彼らからは銀群島と呼ばれていた程だ)
「銀、それに奴隷を……。奴隷は兎も角、黄金よりも銀を欲するのは何故か?」
「日の本における金銀の価値と明における金銀の価値が大きく違う故にございまする。日の本では金一に対し銀は十一前後、されど明では金一に対して銀は五。その差を巧みに突き、銀を明に運び、銀を金に換え、金を南蛮に持ち帰っているのでございまする。故に皮肉を込め、南蛮人は日の本の事を”黄金の国ジパング”と呼んでいると聞きまする」
「何故、明は自ら日の本と交易せぬ?」
「はっ! 誠に口にし難い事でございまするが……明にとって日の本との交易など、有って無いが如し。それどころか、対等の取引相手とすら考えられておりませぬ」
「なんと!? して、それはいかなる理由でか?」
「明からにしてみれば、日の本の王は幕府を開く足利家。明はその足利家に対し、皇帝から臣下に対するが如く応じておりまする。さしずめ、足利義満以来行われし交易は皇帝に対する献上品とそれに対して下賜された品々、でございまする」
「それが何故、明と日の本が直に交易せぬ理由となる?」
「最大の問題は幕府から明との交易を取り纏めをしていた者、大内氏が内訌により討ち取られた事にございまする。以降、代わりの者が交易の再開を申し出たのですが簒奪者と見なされ拒まれている次第」
「ちっ、尾張の田舎侍がよう知っておるのう……」
「ん?」
「いや、こっちの話よ。日の本の奴隷を連れ、南蛮人は何を企んでおる?」
「はっ! 男の大半は異教徒相手の肉の盾として買われ、女子供の大半は長い船旅における水夫どもの慰みにされているとか」
「肉の盾と?」
「この、ゴアなる地では南蛮人よりも遥かに多くの日の本の民が住んでいると聞きまする。主人である南蛮人を守るために。剣一つで鬼の如く戦う、命知らずの化け物、と現地の民に恐れられているとか。また、女子供は慰み者として扱われた果てに、毎年一定数の者が死病に罹り落命する故、次から次へと女奴隷が求められていると聞きまする」
天子様の顔が険しさをました。
「南蛮人の水夫、かの者らは肌が黒く体が酷く大きいと聞く」
「はっ! 左様にございまする。体の部位が一回りも二回りも、日の本の民よりも大きゅうございまする。そもそも、彼ら肌の黒き者らはここ、アフリカ大陸と呼ばれる地に太古から生まれる育つ者にございまする。そんな彼らに転機が訪れたのが今より百年ほど前。時のローマ教皇により南蛮人商人が異教徒を奴隷にする権限を与えられた事が始まりでございまする。彼らは南蛮人の奴隷商人らによって狩り集められ、ここ、西インド諸島と呼ばれるインドとは全く関係無い地にて……」
「ローマ教皇とは何ぞ?」
「伴天連の王にして教祖にございまする。その当時の信徒の数は五千万人とも六千万人とも言われておりまする。自らが崇める神のみを頼みとし、それ以外の全てを悪魔と断じ、その信徒を奴隷もしくは浄化する権限を有すると固く信じていると聞きまする。その証拠に十字軍なる物を編成し、異教徒の国に信徒をケシかけ、異教徒の財貨を奪い取り、狼藉の限りを尽くし、女子供を奴隷として連れ去る事がままありまする。まぁ、どの時代にも現れる為政者でございまするな。なお、日の本は諸説色々ありまするが、千八百万人程度、明は一億五千万人程度かと言われおり……」
「十字軍?」
「おや? ご存知無い? いいですか? 十字軍とは西暦一〇九五年、時のローマ教皇ウルバヌス二世により呼びかけられた、聖地エルサレム奪回を名目とされた軍事行動の事です。教皇の呼びかけに応じた数十万の民衆と正規の兵五、六万が行く先々の村を略奪しながら行軍した、都合九度にも及ぶ南蛮人の諸国を巻き込んだ一大運動の事です。もっとも、後にも先にも成功したのは初回のみで、後の八回は散々な結果に終わった……」
「……どうすれば南蛮人に対抗できるであろうか?」
「武力はいわずもがな。あとは知力。賢くなければより賢き者に騙される。嘗て高橋是清という名宰相がいたが彼は無知であるが故に、寄宿先の家人に金を騙し取られ、挙げ句の果てには奴隷におとされた」
「高橋……是清? 誰ぞそれは?」
ふと気がつくと、天子様の顔に朱色が差していた。
瞳には怒りの色が現れ、拳はきつく、自らの爪で皮膚から血が滲み出るほどに握り締められている。
そして俺は、現代で得た知識を惜しげもなく披露していた。
しかも、存外砕けた口調で。
(やばっ! 不敬極まった? これは……酒だ。時折呑まされた酒の所為だ……。いや、本当にそれだけだろうか? 天子様は、いや皇室は万世一系にして長らく日の本の頂に座する血筋。口を割らせるに適当な薬なり何なり、幾らでも存じていらっしゃるだろう。……それもまた、邪推のしすぎか。だが、これ以上俺の口から余計な情報を漏らす訳には……)
答える最中、その事に気付いた俺は、
「酒好きで議会……いえ、評定の間中、酒を飲んでいたとか……。……兎も角! 己を知り、相手を知れば百戦危うからず……でございまする」
誤魔化した。
そして、以降は酒も断り、取り留めもない会話に終始した。
「南蛮人なんぞを、よく配下に引き入れたな」
「人に出来不出来、生まれながらの貴賎はあれど、一度育った後では心の良し悪しが人の価値を定めるかと。罪の有無を除けば、我が民であれば等しく育ち、学ぶ機会を与え、能あればそれに応じた役を等しく与える、そう心掛けておりまするゆえ」
「能あれば貴賎を問わぬ、それが天下治平か」
「一部を除き、でございまする」
(皇族、公家、それに古くから続く家々を敵に回すと危ういからな)
「天下に安寧を齎すには、御主なら如何いたす?」
「……まずは米を増やしまする。下々は飢えておりまする故に。飢えているからこそ、争いが起きまする」
「内裏も貧しくなって久しい。地下であれば尚更であろう」
(そう言えば、戦国末期では朝廷の収入がそれ以前に比べて十分の一に減ったとか聞いた事があったな)
「して次は?」
「はっ。次に文字やら算術を学ばせ、生業に通じる技を与え、自ら糧を得ることを学ばせ、次代を育むゆとりを育みまする」
「先の賢き者を……であるな。ふむ、道理である」
それから暫く後、俺は一本の御剣を賜り、禁裏を後にしたのであった。
その後、津々木蔵人や前田利益に俺達の会話が聞こえたか訊ねてみると、
「……いえ、確とは聞こえませなんだ」
「蝉が煩く、拙者にはこれっぽっちも。ただ……ぼそぼそぼそ(いつかは聖地エルサレムとやらを見てみたいでござる)」
(九月に蝉って……。もう、かなり稀にしか鳴き声を耳にしないんだが……)
と彼らは答えたのであった。
翌日、俺は昇殿宣旨を賜り、昇殿を果たした。
近衛前久ら公卿が珍しく居並ぶ中、俺は実効支配している国の国司長官である尾張守、三河守、遠江守、駿河守、美濃守と弾正忠の官位を叙任賜った。
更にその場で、三好勢と畠山・六角勢の和議を取り成す為、男山八幡へ向かう様、仰せつかったのであった。
--更新履歴
2017/01/13 誤字を修正
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