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#073 近衛前久

 山城国 八幡 男山八幡宮


 幕府奉公衆が居並ぶ中、時の征夷大将軍である足利義輝が嗤う。

 その彼の目の前には堆く積まれた黄金。

 燭台の光が跳ね返り、足利義輝の顔をギラギラと黄金色に照らし出していた。

 諸国から銭が集まり、それを黄金に変えたのである。


「足利の威は未だ健在であったか!」


 足利義輝はこの日何度目であろうか、酷く楽し気に嗤った。

 それを見兼ねたのか、和田惟政が小さく咳払いをする。


「……なんだ?」

「この黄金は兵を集めるに必要な費えに消えてしまいまする」

「……そのような事、わざわざ言われずとも分かっておるわ! 余は只々、遠国の諸大名が未だ幕府威が通じる、それが嬉しゅうて堪らぬのだ!」

「……なれば宜しゅう御座いまする」


 束の間、広間を奇妙な沈黙が覆った。

 やがて、気を取り直した足利義輝が、


「……さて、急ぎ兵を集めねばならん」


 と言った。

 ところがである、今度は和田惟政が厳しい表情を浮かべ、


「公方様! なりませぬ!」


 にわかに反対の意を示したのであった。

 これには細川藤孝ら極一部の奉公衆を除いた他の者らが不思議がった。

 銭が集まり次第兵を募る、それが幕府奉公衆の共通認識であったからだ。

 だが、ある意味揚げ足を取られた形となった足利義輝は意外にも落ち着いていた。


「分かっておる。兵を預けられる者が居らぬからであろう? 優れた将に率いられた千の兵は、凡将の率いた万の兵に勝る、と言うからな」

「はっ! その通りに御座いまする!」


 足利義輝の言葉に、和田惟政の顔が思わず緩んだ。


「なれば、その者らを集めよ。既にその方の胸の内に、為すべき術が練られておるであろうからな」

「御意! されば、越前に向かう許しを頂きたく存じまする!」

「構わぬ、好きに致せ」

「ははっ!」


 足利義輝は三度嗤った。

 その彼の瞳には目前に積まれた黄金の遥か先、在るべき幕府の姿を映していた。






  ◇






 永禄五年(西暦一五六二年)七月下旬、尾張国 那古野城 二の丸御殿 書院


 朝早くから蝉時雨が那古野を包む。

 それも連日。

 夏の風物詩とはいえ、喧しい事この上ない。

 日々のお務めが疎かになりがちなのも、致し方ない程だ。

 その分、二つ目の、螺鈿細工の地球儀作成が捗るのだがな。


 だが、この日ばかりは違った。


「な、何だと!? 今一度言うてみよ!!」


 戦国の世を揺さぶる激震が日の本を襲ったのだ。

 それは、


「はっ! 摂津国普門寺城が何者かに落とされた由に御座いまする!」


 であった。

 さて、摂津国普門寺城が落とされた事が何故大事となるのか。

 それは、その城に細川晴元が幽閉されている事実の他に、芥川城の支城の一つであったからだ。

 その芥川城は摂津国においては最大の規模を誇る山城である。

 それだけでなく、三好勢領内において一・二を争う規模であった。

 芥川城を上回る城と言えば、三好の盟主三好長慶の篭る飯盛山城の名が挙げられるのみである。


 当然ながら、城主としてはそれなりの者が入っていた。

 その名は三好義興。

 三好長慶の嫡子であり、後継者でもある。

 彼は今、父である三好長慶が篭る城を守る為、摂津国を空け、河内国に入っていた。

 多くの兵を引き連れて。

 集められた兵は三好勢六万。

 対するは畠山・六角連合軍の六万。

 正に天下分け目の大戦。

 それが、あろう事か二月にも渡って繰り広げられている。

 言うなれば、天下分け目の戦”飯盛山城夏の陣”であった。

 三好義興は病んだ父三好長慶の陣代として、采配を振るっているらしい。


 その彼が住まう城の支城が落とされた。

 天下分け目の戦に影響が出ない訳が無い。

 安全だと思われた後背が脅かされたのだから。

 これにより、三好勢は思い切った手を打てなくなったであろう。

 挟撃を恐れて、な。

 今頃飯盛山城内は喧々諤々としていることだろう。

 畠山・六角勢の戦評定もまた、この機を生かそうと激しい論争が繰り返されているだろうがな。


 当事者以外の、武士や金の流れに聡い商人は言うに及ばず、市井の民もまた騒ぎ始めた。

 彼らは常日頃から自らが新たに仕入れた噂話を元に、戦の帰趨を口々に語り合っていたのだ。


(お陰で、那古野瓦版が飛ぶように売れているらしいがな)


 戦の成り行きに一番影響を受けるのは、良くも悪くも一番力無き民であるのは古来より普遍なのだから。


 因みにだが、三好勢、畠山・六角勢による二月もの長滞陣を支えているのは何を隠そう、那古屋である。

 つまりは”織田家”であった。

 三好には海路、畠山・六角勢には陸路を経てだ。


(その際、志摩の海賊衆が襲ってきたのだが、その多くは海の藻屑となった)


 お陰様で、米や酒が高値で飛ぶように売れ、大変な収益になっている。

 それどころか、遥か東国や西国とも新たな伝が生まれた。

 正に、戦様様である。


 でだ、三好勢の城が落ちたのは、織田家にとってはさしたる大事ではない。


(畿内の混迷、大いに結構! とは、下々の事を思えば、声を大にしては言えぬがな)


 問題は、


「僅かな兵を率い、それを成し遂げた者の名は”多田野半兵衛”! 京の都では”今孔明”と褒め称えられておりまする!」


 であった。

 ”多田野半兵衛”の名を耳にした途端、側仕えをしている斎藤龍興が目を見開いた。

 続いて、俺への厳しすぎる視線を送る。

 俺は気にする素振りを見せず、”多田野半兵衛”なる者の名は聞き流す、その体を装った。


(それにしても半兵衛、寡兵で城を落とすとか……。お前はそういう星の下に生まれついていたのだな……)


 内心呆れかえりつつ、だがな。

 そして俺は、


「して、それは何時の話だ!?」


 話をそれを成した時期にすり変えるのであった。


「はっ! 普門寺城が落とされたのは今より五日程前、三好勢が知り得たのは昨日の事に御座いまする!」

「何故、判明せなんだ?」

「二日程は常日頃と変わりなく、三日目以降は全ての門が開け放たれ、その異様に、また伏兵を恐れ、入るに入れなかったそうに御座いまする!」

「つまりは、空城の計……か」

「はっ! 故に、京の都では”今孔明”と持て囃されておりまする」

「で、あるか」


 そして、話題が振り出しに戻る。

 俺はその事実を苦々しく思った。

 案の定、斎藤龍興が何か言いたそうにしている。

 聞かれれば、答えてやらなくてはならない……かもしれない。

 将来は義理の弟になる……かもしれないからな。

 身内となる……かもしれない者との軋轢は少ない方が良いのは間違いないのだから。


 すると、そこに助け舟が現れた。


身共(みども)が思うに、此度の件、織田にとっては千載一遇の好機では無いのか?」


 近衛前久である。

 彼は那古野瓦版の技術に興味を持ち、「身共はこれで鷹狩の絵巻物を出したい」と俺にその必要性を熱く語り、この那古野に逗留し続けていた。

 ……はっきり言って、俺は彼の扱いに困っていた。

 何と言っても関白、従一位の貴人であるからだ。

 相対する際の作法など、至らぬ事が多々あったのだから。

 だが、近衛前久は無作法には寛容であった。

 いや、慣れていた。

 二年間もの長き間、坂東武者に交じり、北条とやり合ったのは伊達ではない、と言ったところである。


 俺は先の問いに対し、頭を振る。

 すると、近衛前久はその真意を問うてきた。


「兵を出すのは容易い。されど、攻め取った地を治め続けるには難く、去る時には命懸けと成りましょう。それだけでは御座いませぬ。残された民は更に疲弊し、京の都は応仁の乱の時の如く、荒れ果ててしまうでしょうな。財貨どころか人すら盗み取られ、他所に売り払われましょう。行き先が日の本の何処かであれば、いずれは生国に帰れるやも知れませぬが、外の国となればそれも叶わじ。それに累が及ぶのは地下人(じげにん)だけでは御座りませぬぞ? いや、貴人であればある程、高く売れるとなるやも知れませぬからなぁ。その結果が(もたら)されるは近衛前久様が最も恐れること、有職故実(ゆうそくこじつ)の失伝、と相成りましょう」


 俺は思わず、長々と答えた。

 近衛前久の顔が見た事もない程、険しく変わる。


「南蛮への慰みもの、としてか?」

「左様に御座いまする。奪われたものは決して元には戻りますまい」

「恐ろしいな」

「はい。誠に、恐ろしゅう御座いまする」


 少しの間、近衛前久が考え込む。

 やがて彼は一つの答えを得たのだろう、それを口にした。


「が、その為に征夷大将軍があるのではないか?」


 だがそれは、俺により軽く否定される。


「何故じゃ?」

「端的に申しますと、公方様には力が御座いませぬ」

「力が?」

「左様で御座いまする」

「それは異な事。征夷大将軍程、この日の本において武威ある位はあるまいて」

「然に非ず、と返させて頂きましょう」

「何故じゃ?」

「それを近衛前久様は坂東で目にされたのでは? 権威あっても力無き事が、その地において何を意味するかを」


 関東管領、鎌倉公方、古河公方、その他権威ある存在が、歴史ある家が、いとも容易く討たれ、消えていった。

 もしくは、これから消えていくだろう。

 何故か? 治め続ける”力”がなかったからだ。

 逆の立場から、下々の見立てで言うならば、恐くないからだ。

 喉元過ぎれば熱さ忘れる、と言うように、一時堪えさえすれば如何とでもなる。

 上辺だけ取り繕い、従う振りをすれば良いのだから。

 だからこそ、俺は……


「成る程、織田家は権威に頼らず、”力”による統治を進めるのであるな」


 その”力”にも様々な種類があるのだがな。

 だがそれは、今は口にしても仕方がない。

 故に俺はニコリと微笑み、


「左様に御座いまする」


 首肯を返すにとどめた。




 あくる日の夕刻。

 俺の篭る書院、その広縁に数名の人影があった。

 何故か?

 近衛前久が連歌を所望したからである。


(だがな、そう言う事は自らの屋敷などで開くべきだと思うぞ。もっとも、鷹狩ばかりでは飽きたのだろう。時には文化交流をしつつ、頭を働かせるのも必要だからな)


 ところがである。

 どうしたものか、書院に集った面々は俺こと織田信行に近しい家臣ばかり。

 それはそれで、俺も気を遣うのだが……


 俺の態度を慮ってか、


「関白近衛前久様、何故斯様な面々で歌会を開こうとなされたので御座いましょう?」


 津々木蔵人が口を開いた。


「なに、聞けばその方らは身共とさして歳は違わぬ。気軽に歌えるのではないかと思うてな」

「左様、左様。前久様は若くして関白に御成あそばされたが故、京の都では政争に明け暮れる毎日であったそうな。拙者、関白様の不憫な境遇に心うたれたで候」


 近衛前久の答えに、前田利益が同意を表した。

 この二人、馬が余程あったのか、良く連れ立っていた。

 何気に、前田利益は故事にも明るい。

 そう言う所で、趣味なり波長が合ったのかも知れないな。


 一方、近衛前久主催の歌会にお呼ばれし、狂喜乱舞した今川氏真はというと、


「口が過ぎますぞ、前田利益殿。近衛前久様は殿上人に御座いまする」


 妙な嫉妬のオーラを発していた。

 近衛前久が前田利益とばかり連むのが許せないのだろうか?

 それならば、頼み込んで一緒に行けば良いのに。

 もっとも、そんな時間を一国を預けた国宰に許した覚えは無いがな!


「ふふふ、良い良い。官位の都合、帰洛しても気楽に話せる者は余りおらぬ故にな。精々、時の征夷大将軍、足利義輝様のみよ」


 意外な事実。

 俺はつまらぬ事が気になった。


「因みにで御座るが、近衛前久様の御生まれになった年は何時で御座りまするか?」

「身共の生まれ年は天文五年である」

「ほう、某と同じで御座いまするな」

「誠か!? なれば足利義輝様と身共らは同じ年に生まれた者同士となるぞ!」

「左様で御座いまするか。奇縁で御座いまするなぁ」


 歌会はこうして、和やかな雰囲気の中で始まった。


 暫くした後、近衛前久が俺の側に寄り、(おもむろ)に尋ねてきた。

 既に日は落ちきり、大きな満月が空を昇り始めている。


「時に、織田信行殿」

「何で御座いましょう、近衛前久様」

「天下の為、天子様が御主の”力”を必要とされた時、御主は答えてくれるのか?」


 その内容は実に軽い口調でありながら、重い質問であった。

 だが俺は、


「無論に御座いまする」


 即答した。

 武家としての模範解答である。

 満足気に頷く近衛前久。

 しかし、続いて彼の口から出た言葉は、俺には予想外であった。


「公方が、足利義輝がその方に助けを求めたら?」


 俺は一瞬答えに詰まるも、何とか応じた。


「……叶う限り助けましょうぞ」


 俺の答えに近衛前久が我が事の様に喜ぶ。

 思えば、彼の妹は足利義輝の正室であった。

 思うところはあるが、「助けぬ」と言う答えは出る筈もない。


「誠であろうな?」


 近衛前久は念を押した。

 この重ねての問いに対し、俺ははっきりと答えを返す。


「それが天下万民の、安寧の為であるならば」

「それが、下々の安寧が、その方の申す”天下治平”か?」

「如何にも」


 今度は、安堵する表情を浮かべた近衛前久。

 それもその筈。

 近衛前久は思いの外長く那古野に逗留し続けた。

 俺や俺の家臣が、公方様こと足利義輝に対して含む事があるのを敏感に察したのだろう。

 聞かずには居れなかったようだ、天下を欲するのか、と。

 そして返ってきた答えが、「民の為ならば足利義輝を援ける」であったのだ。

 長尾景虎、いや今では上杉輝虎か、の関東平定を援け、乱れた世を正そうと奔走した男を安心させるには十分であった。


(もっとも、条件付き、だがな)


 俺はニコリと微笑んだ。

 その上で、俺は一つの歌を詠む。


「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思う」


 流れが早い川の中、岩によって分かたれた流れがいずれ一つになる様に、人も仲違いしてもやがて元に戻る事を願った歌だ。

 つまりだ、今は同じ思いでも、何時かは立場の違いにより、道を違えるかも知れない。

 だが、それでも俺は……


 近衛前久もまた微笑み返した。


「良い歌よな。それでは身共も」


 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも


 遣唐使として派遣された安倍仲麿が故郷を思い、歌った。

 異なる地にいても、我々は同じ月を見ている、とな。


(立場が違えど、民を思う心は同じ……と言うことか)




 それから数日後、近衛前久は帰洛の途に就いた。






  ◇






 山城国 八幡 男山八幡宮


 足利義輝は新たな協力者らを前にして感情を露わにしていた。

 一人は越前朝倉義景に仕えていた、土岐に連なりし人物である。

 幾つかの問答を交えたところ、思いの外使えそうな事が判り、幕臣として召し抱えたのだ。


「これで将も粗方揃うた! 山城国人衆も悉く余に靡いた! いよいよ、京から六角を追い出す時! その方、朝倉義景に長らく仕えていたのであろう!? 六角の背後を襲わせよ!!!」


 が、新たに幕臣となりし男は冷静に首を横に振る。

 そして、その理由を淡々と述べた。


「朝倉義景様は六角と誼を通じているであろう、織田を警戒しておりまする。今すぐは難しいかと」


 足利義輝の顔が途端に、険しく変わる。


「おのれ織田信行!! 誠に忌々しい奴よ!!!」


 それを諌める者がいた。


「義輝殿、異な事を申されるな。それに落ち着かれよ」

「何と!? 如何に義理の兄上とは言え、言葉には気をつけて頂きたいものですな!!」


 その者の名は近衛前久。

 彼は堺湊経由で帰洛する途上、義理の弟の身を案じ、男山八幡宮に寄り道していた。


「まぁ、身共の話を聞いてくれぬか。義輝殿が京の都に戻れねば、妹が酷く悲しむのだから」


 足利義輝は僅か数日前、嫡男輝若丸を夏風邪で亡くしていた。

 手を尽くしたのだが、掌から砂が零れ落ちるかの様に、我が子の命を救えなかったのだ。

 彼は呪った、京の都に居れば輝若丸の命脈が潰える事はなかったのではないか、と。

 何名もの高名な医師、薬師に診て貰えたのではないか、と。

 しかし、現実は無常である。

 彼と、彼の家族が居たのは男山八幡。

 三好の勢力下で、自由にする事は叶わなかったのだから。

 足利義輝が荒れるのも無理はなかった。


「近衛前久殿! 事の次第によっては!」


 感情を剥き出しにする足利義輝。

 原因が原因であるが故、幕臣達も諌められなかった。

 それでも、近衛前久は動じない。

 彼には彼なりの、譲れぬものがあるからである。


「身共が天子様に三好と畠山・六角への和議を働き掛ける。それも義輝殿が帰洛するのを前提として、な」


 近衛前久が考えを述べた。

 刹那、足利義輝は、


「それが叶わぬから、こうして皆を集め、策を練っているのであろうが!!」


 喚いた。

 だが、近衛前久は涼しい顔をしてそれを受け流した。


「まぁ、待て。身共は朝廷が三好と畠山・六角に働き掛けるだけとは申しておらぬ。むしろ、朝廷の力を使うのは別の者よ」

「それは何処ぞ!!」

「兎に角、落ち着かれよ。落ち着かねば、身共が何を申しても頭には入るまい」

「落ち着いておりまする!! さぁ、早う申されよ!」


 近衛前久は舌打ちしたいのを堪え、仕方なく答える。


「朝廷を介して、織田信行に上洛を働き掛ける。その上で、三好と畠山・六角の仲立ちを命じるのだ。織田は名と実を取り、それ以外は実を、和議と帰洛を叶える。万事丸くおさまるであろう」


 居並ぶ幕臣が「良い手だ」と理解を示した。

 が、たった一人、明確な拒絶を露わにする。


「ならん! ならんぞ! 織田にだけはならん!」


 公方足利義輝である。

 長い付き合いのある幕臣以外に、彼が織田を毛嫌いする理由が分からないでいた。

 それでもである。

 関白近衛前久がその利を説いた。


「山城国を取りたいが六角が邪魔。六角を京の都から追い出すには織田が邪魔。なれば、織田に上洛を促し、三好と畠山・六角の仲介をさせれば良いのだ。さすれば、織田は両者に兵糧を売れぬ。上洛する、しないに拘わらず、な。が、それでは京の都は六角のままよ。なればこそ、織田には上洛して貰わねばならぬ。和議を執り成す約定の一つとして、六角の代わりに京を織田に一時預ける為に、だ。織田の領地と京は離れておる。いずれ織田は国許へ帰る。その時、義輝殿に十全な用意が揃うているなれば……」


 近衛前久の声が徐々に小さくなる。

 近くにいる者にすら聞き取れなかった。

 が、意味する事は、この場にいる誰にも明らかであった。

 足利義輝もその例外ではない。


「良いか義輝殿。手段を選ぶは下の下策よ。上杉輝虎を見よ、未だ関東を平定できぬ有様よ。何故か? 関東管領を継いだ今も長尾に拘り、形振り構っておるからよ。征夷大将軍でありながら自らの国を得ようとした、今の御主にはそれが理解出来ような?」


 近衛前久はそう言って、足利義輝の顔を覗き込む。

 そして、まじまじと見た後、満足気に嗤った。

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ご贔屓のほど、よろしくお願いします。


--更新履歴

2016/11/25 長尾景虎を上杉輝虎に修正。誤字(官僚→管領)修正(かんれい、で出ないのが悪いのじゃ。。)。形振り構わぬ→形振り構っておる、に修正

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