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#065 使者

 織田方陣中 戦評定


 時は稲葉良道らの首を届けてから半刻(約一時間)。


 陣幕の中、甲冑姿の武士達が床几に腰掛け車座を組んでいる。

 向かい合う多くの顔色は明るい。

 戦の勝ちが見えているからだろう。

 そんな中、俺は(おもむろ)に立ち上がり、近習から大弓を受け取る。

 そして、隣に座る武将に対し


「さて、氏真」


 声を掛けた。

 今川氏真、北伊勢から美濃へと入る道すがら合流した者の一人である。


「はっ!」

「いざ参ろうか」


 俺が抱え持った大弓の先には弭槍が取り付けられている。

 今川氏真はそれを凝視しながら、


「……失礼ながら、何処にで御座いましょう? まさか、その大弓で鷹狩り……では御座いますまい」


 戸惑いを口にした。


「ははは、馬鹿を申すな。戦場にいて鷹狩りに参る訳なかろう」

「さ、左様ですな! …………されば、……されば何処に?」

「無論、一色龍興の許よ」


 俺の言葉を受け、今川氏真がスッと視線を逸らす。

 その先にいたのは津々木蔵人。

 彼は急速に顔色を悪くする今川氏真に小さく頷き返すと、


「信行様、何故一色龍興の許に参られるので?」


 俺に問うた。

 その津々木蔵人の額には、玉の様な汗が幾つも滲み出始めていた。


「ふふふ、”和議を進めに”だ。決まっておろう?」


 俺は”然も当然”と言った体で答える。

 すると、今一人の武将が声を上げた。


「失礼ながら……信行様、正気で御座るか? 拙者が思うに、城内は紛れもない”死地”で御座いまするぞ?」

(しょ、正気って……)


 声の主は前田利益。

 俺の数少ない、胸を割って話せる相手。

 その彼からの無遠慮な言葉に俺は甚く傷つきつつも、その他の者に悟られぬよう、朗らかに返した。


「ふ、ふふふ、安心致せ。首桶と共に渡した我の書状を読めば抗う気など起きぬ。無論、僅かばかりの跳ねっ返りがおるとは思う。が、その用心として一騎当千の者らを連れて参るでな!」


 それも自信満々に。

 無論、俺がその様に振舞うのは考えがあっての事だ。


(こうまで言い切れば、誰も異を挟むまい)


 だが、騙されなかった者がいた。


「の、信行様自ら参られる理由が御座いませぬ!」


 誰あろう、津々木蔵人である。

 彼は俺に対し、激しく引き止めに掛かった。


(それでも反対か。まぁ、当然か。俺は既に一介の将ではない。四カ国を治める太守だ。故に、背負う物も多くなった。しかし、俺は是が非でも一色龍興の前に立たねばならぬ。どうしても赴き、果たさねばならぬ事がある! となると……)


 俺は意を決し、津々木蔵人の肩に手を置き、


「まぁ、聞け」


 と囁いた。

 その上で、俺の考えを他の者にも聞こえるよう、俺自らが赴く理由を語る。


「最初に我以外の者が赴き、埒があかないからといって我か、もしくは他の者が代わりに和議を進めそれが上手くいってみよ。最初に赴いた者の立つ瀬があるまい。下手をすれば其の者が腹を切るやもしれぬぞ?」

「そ、それは……」

「それにな、俺が産まれるよりも遥か昔。世を絶望の淵に叩き落とし、世の民の大半が戦火に塗れた大乱の最中……」

「長享の乱か?」

「いや、応仁の乱であろう」

(残念。第二次世界大戦でした、って知る筈も無し……)

「下々の嘆きを憂いた喜劇お……下々の事を知り抜き、その者らを喜ばせる事に長けた人物がこう言っていたのだ。”戦をやっている、いがみ合っている国のリー……国主を土俵の上に引っ張り上げる。そうして褌一枚で徹底的に争わせる。戦なんぞ、そういう具合で良いではないか”とな」

「何と!?」

「その痴れ者は武士を愚弄しておりますぞ!」


 憤る者達に、俺は仕草で落ち着く様伝えた。


「ああ、巫山戯た言葉だろう? ……だがな、下々にとって我らが生死を賭けた戦など、その程度の代物なのだ。汗水垂らして働いて、税を納め、残った米やら銭で子を養ってもう精一杯。この上戦などやってられるか! とな。お上が変わったとしても大差はない。新たな王の下、泥水を啜りながらその日一日を生き延びるだけだ! とな」

「……」

「なればこそ、我が率先し、それを実践してやろうと思う。為政者が自ら戦の先陣に立つ。ああ、その所為で我が真っ先に死ぬやもしれぬ。が、我が良い政をしておれば、下々も少しは戦の帰趨に対して気を揉むであろう?」


 正に暴論。

 それどころか、この時代にそぐわない考え方だろう。

 その所為か、家老らは声を失い、俺を見る目に様々な色が現れている。

 恐怖や不信。

 もっとも、気遣わしげな色が一番多いがな。


「おいおい、皆も左様に案ずるな。彼奴等もこの様な情勢で我を討とうとは思わぬであろう。我を討てば、族滅より酷い仕打ちを受けるのだぞ? 我の寵臣として世に名高い、この”津々木蔵人”に軍を委ねるでな。美濃の国人共もそれ程阿呆ではあるまい」

「さ、されど! 信行様は数カ国を治められる太守! その様なお方が和議を講じる為に敵兵の籠る城に足を踏み入れるなど、前代未聞でござる! そもそも、このまま攻囲し続ければ……」

「だからこそよ。お主が申す通り、このまま二、三ヶ月も攻囲し続ければいずれ勝てるであろう。が、その間夜襲が繰り返し行われる。その所為で兵の損耗は甚大となろう。更に、それ程の期間我らが井口に居座れば下々が、井口の民が困るであろう? ましてや、様子見をしている周辺国が動きだすやもしれぬ」


 俺の今の言葉に、多くの者が目を見開き、顔色を悪くする。

 動揺しない者は前田利久など極僅かであった。

 俺はこの機を逃さず、話を纏めにむかう。


「それに……ふふふ、なあに、これは絶対に勝てる博打よ。此度のコインには表しか出ぬ。糊で貼り合わせているでな」

「こ、こいん? いや、しかしながら……」

「ええい、(くど)い! 我は乗り込むと決めたのだ! それに我が言った事で真に成らぬ事は無かったであろうが! 違うか!?」


 業を煮やした俺による強引な物言い。

 彼らの口から続く言葉が出なくなった。

 これには流石の俺も、「ちょっと言い過ぎたか?」と内心思うも、後悔先に立たず。

 今後は今少し皆の意見を聴こうと、密かに誓った。


「で、他に何ぞあるか?」

「そ、それで今一度聞きまするが、誰をお連れに?」

「誰を……、うむ、その件に関しては既に決めておる。先も申した通り、津々木蔵人はここに残す。よって、この為に呼び寄せた氏真ら那古野から呼び寄せた一行と、後は……」


 そこに、折良く一人の武士が現れた。

 身の丈六尺を超す偉丈夫。

 彼は片膝を付き、


「信行様がお召しと聞き、この前田利家、参上仕り候!」


 口上を述べる。


「おお、ちょうど良い。この者らと旗衆と近習から選りすぐりを引き連れ、稲葉山城に参る」

「なっ!? は、初めて聞きましたぞ!」


 前田利家ですら顔を青ざめるのか……

 さて、今一度……か。


「安心致せ。敵方もこの様な状況で我を討とうとは思わぬ。我を討てば、族滅より酷い仕打ちを受けるでな。美濃の国人共もそれ程阿呆ではあるまいて」

「されど、数カ国を治める太守直々に和議を伝える為に敵のこもる城に足を踏み入れるなど、前代未聞でござる!」

「……だからこそよ。このまま二ヶ月も三ヶ月攻囲し続けても勝てる。が、それでは下々が、井口の民が困るであろう?。それに……ふふふ、なあに、これは絶対に勝てる博打よ。此度のコインには表しかないでな」

「こ、こいん? は、はぁ?」

(なにこのループ……)

「……もう良い。よいか! これから我に名を呼ばれた者は稲葉山城に赴く! 決して、我が命じるまで、先に剣はぬいてはならぬぞ」

「はっ!」

「ではいざ行かん! 美濃を落としにな!」

「ははっ!」




 それから暫くして、俺を代表とする一行は七曲り口を登り始めた。

 その直後、最初の山門が俺の行く手を塞ぐ。

 屋根には一人の門兵。

 弓に矢を番え、引き絞っている。


「何者だ!」


 兵の誰何に対し、森可成が声を張り上げ答えた。


「聞いておらぬのか!? 和議の使者だ! ここを通すが良い!」

「その様なこと、一切聞いてはおらぬ! まずは使者の名を申せ!」

「戯けが! このお方は織田勘十郎信行様である! 頭が高い! 控えおろう!」

「なっ!?」


 驚愕する門兵。

 敵総大将が和議の使者として城に訪れるという、前代未聞の事態に頭が追いつかない様だ。

 俺はそんな彼に追い打ちを掛ける。


「一色龍興殿は我が向かうのを存じておられる! 早うせねば其方の首が飛ぶぞ!?」

「は、ははっ!」


 慌てて門を開ける門兵。

 前田利益の目がキラリと光り、六尺を優に越す旗衆を引き連れ、ススっと中に入った。


「な、何をする!」

「阿呆! 国主自ら和議の使者として参っておるのだ! 従者が先に入らぬ訳があるまい!」

「し、しかし!」

「しかしも、へったくれもあるか! 雑兵の分際でこれ以上申すなら、この場で手打ちに致すぞ!」

「これ、利益。やたら脅すでない。それから、その方らに今一度言うが、一色龍興殿は存じておられる。故に、これ以上騒がしく致すな。主人の格が下がってしまう故にな」

「ぬぅぅ……」


 少しして、前田利家が、


「問題ありませぬ」


 安全の確認を終える。

 その言葉を待っていた俺は漸く中に入り、門兵の中で一番偉そうな奴に書状を渡させた。


「念のため、我以外の使者の名が連ねてある」

「他に? 織田様と前田利益様、御二方だけではないと申されるか?」


 今度は俺が憤怒する番であった。


「この痴れ者が! 幕府御相伴衆に任ぜられし、一色龍興殿に対する使者であるぞ! それ相応の”格”が、”数”が必要であろうが!」


 男は血の気が失せ始める。

 俺は気付かぬふりをして、そのまま言葉を続けた。


「先ず始めに、駿河国より参られし、今川氏真殿!」


 言わずと知れた、駿河国国主にして守護である。


「えっ!?」

「三河国からは、吉良義安殿」


 将軍足利家に連なる名門、吉良家の筆頭である。

 彼は今川に質として出ていたのだが、今川義元亡き後は三河に戻っていた。

 それを信広兄者が見出し、三河の統治の為として彼を俺に推挙、登用していたのだ。


「尾張国からは斯波義銀殿」


 東海道を代表する貴種。

 その名は無論、下々にまで遍く知れ渡っていた。


「一向宗、空誓殿」


 更には仏教界の最大勢力、一向宗のサラブレッド。

 今では、東海道における一向宗最大の指導者でもあった。


 世に謳われた人物の名を前にして、門兵は声を発することも出来なくなっていた。


「後は……これ、確りせい! 先も申した通り、書状に名が連ねてある。急いで渡して参れ! それと道道の者達にも邪魔をするなと伝えよ!」

「は、ははっ!」


 彼は書状を受け取り、慌てて駆け出す。

 俺はその背を見届けつつ、


「聞いたか皆の者! 門兵殿の許しは得た。入って参れ!」


 後続を門内に誘った。

 一騎当千の旗衆が次々に門を潜る。

 彼らのあまりの巨体と、門を潜る人数と、その者らに瞬く間に囲まれたが為に、雑兵が顔を青く変えた。


 俺は心配げな顔を作った後、新たに人を呼ぶ。


「誰かある!」

「はっ!」


 手筈通り、馬を引き丹羽長秀が現れた。


「物分かりの良い門兵殿らに酒でも馳走してやれ!」

「ははっ! 藤吉郎!」

「へい!」

「では、我らも参ろうぞ。あまり時間を与えては意味が無くなるでな」


 その後、馬に乗りつつ山登り。

 俺の横で、同じく馬に乗る今川氏真が口を開いた。


「本当に我らも必要でしたので?」


 そして、蟠りを露わにする。

 俺は、自身に対し心を垣間見せる今川氏真に内心喜びつつ、


「なんだ、不満か?」


と逆に尋ねた。


「いえ、決してそういう訳ではないのですが……」

「安心しろ。何かあったとしても、那古野にはお主らの妻子がおるではないか。信広兄者が上手くやてくれるわ」

「お、お戯れを……」


 焦る今川氏真。

 俺はすかさず、


「ふふふ、悪い。誠に不埒な事を申した。許せ、氏真」


 フォローを入れる。




 やがて、俺達一行は稲葉山城本丸前に辿り着く。


(いや……これが稲葉山城か。城に至る道は僅か。その道も幾度も折れ曲がっていた。加えて、櫓や山門を至る所に設けている。実に攻めるに難く、守に易い作りをしている。正に難攻不落の名城、だな。まるで……そう、ラスボスのいる城だ。……思えば、美濃国主は一色龍興。つまりは……龍王。稲葉山城はさしずめ龍王城だな。となると……俺は勇者、か。くふ、ふふふふ)


 俺は思わず、ニヤリと笑った。

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