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#062 加納口崩れ

 加納口 一色方本陣備


 加納の東に広がる湿地帯、そこに伏せていた西美濃三人衆が率いる一千余りの軍勢が織田方の右翼に襲い掛かった。

 竹中重治の策による完璧な挟撃。

 襲い掛かられた織田の軍勢が散り散りとなり、一色龍興は馬を駆りつつ「勝てる!」と破顔した。

 ところがその直後、相対する織田の陣中から、地を揺るがす程の大音が鳴り響いたのである。


「うっ、うわぁっ!?」


 一色龍興は、自らが操る馬が手綱を握る己の意に反して突如止まったが故、思わず歳相応の声を発した。

 そして、当然の事ながら彼は体勢を崩す。

 咄嗟に馬の首に抱き付き、馬の背から落ちずに済んだのは運が良かった。

 対して、運悪く落ちた者は自らが騎乗していた馬や突如暴れ出した身近な馬に踏まれていたからだ。


「一体如何したと言うのか!?」


 一色龍興は体勢を整えつつ、馬の頭部へと視線を向ける。

 彼の目に映ったのは両の耳をピンと前に向け、織田方の陣中に対して異常な程の緊張を示す愛馬の姿であった。

 しかも、あろうことか小刻みに震えている。


「……何だ?」


 一色龍興は訝しみ、前方を探った。

 刹那、大きな石塊が味方の軍勢に降り注がれ始める。


「ぐえぇ!」

「あがっ……」


 鈍い音と共にくぐもった声が耳に届いた。

 体から血飛沫を飛ばす兵が倒れ伏し、その傍に朱色の水溜りが生み出された。

 それはまるで、季節外れの輝血(ほおずき)の実が其処彼処になり始めたかの様にも見える。


「何だ! 何だと言うのだ!」


 一色龍興には理解出来ぬ光景であった。


 するとそこに、竹中重治が現れた。

 それも徒で。

 乗っていた馬が暴れ振り落とされたのだろう、全身泥塗れである。

 加えて、面から血の気が失せていた。


「おお、竹中重治! 先の音は何じゃ!? それに、その姿! お主も……」


 竹中重治は自らの主である一色龍興の言葉を遮る形で、


「お逃げ下され、龍興様!」


 開口一番叫んだ。


「な、何を! 戦はまだ始まったばかり……」

「勝敗は既に決しておりまする!」

「ば、馬鹿を申すな! 竹中重治! お主は一体……」

「あちらをご覧下され!」


 その言葉と共に竹中重治が指し示した先では、西美濃三人衆らに蹴散らかされた筈の敵兵が何時の間にか体勢を整え、逆に通り過ぎた西美濃三人衆ら兵の背後を射掛ける姿が見受けられた。

 更には広げられた翼が緩やかに閉じられていく様を。

 無数の矢が中空に壁を形作っていた。


「こ、これは!?」

「残念ながら、某の策は読まれており申した! しからば、龍興様におかれては稲葉山に御退き頂きたく! 殿は某が務めまする!」


 若いとは言っても美濃国主である一色龍興。

 その退いた先に何が待ち受けているかを瞬時に理解する。

 彼は吐き捨てるかの様に、


「……ここを退いて如何する!? 稲葉山で籠城したとしても、先が見えぬではないか!」


 言い放った。

 それでも、竹中重治は冷静に言葉を紡ぐ。

 それが彼に出来る、この場で出来得る最善だと心得ていたからだ。


「然に非ず。中美濃には長井道利殿、郡上(ぐじょう)には遠藤盛数殿が未だ健在。西からは浅井長政が東山道を東進。稲葉山に篭り、先の者らを糾合出来ますれば織田の軍勢を追い返す事が叶いまする」


 竹中重治は自らの矜持に反し、楽観的な言葉を口にした。

 実はこの時、彼は先に挙げた三つの内一つのみしか、”確実に大丈夫とは言えぬ”と考えていた。

 それは先の大音声を発した、恐らくは大筒の威力をまざまざと目にしたからであり、米野の戦、その一部始終を聞き及んでいたからでもある。

 が、兎も角として、竹中重治は声を発し続ける。


「ご安心めされよ。美濃は滅びませぬ」


 年若き主を宥める為に。

 しかしそれは、


「……斎藤が、いや一色が滅びぬとは言わぬのだな」


 逆効果であった。

 五十万石を数える美濃国主とはいえ、所詮は数え歳十五の若侍。

 見れば、突然家を継ぐ事になったその時から堪えていたものが、心の内に留めていた物が一気に吹き出ようとしていた。


「いや、竹中重治。御主も国人衆の一人。当然と言えば、当然……よな」


 視線を自らが跨る馬の背に向け、零した一色龍興。

 その顔色を竹中重治の位置からは見る事が出来なかった。


「龍興様……」


 そして、竹中重治は自らが犯した最大の失策を知る。

 それは何時の間にか、先代の美濃国主である斎藤義龍の在りし日の姿を重ねた事であった。


 刹那、戦場の混乱をよそに一騎が駆け寄る。

 その者の背に翻る旗印は安藤守就の物。

 一色龍興の姿を目にした男は素早く馬を降りた。

 それから、その場で跪き、


「我が主、安藤守就! 並びに稲葉良通様、氏家直元様より言伝がございまする!」


 と声を張り上げる。

 そして、相手の許しを得る前に、一気に捲し立てた。


「西美濃勢が殿を引き受ける故、龍興様は稲葉山に御退き下され! に御座いまする!」


 思いも掛けなかった言葉に固まる一色龍興と竹中重治。

 続いて、使いの男は竹中重治を見据えた。


「竹中重治様へは”婿殿は龍興様を命に代えてもお守りせよ! 龍興様あっての美濃じゃ!”に御座いまする!」


 男はそれだけを述べたかと思うと、颯爽と馬に飛び乗り来た道を戻る。

 彼もまた殿の役目を担うのだ。


「……竹中重治」

「はっ!」

「退き鐘を打て」

「はは!」

「我は先に戻っておる。稲葉山で待っておるぞ」

「御意!」


 一色龍興は顔を上げ、自らの居城に馬を向けた。

 そして一目散に馬を走らせた。

 赤く染まった目を誰にも見られぬ様に。

 強く噛み締めた下唇から、赤い筋が幾つも流れていた。






  ◇





 東山道 大垣至近


 浅井新九郎。

 御年は数え歳で十八。

 身の丈は六尺を優に超える体躯を誇る”偉丈夫”である。

 それだけでなく、胆力も十分備えていた。

 二年前に起きた”野良田の戦”の戦ぶりからも窺い知る事が出来る。

 何といっても彼は、二万五千の六角勢を相手に僅か数千を率いただけで斬り込み、見事勝利をもぎ取ったのだから。


 その彼は今、織田の軍勢と相対していた。

 五千の軍勢を率いて。

 一方の織田の軍勢は三千にも満たない。

 しかも、尾張の兵は弱兵として名高かった。

 強兵として知られる近江兵の力を持ってすれば鎧袖一触、容易く勝負をつける事が可能と思われた。


 にもかかわらず、織田の軍勢は川を背にして陣を敷いている。

 定石ならば川を間に挟み、渡河中を狙う筈。

 それが浅井新九郎をして、「妙だな……」と言わしめていた。


 加えて、


「新九郎様、あの櫓は匂いまするな」

「おお、遠藤直経。御主もそう思うか」


 車の付いた櫓。

 警戒するな、と言う方が可笑しかった。

 が、


「我も同じよ。アレには何かある。故に……」


 浅井長政が直々に出張り、今少しそばから見てみると言う。


「御止めになられた方が……」

「なに、弓矢でも火縄銃でも届かぬ間合いからよ。心配いたすな」


 年若い者ならではの好奇心を示したのだ。


「左様で御座いますれば……」

「ふふふ、我も命が惜しい。故に、無茶はせぬ」


 こうして浅井と織田の戦いは幕を開けた。

 俗に言う”揖斐川(いびがわ)の戦”である。







  ◇






 美濃国 東美濃 岩村城


 柴田勝家は苛立っていた。


「武田は何故動かぬ!」


 無論、彼はその理由を知っている。

 甲斐武田は陣触れを解いたばかりであり、それだけでなく農繁期であるからだ。

 自らが属する織田家の様に、兵農分離が進んだ国は余り、いや皆無であった。

 久方ぶりの戦、それも武田との一戦に彼は血を漲らせていたのだが、それは無駄に終わる。

 そもそもだが、柴田勝家の任はいち早く東美濃に入り、東美濃侵攻を計る武田に対し牽制する事なのだが……


「クソッ! これでは感状一枚頂けぬでは無いか! そうなっては、お艶が、いやお艶に……」


 柴田勝家は大層苛立っていた。






  ◇





 永禄五年(西暦一五六二年)、五月二日 美濃国 稲葉山城付近


「ふぅー、間に合ったか……」

「はて? 既に野戦は終わっておりまするが?」


 俺が何気なく漏らした言葉に、今川氏真が鋭い追及を試みる。

 俺はそんな彼に対して、


「フッ! 我の真の戦はこれからよ!」


 威勢よく答えた。

 すると、那古野城下において剣豪大名と名高い彼の目が、スッと細く変わる。


「ほう? 攻城戦に信行様自ら?」

「無論だ!」

(そして、お前もだがな! その為に、わざわざ呼んだのだから)


 俺は久しぶりに”ニヤリ”と笑った。

プライベートがますます忙しくなりそうです。

その原因は運営様から届いたある一通のメッセージなのであった。

次話後書きタイトル「運営様からメッセージを頂いた件」乞うご期待!


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