#055 南蛮人、那古野大湊に現る!(3)
三隻のガレオン船が那古野大湊を去っていく。
俺はその姿を目にしつつ、この日を迎えるにあたって行った、様々な準備を思い返していた。
(いやー、それにしても本当に大変だった)
何故ならば、訪れた南蛮人らは俺自らが招いた海外からの初の来賓客。
舐められる訳には……いや、粗相があってはならないのだ。
俺は念には念を入れ、十二分なお膳立てを整えた。
彼らを心から満足させる為に。
まず最初に取り組んだのが、我が家老らに対する事前教育だ。
南蛮人とは言え、所詮はただの人。
決して”鬼”の類では無い事を理解させねばならない。
(いや、初対面で金髪碧眼の六尺を超す大男を見たら人だと思わず、いきなり斬り掛かるやも知れぬからな)
そこで、俺が最初に行ったのが、
「信行様、誠に御髪の色が金色もしくは茶色で……瞳の色が青い、で御座いまするか?」
「誠なのだ、荒尾。そして、全身の体毛もだ。ちなみにだが、胸毛は柴田勝家なみに生い茂り、中には下腹部から顎髭までが繋がる者もいると聞く」
「し、信じられませぬ……」
「高嶋までも言うか。されど、時が来れば分かる。同じ生き物であり、互いの間に子を為せるのだが見た目は大きく異なるのだ。それどころか、全身が真っ黒な人もいるのだぞ?」
「それもまた、信じられませぬ」
「今はそれでも良い。されど、描いて貰わねば困る」
”南蛮人歓待手引書”の作成であった。
無知のままその時を迎え、その所為で問題が起きては後の祭り。
無慈悲な侵略者を相手に、その様な事があってはなら無いのだから。
すると、
「信行様、次は某の番に御座いまする。南蛮人の年号の事で御座いまする」
「あぁ、”A.D.”だ」
「”えーでー”で御座いまするか」
太田牛一が問う。
彼には南蛮人の歴史的背景や大まかな文化を紙面に起こすと言う、大役を与えていた。
「時に”えーでー”の意味はなんで御座いまするか?」
「ふむ、”A.D.”とは……南蛮人の多くが信ずる教え”キリスト教”の始祖”キリスト”が生まれた、その翌年から始まる暦の事だ」
「それは聞き申した。”えーでー”の意味で御座いまする」
「……ちなみに今はA.D.一五六一年である」
「ほう! それは誠で御座いまするか!」
国と国との付き合いをするにあたり、その国の歴史を知っておかないと面倒だからな。
出来上がった手引書を基に、俺は早速家老らを相手に講じた。
無論、普段の評定とは別の時間を設けて。
もっとも、特に問題は起きなかった。
俺の治める領地、それらに接する他国の多くが他の国との紛争を抱えていたからだ。
(あの北条が小田原まで迫られるとか。当の本人ですら、思いもしなかったんだろうなぁ)
そう、有難い事に北条と武田の目は長尾景虎の一挙手一投足に釘付けとなっていた。
尾張の北、美濃の斎藤は当主が病に伏せっている。
西の伊勢は群雄割拠の真っ最中なのだ。
(故に俺達は南蛮人を迎える事に注力出来る)
俺の講義は幾日にも及んだ。
◇
尾張国 那古野城 評定の間
ここ数日、連日に渡って国主直々の講義が開かれていた。
そのお題は”南蛮人とは? ”である。
普段から那古野に詰めている家老らの他に、国宰(所謂国主代行)らが受けさせられていた。
それも長時間に渡って。
当初からその予定であったのだろう、評定の間には床几に簡易机が取り付けられた代物が並べられており、今は招集を受けた者達がそれに腰を降ろし、手引書に何やら書き込んでいた。
「えー、南蛮人による海洋進出。その歴史的背景は以上だ。で、次はそれを踏まえた上で……」
その中の一人がふと、隣にいる者にこそりと話しかける。
「……蔵人殿」
「なんだ、氏真殿」
今川氏真と津々木蔵人。
二人は歳がちかしいのか、はたまは馬が良く合うのか。
割合良く話し合っている姿を那古野城内で見られていた。
それは、互いに生まれたばかりの娘がいる所為でもあった。
「信行様は何故斯様な事をお知りなのか?」
津々木蔵人の端正な顔が途端に歪んだ。
彼は答えに窮したのだ。
だが、暫くして、声に出し辛そうにしつつも、健気に答えた。
「……氏真殿が気になるは道理。実は某も以前、信行様に直接お尋ねしたのだ」
「ほう?」
「するとな、信行様は”御主は何時から日の本の言葉を喋れると自覚した? ”と仰せられた」
「それはつまり……」
「左様、信行様はある日突然、叡智を授けられた。故に、何故知っているかは答えられぬらしい。そして、何者から叡智を賜ったのか? その疑問については旧来の家老の間でも意見が割れるのだが、恐らくは熱田様ではなかろうか、と言う話になっておる。そう、柴田殿も林殿も、佐久間殿もな。それどころか信広様ですら、今ではそう考えておられる」
「されば……」
「うむ、我ら古くから付き従う家老は深く追求するを諦め、あるがままを受け入れる事にしたのだ。”信行様は何故か叡智を、加えて未来を見通す目をお持ちであられる”。それで十分であろう。我らが主君としてこれ以上ない事実だ」
「……確かに。そう考えるよりほかありませぬな」
その間も、織田信行の叡智は泉の水の如く湧き出している。
二人の耳に新たは言葉が飛び込んで来た。
「良いか? 南蛮人、それもスペイン帝国から参る者らは、恐らくだがここメキシコはアカプルコと申す港町から、何ヶ月も掛けて日の本のある”東アジア”を訪れるのだ! その距離、優に八千キロメートル。我らの知る度量に改めると、二千里だ!」
刹那、評定の間が驚きの声で大いに湧き上がった。
最早、都合何度目かを数える事すら億劫になる程、織田信行の言葉は驚異に溢れていたのであった。
◇
「相撲大会、で御座いまするか?」
「左様、南蛮人共との相撲大会を催す。どうだ、拙者の話に一口乗るか? 旗衆の面々も出させる故、大いに賑わうであろう?」
「しかし、我らが勝手にその様な事をしては……」
「無論、信行様には拙者からお話し致す。最も、信行様は大の相撲好き。断る事はあるまいて」
「左様で御座いますれば、是非に……」
那古野城における”南蛮人講義”が進むにつれ、この類の話が枚挙にいとまない程湧いた。
ある所では、
「人の背丈程もある馬に乗る”騎士”。二丈(六メートル)に及ぶ槍。それらが交錯して争う”馬上槍試合”。見てみたい、いや、勝負してみたいものよ。そうは思わぬか、柴田殿」
「如何にも。儂も森殿と同じく、侍の血が騒ぎまする」
見た事のない南蛮人の武士に対し、血潮を沸き立たせ、またある所では、
「成る程、”ぽーかー”なる博打はその様に遊び、”ぶらっくじゃっく”なる博打は左様にして勝敗を決するのか。良かろう、南蛮人相手に一稼ぎしてくれるわ!」
自らの射幸心を煽る者が現れた。
更には自らの知識欲を満たそうとする者達も。
「身の丈六尺の大男……」
「金の御髪、蒼き瞳……」
「漆黒の肌……」
「見てみたい……」
「ええ、見とう御座いまする……」
「そして、全身を検めねばなりませぬ……」
「無論に御座いまする」
「高嶋殿……」
「はい、荒尾様……。遊郭の一つに、手筈を整えさせましょうぞ」
南蛮人への飽くなき興味は、武家の女にすら波及していた。
そして、その結果、南蛮人らは心ゆくまで、那古野の滞在を満喫するのであった。
『参った。あんな小兵に儂ら船乗りが子供の様にあしらわれるとはな……』
『あの成りでこの国の将軍らしいぞ?』
『本当か? 道理で強い訳だ。儂もあの様な騎士の許で、一度は戦ってみたいのう』
『ば、馬鹿な!? 俺はこう見えても騎士の生まれだぞ!? それが馬上槍試合でこうも最も容易く後手を取るなど……』
『な、なんだこのカードは!? 剣、棍棒、聖杯、貨幣のカードが一から十では無く、一から十三だと!? それに道化師!? どうやったらこんな発想が生まれるのだ!?』
『それにこの”ポーカー”なるゲーム! まるでジェノバ発祥のゲーム”プリミエラ”ではないか!』
『カードの枚数が多い所為か、より複雑だがな!』
『だが、それが面白い!』
「あー、べっと?」
『ベット? あぁ、勝負を受けるか否か、だな? 良かろう、受けて立ってやる!』
◇
さて、南蛮人らが尾張を去ってからもまた、俺こと織田信行にはやらねばならぬ事が多い。
その一つが、
「南蛮船から降ろした大砲を頂いた南蛮船に載せ換えなくて宜しいので?」
カノン砲とカルバリン砲の扱いであった。
しかし、当然の事ながら、腹案は既に用意されている。
「ああ、キャラックには那古野砲(臼砲)で良い。ただ、四輪の台車と滑車を新たに設けねばならん。その上で、佐治為興(妹であるお犬の夫であり、織田家水軍の長)に任せる積りだ」
俺は津々木蔵人に対し、そう答えた。
「それはまた何故で御座いまするか?」
「ん? 理由? 大きく三つある。岡本良勝が率いし兵具衆に調べさせるが一つ。今一つは、那古野城の八つある稜堡に据え付ける為よ。あれらは重くて運べぬ。野戦には向かぬ故にな。そして、最後の一つが、日の本の水軍で大砲を有する船は少ない。いや、恐らくだが無いだろう。故に、那古野砲で十分なのだ」
「左様で御座いましたか」
「加えて、岡本良勝らが励めば、他の城にも最新式の大砲が置けるであろう。その前に、それら城の星型城塞化への改修も急がねばならぬがな」
最も、それらの大砲が使われるのは俺が、いや尾張織田家が那古野城にまで追い詰められた時のみ。
史実においてもその様な出来事、織田信長が自らの居城にまで攻め寄せられた事は無い。
正に”無用の長物”となる可能性が高いのだがな。
だが、俺の思い描く将来を考えれば、”無理をしてでもこの時代における最新式の大砲を得る”、この先行投資は無駄にはなら無い筈なのだ。
大砲と南蛮船の扱いは先の通りで良いとしてだ。
直近の問題は別にあった。
それは、
「南蛮人で盛況な店とそうでない店の差が大きゅう御座いましたな」
と、
「宣教師を含む、那古野に残った南蛮人を如何致しまするか?」
であった。
「まずは地図の改良だな、林秀貞。銀行など殆ど誰一人として訪れておらぬらしい。厠の使い方も随分と尋ね回っていたとも聞く。恐らくだが、地図上での表記が拙かったのだろう。万人に受け入れられる工夫をせねばならぬ」
「そ、それは難しゅう御座いまするなぁ」
「ふっ、案ずるな。我に考えがある」
(”考え”と言うか、実例だがな。ピクトグラムを用いれば良いだろう。銀行はドルマーク……だと通じないだろうから、両替商を意識して天秤を模し、遊郭は……男に跨る女のマーク良いだろう。そう言えば、学校の授業でも田んぼとか畑の地図記号を習ったな。領内の地図にも反映させてみるか……)
俺は簡単な例を示すと、
「それは宜しゅう御座いまするな。早速反映させまする」
了解を得られた。
(これで良し。ポルトガル人共が訪れた際は、更に上手く歓待出来るであろう)
今一つの問題に関しては力でねじ伏せる。
具体的には、
「宣教師を含むお前らの新たな主人は我である。敬え」
と命じるだけ。
当然ながら、
『そんな馬鹿な! 何を根拠に急に!』
と南蛮人共は反発する。
そんな彼らに対し、俺が示したのがアンドレス・デ・ウルダネータと交わした”契約書”であった。
それには島の場所を教えた対価として、宣教師らを含む全員の名前が一覧で記されている。
「分かったか? お前らは我に売られたのだ。故に諦めよ」
あまりの事に絶句する南蛮人達。
俺はそんな彼らに、
「奴隷貿易をする南蛮人が奴隷に落ちる。まさに、ミイラ取りがミイラになる、だな」
(火薬一樽と生娘五十人を交換とか、聞くだけで胸糞悪いんだよ!)
皮肉を口にした。
すると、
『クッ……』
コスメ・デ・トーレスが胸を痛そうに抑える。
何やら、彼の古傷を抉ってしまったようだ。
彼自身も日本人の奴隷貿易に関わった事があるのかも知れないな。
俺はそんな彼に、現代で聞きかじったキリスト教の伝説の一つを耳元で囁いた。
「そんなに気落ちするな。そうだ、御主が聞けば泣いて喜ぶ逸話を教えてやろう」
『そ、それは?』
「実はこの日の本にもキリストに関する伝説が伝わっている」
『な、なんと!? して、その内容は一体?』
「焦るな。伝説は歩いて逃げ出したりはせぬ」
『それはそうですが……』
「知りたいか?」
『勿論で御座います! 主の教えを日の本に遍く伝える、その助けになるでしょうから』
「なれば教えてやる、と思うたがその前に確認だ。トーレス、御主はここ日の本に参って何年になる?」
『およそ、十二年で御座います』
「その間、日の本に伝わる様々な教えに触れ得たであろう?」
『え、ええ……』
「御主は思わなんだか、日の本のお天道様と御主らが崇めるデウスがよう似ておる事に?」
『そ、それは……まぁ。ですが、それが一体……』
「ふふふ、実はな。二つの教えは……実は同じ教えが元になっておる。そう、御主らのキリスト教とな」
『そ、その様な事、決して有り得ませぬ!』
(当たり前だ! 俺の創作なのだから!)
「ふっ、そう言うと思うておった。だが……証拠がある。その証拠と言うのが実は……」
俺はここで言葉を切った。
コスメ・デ・トーレスの反応を確認するためにだ。
そして彼は固唾を呑んで、俺の言葉を今かと待ち構えていた。
(良くも悪くも、相手を尊重する”適応主義”の所以だな)
俺はくすりと笑い、言葉を続けた。
「実はな、イエス・キリストが復活後、ここ日の本に訪れ、死んだ、とう言う伝説があるのだ」
『!? な、何を根拠にその様な戯言を!』
「それが強ち戯言の類でも無さそうでな。あるお天道様を祀る社には、”ヘブライ語”と思わしき文字が残っているらしいのだ」
『ヘブライ語!? そ、それは何処で御座いますか!?』
「知りたいのか?」
『知りとう御座います!』
「しかし、只では教えられぬ」
『私めに出来る事であれば何なりと!』
「では……我に従えるか?」
『従います!』
「我に魂を捧げられるか?」
『捧げます!』
「同胞の、御主のイエズス会の面々もか?」
『勿論に御座います!』
「なれば……御主にだけ特別教えてやろう」
『有り難き幸せ!』
こうして、俺は宣教師らの問題を解決した。
だがこれは、俺一人の力では決して果たせなかっただろう。
そもそも、コスメ・デ・トーレス自身が異国に溶け込む努力に励み、常日頃から日の本の衣服を身に纏い、日の本の民と同じ食事を摂る様に心掛ける、その様な性格をしていたからだ。
そう、彼は良くも悪くも”柔軟”なのだ。
自らの目的を達する為に。
故に、彼は”適応主義者”と遠く未来では呼ばれていた。
そして、今また彼はその本領を発揮し、”那古野”への適応を果たす事になったのであった。
あくる日、俺はコスメ・デ・トーレスに尋ねる。
場所な二の丸、書院の間。
密議をするには持ってこいの場所であった。
「輸出する聖書に暗号は入れたか?」
『はっ! ”西暦一五七一年、カソリックがプロテスタントをユグノーと呼ばわり、虐殺する”と記しまして御座いまする!』
「良かろう。キリスト教を天道思想に結びつけし流れは?」
『はっ! 手筈通りに進んでおりまする! いずれ仏教の逸話も差し込みまする』
「イエズス会の面々は如何か?」
『私が転向した事など、未だ知り得ておりませぬ』
「ふふふ、最後まで気付かせるでないぞ。で、次なる者だが……」
『フロイスですな。手筈は既に整っておりまする』
「よかろう。進めよ」
『ははっ!』
「そうそう、アルメイダには那古野解体新書を送ってやれ」
『はっ!』
俺はコスメ・デ・トーレスの返事に満足を覚え、ニコリと微笑んだ。
そして、次なる一手に思いを馳せる。
(さて、お次はポルトガル人、か。彼奴らからは何を頂戴しよう。ガレオン船の作りは、船乗りの多くを那古野大湊に上陸させた隙を突いて頂いた。だが……やはり実物が一隻欲しい。それと……黒人だな。それも視力の良い者が欲しい。それらの対価には……未発見の大陸が良いか? それとも……まっ、もっとも相手のある話だ。会ってから、ゆるりと考えようぞ)
ふと気が付くと、俺はいつの間にか破顔していた。
◇
山城国 京 二条御所武衛陣の御構え
屋敷と言うよりは城、その主が不満を露わにしていた。
「上洛要請は無視し……」
「はっ……」
「余が直々に差し出した講話を蔑ろにし……」
「……はっ」
「余の与り知らぬ島とは言え、それを南蛮人に売り渡す。日の本の臣が知り得た島は日の本に帰すべき島。故に、かかる島は余の物とも言えよう。それを余に計る事なく、勝手に南蛮人などに……」
和田惟政には、相槌の打ちようがなかった。
「お、おのれ! こうなっては我慢出来ぬ! 諸大名らに命じ、年内にも討伐してくれるわ!」
「公方様、お、落ち着き下されませ! 仇敵である三好の件も御座いまする! 今は、今は平にご容赦を!」
「なれば……なれば、いつなら良いと言うのだ! 余はいつまでも我慢出来ぬぞ!」
「そ、それは……」
力無き王の叫びは、一夜に渡り続いた。
◇
美濃国 稲葉山城
かつては大柄な男だった。
正に益荒男を体現したかの如く、勇壮な武将であった。
それが今や、骨と皮だけである。
男は今にも息を引き取りそうになっていた。
「半……兵衛……」
男は最後の力を振り絞り、自らの寵臣を呼んだ。
「ここに居りまする!」
そう答えた男は、自らの夫人の如き顔に涙を浮かべていた。
質として稲葉山城に遣わされ、次代の国主たらんと励んでいた男と出会った。
それからの日々が走馬燈の如く、彼の脳裏に蘇っていたのだ。
「……龍興を、龍興をたの……んだ……ぞ……」
「義龍様、その様な事を申されるな! まだ、試しておらぬ薬が御座いましょう!」
「も……もう……良い……。もう……良い……のだ……。半……兵衛……、あい……すま……ぬ……」
それが、斉藤義龍の最後の言葉であった。
享年、三十五歳。
その跡を継し、斉藤龍興は未だ十四歳。
美濃国を中心とした騒乱、正に風雲が急を告げた瞬間であった。
ブックマークや評価を頂けると大変励みになります。
また、誤字脱字に限らず感想を頂けると嬉しいです。
ご贔屓のほど、よろしくお願いします。
--更新履歴
2016/12/02 田中良勝を岡本良勝に修正




