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#050 難題丸投げ

 永禄二年(西暦一五五九年)、十一月 尾張国 清洲城


 丁度今から二年程前、俺は織田信行として生きる事となった。

 世に言う、憑依もしくは転生の類だろうか?


(ただ、死んだ記憶は無いのだがな)


 そうなる以前、俺はしがない会社員であった。

 いやそれどころか、万年平社員だった。

 人事や経理、総務やらをたらい回しにされるような、な。

 そんな俺が戦国時代に現れ、一体何が出来よう?


 そもそも、気が付いたら侍姿となり、馬の背に乗り揺られていた。

 故に、携帯端末(スマホ)もタブレットも無ければ、勿論パソコンも持ってはいない。

 そう、良くある、偶然持っていた高度な機器も資料も、あのインターネット百科事典の情報量をも凌駕する図鑑も、携帯用太陽光発電機もバイクもキャンピングカーも、軽トラックもないのだ。

 加えて、特殊な家庭環境に生まれ育ち、特異な知識や経験を有している訳でもない。

 知識は人並み……いや、敢えて言おう”底辺”である、と!

 そんな俺が戦国時代に現れ、一体何が出来よう?


 有るのは雑学レベルの知識。

 それをスラスラと体系だって語り、人に教え伝えるなど、俺には不可能であった。

 故に……





  ◇





 清洲城下町、鉄砲鍛冶工房。

 そこには、橋本一巴の伝により連れて来た鉄砲鍛冶師らが働いている。

 彼らは来て直ぐ、頭を悩ませていた。


「橋本一巴殿! 良い所に来て下された!」

「おお、辻村殿! 如何された?」

「いや、織田様の言われた、鉄砲玉を回転させる溝を彫る術に目処はたったのだが、射った玉が誠に回転しておるのか確かめる術がのうてな」

「……確かに」


 二人は頭を寄せ合い、考え込んだ。

 鉄砲玉を回転させる意味・目的は独楽を使った説明で何となしに理解している。

 が、鳥よりも早く飛ぶ玉が回転しているか否かを見極める方法となると、主も知らぬと申されていた。

 かといって、出来たかどうかも判らぬものを出来たと言って伝える訳にもいかぬ。


 二人は暫く、頭を悩ませ続けた。




  ◇




 岡本良勝。

 彼は主、織田信行の初期からの直臣である。

 彼は鋳物師の腕を買われ、主に仕え始めたのだ。

 以来彼は、太陽熱温水器やら、手押し喞筒(ポンプ)やら、巨大な金匙(シャベル)やらを命じられるまま、作っている。

 未だ完成してはいないが、”国崩し(大砲)”もその一つだった。


 さて、その岡本良勝。

 織田信行より新たな命を受けた。

 それは、


「これが、南蛮吹き、に御座いまするか? 字が読めぬのですが……」


 であった。


「いや、これは”聖書”なる南蛮の書物だ。南蛮吹きの書は此方だ」

「ほう、これが……。しかし、如何様にして?」

「うん? 何、歩き巫女がな、くすね……、拾うてきたらしい。落とし主も判らず、困り果て、尾張の俺に届けた」


 ニカリと笑う主を他所に、岡本良勝は早速渡された書を検めた。

 中には鉛、骨灰を用い、粗銅から金銀を取り出す手法が事細かに記されていた。


「こ、この様な方法で……」

「先ずは騙されたと思い、進めてみよ。上手くいったならば、より大きな規模で行う。故に、その際の手筈も考えておけ」

「は、ははっ!」


 岡本良勝は「また、丸投げですか」と言う言葉をすんでの所で飲み込み、恭しく首を垂れるのであった。




  ◇




 南蛮吹きの手法が尾張に伝えられた直後、俺は新たな奉行を立ち上げた。

 それは、


「造紙奉行……に御座いまするか?」


 であった。


「その通りだ、蔵人。丈夫で汚れ辛い紙が、一定の質を保ちつつ大量にいる。加えて、”透かし”なる技法を用いた紙がな」

「それはまた一体……」


 首を傾げる津々木蔵人。

 その首元には鮮やかな痕が、まるでマーキングの如く残されていた。


「……なに、お市と蔵人の子らが生き易い世にする為の”仕組み”、その一つを創るのよ」


 俺がそう口にすると、津々木蔵人はサッと首元を整える。

 美丈夫の顔が朱色に染まった。


「フフフ、励んでいるようだな? 噂は色々と耳にしておるぞ?」

「いやはや、それは何とも……」

「照れるで無い。俺もああいうのは嫌いでは無い。寧ろ、好きな方だ。が、荒尾や高島、帰蝶ではホレ、大き過ぎて見るからに男装の姫、であるからなぁ」

(ちなみにだが、吉乃や直子らは実にしっくりきた。それは兄信長が貧乳好きだったからであろう。父信秀はただの面食いだったと言うのに、何故兄弟でこうも違ったのかは不明だ……)

「信行様……」

「ん? か、勘違いするな? 俺はもう、男は抱かぬ。そ、それよりもだ!」


 俺は、突如熱を帯び始めた津々木蔵人の眼差しを恐れ、話題を変える。


「にしても、やや子はまだであるか?」

「市が今暫くは二人だけでいたいと申しておりまする故に……」

「何だ、お主らもか。柴田勝家らも同じ事を申しておったな」

「左様で御座いまするか」

「が、最初はやはり彦が欲しかろう?」

「無論に御座いまする」

「フフフ、なればこそだ! 俺がその術を教示してやろう」


 その術とは、月経の周期を調べ、次に月経が起こるであろう日から十四日遡った日に排卵が起きるから、その日に”女子が声を荒げよがるほど、濃厚にまぐわう”事であった。

 加えて、男はその日に備え、五日間程禁欲する。


「難しいか?」

「……難しゅう御座いまするな」

「ふむ、柴田勝家も同じ事を申しておった。だが……」

「だが、何で御座いましょう?」

「今川氏真はやり遂げてみせまする! と申しておったぞ?」

「そ、それは……置かれた立場が違うからでは御座いませぬか?」


 ……確かに。

 今更ながら、俺もそう思った。




  ◇




 那古野、上屋敷町。

 そこには名だたる御武家の屋敷が建ち並んでいた。

 その中でも一際大きな屋敷に、仲睦まじい夫婦が住んでいた。

 二人は錦絵を前に、互いに寄り添っている。


「これが子宮」

「これが、卵管、で御座いまするか?」

「その様だ。この人体解体図書によるとな」

「然るに……織田様の申された、排卵、が判りませぬ」

「左様、これには何処にも記されておらぬ。卵巣がどうの……と申されてはいたが、それ以上はあまり詳しくは語られなかった」

「その言葉から思うに、卵巣なるものから卵が出る、そう言う事でないかと思われまする」

「ふむ、それが卵管を通り、子宮に辿り着く」

「はい、その子宮で”卵”と氏真様からの……」

「早川……」

「氏真様……」

「もそっと、もそっと近う……。今宵は……であろう?」

「はい、氏真様……。早川も早う、彦が産みとう御座いまする……」


 今川氏真。

 この男、史実では耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、戦国乱世を生き抜いた。

 その男にとって、


「この程度の我慢、掛川城での籠城を思えば……」


 なんと言う事はない。

 それに彼が我慢すれば、今川の血が絶える事もない。


 この夜、彼はただ只管(ひたすら)耐え、忍んだ。




  ◇




 清洲城内に設けられた、医術奉行所。

 そこでは様々な医術が、あるものは試みられ、あるものはその効果の理由を調べられていた。

 その役を担うは、諸国から集められた医術を学びし俊英達、所謂”医師”である。

 中には織田家と誼を結んだ、他国の者らもいた。


 そんな彼らに、


「如何なる病をも癒す薬……に御座いまするか……」


 なる”お題”を振ったのが、織田様こと”織田信行”である。

 彼は、


「無茶は承知! されど何とかして見出せ! 必ずや、何処かに有る筈なのだから!」


 と何も知らぬ医師らを前にして、言ってのけたのであった。


「そ、その様な薬、誠に御座いまするか!?」

「有る! (筈だ。現代では抗生物質って言ってたけど……)」

「それは、御釈迦様の教え”応病与薬”に反すのでは……」

「然にあらず! 我が探索を命ずる薬こそが、”唐瘡(とうそう)(梅毒)”の特効薬となり得るのだ!」

「ま、誠に御座いまするか!」

「誠だ! 故に御主らには期待しておる! 御主らなら必ずや見出してくれると信じておるからな!」


 彼はここでも難題を丸投げした。

 その結果、過度の重圧により何人もの医師が体調を崩す結果となる。


 さて、そんなある日。

 伊豆国から那古野を訪れた、医師を志す若者が医術奉行の門を叩いた。

 彼は頭を抱える先任の医師らに、


「それによう似た物なら、某の島に伝えられとりまするが……」


 と、申し訳なさそうに伝えた。


「……な、何だと!?」

「”如何なる病をも直す薬”がその方の里にあるだと!?」

「それは何だ! 例え違っても怒らぬ! 取り敢えず申してみよ!」


 彼が言い辛そうにしたのには訳があった。

 それが、


「は、はぁ。その……島以外の者が口にすると、気を失いまするが……」

「ええい! 勿体振るで無い! 早う! 早う、申せ!」

「あ、いえ。はぁ……それは……”くさや汁”と申しまする……」


 であったからだ。

 現代で”くさや”と言えば、”独特な香りのする魚の干物”として有名である。

 非常に個性的な匂いを醸し出すが故に、某空港では毒ガスの類と間違われた事があったとか、なかったとか。


 それを先の若者は医師に求められるまま伝え、そして、国許に分けて貰える様に掛け合う事になった。


「これは僥倖!」

「織田様が喜ばれる様が眼に浮かぶ!」

「お褒めの言葉を頂ける日が何と待ちどうしい事か!」


 彼らのこの晴れやかな気分は、くさや汁を目にする日まで続いた。




  ◇




 永禄二年(西暦一五五九年)、十二月 尾張国 那古野城


 肌寒いある日。

 掘り炬燵を設けた書院の中、俺は千秋季忠ら側近のみを集め、(はかりごと)をしていた。


「成る程、”寺社奉行”に御座いまするか……」

「左様。寺社の訴えを取り纏め、法の下に執り行う。寺ごと、社ごとだと些か具合が悪い」

「それはそうですな。しかし、寺社が従いますかな?」

「フフフ、これからは従って貰わねばならぬ。”天下治平”故にな」


 俺の言葉に、千秋季忠が平伏した。

 俺はその頭に向け、次なる声を発した。


「これより一年後、八ヶ国の太守、尼子晴久が死ぬ。巫女らに、そう触れさせよ」


 驚き、面を上げた千秋季忠。

 眼が更の様に丸く、口が小さく開いていた。


(……)


 だがそれは、津々木蔵人ら他の面々も同様であった。


「そ、それは一体……」

「聞くな。今はただ伝えよ」

「まさか、巫女らに? あの者らは……」

「勘違い致すな。謀殺せよと命じてる訳では無い」

「なら……」


 戸惑う千秋季忠に、津々木蔵人が優しく囁いた。


「千秋季忠殿、信行様が申される通りで御座る。そもそも、”当たるも八卦、当たらぬも八卦”。尼子氏に関わりの無い諸国に触れを出すだけで宜しかろう」

「フフフ、蔵人の申す通りよ。余計な心配は無用だ」


 俺はニヤリと笑い掛けた。

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