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#047 永禄の大改革

 尾張国五十万石、三河国二十五万石、遠江国二十五万石、そして属国扱いではあるが駿河国十五万石を合わせた計百十五万石。

 それが織田の、現時点での身代であった。

 他方、北条は伊豆国六万石、相模国二十万石、武蔵国六十万石、上総国と下総国の一部二十万石の計百六万石。

 武田は甲斐国二十二万石、信濃国四十万石、上野国の一部十五万石の計七十七万石となる。


 尚、一部周辺国も挙げる。

 長尾景虎の領する越後国が三十五万石、斎藤義龍の美濃国が五十万石、伊勢国が五十万石、近江国が七十万石、飛騨国三万五千石である。




  ◇




 永禄二年(西暦一五五九年)、四月 尾張国 那古野城 評定の間


 論功行賞を行った後、三河国の国主代行に異母兄の織田信広を、遠江の国主代行には実弟である織田信包を配した。

 彼らと駿河国のに命じたのは検地と”道路”、”橋”および”港町”の整備だ。

 交通網とそれに依存する情報網が整わないと、治政に差し障りが出るからな。


 で、次に手掛けたのが駿河国を含めた、領国四カ国に渡る法の統一、だ。

 ”甲州法度次第”の一部を改変、追記したものを三年後から実施すると周知した。

 主な内容は割愛するが、改変・追記は次の通りである。


 ・近親婚の制限(織田家棟梁の許可制)

 ・宗派間の争い禁止

 ・寺社による武力保持の禁止

 ・国宰(国主代行)の制定(任命権者は織田家棟梁)

 ・郡宰の制定(任命権者は織田家棟梁)

 ・地頭の制定(任命権者は国司)

 ・度量の統一

 ・戸籍管理(数え七つで地頭に申請する義務。居を構えた、所帯に人が増えた場合も)

 ・教育の義務(受ける義務と、学ぶ環境を与える義務)

 ・養育の義務(育てる義務と、育つ環境を与える義務)

 ・赤子、幼子の保護(孤児院など)

 ・納税の義務。租税公平の原則および租税(資産税、人頭税ほか)、税納付種別(金銭、労役などなど)。各種税率、税額は別途定める

 ・織田家による指定品目専売(品目は織田家棟梁が決める。塩、兵具類、嗜好品などを念頭)と従事者の保護(直臣とする)

 ・国境、国宰居館を除く、不要な城郭の破却と築城、改修における織田家棟梁による許可

 ・各種名人の保護(直臣とする。天下無双の名乗り)

 ・常備軍の創設と私兵保持の禁止、徴兵の義務


 近親婚の禁止は、近親婚により遺伝病が多く見られたと小耳に挟んだ事があるからだ。

 元服を迎えられる子供がただでさえ少ないこの時代、何かしら手を打っておいた方が良いと思えた。

 赤子、幼子の保護もその類だな。


 寺社に対する制限は言わずもがなだ。

 地域の治安は地頭が中心となり、国人衆が担う。

 故に、寺社に武力は不要だ。


 国宰、郡宰、地頭に関しては迷った。

 何と言っても、その役職名がだ。

 そもそも、朝廷に任命権のある官職名だからだ。

 とは言え、既に守護が政の差配をする様になって久しい昨今、耳にした覚えがない。

 「……なら良いか」と安直に決めた。


 度量の統一は早急に進める必要が出た。

 尾張、三河、遠江、駿河で枡の大きさが全然違うのだ。

 それどころか、よくよく聞くと村単位で違うらしいのだ。

 一体どうやって公平に年貢を納めさせたのだろうか?

 ……あっ、たぶん、”公平”なんて存在しなかったんだろうな。

 それにしても、石高って意味あるの? と思ってしまう。


 戸籍管理は政の基本だ。

 そして、効率の良い治安維持にも不可欠だ。

 怪しい奴がいたら、直ぐに分かるしな。

 成り済まされても、戸籍台帳を基に問い質せば良い。

 また、徴税も捗るであろう。


 国を豊かにするには、民の教育水準を上げるのが手っ取り早い、と聞いた事がある。

 だが、現代から来た俺的には”読み書き算数”が出来て当たり前。

 加えて、食い扶持が少ない所為で育たない、育てられない事もある事を鑑み、地域ごとに寄宿学校と孤児院の設立を決めた。

 そこで、読み書き算術は勿論の事、ソロバンも習得させるのだ。

 当然、誰かが面倒を見なくてはならない。

 飯炊きを含む雑事を、戦や疫病で出た”後家”を当てる事にする。


 しかし、俺的にはドヤ顔な政策であったが配下の臣からは激しい反対を受けた。

 何故か?

 彼ら曰く、


「田植え、草取り、稲刈り、脱穀に人が足りませぬ!」


 農繁期における貴重な人手(無料)がいなくなるからであり、


「それに銭が!」


 そもそも事業を行う予算が無いからであった。


(あれ? 逆のパターン? だがな……)

「ふふふ、案ずるに及ばず。田植えは兎も角、草取り、稲刈り、それと脱穀を簡便に行う策を授けよう。これから教える策を実践すれば米の取れ高も跳ね上がるぞ」


 俺は苗を等間隔に植える為に線を引く”枠まわし”、水田の草取りに”田車”、押し車を模倣した”押切式刈取機”(寝てる稲を起こしつつ、左右から徐々に狭まる刃に加え、車輪と連動したチップソーが回転して稲を刈る)、大鎌(死神が持ってそうなやつ)、そして、言わずと知れた千歯扱きを頭に思い浮かべた。


「その為の道具を清洲の学校にて試作させる。故に……岡本良勝」

「はっ!」

「後で聞き取りに参れ」

「ははっ!」


 納税の義務。

 はっきり言って、何に課税するかが難しい。

 米農家には田の大きさによって取れ高を試算すれば良い。

 が、商家は? 職人は?

 結論、資産に課税する事になる。

 馬、荷車、蔵、屋敷、私有地などなどだ。

 他には営業税だな。


 でだ、営業税を取る為には正確な帳面が必要となる訳だが……


「帳面が商家によって付け方が異なる?」


 と言う問題があった。

 それ以前に、複式簿記ですらなかった。

 これでは商家の損益が分かり難い。

 かと言って、強引に複式簿記を義務化しては商家に逃げられてしまう。

 そう考えた結果、


「売上の一割を税として納めるか、利益の二割を納めるか、商家に選ばせてやろう」


 である。

 売上の場合はこれまで通りの帳面で良いが、利益に対して納税額を決める場合は複式簿記が必須とする。

 実に分かり易い話だ。

 ただし、「複式簿記が何か」はこの時代の多くが知らない。

 そこで、俺の営む商家”那古屋”で試験運用してみる事にした。


 次だ。

 不要な城や砦は破却するに限る。

 謀反・反乱、敵が攻めてきた時に篭られては困るからな。

 国ごとに本拠地と国境に有れば十分だろう。

 余計な整備に金が掛からなくて済むし。


 「各種名人の保護」とは要するに技術者、芸術家の囲い込みの事である。

 直臣に取り立て、生活環境を安定させる。

 その上で、織田家の役に立って貰う。

 それだけの事だ。

 利益が出たら、力関係を鑑みて按分する。

 それだけの事だ。


 そして、最後に常備軍の創設と徴兵の義務であった。

 そもそも、我が織田の兵はその殆どが直臣である。

 何故か?

 僅か数年で四カ国を斬り従えた。

 その度毎に織田家の領地は増えた。

 しかし……実は臣下には与えていない。

 褒賞としては、精々給金を上げたり、織田の姫を嫁がせたり、役目・役職を与えたりしただけであった。


(……よく反乱が起きなかったよなぁ。それもこれも、外敵がいたお陰だよな。それにすこぶる忙しかったし)


 今回の論功行賞もそう。

 功ある者の給金を引き上げ、役目・役職を引き上げ、縁談を許し、互いが望む場合には姫を嫁がせた。


(そう考えると、父親である織田信秀の絶倫も無駄では無かった。寧ろ、領国経営に資する行為。……あれ? そうなると、俺ももっと頑張らないと駄目?)


 ……兎に角だ。

 俺が領地を与えなかったお陰で、私兵、陪臣・又家来はそれ程多くは無い。

 給金と寄親? との関係性はそのままで、直臣に変わるだけだと言うと、抵抗されなかったのだ。

 尤も、抵抗出来る筈も無いのだ。

 織田家は百万石を有する大身。

 既に殆どの兵が、俺の麾下に属するのだから。


(ふぅ、次は近代的な軍の階級制を如何に導入するか……だな。いや、基本的な形は既に出来ている。兵の専門化も進んでいる。実は……名前だけの問題? 総大将とか侍大将、足軽大将とか、皆”大将”だもんなぁ……。俺としては”大佐”って響きに憧れるけど、この時代では「”佐”って何だよ、”佐”って」と言われかね無いし……。はぁ……)


 以上を進めるにあたり最大の問題は、能吏が少ない、と言うことであった。

 そもそも、先にも述べたがこの時代、基本的な文字の読み書き、算術の出来る人材が少ないのだ。

 いなさ過ぎるのだ。

 そこで俺は急遽、マムルークに仕立て上げると言っていた孤児やら山窩、河原者らの子供達の内、学業の優秀な者らを登用する事にした。

 一部、「うへっ……」って顔をしたが、「何? お前一人でやれるのか?」と眼差しを向けたら黙った。


 ちなみに、これは完全な余談なのだが、それら子供達が大層優秀だったのだろう、後に子のいない武家から養子縁組の願いが多く齎された。






 家老らとの評定を終えた後、俺は二の丸にある、俺専用の書院に移動した。

 そこには、


「待たせたな」


 既に客がいた。

 沢彦宗恩(たくげんそうおん)青井意足(あおいいあし)千秋季忠(せんしゅうすえただ)の面々である。

 少し遅れて、村井貞勝、津々木蔵人、そして最後に、


「すまぬ、遅れたか?」


 兄である織田信広が現れた。

 評定の後、所用を済ませ、集まる手筈になっていたのだ。

 俺は顔を横に振り、答えた。


「何の、我らも集まったばかりに御座いまする」

「いや、それでも相済まぬ」


 俺は自らの次席を、異母兄の信広に定めた。

 今回はそれもあり、この面々を集めたのである。


「さて、皆の衆。先の一戦の結果、北条と武田の胃袋を抑える事が出来た」

「それは誠に重畳で御座いまするな」


 俺の言葉に、青井意足が笑った。


「その通りだ。余程の事が起きぬ限り、織田は負けぬ。さて、問題は売り付ける糧食だ。織田が飢えては本末転倒故にな」

「ふむ、先の評定で信行様が申した策では足らぬのか?」

「兄上、恐らくは足りぬでしょう」

「なれば他所より買い集めるしかあるまい」

「その通りに御座いまする。然るに、このままでは織田の身代も傾いてしまいまする。”道路”、”港町”などなど、まだまだ銭が掛かります故に」

「しかも、織田の行く末を考えるに、その手を止める訳にも行かぬ。であろう?」

「流石は兄上。話が早う御座いまする」


 信広兄者が優しく微笑んだ。


「信行様に、”兄上”と呼ばれると、こそばゆいのう」

「ふふふ、お戯れを」

「さて、丁度良い。実は国主代行、いや、国宰を仰せつかった三河では木になる綿、木綿があってな」

(木綿と言う事は、コットン?)

「その木綿を用いた、綿織物が盛んでな。実は此度、その畑をこさえる相談をしたいと思うておったのだ」


 俺以外の他の者が首を傾げた。


「ははぁ、さては兄上。米を抑えた次は、綿を抑えようと考えておりまするな?」


 信広兄者はニヤリと笑い、答えとした。


「いやはや、信広兄者は流石で御座いまする。木綿の取引所を岡崎に設けるお積りですな?」

「左様。信行様が那古屋の”米取引所”を真似てみようと思うてな。その為にも、三河で木綿畑を広げたいのだ」

「許しましょうぞ。如何程の金子が入り用となるかは後ほど。それとは別に、どうせなら”絹”も何処かで作らせましょうぞ」

「絹?」


 津々木蔵人が不思議そうな顔をした。


「何だ、知らぬのか? 綿の元の事よ。木になる綿が木綿なれば、そうで無い物を”綿”と言う。道理よのう。質の良い物は唐からしか手に入れられぬらしいが、それを織田の領内で作る事が出来れば、織田の身代は益々大きく成ろうぞ?」

「なれば、信包(のぶかね)様の遠江では如何で御座いましょう?」


 村井貞勝が俺の意を汲む。

 まさに、そう考えていた俺は、その案を通した。


 さて、次は、


「千秋季忠、歩き巫女らから、何かあったか?」


 である。

 諸国の情報収集に当たらせて既に二年。

 そろそろ大物を釣り上げたい、そう思っていた。

 出来れば南蛮船が那古野大湊を訪れて欲しい。

 それが最大の願いでもあった。


「はっ! 肥後辺りに参った者から”硝石”と”火薬”の製法が届きまして御座いまする!」

「えっ!(マジで!?)」

「これがそれに御座いまする!」


 千秋季忠が恭しく差し出した書物。

 その表紙には乱雑に、”鉄放薬方并調合次第”と書き殴られていた。

 俺は黙って中を検めた。

 火薬の製法の他に、硝石の生産方法も記されている。


「ふぅぅ……」


 いつの間にか額に大粒の汗が湧いている。

 軽く読み終えた俺は、大きく息を吐いた。


「これは織田家預かりとする。何人足りとも知られてはならぬ。伝えてきた者は……そうさなぁ、何処ぞの武家の娘とし、嫁がせよ」

「ははっ!」

(こう言っとかないと、殺されるやも知れぬし……)

「そして、蔵人」

「はっ!」

「硝石と火薬の生成を命ずる。山窩、河原者の中でも信の置ける者らを使え」

「ははっ!」


 俺は「以上か?」と千秋季忠に目線を送る。

 彼は小さく頷き返した。


(南蛮船の訪問は今回も無し……と)


 俺は今一度、


「後は南蛮船、だな」


 と催促するに止めた。


 次に口を開いたのは、沢彦宗恩。

 彼は、


「美濃に入った”六尺犬”が申すには、義龍殿は甚だ体調が芳しくないご様子」


 と述べた。

 加えて、


「義龍殿の寵臣、竹中重治と家老衆にて諍いが絶えないとも有りまする」


 らしい。

 俺はニヤリ、と笑った。


「ふふふ、”犬”には引き続き”間者”として役目を全うさせよ。そうさなぁ、後四、五年は美濃に居て貰う、でな」

「はっ!」


 最後は村井貞勝であった。


「橋本一巴が連れし鉄砲鍛冶、如何致しましょうや?」

「ふむ、後日俺が直接会い、頼み事をする。清洲の外れに屋敷と工房を設けよ。人を増やす故、場所を誤るな」

「ははっ!」




 それから暫くしたある日。

 俺の元に凶報が届いた。

 それは、


「三河にて一向宗門徒が不穏な動きをしておりまする!」


 であった。

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