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#044 掛川城攻囲(1)

 駿河と甲斐を繋ぐ街道・甲斐路。

 その駿河側の起点が駿河国の東端、駿東郡にあった。

 今川氏は街道の整備の為、駿東郡は深沢に平山城を築いたのである。

 城の名前は深山城と名付けられた。


 その深山城だが、一月前に突如現れた北条軍に()()られていた。

 いや、兵の出払った深山城を北条側が一方的に預かったのだ。

 北条氏政の独断でだ。


 無論、駿河国は抗議した。

 未だ国主である今川氏真が掛川城にて篭ってはいるとはいえ、人が居ない訳ではない。

 加えて、一時期は国政を担い、また、今川氏四代に渡って政務を補佐した寿桂尼(今川義元の実母)が居た。

 駿河国に動揺が走ったとはいえ、国政が滞る事はなかったのである。


 故に、駿河国今川氏と相模国北条氏との間では活発な遣り取りが行われた。

 また、雪の所為で軍を動かさぬ甲斐との間でも少なくはない交渉が交わされた。


 されど、事態に先の一件以来、表立った動きは見られない。

 甲相駿三国同盟に従い、兵を出すかと思いきや一向にその気配が見受けられないのだ。

 実はこの時、三ヶ国内で利害調整をするも纏まらず、動くに動けなくなっていた。

 だがそれは、掛川城を攻囲する織田方もまた例外ではなかった。





  ◇





 また、掛川での夜が明けた。

 俺は寝床から上半身を起こし、両腕をめい一杯伸ばしつつ、


「早いものだ。掛川に滞陣して早一月半……か」


 欠伸混じりのため息を吐いた。

 そう、俺は疲れていたのだ。


 今川氏真が篭った掛川城は逆川の北岸、龍頭山の頂き付近に築かれている。

 極めて攻め難い城であった。

 無論、力攻めをすればいずれは落ちるだろう。

 無数の兵の屍を積み重ねながら。

 が、それを俺は嫌い、兵糧攻めを選んだ。


 俺は近くの寺を間借りし、そこに本陣を設けた。

 雨風が凌げる環境をいち早く整えたのだ。

 とは言え、そこは勝手知ったる我が城ではない。

 言うなれば、長期出張のホテル住まいをしている様なもの。

 だからだろう、異常に気疲れするのだ。

 一晩寝ても、疲れがとれた気がしないのはその所為だった。


 さて、この一月半の間、幸か不幸か周辺国に大きな動きは無かった。

 武田は雪で動けず。

 北条は何故か駿河に侵攻し、城を一つ占拠しただけだ。

 甲相駿三国同盟の足並みが揃わないのだ。

 これらは俺にとっては紛れもない”幸”であった。

 だがその結果、俺は今川氏真に引き留められるかの様に掛川に居残っている。

 そう、今川氏真は二千程の兵と共に、掛川城に籠城し続けているのだ。


 俺は城攻めの常道として城下町を焼き払い、兵糧攻めの継続を命じた。

 付け砦も築かせ、虫一匹見逃さぬ万全の体制を整えさせた。

 今川氏真に降伏を呼びかけつつ、だ。

 未だに返事は”なしのつぶて”だがな。

 一日も早く何とかしなければいけない、と分かってはいるのだがな。


(はぁ……、”国崩し(大砲)”が有れば、とっとと掛川城を打ち壊して、今頃は那古野でゆっくり出来たものを)


 無論、総数三万にも及んだ織田方の兵、その全てが掛川に留まったままではない。

 米や日銭目当てに集まった三河衆やら西遠江衆やらは、主だった武家の者を残し国許に帰した。

 ”道路造り”と”橋造り”と言う新たな労役を課した上でだ。


 また、ある程度まとまった数の軍を編成し、新たな領土となった東三河、遠江の国人衆に対して織田の威武を示したり、信濃との国境を検める様に命じたりもした。

 飴と鞭を与えつつ、だな。

 米と銭を見せ恭順を促し、関を廃止する様に言って聞かせ、見張り台を備えた”駅”の建築と主なお勤め内容と給金の支払いに関する細かな内容をコンコンと説いたりさせたのだ。

 勿論、あんまりうるさい奴は力強くで黙らせたりもした。

 「橋が出来ると”舟渡し”が出来なくなる!」とか知った事ではない。

 あまつさえ、こっちが「お主らを直臣に迎え、橋の管理を任せたい」っと下手に出たにも拘らず、「通行料はこちらが自由に決めて徴収する」とか言い出し、槍を振り回す始末だからな。

 ”既得権益”とは実に恐ろしいものよ。

 彼らも草葉の陰でそう思ってる事だろう。


 まぁ、そんなこんなで俺は未だ掛川にいる訳だ。

 問題は掛川の問題が片付かない所為で……俺が久しく、人肌の温もりを味わえていない事だ。

 それこそが俺にとって最大の”不幸”であった。


(……遊女は病気持ってそうで論外だ。同じ理由で歩き巫女も駄目だ。この時代に抗生物質なんて存在しないからな。性病に罹患したら終わりだ。もう、諦めるしかない。とはいえ、民に対してそれじゃあんまりだから、気休めにと殺菌効果のある紫蘇を配ったり、危険な症例を伝えたりはしたんだが……なかなか徹底されてはいないんだな、これが。でだ、この人肌恋しい思いをどうしたものかとしたものかと考えあぐねていたら、総大将の俺に気を使ってなのか、「村から生娘を」って話が出た。だが、それはそれで”現代感覚的に”忌避される。故に断った。「ならば!」と小姓らが一肌脱ごうともしたがニッコリ微笑みながら「暇乞いか?」と呟き、制止させた。いや、身の回りに女がいない訳では無い。急遽用意された侍女がいるのだから。綺麗どころのな。だが、彼女達に手を出すと後々なぁ……。はぁ、どっかに家格の見合う、且つ胸の大きな女、いないかなぁ……)


 などと、俺が悶々としていると西遠江衆の一人、井伊直親が俺の近習と共に現れた。

 彼は西遠江衆の代表? として俺の側に侍る役割を任されたらしい。

 井伊直親が選ばれたのは「年が近いから」だそうだ。


(……どうせなら、直親ではなく、直虎が良かった。もっとも、一度も会った事無いけどな。そもそも、尼寺に入ってる訳だし。こりゃ、逢う事もなく終わりそうだな)


 彼は慇懃に挨拶を済ませると、


(って言うか、直虎胸でかいのかな? そもそも、今は直虎って名前じゃないか……)

「……条からの使いとして、北条……が参ったとの事に御座いまする」


 と言った。


(ん!?)

「……すまぬ、今一度頼む。誰が訪れた……と?」

「はっ! 北条氏政に御座いまする!」

(う、嘘だろ!? 確か、北条氏康の跡取りじゃ無かったか?)


 俺は動揺を抑えつつ、


「……直ぐに支度を致す。本堂脇の書院にお通しせよ」


 と答えた。




 僅か三十騎の供回りのみで北条氏政は現れた。

 そんな彼に対し、俺が初めて目にし、抱いた感想は「若い」であった。

 何故かと言うと、ここに現れた行動(事前調整なし)もそうなのだが、彼は挨拶もそこそこに、


「掛川から退いて頂きたい」


 と一方的な”願望”を口にしたからだ。


(……北条氏康の考え……では無いな)


 俺はそう察し、ニヤリと笑った。


「なっ! 何が可笑しい!?」

「いえ、失礼仕りました。何、氏政殿の気持ちの良いお言葉に、思わず顔が緩んでしまった次第。お許しあれ」

「そ、それの何処が……」


 北条氏政が問い質そうとするも、彼の近習がそれを遮る。

 その近習の名は、板部岡融成。

 昨年行われた軍略大会では”板部岡江雪斎いたべおかこうせつさい”を名乗っていたらしい。


 俺は北条氏政の問いを聞かなかった事にし、


「時に氏政殿。駿河は深山城を攻め落としたそうに御座いまするな?」


 とこちらから問うた。


「せ、攻め落としてはおらぬ! 甲斐路を維持する上で大事な城が空城となったが故、致し方なく抑えたまで!」

「されど、駿府におわす”尼御台”様が快く思われていないご様子だとか」

「なっ! 何故織田殿がその様な事を!?」

(ふっ、事実か……)


 俺はニコリと微笑んだ。

 すると、流石に察したのか、


「チッ! してやられたわ」


 と北条氏政が零した。

 俺は微笑みを浮かべたまま温かい茶を一口啜る。

 鼻を茶の香りで充しつつ、喉を潤しつつ考えた。


(さてさて、どうしたものか。北条と今川が一枚岩で無い事は確認できた。とは言え、氏政を怒らせ、その結果北条と事を構える……などと言う状況にはしたくはない。だがそれは北条も同じ筈。聞く所によると、関東管領である上杉憲政の要請に応じた長尾景虎が、越後からわざわざ坂東(関東)にまで出張り、戦をしているとか。その上、織田とも事を構えるとなると、北条は東西の敵に挟まれる形となる……か)


 俺は「あれ? そうなった方が織田に利がある?」と思いつつ、


「ところで、氏政殿」

「何であろう、織田殿?」

「ご用は以上ですかな?」


 お暇する様に促してみた。

 すると、北条氏政は「おお、忘れておった!」と手を叩き、懐から豪奢な布に覆われた”何か”を取り出した。


(……素で忘れてた?)


 彼は布を開きつつ、


「妹から預かって参ってな。これを今川氏真殿に届けて貰えぬか?」


 と一切悪びれずに言う。


(……どういう事だ? 「はい、承りました」と俺が頷くとでも思っているのか? 城の内外で今川と北条が示し合わせる、その手筈が記されているやも知れぬのに?)


 図らずも、俺は困惑した。

 そしてそれは、北条氏政の近習、板部岡融成も同様であった。

 彼は「う、氏政様……」と口にしながら、袖を引いている。


「失礼ながら……中身を拝見しても?」

「う、う、うむ……織田殿の懸念も分かっておる。だが、一応、その、身内の文ゆえに、こ、口外はしてくれるな」


 俺はコクリと頷き返し、中を検めた。

 念の為、今川氏真への投降を促す使者として呼んだ、安照院光明寺の僧侶である青井意足にも見せた。

 この僧、源氏の兵法書”八幡太郎義家の軍法”を伝えし者である。

 最近、彼の下には吉良義安も通い始めているらしい。


(ある意味、源氏ほいほい、だな)


 故に、代々守護を務める今川氏、その当主の下に送る使者に最適だと思えたからだ。


 中身は慎ましくも慈愛に満ちた、恋文であった。

 時折気持ちが昂ったのであろう、短歌が添えられている。

 思わず、読んでいるこちらが気恥ずかしくなった。

 上質な肌触りのする紙面からは書く時に香を焚いていたのだろう、良き香りが上っていた。


「……確かに、お預かり致しました。こちらの僧、青井意足が届けまする」

「おお、有難い! いやはや、駿府に寄ってきた甲斐があったと言う物よ。それと、もし……」

「ええ、氏真殿から文を預かりましたら、責任を持って届けまする」

(かたじけな)い!」


 俺は北条氏政ら一行を見送った後、何もかもが馬鹿馬鹿しく感じ、明日には那古野に帰ろうかと考えた。

 しかし、それは為されなかった。

 恐らくは北条氏康の指した一手が故に。

 それは、


「公方様(足利義輝)からの御内書に御座いまする!」


 遠くは京の都からの、幕府の使者、であった。


(やるなぁ。まさか、遥か西にいる足利義輝をこの短期間で動かすとは。さては……かなりの金子を積んだな? となると……こちらもそれ相応の利を与えねばならんな)


 俺は顔を顰めた。




 足利義輝の使者は寺の本堂で俺を待っていた。

 それも上座に座して。

 尤も、天下の将軍からの使者として、それは当然の振る舞いであった。

 俺は本堂に入るやいなや平伏し、将軍のお言葉を待った。


 ちなみにこの使者、名を和田惟政(わだこれまさ)と申し、将軍である足利義輝の幕臣である。

 しかも、有能らしく、齢三十にして幕府の軍を司る奉公衆を担っているらしい。

 ようするにエリート武官だな。

 ちなみに文官は奉行衆だ。

 何気に文官と武官をちゃんと分けてる。

 流石は”幕府”と言ったところか。

 俺も見習いたい物だな。

 村井貞勝の手紙にはそれらが事細かく記されていた。


 和田惟政は重々しく口を開いた。


「公方様は、織田と今川の争いに御心を痛められておる」

(なら、とっとと降伏を促せや! と思うのだが、流石にこれは口に出来ない)

「……はっ!」


 俺が恭しく傾聴する態度を示すと、和田惟政がありえない事を口にした。


「矛を収め、尾張にまで退けと仰せじゃ。その代わり、弾正少忠の名乗りを許す」


 俺は一瞬、言葉の意味が分からなかった。


(は? なんで尾張?)


 だが次第に、理解した。

 その結果、


(はぁぁ!? 何言ってんだこいつ? 遠江どころか、三河も手放せ、そう言ったのか?)


 俺はその余りな言葉に、怒声を堪えるに必死となる。

 恐らく、耳の先まで真っ赤になっていただろう。

 と、同時に怒りの所為か、体が小刻みに震え始めた。

 本堂の空気が一気に張り詰めたものに変わった。

 俺の近習が手を腰の太刀に添えたのが、目にせずとも分かった。

魅力に欠ける都市の一位に名古屋。。。


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