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#039 使者

 永禄元年(西暦一五五八年)、十月上旬 那古野城


 俺の下に美濃国からの使者が訪れた。

 建前としては”先の戦勝を寿(ことほ)ぎに参った”、らしいのだがその実、尾張国の国勢を直に観に来たのだろう。

 美濃と尾張は木曽川を間に挟んだ隣国。

 俺が尾張を統治する様になってから落ち着いたとは言え、嘗ては互いに国境を犯し、近隣の村には略奪を町には火を放つ等していたのだから。


 さて、その使者なのだが……


「某が安藤守就(あんどうもりなり)に御座いまする。後ろに控えまするのが、美濃菩提山城主の竹中重元とその嫡男、竹中重治に御座いまする」


 ”竹中重治”が使わされてきた。

 彼は、史実では稲葉山城をたった十数名で陥した事により”今孔明”と呼ばれ、美濃を織田信長が攻め取った後は羽柴秀吉の軍師として働き、豊臣秀吉による天下統一の礎を築いた。

 正に戦国時代を代表する英傑の一人だ。

 だが今はまだ、斎藤義龍に度々呼ばれる近習の一人に過ぎないらしい。

 確かに、俺から見ても、今の彼は背の高い美しい女子が侍装束に身を包み、小姓の真似事をしているかの様にしか見えない。


(先日のお艶の方やお市みたいだな。実は……竹中半兵衛は女!? ……な訳ないか……)


 一国の主たる俺が恐れる存在ではなかった。

 その実、彼は鋭い視線を放っていた。

 瞳に映る全てを捉え、記憶して帰ろうと努めているかの様に。

 俺はそんな彼の姿を、


(美少年……なるほど、そう言う事か。斎藤義龍が側に置きたがる訳だ)


 穿った目で見た。


 そんな折、


「時に織田様は街道整備に力を入れられているとか」


 安藤守就が俺に問うてきた。

 俺は思わず微笑んだ。


「如何にも! 那古野大湊に様々な国から、多くの船が着く故にな」


 そう、船は尾張に米を中心に様々な物資を運び込むのだ。

 何故か?

 那古野大湊には大規模な貸し納屋(倉庫)街と米の取引所が設けられているからだ。

 彼らはそこで米を売買し、得た銭で様々な物資を買い漁り、それらを国許で売る。

 船主は巨利を得て、更に船を増やし、更に多くの米を那古野大湊に降すのであった。


 さて、その過程で誰が一番儲かるかと言うと……実は俺だったりする。

 何故ならば、俺が納屋を建てては貸し、取引所においては手数料を貰い、一部の大店から取引高を申告させた上で売り上げ税を徴収しているからだ。

 更に言えば、整備された那古野城下町の土地と建物、その殆ど全ては織田家の所有物。

 故に、人口の増加に伴い、膨大な銭が織田家の蔵に納められる様になったのだ。

 俺はその銭の一部を金銀に替える他は、道路や港湾を含むインフラ整備に当てている。

 更なる銭を那古野に呼ぶ込む為に。


「実に羨ましい事に御座居まする」


 安藤守就が心の底から羨望する。

 俺はそんな彼に甘い言葉を囁くのであった。


「ふふふ、友好の印に美濃路を織田の手で整備しても構わぬ。那古野から清洲を経て、不破関までな。いや、それに加え清洲から稲葉山城の道も設けよう。木曽川を渡る橋も設ければ商人共はこぞって稲葉山城は元より、北方城を詣でるであろうからな!」


 その中に僅かな”毒”を含みながら。


 ちなみにだがこの”美濃路”、東海道の脇街道ではあるが東山道(現代で言うところの中山道)と合流し不破関へと至る、非常に重要な街道であった。

 陸路だけで京へと向かう場合においては特に、だ。

 何故ならば、東海道を使う場合、伊勢湾で馬を降り預けねばならず、当然ながらトラブルが良く起きていたからである。


「それは誠に御座いまするか! 義龍様には某からも働きかけさせて頂きまする!」


 喜色満面の安藤守就。

 その姿に、俺の頬が益々緩む。

 広間は和やかな雰囲気に包まれ始めた。


 だが、そんな空気を一変させる者が一人、いた。


「正に笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)


 その者の名は竹中半兵衛重治。

 彼はコロコロと含み笑いをしながら、「この人、友好と見せ掛けて襲う気だよ」とはっきりと口にしたのであった。

 そんな彼を慌てて諌めたのが、


「よさぬか、重治!」


 父である竹中重元であった。

 親は子の振る舞いに顔を苦渋に歪め、子は親の思いを知らず忍び笑いを続けた。


 俺はそんな竹中重治を、


「いやぁ、流石は西美濃三人衆が筆頭と目される安藤殿よ! 義龍様に取り計らって頂けるとは!」


 完全に無視した。

 直後、眉間に皺よせた竹中重治。

 その仕草は正に、不貞腐れた子供、である。

 俺は思わず、


(未来の”今孔明”とは言っても、今はまだまだ子供。可愛いのう)


 と思ってしまった。

 俺は竹中重治をまじまじと見た後、ニタリと笑う。

 彼の顔が増す増す”不機嫌”を露わにした。


「クックック、才気ある”子”をちと揶揄(からか)い過ぎた。許せ、重元殿」

「なっ!」

「滅相も無く……」


 途端に顔を真っ赤に染め上げる竹中重治。

 対する親の竹中重元は頭を垂れ、畏まった。


 俺はそんな彼らの態度の違いを鑑み、更なる毒を埋め込む事にした。


「しかるに、重治殿にも矜持があろう。そこで如何だろう? 明日、城下町で開かれる”軍略大会”に出ては。勝ち進めば、美濃国には”竹中重治”あり、と喧伝されよう?」

「いぇ、恐れながら……」

「この、竹中重治! 謹んでお受けいたしまする!」


 その威勢の良い言葉に、


「こ、これ、重治! 安藤殿がおられるのに何を勝手に……」


 父親である竹中重元が慌てるも、


「良い良い。若者はこうでないと。なぁ、安藤殿。まぁ、織田が取り仕切る”祭り”に花を添えると思い、血気逸る行動を許してやってくれ。我からも頼む故にな」


 俺が強引に話を纏める。

 こうなっては、一介の使者如きに話は覆せない。

 俺は腹の底で笑いながら、


「いやぁ、流石は斎藤義龍殿が一の近習。見事な決断よなぁ。その思い切りの良さが、何とも素晴らしい事よ!」


 褒め称えたのであった。




 さて、その軍略大会の概要は、平たく言えば「将棋盤を使った戦術ゲームの勝ち抜き戦」である。

 槍、弓、騎馬、輜重、大将の駒をそれぞれ四枚、三枚、二枚、一枚、一枚用い、相手の大将もしくは輜重を先に討った方が勝ちとなる。

 攻撃は弓以外の駒は上下左右に隣接する駒に対してのみで、弓はそれに加え斜め方向も可能である。

 各駒は一律一度まで攻撃を受け止められ、その際は駒を裏返す事で攻撃を加えた事を表すのだ。

 その際、初めて攻撃を受けた駒は反撃を行える。

 また、二度目の攻撃を受けた駒はその時点で盤から取り除かれる。

 勿論、駒によって移動できるマスは異なる。

 騎馬と大将は四マス進め、それ以外は二マスである。

 尚、互いに一手ずつ指すのでは無く、ターン制を採用している。

 大まかなルールは以上であった。


 無論、考案したのは俺だ。

 軍師や参謀の類の育成に必要だと思い、作ったのだ。

 これが思いの外面白いと評判になり、例の”那古屋”を通じて販売してみたら爆発的に売れた。

 それも尾張だけでなく、周辺国にまで輸出する程にだ。

 今日では三河からわざわざ軍略大会に参加する者が現れる迄になっていた。


「時に林秀貞」

「はっ!」

「昼から執り行われる軍略大会の準々決勝、そこまで勝ち進んだ者らの事なのだが……この者は何だ?」


 俺は準々決勝に勝ち進んだ者の名と、予想される払い戻し倍率が記された紙の一部を指し示す。

 そこには、「タダノ トシヒサ」とあった。

 戦歴は優勝三回。

 その実績故なのだろう、予想払い戻し倍率はまさかの一・一倍。

 現代の競走馬に擬えるならば、オグリキャップであろうか。

 正に”怪物”級のオッズである。


「そ、それは……」


 林秀貞の顔色が一気に悪くなった。


「隠さずとも良い。この名前からして”前田利久”なのであろう?」

「そ、その通りに御座いまする……」

(やはり、か。あの一族……俺を馬鹿にしているのか? それはそうと……)

「戦働きは苦手と聞いてはいる。が、中々の勝率ではないか?」

「ははっ! 何やら”床の上を含めて槍働きは苦手。拙者は城内で駒の差配が向いておる”と申しているそうで……」

「……で、あるか。なれば、折角の才、その様に用いてやる。”軍監衆”を申し渡す故、明日から那古野に出仕せい、と伝えよ」

「ははっ!」


 だが、問題はそれだけでは無い。


「御主から見て、竹中重治は如何か? 最後まで勝ち進めそうか?」

「恐らくは。この勝ち抜き表によりますると某が一目置いた”ホンダ マサノブ”と”イタベオカ コウセツサイ”などは決勝へと至る前に前田利久と相対しまする。対して竹中重治は準決勝に”シバ ヨシガネ”と当たるのみ。技量的には竹中重治の方が上と思われまする故、間違いなく決勝にまで勝ち上がれるかと思われまする」

「なれば良い。前田利久も主命であれば……」

(ん? ちょっとまて。聞き捨てならない名前が聞こえた様な……)


 俺は勝ち抜き表から払い戻し表に目を移す。

 そこには”シバ ヨシガネ 優勝回数一。払い戻し、四倍”とあった。


(おいおいおい! 青井意足(あおいいあし)の下で、八幡太郎義家の軍法を学んでいるんじゃなかったのか!? お、おのれ……)

「……こいつもだ。軍監衆を申し渡す故、簀巻きにしてでも連れて来い」





 その結果、竹中重治は見事”軍略大会の優勝”を勝ち取り、「尾張に見るべき人は居らず」と意気揚々となって美濃へ帰って行った。

 俺は勝ち誇った彼の顔を遠くから眺めながら、


(いやぁ、危なかった。彼がコテンパンに負けて、性格が変わったら大問題だった。しかし、本当に危なかった。あいつ、本気で勝ちに行くんだもん……)


 将来の戦略が狂う危機が去ったと、胸を撫で下ろしていた。

 しかし、それは束の間。

 それから僅か数刻後には、


「お、恐れながら、信行様! 甲斐国主にして信濃守護であらせられる武田晴信様の使者として、美濃苗木城が城主、遠山直廉殿が見えられた由に御座いまする!」

(えっ!? 義理の弟が武田信玄の使者!?)


 新たな問題が持ち上がったからだ。

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