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#038 幕間 織田の姫君と論功行賞

 ある時、村井貞勝と沢彦宗恩が深刻な顔をして俺に会いに来た。

 彼らは俺に会うなり、こう言った。


「織田の姫君の嫁ぎ先を早く決めてほしい」


 その時、俺の頭に浮かんだ姫君の顔はお市とお犬。

 まだ十代になったばかりの少女らであった。


(いやいやいや! まつの前例があるとはいえ、それは無いよ? だって、織田の姫だし。俺の可愛い妹達だし。それに母上が手放したがらないだろうし……)


 俺はその事を二人に告げると、彼らは大きな溜息と共に、首を横に振った。


「信秀様の御息女の内、嫁ぎ先がお決まりで無いお方は、先のお二方を合わせて十名に御座いまする」

「(そ、そうだったな……)で、あるか」

「されど、此度我らが頭を悩ませるは”お艶の方”に御座いまする」

「お艶?」

「はい、信定様が末子に御座いまする。おん歳二十に御座いますれば、信長様が美濃は遠山氏に娶らせようと働き掛けており申した。然るに、昨今の……」

「あぁ、良い。話が立ち消えになったのであろう? で、他に適当な嫁ぎ先は無いのか?」

「そ、それが……」


 村井貞勝と沢彦宗恩が揃って土下座をする。

 そんな彼らが口にした言葉は、


「それとなくお艶の方にお話を振ったところ、”那古野を離れたくはない”、と仰せられ……」


 であった。


(……だめだろ、それ? 武家の娘としてどうなの? この時代の娘は他家に嫁いてナンボ、だろ? 俺だって、二歳の我が娘が成人した暁には……うん、政略結婚で他国にやるなど絶対無理だな! 滅多に会えなくなるしな! それに娘に対する嫁いびりが心配だし!)


 そんな俺が考えに考え抜いて出した答えは、


「た、他国に嫁ぎたがらぬ者を室に送り出しても仕方があるまい。そうだなぁ、家中の者でも良いのでは無いか? そ、そうだ! いっその事、論功行賞の品とし、織田の姫を娶りたがる者を集めようではないか! 姫もその者を望めば娶らせよう! そうだ! それが良い!」


 である。

 要するに、家格が見合い、且つ功を上げた者に文字通り”お見合い”の機会を設けてやるのだ。


(……だがしかし? 家格が見合うって何だ? 家老職に就いていれば良いのか?)


 俺の疑問は彼らの疑問でもある。

 彼らは暫く黙り込んだ後、


「……評定までにお決め頂けますかな?」


 当主である俺に放り投げた。


「お、おい! ちょっと待てや!」


 狼狽する俺に村井貞勝が、


「致し方ありませぬ! 信行様のお身内では御座いませぬか!」


 言い切った。


「それとこれとは別だろうが!」


 思わず怒声を発する俺に沢彦宗恩は、


「別では御座いませぬ! 信長様は当主の責とし、お一人でお決めになられており申した! 家老如きに口を挟ませるなど、決して許しませなんだ!」


 正論で返した。


(くっ! ここで兄信長を持ち出すか! それを言われると……なぁ……)


 俺は僅かに言葉にあぐねた後、


「……良いだろう。後は我に任せよ」


 自らの宿題にすることを認めた。


「さて、他に何かあるか? 無いならこれでしまいじゃ!」


 俺は足早に、ニの丸の奥へと向かった。




 奥の広間に入った俺は早速、


「荒尾ぉー、些か困った事が起きた。知恵を貸してくれ」


 今にも赤子を産みそうな腹をした正室に縋った。

 荒尾御前は優しく微笑み、


「はい、何なりと」


 俺に言葉を続けさせる。


 俺が一部始終を語り終えた時、彼女は、


「良い考えが浮かびましたに御座います」


 と述べ、ニヤリと笑った。




 次の評定に、俺は荒尾御前のアイデアに従い、二人の姫を伴った。

 二人とは、


「お、お艶の方?」


 は勿論の事、


「お市様?」


 である。

 それも、


「し、しかし、何故に信長様のお召し物を……」


 侍姿をして、だ。

 彼女達は実に凛々しい若侍に変身したのだ。

 頭は月代(さかやき)ではない、総髪だがな。

 母の土田御前など、若かりし頃の信長が蘇ったかと錯覚した程だ。

 そして、それこそが荒尾御前の目論見らしい。

 彼女曰く、こうすれば間違いなく上手く行くと申すのだが……


 俺はお艶の方とお市を左右に侍らせ、腰を下ろした。

 無論、彼女らもである。

 誰かの喉がゴクリと大きく鳴った。

 それを合図に広間がざわめき始めた。


 やがて落ち着いた頃合い、俺は意図を説明する為に口を開いた。


「さて、先の戦の論功行賞を致す。だが、その前に。皆が気にしておるので申すが、褒賞代わりにこの者らを降嫁致すつもりだ。家老職以上の者で望む者がおれば良いのだが……」


 しかし俺は、最後まで言い終えられない。

 髭の大男が、物凄い勢いで遮ったからだ。


「そ、某に! この柴田勝家にお艶の方を下され! どうか! どうか御慈悲を!」

「な、何故か? 確かに勝家は功を上げ、資格を有しておるが……」

「先代、先々代の面影が強う残っておりますれば、伏してお願い申し上げまする!」

(……いや、面影があるから何なの? そこが重要でしょうが? ほら、お艶の方もそう思って……)


 俺がお艶の方の方へ目を向けると、彼女はニタリと口の端を上げていた。


(うはっ! 本当に信長そっくりだな! 夢に出そうだ……)


 背筋に悪寒を感じた俺は身震いする。

 その刹那、当の本人が俺に顔を向けた。

 頬を赤く染め上げた”信長”が俺を見てニヤニヤしている……


 俺と目が合った彼女は(おもむろ)に、


「柴田様の下に嫁ぎとう御座いまする」


 と口にしたのであった。


(えっ、何で? 何でよりによって勝家? あいつ本当に毛深いよ!? それに史実では六十歳を過ぎてから、四十歳のお市と朝まで行けるほどの化け物だよ? 壊されちゃうよ!?)


 だが、俺の懸念など誰一人共有してはいなかった。

 当然だ、それを知るのは俺一人だけ。

 他の者らはただただ、柴田勝家が漸く嫁を貰う気になった事を我が事のように喜んでいる。


 ……ただ一人の男を除いては。

 そして、その男とは誰あろう、


「く、蔵人? 如何した? 気分でも悪いのか?」


 両手を口に当て、目を丸くする津々木蔵人であった。

 彼の手で蓋された口からは、


「そ、そんな……。ま、まるであの当時の……の、信行様では御座らぬか……」


 微かに言葉が漏れ出ている。

 そんな彼の視線の先には、小姓と見紛う姿をしたお市がいた。

 彼女の目は鋭く輝き、津々木蔵人を捉えている。

 それはまるで、猛禽類が獲物に狙いを定めるが如く。

 決して逃がさぬソレであった。


「お市は蔵人様に決めておりました」

(えっ? まさかの逆指名? 本人の意思関係なし?)


 俺は戸惑った。


「お、お市。流石に蔵人の意思の方が大切だと思うのだが……」

「構いませぬ。このお市が決めたのです。蔵人様にはお受けいただきます」

(いや、っていうかお市はまだ十二歳だし……。だめだろ、流石に。やっ、しかし、”まつ”という前例があったか……。でも、小学生はちょっと……。胸も全然無いし……)


 俺は混乱した。

 だからであろう、俺が妙な言葉を発したのは。


「ち、ちなみにお市ちゃんは、蔵人ちゃんの何処が、よ、良かったのかな? ノリさんだけにおしえてー」

「強いて上げるなら顔。お市は蔵人様の美しい顔を毎日眺めていたいのです」

「そ、そっか……」


 俺は津々木蔵人が気の毒になった。

 他の家老らも同じ思いをしたようだ。

 場の雰囲気が一気に凍りついた。


 しかし、お市は気にせず言葉を続けた。


「それに、お市なら蔵人様が兄上を身を呈して守った際に負った傷をも愛でて差し上げられます」

(……き、傷フェチ? 難易度たけー……)


 そう思ったのは俺だけでは無い筈。

 その証拠に、「ヒュー」と誰かが口笛を吹いたのだから。


 すると、津々木蔵人が居住まいを正し、俺に平伏した。

 彼は頭を下げたままの姿勢で、


「の、信行様! この津々木蔵人! 信行様に生涯の操を立てるつもりで御座い申した! しかるに! お市様はその! 某の信行様への思いを含め、某を受け入れると申して下された! 某! 信行様への思いを抱いたまま! お市様の下に行きとう御座いまする!」


 と一気にまくし立てた。

 それを聞いた俺は思った、


(蔵人、お前が嫁入りするのかよ……)


 と。

 誰かがまた、「ヒュー」と口笛を吹いた。

 音のした方に目を向けると、そこにいたのは前田利益。

 彼は大層ニヤついていた。


 俺は極度の脱力感に苛まれつつ、


「あ、相分かった。そ、その方らの好きに致せ……」


 とだけ、辛うじて口にしたのであった。

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