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#030 今川義元による尾張侵攻(1)

 永禄元年(西暦一五五八年)、八月ニ一日 尾張国 那古野城 評定の間


 今川方の陣触れ。

 その事実は即座に、俺の下に届けられた。


「総大将は今川義元! 総勢二万三千にもなる大軍勢との事に御座いまする!」


 その数に、俺は内心ほくそ笑んだ。


(ふふっ、史実に比べ随分と兵が減っている。やはり糧食が十分では無いな。三河の米を買い集めたり、那古野の取引所にて今川領内の米の取り扱いを禁止にした甲斐があったわ)


 俺は頷き、先を続けさせた。


「先陣は松平元康が率いる二千五百に加え、朝比奈泰朝が率いる二千五百の総勢五千。本陣に今川義元が率いる一万三千。後陣は輜重を含めた五千に御座いまする」

「よう調べた! 褒めてつかわす!」

「ははっ! 有り難き幸せ!」

「して、出陣は何時か?」

「明日に御座いまする!」


 俺はその答えに僅かの間考え込んだ。


(駿府城から沓掛城へは、鎌倉街道を経ても五日は掛かる。その間に……)


 俺は林秀貞に顔を向けた。


「尾張と西三河の民に、”土の入った米俵を買うので持って参れ”と触れさせよ。持って来させる場所はここだ」


 俺は地図を開き場所を指差した。

 そこは沓掛城と鳴海城とを継なぐ鎌倉街道、そのやや鳴海城寄りの場所であった。

 視界の隅で、前田利益の顔がニヤリと笑った。


「それと同時に鎌倉街道の封鎖を実施する。鳴海城から東には、米俵を持ち寄る者以外、決して通してはならん」

「ははっ!」

「次に三河の国人衆と農民らに対し、織田が勝ったらニ年間は無税と伝えよ」

「はっ!」

(この一手で三河者の心を織田家が掴めたならば、あとは熟れた果実の如く、三河は俺の手の中に……。いやいや、幾ら何でもそれは無いか)


 俺は下らぬ妄想を振り払い、次なる指示をする。


「佐久間盛重と滝川一益、平井久秀は鉄砲衆と弓衆、それに兵具衆の”アレ”を持って砦に入れ。大高城の救援に参った者共の数を減らし、また其の後は大高城から出て来るであろう兵を砦に釘付けにせよ」

「ははっ!」

「信広兄者は品野城に千五百を率いて入って貰いたい」

「承った!」

「そして柴田勝家」

「はっ!」

「お主も千五百を率い、自城である下杜城にて指図を待て」

「の、信行様! そ、それは一体!?」

「勘違いするな、勝家。お主と、信広兄者の働きが此度の肝である。お主だからこそ出来得る”大事”を託すのだ。ゆめゆめ耳を澄ますのを怠るなよ」

「そ、それ程までに(それがし)を!」


 俺は柴田勝家に頷き返した後、腹違いの兄である織田信広へと視線を移した。


「そして、信広兄者には雪辱を果たして頂く」

「ありがたき幸せ!」


 そう、兄である信広は安祥城での戦いにおいて、今川方に捕らえられた過去があった。

 今回の差配は、その汚名返上でもある。

 そもそも、信広兄者は今川・三河戦線において、戦功を幾つも上げていたのだ。

 それが、今川方に捕まった事により、織田家中における評価を下げてしまった。

 俺はそれを何とかしたかった。

 彼は血の繋がる兄である。

 史実における織田信長と丹羽長秀の様に、頼らせて貰えたならば……織田家は間違いなく安泰だと考えるからだ。

 その為にも、織田信広には戦功が必要なのだ。


「さて、次だが……」


 俺は広げられた絵地図に目を落とした。

 最大の問題である、今川方が沓掛城に入った後の進軍経路を見定める為にだ。


 所謂”桶狭間”の周辺の城を点とし、道を線として繋ぐと、横に長い長方形が浮かび上がる。

 右上の頂点に今川方の沓掛城。

 左右対象、左上の頂点に鳴海城。

 左下に大高城、という具合にだ。


 沓掛城から鳴海城には鎌倉街道が伸びている。

 沓掛城から兵糧攻めをしている大高城に至るには、鎌倉街道を西に向かい、鳴海城の手前を折れ南下するか、沓掛城から東海道にそって南下し、枝分かれする大高道に沿って西進するか。

 または、大高道から更に枝分かれし、鳴海城へと向かう山間の鳴海道を通り、鳴海城手前に出てから大高城に向かうか。

 三通りの経路がある。


 ちなみにだが、大高道と鳴海道が枝分かれする辺りに、割と拓けた場所”田楽狭間”がある。

 大高道を含めた山間の道で唯一の休息ポイントである。


 史実では、五月一七日に今川方は大高城の救援を最優先とし、大高道を通り兵糧を運び込んだ。

 その上で、二万の兵を四隊に分散したらしい。

 鎌倉街道を西進する隊と、大高道を経て大高城に向かう今川義元の本隊とその先陣と後陣にだ。

 ところが、何故か今川義元の本隊とその先陣は鳴海道を通った。

 これは、恐らくだが大高城の向かい城が攻略されたからだろう。

 そこで方針を変え、鳴海城の向かい城攻略に向かった。


 五月とはいえ、山間の道だ。

 日差しがあれば暑い。

 鎧を着ていれば尚更だ。

 今川義元は先手方と向かい城攻略の報せを聞き、余裕が出たのだろう。

 田楽狭間で休憩を取る事にした。


 そこを織田信長が強襲した。

 折良く豪雨となり、視界は危うくなる。

 訓練されてたであろう今川方の見張りであっても、碌に見えなかった筈だ。

 加えて連日の行軍による疲れもあった。

 注意力は散漫になっていただろう。

 それだけでなく、嘘か誠か信長の兵が農民の格好をし、今川方を酒で持て成したりもしたらしい。


 しかし、俺にこの選択肢は無い。

 何故ならば、大高城の向かい城を落とされる積りもなければ、今川義元の気まぐれに委ねたくも無いからだ。

 俺は確実に桶狭間だか、田楽狭間で今川義元を討ち取りたい。

 その為には……


「餌が必要なのだ。それも何よりも美味そうな餌が……」

「はて? 信行様、一体何を……」


 林秀貞が不思議そうな顔をしていた。


「ん? (さては、またやってしまったか?)……あぁ、何、独り言だ」

「左様でございますか」

「ところで、だ。俺が鎌倉街道の真ん中に本陣を構えたとする。お主が今川方ならどう出る?」

「挟撃しますなぁ」


 俺はその答えに破顔した。


「前田利益と林秀貞は封鎖した鎌倉街道で陣地構築の手筈を整えよ。無論、土嚢俵で壁をこさえるのだぞ。整え次第、街道沿いの森や林の中に織田の旗を隠しあげ、”伏兵がいる”と思わせよ」

「はっ!」

「承知!」

「今川本隊は二八日にも沓掛城に入る筈だ。その直後から一気に設けるのだぞ」

「ははっ!」


 次は佐久間信盛の番であった。


「佐久間信盛は鳴海城に二千を引き連れ、入れ」

「はっ!」

「二九日には沓掛城から今川本隊は出るであろう。それを合図に山口の手勢と共に鳴海道の鳴海城側の出口を抑えよ」

「ははっ!」

「例の地図とあの遣り方は頭に入れたか?」

「もちろんに御座いまする!」

「期待しているぞ。お主の働き、我が命を左右するでな!」

「ご期待に沿って見せましょうぞ!」


 俺は佐久間信盛に対し「頼んだぞ、退きの佐久間」と言葉を掛け、次なる手について思案する。

 それは、


「次に、三河から逃げてきた農民と歩き巫女を使い、鳴海道において唯一開けた場所、田楽狭間にて今川共に那古野の酒を馳走する。これは……」


 を誰に任せるか、であった。

 史実(?)では、蜂須賀小六や前野将右衛門らの一党を百姓に化けさせ、酒と肴を馳走し、足止めをしていたらしいのだが……

 その刹那、評定の間の端、いや外から、


「そ、その大役は某に! 某は三河に住んでいた事もあり、三河訛りも喋れますゆえ!」


 大音声が響いた。


「誰だ! 姿を見せい!」


 俺も負けじと叫んだ。

 すると、平伏し、現れたのは小柄な男であった。


「こ、こら猿! 余りにも無礼ぞ!」

(えっ、サル? まさか、これが……秀吉? そう言えば、以前会った事が有るような、無いような……)


 俺は手を挙げ、無礼打ち寸前の柴田勝家を制した。


「まて! 名は?」

「木下藤吉郎に御座いまする」

「役目は何だ?」

「こ、小者頭にごじゃーまする」


 てへっへっ、とする猿。

 この評定の間の、この雰囲気の中で。

 中々の度胸であった。

 それに……


(愛嬌はある。なら……良いか。史実の蜂須賀ら川並衆の代わりに、今川に恨み骨髄の三河農民がいる訳だし)


 俺は結論を注意事項を諭すように述べた。


「見張りにも間違いなく呑ませるのだぞ?」


 猿顏が喜色満面となる。

 それはあまり、


(可愛く無いな……)


 であった。


「ははっ!」


 それでも俺は、できの悪い子を躾けるかの様に接した。


「巫女らには手を出すなよ? 然るべき武家に嫁入りさせるでな」


 すると、調子に乗った猿は、


「はっ! 某も侍になれれば巫女を嫁にいただきたく!」


 冗談を口にした。

 俺は思わず、声を上げて笑った。


「面白い奴、なれば死ぬ気で励め!」

「あ、ありがたき幸せ!」

(あれ? 侍にするって約束してないよね? ま、いっか。あの木下藤吉郎だし。役に立つのは確実なのだから)


 俺はそう考えた後、


「それ以外は何時でも出陣出来る手筈を整えよ」

「ははっ!」


 評定を締め括る事にした。


 ふと、俺は、俺の胸が妙に高鳴っている事に気が付いた。

 身震いもした。


(ふむ……)


 俺は自身でも異様に感じる程、今川義元との戦いを、いや強者との戦いを待ち望んでいるかの様だ。

 それは俺が、織田信行が戦国大名として何としてでも生き残る、いやさ、兄信長の代わりに戦国の世を舞う、その決意の表れに他ならなかった。




  ◇




「岡部元信……お主の仇は、余が必ずや果たす!」


 輿に揺られながら、男は西の空を睨めつける。

 胸白の鎧に、黄金の龍が飾られし五枚兜、赤地の映えた錦の陣羽織を身に纏いながら。

 その姿は、誰が見ても総大将の貫禄が見て取れた。


 加えてその身から昇る覇気が、周囲にいる侍達を不思議と高揚させる。


 そう、男は覇者となるべき生まれの一人。

 今川治部大輔義元であった。

 彼は輿の上から、


「松下之綱を呼べ!」


 怒気の篭った声を発した。

 それはまるで、天を裂く雷が地に落ちたかと思う程の凄まじさであった。

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