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#003 那古野城

 土田御前(どたごぜん)には必要最小限の供回りのみで清洲城に向かってもらった。

 無論、供回りとして付き添う者達には清洲城の門を跨がずに、帰るように申し付けている。

 下手したら、下人などは問答無用に殺されてしまうからな。


 で、織田信行こと俺はというと、一旦は那古野城に向かう事にした。

 母である土田御前曰く、那古野城の城主である林秀貞(はやしひでさだ)が俺を助けてくれるらしいのだ。

 ちなみにだがこの林秀貞、昨年八月にも柴田勝家や彼の弟の林通具(はやしみちとも)と共に、織田信行を担ぎ上げて謀反を起こしたらしい。

 正確に言うと、彼の兄弟と柴田勝家が俺を担いで謀反。彼は傍観していただけらしいがな。


 そして、半分にも満たない戦力を相手に、完敗を喫したとの事。

 ……もうね、俺はそれを聞いて信長相手に勝てる気がしなくなったよ。

 いや、(はな)から勝てるとは思ってはいなかったよ?

 一戦するも、痛み分けを、いやさ引き分けを狙っていたのだ。

 それならば、信長も俺を、信行を許し易かろうと考えて。

 でもね、まさか倍の戦力を擁してコテンパンに負けているとは……

 そういう所が、信長が信長たる所以(ゆえん)なのかもしれないがな!

 もう城に篭って、なるべく穏便な条件を出して貰えるよう、願うしかないのかもしれない……


 その那古野城なんだが……


「城下が、町が……」

「はっ! 昨年、信長様による焼き討ちに遭いました故この様にあいなりました。そも、那古野城は……」


 ほとんど裸城(はだかじろ)……いや廃城であった。

 堀が結構埋め立てられているし、聞くところによると塀の中の……屋敷? もいい感じに壊されているとのこと。

 要するに、絶賛解体中だな。

 昨年の戦いの後、信長により城を壊す様に命じられたんだとか。

 正直ここでは、篭れないんじゃなかろうか?

 塀や蔵、屋敷の母屋なのかな? が残っているだけと聞くし……


 そんな心配をおくびにも出さず、俺は那古野城の門を潜った。

 すると、先触れを出していたからだろう、


「信行様、お待ち申し上げておりました」


 初老の男性を中心とした、数名の侍達が待ち受けていた。


(真ん中の男が林秀貞なのだろうな)


 俺はそう見当を付けた。


「林秀貞、世話になるぞ」

「はっ! 信行様の城だと思い、存分にお使い下さい!」


(良かった、合ってた!)


「うむ!」


 威勢良く返したは良いが、本当は間違ってたらどうしようかと、俺はドキドキしていた。


 それにしても、ここに来たのは失敗したかなぁ。

 何故ならば、攻めるには易く、守るには難そうなんだもん。

 嘗ては駿河今川家と尾張織田家の境界を守っていた城だと聞いたから来たのになぁ……





 城というか、館なのだろうか? その中に入るとまず最初に足を洗われた。

 その際、飲み水を貰い、ついでに手洗いうがいをしたのだが、怪訝な顔をされてしまった。

 その後、俺主観で広めの部屋に案内される。

 一人ではない、四名の若い少年? 達と共にだ。

 多分、彼らは信行の小姓なのだろう。

 時折、部屋の上座に座る俺にチラチラと目線を送ってきた。

 心配そうにしている奴、妙にうるうるした瞳で見てくる奴、中にはジト目でガン見してくる奴もいた。

 見るだけでなく、話し掛けたがっている奴もいた。

 が、俺は目を閉じ、眉間に深い谷間を形作り、如何にも気難しげな顔を作って寄せ付けない。

 無論、こちらからも話し掛けたりはしない。

 彼らの名前を、誰一人として知らないからだ。

 今更だが、土田御前からそれとなく聞き出しておけば良かった。

 もっとも、あの時はあまり悠長なことをしている暇がなかったがな。


 やがて、


「信行様、ご準備が整いまして御座います」


 と声がした。

 俺は取り敢えず、


「うむ!」


 と答え、部屋を出る。

 勿論、何の準備が出来たかは知らない。

 飯であったら嬉しい、がそんな訳はある筈もない。

 分かっててはいても、そう願いたい今日この頃であった。


 案内された部屋は大広間であった。

 所謂、上の間(かみのま)と呼ばれる所なのだろう。

 そこに、侍達が平伏して並んでいた。

 俺はそんな中を時代劇の将軍様よろしく、上座に座る。

 すると、俺の後からカルガモの雛のごとく連なっていた小姓らも腰を下ろした。

 俺の背後に、二人ずつ左右に分かれて。

 そこで俺は、


「苦しゅうない、(おもて)を上げよ」


 と落ち着いた感じで口にした。

 多少、声が震えてしまったのはご愛嬌か。

 直後、十数名の侍達が、


「はっ!」


 と一斉に答えた。

 しかし、彼らが顔を上げたのはほんの少しだけ。


(……あれぇ?)


 俺は困惑した。

 テレビで見た通りに、上手く言えたと確信していたからだ。

 それなのに……

 はっ! あれか? お武家様の特有のご作法か?

 武家の作法だろうが何だろうが、こんな状態で俺の行く末……、いや”織田信行とその郎等”が歩むべき道を論じるなど不可能だろ?

 そして、何よりも、


「時間が惜しい! 構わぬからしっかと(おもて)を上げよ!」


 切迫していた。





 これが本当に”評定”と言うやつなのだろうか?

 俺がおおよその状況を説明した後に、


「忌憚なく、存念なく述べよ」


 と言ってみたのだが、多くの者が「ぽっかーん」としたままだ。

 いや、驚いたのかな?

 それは……俺が変な事を口走ったからか?

 つまりは、信行が普段口にしない台詞を言ってしまった、と言う事か?

 ……むぅ、困った。

 それならばと、誰かを指名して意見を聞きたいのだが……林秀貞以外の名前が分からない。

 どうしたものやら。

 今更ながら、自身のコミュニケーション能力の低さが恨まれる。

 ……万年平社員だったからな。


 やがて、一人の若武者が堪らず声を出した。

 彼は俺が清洲城に向かっていた隊列にもいた、優しげな視線を俺に向ける若者だった。

 歳は同年代か……やや上か?

 それなのに、宿家老しか座れぬであろう最前列の一席を占めている。

 そんな彼が口にした言葉は、


「お、恐れながら信行様。我らは如何なる下知にも従う所存です。ですが、まずは信行様の御存念をお話し頂けますでしょうか?」


 であった。


(えっ!? 言わなかった? 俺、最初に言わなかった? 信長による誅殺の疑いあり。母である土田御前にて確認中って……。あっ、その結果どうしたいって言わなかったか……。でもその前に)


「待たれよ、今この場でその方を初めて見る者がおるやもしれぬ。先ずは名乗られたし」

「!」


(広間が微妙にざわついた。周囲をキョロキョロ見ている奴もいる。そんな奴ここにはいねーよって空気になり始めた。が、いるんだよな。何を隠そう、この俺がな!)


 俺は気にせず若侍だけを見続けていた。

 名乗れ、早く名乗れ! と、目にあらん限りの力を込めながら。


「はっ! 津々木蔵人(つづきくらんど)にございます!」


 この若侍が素直な奴で本当に良かった。


「うむ!」


 俺は満足気な微笑みを津々木蔵人に向けた。

 すると、彼は顔を隠した。

 まるで恥ずかしがっているかの様に。


(……はて?)


 俺は気を取り直し、


「……さて皆の者、我が存念を伝える! 事ここに至っては兄上との一戦も辞さぬ覚悟じゃ!」


 皆に向けて言い放った。

 刹那、林秀貞が飛び上がるような勢いで立ち上がった。


「なっ! ま、誠でございますか、信行様!」

「(おいおい、お武家様の作法的に立ったまま問い掛けるのはどうなのよ?)あ、ああ……」

「遂に! 遂に信行様御自ら、戦場に立つ事を決断されたか! この林秀貞、信行様の御最後まで付き従いまする!」

「(負けて死ぬの確定!?)う、うむ……」


 林秀貞の言葉により、俺のテンションが急降下していく。

 逆に、広間は活気に包まれていった。


「あの大うつけ者に、今度こそ我が殿の方が上だと思い知らせてやるわ!」

「前回は柴田が早々に引き上げたが、今回はそうはいかぬぞ!」

森可成(もりよしなり)を討ち、叔父と兄の墓前にそっ首を手向けてくれる!」

(つーか、お前ら、名を名乗れよ。何時までたっても、名前が分からないじゃないか!)


 そんな最中(さなか)


「えーい! 静まれ! 静まれーぃ! 信行様の御前なるぞ!」


 林秀貞の声が轟いた。

 場が一瞬に静まり返る。

 林秀貞はその光景を目にして満足気に頷いてから、改めて俺に向かって居住まいを正し、鷹揚に座った。


「信行様、我ら一同、信行様の命に従いまする! 何なりとお下知の程を!」

「うむ……(この遣り取り、二回目じゃね?)。では先ず尋ねる。(まずは戦力だな)兵および武具、中でも鉄砲はどれ程集められそうか?」

「林勢は最大で五百となりもうす! 鉄砲はござらん!」

(て、鉄砲ないの!?)


 次に答えたのは津々木蔵人であった。


「信行様が居城、末森城からは最大で六百。鉄砲は十ございます」

「(鉄砲少ねぇなぁ。信長は五百とか持ってるんじゃなかったか?)……そのうち二時間以内にでも集められる数は?」

(清洲城と目と鼻の先の那古野城でこの人数じゃ怖いからな。あの信長なら小姓や側にいる輩だけ引き連れて攻め寄せて来かねん。あの桶狭間の様に……)


「にじかん?? にじかんとは如何なる……」

「(あっ、この時代は”刻”だっけ。一刻が二時間だから……)すまん、一刻だ。あー(確か外国の事を……)、唐国ではそういうのだ」


 俺の言葉に、また多くの者が「ぽかーん」と口を開けたまま固まる。

 中にはキラキラ目を輝かせて俺を見つめる者もいる。

 あれか? 俺の口から”唐国”って言葉が出るのが意外なのか?

 ったく、一体全体”織田信行”とはどういう人物だったのだろうか?





  ◇





 尾張清洲城 上の間


 男が顔を赤色に染め上げ、目尻を険しく吊り上げていた。


「何だと! 勘十郎(信行の幼名)がおらぬだと!」

「はっ! 土田御前様のみとの事です!」

「たわけが! 母上のみが参られて何とする! 何故、信行が参らぬ! 那古野を出たと、お主らも申していたではないか!」

「それが、庄内川の手前にて落馬をされたよしにございます!」

「なんと!? して、勘十郎めは死んだか!?」

「いえ、一時は気を失いはしたようですが回復。那古野城に向けて、手勢を率いて戻られたとのこと」

「誰がその様に申した!」

「ど、土田御前様が城に入られた際に……」

「くっ! 勘十郎めが余を見舞いに来てこその策ではないか!えーいっ! (はらわた)が煮えくりかえるわ! 權六! 權六はおらんか!」


 この男こそが織田上総介信長。

 父である織田信秀から家督を継いだ、織田家の若き棟梁である。

 彼は弟を誅殺し、尾張国の三分の一をその手におさめようと企んでいた。


「柴田勝家、ここに!」


 大柄な男が広間に飛び込み、平伏した。

 その男の右肩を、


「どうなっとるんじゃ、權六!」


 織田信長が蹴り上げた。


「ぐぁっ……」


 白い腹を見せて倒れるカエル。

 今の柴田勝家の事だ。


「權六! 貴様は勘十郎にしかと告げたのであろうな!」

「はっ、ははっ! た、確かに、病に伏した信長様が信行様に家督を継げ、と申されると……」

「では何故戻る!」

「そっ、それは……」


 問いの度に肉を打つ鈍い音が広間に響く。

 やがて、一人の男が間に入った。

 男の名は河尻秀隆という、若い侍であった。


「信長様、柴田殿をこれ以上責めてもどうにもなりませぬ」

「その様な事、分かっておるわ!」


 織田信長はそう言った後、自らの踵を仰向きに寝ている大男の腹に打ち下ろした。


「ぐへっ!」

「黙れ、權六! 大学(佐久間盛重)と共に勘十郎を再度この清洲に向かわせよ!」

「はっ、ははっ……」


 柴田勝家はほうほうの体といった感じで、広間を下がる。

 それの一部始終を見ていた信長、彼は扇子を取り出し、近くにいた猿顏の小姓の頭を打ちつつ、考えに耽った。


「……だめじゃ、もう一手じゃ! ……五郎左!」

「ここに!」

「一益(滝川一益)! ……それに三左(森可成(もりよしなり))を呼べ!」


 尾張南部の風雲が急を告げ始める。





  ◇






 尾張清洲城 奥の間


「母上殿、此度はお疲れ様でした。どうか、清洲にてごゆるりとお過ごし下さいまし」

「ええ、帰蝶(きちょう)殿、お世話になりますよ、ふふふ」

「あら、お珍しい。何か宜き事が?」

「ええ、あの子が。いえ、信行殿が信長殿を”兄上”と口にしましてな。その様に申すなど、元服以来ございませんでしたから」

「そうでございましたか。織田家に、いえ尾張に良き風が吹き始めるやもしれませぬなぁ」


 憂いと喜びがない混ぜな、不思議な表情を土田御前は浮かべた。

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