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#028 尾張侵攻前夜(2)

 二の丸には俺の妻子が勢揃いし、生活している。

 何故か?

 織田信長と織田信行の不和の原因が、互いのコミュニケーション不足にあったからだ。

 「それならば」と思い、俺は妻子を集め、一つ屋根の下で暮らす事に決めたのだ。

 それに、近くにいてくれれば、わざわざ遠くにまで足を伸ばさずに済むと考えたからだ。

 何が? ナニがだ。

 ただし、それを決めた直後、最大の誤算が発覚したのだがな。


(帰蝶以外の嫁が妊娠とか、どんだけ織田家の遺伝子優秀なんだよ! そりゃ、父である織田信秀も凄かったよ? 彼が認知したのだけでも二十一人も子供がいるんだからな! 四十代前半で亡くならなかったら、もっと子供がいたんだろうけどな!)


 俺は足早に二の丸に設けた、とある広間に向かった。

 そこには既に先客が幾人もいた。

 その内の、小さき者達は俺を目にすると声を揃え、


「ちちうえー!」


 駆け寄って来た。

 俺はその舌足らずな言葉に癒しを感じつつ、腰を落として身構える。

 子供らがとるであろう次なる行動を予想して。

 案の定、彼らは、


「お坊は右足! お国は左足! 奇妙はよじ登って顔!」

「あい!」

「あい!」

「あい!」

「掛かれや!」

「わー!」


 俺を格好の遊び相手と認識し、襲い掛かって来た。

 俺はそんな彼らに対し、


Bring it (かかってこいや)on!」


 と言い放ち、相撲で言う所の不知火型を取る。

 子供らは「キャキャッ」とけたたましく声を出しながら、俺の足に取り付いたり、俺の太腿に足を掛けよじ登ったりした。

 やがて、リーダー格の於勝丸が俺の腹を押し、広間のとある一画に向けて押し始めた。


「そいやさっ! そいやさっ!」

「お、おのれー!」

「そいやさっ! もう少しだ! そいやさっ! もう少しで落とせるぞー!」


 俺は徐々に押され始める。

 すると、俺の足や頭に抱きついているだけの子らも、


「そいやさっ!」

「そいやさっ!」


 掛け声を出し始めた。

 俺の踵が床から離れたのを、俺は感じた。

 振り返ると、俺の背後には畳八畳分もある、ボールプール。

 中には丸く削った木の玉の中をくり抜き、それを布切れで包んだ玉が幾つも転がっている。


「お、落ちるー!」


 俺はよろめき、悲鳴を上げた。

 子供らは嬉しそうに笑った。

 俺は更に悲鳴をあげた後、


「と言うのは嘘だ!」


 腹を押す於勝丸を引き剥がし、ボールプールに投げ入れた。


「痛い!」

「知るか! 次は於坊丸、お前だ!」


 俺は次々と投げ入れ、四人全てを投げ入れると、


「Victory is mine!」


 勝ち名乗りを挙げる。

 その時のポーズは勿論、両腕を高く掲げ、ドヤ顔を向ける代物であった。


「また負けたー!」


 於勝丸がボールプールに沈みつつ、叫んだ。

 奇妙丸がボールプールの縁を掴みながら、俺に問うた。


「さっきの”ぶりっとおんいっと”ってなぁに?」

「あぁ、あれはな、南蛮の言葉の一つだ。”英語”って言うんだぞ」

「へー、ちちうえすごーい!」

「凄いだろう! 父さんは何でも知ってるんだぞー!」

「おしえてー! おしえてー!」

「いいぞー! ただし、鳥笛を覚えた後でな!」

「うん!」

(ただ、この時代の日本に来る南蛮人はスペイン系が多いんだよなぁ……。しかも、俺の知ってるスペイン語って、”Te quiero(好きだよ)! ”とか、”No puedo vivir sin ti(君なしでは生きられない).”とか、フィリピンパブで覚えたレベルなんだよなぁ……。まぁ、それはそれで良いかなぁ)


 それから暫くすると、広間に鳥の囀りが鳴り始めた。


「ポ、ポ、ポー、ポ。ポ、ポー、ポ、ポー、ポ。ポー、ポー、ポー、ポー」


 今日は鳩笛らしい。

 音のする方に目を向けると、鳩笛を吹いた於勝丸が次に奇妙丸を指差していた。

 すると奇妙丸が鳩笛を奏で始めた。


「ポー、ポ、ポ、ポー。ポ、ポー、ポ、ポー、ポ。ポー、ポー、ポー、ポー」


 次は於国丸だ。


「ポ、ポ、ポー。ポ、ポー、ポ、ポー、ポ、。ポー、ポー、ポー、ポー」


 吹き終わると、於国丸の両隣に座っていた於勝丸と奇妙丸が鼻を摘む。

 その動作が遅れたり、間違えた場合、罰ゲームが待っているのであった。

 そう、彼らは所謂”ピンポンパンゲーム”をやっているのだ。

 無論、これも俺が教え込んだ。

 ただ、まさかたった一月余りで通信兵と成り得るほど鳥笛を使った通信に熟達するとはな。

 子供の吸収力の良さには驚くばかりである。


 広間から中庭に目を向けると、織田の姫らがシーソーやらブランコやらの周りに集っては姦しく囀っていた。

 その姿を微笑ましそうに見守る女衆達。

 母である土田御前や、俺の姉であり斎藤道三の側室でもあったお藤と後一人を除き、皆腹が膨らんでいる。




 申の刻頃、二の丸に客が訪れた。


「刻限通りだな」

「はっ! 拙僧らの本分に御座いますれば」


 そう申したのは齢七十を超える永瑞和尚。

 織田弾正忠家の菩提寺、万松寺の寺主であった。

 この御老体以外にも、他に客はいた。

 一人は熱田神社の大宮司、千秋季忠(せんしゅうすえただ)

 今一人は、


「この者の名は”青井意足(あおいいあし)”。八幡太郎義家の軍法を授かりし者に御座いまする」


 であった。


「おぉ、お主が青井意足殿か! 沢彦宗恩(たくげんそうおん)からはかねてより軍略の大家であると聞かされておるぞ」

「それはそれは」


 俺の言葉を聞き、青井意足は嬉しそうに微笑んだ。


 ちなみにだが、沢彦宗恩は兄信長の教育係であり、元服後は参謀役を務めていた。

 それだけでなく、兄信長の傅役であり、その後自刃した平手政秀の菩提寺、政秀寺の開山も務めた僧侶であった。

 史実では”天下布武”や”岐阜”も沢彦宗恩の進言により決まったらしい。


「して、我に”八幡太郎義家の軍法”を授けて頂けるのか?」


 俺の問いに、青井意足は申し訳なさそうな顔を作った。


(えっ? ダメなの?)

「お気を悪くされるやも知れませぬが……」

「構わぬ、理由が分かれば対処出来るでな」

「ははっ! 実は”八幡太郎義家の軍法”、源氏の家系にしか伝授を許されておりませぬ。然るに、織田様は……」

「うむ、確か”平家”の出を名乗っておる」

「はい。故にお教えは出来かねるのです」

(えーっ、そんな理由で!? まぁ、現代っ子の俺からしてみれば、今時”平家”とか”源氏”とかって……となるのだが、この時代に生きる者達にしてみれば、つい最近の出来事、だもんなぁ。致し方ないか……)


 俺は小さく頷き返した。


「では源氏の末裔なれば構わぬのか?」

「左様に御座いまする。信濃の小笠原氏や村上氏、甲斐の武田氏、駿河の今川氏、三河の吉良氏、尾張の斯波氏、美濃の土岐氏、近江の京極氏や六角氏、阿波の常陸の佐竹氏、丹後の一色氏、若狭の若狭武田氏、因幡の山名氏、河内の畠山氏なれば。また、阿波の三好氏、出雲の尼子氏、陸奥の大崎氏、出羽の最上氏も源氏の出に御座いまする」

「まて、シバ? 尾張の斯波と言ったか? 斯波であるなら、斯波義銀が三の丸におるぞ? 何やら毎日酒を浴びるほど飲み、管を巻いているらしいがな」

「それは……」


 俺の前にいる三名がそれぞれ、絶句している。

 俺はそんな彼らを尻目に、


「誰かある!」

「はっ!」


 小姓を呼んだ。

 すると、小姓の一人が平伏し現れた。


「毛利新助か。斯波義銀を連れて参れ。恐らく寝ておろうから、人手を使っても構わぬ」

「ははっ!」


 毛利新助は颯爽と部屋を後にした。

 暫くすると、彼は一人の若侍を引き連れてきた。

 今年で十八になるらしい。

 目の下には隈、鼻頭は赤く、目は死んでいる。

 今の彼は、


「何……用かぁ? 我は……ヒック! 尾張守護、斯波義銀であるぞ? ……ヒック」


 ただの酔っ払いであった。


「これで本当に構わぬのか?」

「えっ、いや、その……」

「紛う事無き源氏の系譜だ! 加えて守護様で在らせられる!」

「しかし、これでは……」

「なぁに、今は酒で酔っておるだけよ。素面に戻れば……のう、斯波義銀殿?」

「なに? ここには……酒……は無いのか?」

「無い! ここには無いぞ! 然るに、青井意足殿が馳走してくれるとの事だ!」


 俺の言葉に、斯波義銀の濁った目が一瞬輝いた。

 しかしそれは、ほんの一瞬であった。

 もしくは、俺の気の所為、かも知れない……


「ほ、本当かぁ? 本当に酒を飲ましてくれるのかぁ?」

「あぁ、本当だとも! のう、青井意足殿!」

「えっと、今少し……」

「源氏の系譜であれば教えるのであろう? よもや、武士に二言は御座りますまい?」

「当方、僧に御座いますれば……」

「尚更、いけませんなぁ」


 俺はニンマリと笑い、青井意足は苦笑いを俺に返す。

 話の行方を見守っていた千秋季忠と永瑞和尚は、呆れた顔を俺に向けていた。


「良いでしょう。条件を付けた手前、拙僧が断るのもおかしな話です。この青井意足! 斯波義銀様を見事生まれ変わらせてみせましょうぞ!」

(いや、そんな事頼んで無いって。”八幡太郎義家の軍法”を授けて欲しいと頼んだだけだって。情報の引き出しは、後でこっちがやるからさぁ。もっとも、このままじゃ覚えさせる事は不可能だと思われるがな!)


 俺は大いに頷き、


「では、お願いする」


 斯波義銀を一旦下がらせた。

 束の間の談笑。

 俺は青井意足の将来受けるであろう苦労を労い、多少の金子を手渡した。


 だが、この日の本題はこれではなかった。

 それは、


「さて、次なる話だが……永瑞和尚、それに千秋季忠、三河な如何か?」


 であった。


「はい。大樹寺を含め、西三河の僧院は信行様のお考えに従う構えを見せておりまする」


 大樹寺とは松平宗家の菩提寺である。


「武を手放し、知行を得た方が良いと考え始めたか!」

「はい。ですが……」

「今川義元が尾張を踏み潰そうとしている。今はまだ、おいそれと恭順の意を示す事は出来ぬ、そういう事であろう?」

「ご明察に御座いまする」

「ふっ、分からいでか! それよりも、もう一方の話は如何か?」


 俺の問いに答えたのは千秋季忠であった。


「今川義元の軍勢の動きに関しては万全の連絡網を築きまして御座いまする」

「左様か。それは此方からも流せるか?」

「無論に御座いまする」

「三河だけか?」

「否。日の本の津々浦々までに御座いまする」

「で、あるか」


 俺は思わず破顔した。

 その顔が余程酷かったのだろう、


「如何致しましたか、信行様」


 青井意足が気遣わしげに問うてきた。


「はははっ! いや、何、これからは楽しくなると思うてな!」


 俺は声を立てて笑った。


(全国津々浦々、か。試しに……)

「千秋季忠」

「はっ!」

「今川に関わりの無い国を選び、その国人衆らに対し、こう伝えよ”今川義元は尾張に攻め入り死ぬ”とな」

「そ、それは……」

「なに、ちょっとした悪巧みよ。誰ぞ巫女を立て、その者にお告げがあった事に致せ」

「しかし……」

「安心せい。所詮は、当たるも八卦、当たらぬも八卦、だ。然るに、良く当たると評判になった暁には……」

「知ろうとする者が大勢現れるでしょうなぁ」


 最後の言葉は青井意足が述べた。


「その通りだ。日の本中の者らが知りたがろう。そうなれば……いずれは大物が釣れるやも知れぬぞ」


 俺は再び破顔する。


「ふふふっ、信行様もお人が悪い」


 この時、俺以外の三人も等しく、大いに破顔したのであった。

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