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#118 大坂夏の陣(4)

 海が近い事もあり、空気は当初から湿気を帯びていた。

 二日目の昼にもなると、空には灰色がかった雲が散り始める。

 そしてその日の夜半、遂には雨が伴う事態に。

 雨は翌朝までに止むどころか、激しさを増していた。


「団長」

「なんだ?」

「雨だけではなく、風までも。実に酷い空模様になってしまいました」

「屋根が有るだけましだ」

「大穴の開いた壁からは風雨が絶え間なく吹き込んできますけどね」


 一方的に打ち込まれる砲撃に、石山御坊が誇る塀や土塁は既に跡形も無い。

 残るは今にも倒壊せんばかりの家屋で形成された、寺内町だけであった。


「ヴァレット団長、生憎の雨と風で大砲と鉄砲も効果を発揮できません。艦隊による救援は言わずもがな。こんな状況ですが、どうしますか?」


 ヴァレットはあご髭を毟りつつ、思案に暮れる。

 それが彼の癖の一つであった。


「……マルタの包囲戦でも、ここまで一方的に蹂躙された事は一度足りともなかった」


 従者にとっては敬愛すべき団長が見た夢の話である。

 仕方なく、無言を貫く。

 ただその目は、言いたい事を物語っていた。


「……そもそも、籠城は性に合わん」

「数々の籠城戦に勝ち続けたと言ってましたよね? 意外と向いてたんじゃないですか」

「定めには負けたって言ったろ?」

「ですが……」

「それにだ! これは、後何千回繰り返したって二度と起きないだろう。事実、今回が初めてだ。よって……」

「よって?」


 ジャン・ド・ヴァレットは歯茎を見せて笑う。

 そして、答えた。


「攻め込むぞ!」


 酷く興奮した体で。

 そんな彼に、従者は冷静に尋ねた。


「勝算は?」

「無いな!」

「なら、何が目的なのですか?」

「異教徒の総大将だ。身柄を押さえれば、時間を稼げるだろう」


 ジャン・ド・ヴァレットは片目を瞑った。

 従者は一つ、大きなため息を吐いた。


「……ヴァレット様、本当の目的を教えて下さい」


 鋭い視線を向け、再び尋ねる従者。

 ヴァレットは自身の眼方で確とそれを受け止めた。


「……分かるのか?」

「私が何年お仕えしていると?」


 暫くした後、ヴァレットは頭を掻きながら答えた。


「イエズス会の者からこの地、日本の話を耳にし、全ての元凶が彼処にいる総大将だと分かった。だから……」

「敵総大将を討ち取り、終わらせようと?」


 ヴァレットは頭を振った。


「会って話をする」

「まさか……それだけの為にこの遠征を?」

「そうだと言ったら、お前は俺を恨むか?」


 答えを聞くまでもなかった。

 従者の視線には嫌悪がありありと表れていたからだ。


「まぁ、その、すまんな」

「謝るなら、こんな最果ての地にまで連れてこられた団員達に対してでしょうが!」


 怒り心頭となり、団長の前から去る従者。

 その背中に向けてヴァレットは、


「次会った時、必ず謝るさ。覚えてないとは思うがな」


 と辛そうに語りかけた。




  ◇




 夜明け前の、雨と風がひときわ激しくなった頃。

 俺は奇襲に備えていた。

 いや、俺だけではなく全軍が。

 夜討ち朝駆けは戦の常道。

 雨ともなれば、同士討ちを誘発できるからな。

 案の定、


「敵襲!」


 十字軍は攻め寄せて来た。

 敵方の先陣を飾ったのは、


——パォオオオオオオオーン‼︎


「何と! まだ象がおったか!?」


 一体、何頭の象がインドから連れてこられたのだろうか。

 そもそも、どうやって日本まで無事に。

 幾つもの疑問が駆け巡るも、この場に答えられる者はいない。

 それよりもだ、


(不味いぞ。この酷い雨の中、臼砲は勿論の事、火縄銃も使えない)


 象を止める手立てが無かった。

 相手は四トンは少なくともある獣。

 それも感情が昂り、あらん限りの力を奮い、前へ進もうとしているな。


 激しい雨が降る中、夜が明けた。

 薄っすらと届く光の下、十重二十重に設けられた陣が突進する象によりやすやすと破られていた。

 陣を立て直そうとする怒号が飛ぶ。

 苦痛に呻く声が響いた。

 見た事も無き巨大な獣が暗闇から突如迫る、その恐怖による悲鳴が上がった。

 人が朱色を撒き散らしながら空を舞う。

 象の体と牙が、赤黒く染まっていた。


「まるで、トラックテロだな」


 不謹慎な独白が、俺の自身の逸る心を落ち着かせた。

 その間も、象の足は止まらない。

 驚くほど近くにまで、迫っていた。

 本陣と暴れ狂う象との間は、僅か数枚の備えが残るのみ。

 それは、前田利益が率いし力士の集団と、前田利家が率いる兵法者の集団。

 俺の近衛である。


(流石にあの者らでも止められる相手ではない)


 意を決し、俺は声を上げた。


「誰ぞある! 弓を持て!!」


 愛用の大弓を携え、前に出ることにしたのだ。

 そんな俺に付き従ったのは、


「林弥七郎、付いて来てくれるか」

「拙者だけには御座いませぬ。太郎殿も」


 二人。

 隠れなき弓達者・林弥七郎と俺こと織田信行の非嫡子・太郎である。


「良いだろう。アレの体に弓矢は効かぬ。故に太郎、先ずは目を狙え」

「はっ!」

「弥七郎は鼻の下に開く口だ。御主の腕なら問題なかろうて」

「無論にございまする!」


 丁度その頃、象は力士らが機転を利かせて高く重ねた土嚢を前に、足踏みしていた。

 イライラしているのか、象は頻りに鼻を持ち上げる。

 それを打ち下ろした。

 積み重ねられた土嚢が、容易く弾き飛ばされた。

 対処方法を学習したのか、象は何度も鼻を上げては、鞭の如く振るった。


 その象が、突如苦痛に満ちた叫びを上げたかと思うと、異変を示す。

 何故ならば、


「でかしたぞ、太郎!」

「動き回らぬ象など、大きな的に過ぎませぬ。寧ろ、林殿の腕が見事に御座いまする」

「無論よ。流石は〝隠れなき弓達者〟よな!」


 象の顔から三本の矢が生えていたからだ。

 両の目と喉が潰された。

 一時、象の動きは更に激しくなるも、やがてはその場に崩れ落ちた。


「やりましたな、信行様!」


 だが、これが最後の象ではなかった。

 更に二頭、後から続いているのが見える。

 その奥からは褐色の肌を晒した、碌な装備も身に纏わぬ兵が続く。

 極稀に、矢盾を担ぐ者がいる程度。

 ただし、数が矢鱈多い。


(薄明かりの中良くは見えないが、一万は下回らないだろう。いや、もしかして、桁が一つ違うか?)


 見える範囲でそれだ。

 まだまだ続いているのかもな。

 総指揮を執る津々木蔵人は背後の本陣。


(恐らくだが、伝令もまだ届いてはいない)


 となると、俺が手を打たねばならん。


「弥七郎!」

「はっ!」

「弓衆の中でも腕のある者に象を狙わせよ!」

「御意!」

「太郎は蔵人に報せてまいれ!」

「ははっ!」


 二人が駆け出したのを見送った後、俺は一本の鏑矢を空に射った。




  ◇




 インド人にて編成された幾つもの隊が、砂浜に押し寄せる波の如く進発する。

 それを後ろで見ながら、南蛮人のみで構成された一軍が時は今かと待ち構えていた。

 雨雲による薄暗さの中、白銀に輝く鎧が映える。

 携える盾が、時折光る稲光を反射していた。

 総勢五千にもおよぶ騎士と従騎士。

 騎乗する馬が少ないとはいえ、聖ヨハネ騎士団の精鋭で違いなかった。


「……付いて来るのか?」

「……そんな貴方でも、私の主ですからね」

「そうか。すまんな」


 ヴァレット団長は騎士団を鼓舞する為に前に進む。

 その背を、従者は鼻で笑っていた。

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