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#117 大坂夏の陣(3)

 日が水面に沈んだ頃合い、石山御坊を襲う砲撃が漸く止んだ。


「生き残れた様だな……」

「ええ、団長。その様ですね」


 登っていた櫓に敵砲撃の直撃を受けた際、共に死を覚悟した。

 だが、二人は生きている。


「ああ、天にまします我らが父よ! 願わくは明日の日の目も見れます様に!」


 従者の祈る言葉に、ヴァレット団長は「うへぇ」と顔を顰めた。


「どうしたんです、団長?」


「何遍真摯に祈っても、神は応えてくれないぞ?」との台詞が喉元にまで出掛かるも、辛うじて抑える事が出来たヴァレット団長。

 代わりに、


「いや何、こっちのが届かなくて、あっちのが届くのは厄介だ、とな」


 と誤魔化した。


「厄介どころじゃありませんよ! どうするんですか!? 完全に想定外の状況じゃないですか!」


 最果ての地にわざわざ持ち込んだ最新鋭の大砲。

 それを凌駕する代物が産み出されているなど、誰一人考えもしていなかった。

 従者の言葉に、ヴァレット団長は「いやぁー」と頭を掻く。

 兜の固い感触が手袋越しに返ってきた。


「いやぁー、じゃありませんよ!」

「っても、艦隊が来るまで籠城する予定が、あれだけ撃ち込まれるとなぁ」


 下手をすれば、明日には塀という塀が、櫓という櫓が、門という門が、破壊しつくされるのではないか。

 そうなったら最後、艦隊を待つまで籠城する目論見が御破算となる。

 つまりは、敗北。

 祖国ならば例え降伏しても貴族や騎士、運が良ければ従者も身代金目的に生かされるだろう。

 が、ここは異教徒、蛮族の地。

 教義により人とは認められぬ、家畜の国。

 期待するだけ、無駄であった。


(それに、死体で遊ぶなど、非道な事をした後だしな……)


 ジャン・ド・ヴァレットはそこまで考えた後、次の結論を導き出した。


「明日、日の出と共にアレを送り出すぞ」




  ◇




 薄闇に覆われ、重く湿った空気が漂う朝。

 俺は物見に出していた斥候からの報せを聞き、飛び起きた。


「なに!? 鵺が出て来ただと!」

「左様にございまする!」

「何処に向かっておるか!」

「真っ直ぐ、此方に向かっておりまする!」


 俺は具足を身に纏う事なく、辺りを見渡せる様に設けた足場を駆け上がる。

 そして、ベネチアからの献上品として手に入れた、望遠鏡を覗いた。

 そこには確かにいた。


(本当にデカイな。うん、あれに踏まれたら簡単に死ねる)


 頭部に大鷲の羽の如き耳を生やした、顔から蛇の如き鼻を伸ばした、黒檀と見紛う色艶をしつつも古タイヤの様な堅い皮を持った、身の丈は二間(約四メートル)程も有りそうな怪物が。


「おお、あれは間違いなく象だ!」


 しかも、背中に象使いらしき者を乗せて。


(って言うか、どう見ても西洋人じゃねぇな。浅黒い肌、頭のポッチ。間違いなく、インド人だろアレ。なんで十字軍にインド人が加わってるんだよ! 流石におかしいだろ!)


 俺はこんな事態を引き起こした誰かに対し、大いなる怒りを覚えた。

 象もまた気が立ってるのだろう、長い鼻を空に向けて伸ばし、前方に対して威嚇している。

 甲高い声で、


——パォオオオオオーン


 と鳴きながら、地響きをたて、俺のいる本陣に迫っていた。


「しかしまさか、象が観れるとはな」

(千葉ぞうの国? で観た以来だな。あの時の象も大きかったが、これもまた大きい。鼻を振り上げて威嚇にしているから尚更だな! いやー、こんなに生き生きと動く象、動物園じゃ見れないぞう!)

「象、でございまするか?」


 いつの間にか、俺の傍にいる太郎が尋ねる。

 俺は久しぶりに見る動物園の人気者に我を忘れ、答えた。


「左様、象、だ!」

「鵺ではございませぬので?」

「ああ、鵺は確か顔は猿、虎の身体、尾が蛇であろう? あれを見よ! 猿顏に見えるか!?」


 俺は太郎に「見てみよ」と、望遠鏡を渡した。


「いえ、確かに猿には見えませぬ!」

「であろう?」

「しかるに、牙が大きく、それ以上に身体が大きゅうございまする。人や馬など、鬼の如く喰われるのでは?」


 俺は太郎の言葉に思わず吹き出しながら、


「いやいや、それは無いから」


 と答えた。

 太郎は首をかしげた。


「不思議か? 実はあの象なる生き物、草や木の実、穀物を主に食む草食動物なのだ」

「草食……動物……」

「あと、塩を殊の外好むな」

「塩を……」


 太郎の首がますます傾いだ。


「左様。気になるなら、アレらの前に塩を盛ってみよ。物凄い勢いで迫り来るでな」


 まぁ、そんな事よりもだ。

 その象の群れが、俺のいる本陣目掛けて走っている。

 これは由々しき事態だ。

 平均して五トンもの巨体が、戦意をむき出しにして迫っているのだから。


(当たったら、ダンプトラックに轢かれる様な物だ。今度こそ転生するかも知れん。望まんがな)


 そこでまずは、あの恐ろしいまでの勢いを止める必要がある。

 そしてその策は、既に与えてあった。

 迫り来る象の姿が——


「ああ!? き、消えたでございまする!」

「消えたのではない。落ちたのだ」


 そう、前田利益らが掘った落とし穴に落ちたのだ。

 遥か古代、象の先祖でもあるマンモスも、こうして人の祖先に狩られたらしいからな。

 所謂、テンプレ、様式美ってやつだ。

 人が巨大な獣を狩る際のな。

 しかも、この穴は三和土により補強され、底には草水、つまりは原油が注がれている。

 更なる工夫が凝らしてあった。


 黒い水の飛沫が、穴の縁から垣間見えた。

 アスファルトの様な、どこか懐かしい臭いが湿った空気に混じり、湿った風に乗り届く。


(これで、酸欠にでもなってくれれば苦しませずにすむのだが……)


「……さて、象の勢いは止まったな?」

「はっ!」

「では戻るぞ!」

「ははっ!」


 足場を降り、本陣の陣幕に入る。

 するとそこには、前田利益が待ち構えていた。

 俺はそんな彼に対し、


「どうだ? 言った通りであったろう?」


 ニヤリと笑う。

 前田利益も同じ様に笑い返してきた。


「確かに、第一の策は上手く嵌ったでござるよ」


 その背後、遥か遠くから黒煙が昇る。

 第二の策が放たれたのだ。

 黒煙の中から炎の揺らめきが覗いた。

 炎と煙を象に対する壁とする為に。


「これで後は……」


 だが、そうは問屋がおろさないらしい。


「一頭の鵺が炎と煙を抜け、こちらに参りまする!」


 それは一際大きな象、言うならば〝巨象〟であった。

 遠目からも分かる、五メートル以上ある体高。

 象使いの姿は既になく、よく見れば臀部辺りに力なく吊り下げられていた。


(……まるで燃えかすだな)


 指示を受けていた象使いが死に、どうして良いか分からなくなった。

 不安になり周りを見渡すと、辺りには敵意を示す集団がいる。

 恐怖に支配された象は錯乱し、背後の炎の存在も相まって前に出る事にした。


(そんな所か?)


 だが、俺はこんな事もあろうかと……


「林弥七郎!」

「はっ! 那古野砲《臼砲》用意! あれに向けて撃て!」


 弓矢も鉄砲も効かぬと言うならば、それ以上の物を叩き込めば良いじゃないか、と。


(利家が、嘗ての斬馬刀、長巻野太刀なら鵺とはいえ一刀のもと……とか言ってたが無視した)


 水平方向に調整された臼砲が一斉に火を噴いた。

 タイヤの如き皮に穴が穿たれる。

 巨大な身体が、断末魔を上げながら崩れ落ちた。


「信行様! ぬ、鵺が!?」


 先の象は、群れのボス象だったのだろうか。

 炎と煙による壁の向こう側にいた象達が、甲高い鳴き声を一斉に上げた。

 かと思うと体の向きを変え、逃げ出すかの様に南へと駆け出したのだ。


(良し! 狙い通りだ!)


 実はこんな事もあろうかと、象が逃げ出られる経路を予め用意しておいたのだ。

 しかも、その経路沿いに塩山を築いて。

 主に南側だがな。

 塩は象にとって必要不可欠にして、長い距離を放浪してまで摂ろうとする大好物のミネラルらしいからな。


「奈良道……確か、筒井順政殿が封鎖していた筈では?」


 太郎の言葉に、


「で、あるか」


 俺は笑みを返す。

 そこに、物見からの伝令が届いた。


「恐れながら、畠山と根来の陣に炎と煙を避けて逃げ出した象の一部が突進! 被害が少なくないとの事にございまする!」


 どうやら、奈良街道以外にも象が向かったらしい。


(茶臼山にしこたま仕込んだ甲斐があったな!)


 俺はこそりと拳を握った。

 太郎がそんな俺に、犯罪者を見るかの様な視線を向けてきた。

 そんな彼に対して俺は——


「どうした、太郎? 気にかかる事でもあったか?」

「畠山と根来衆は茶臼山に布陣していた筈ですが、あの巨体が好き好んで山を登ったのかなぁと……」

「獣の考える事なぞ、人には分からぬよ」

「……はぁ」


 しかし、想定以上の、多くの象が大和へと落ち延びていったな。


(奈良公園に鹿と共に象が神獣として大切にされるのは、これからずっと先の、遥か未来の事である)


 なんて事にはならないよな?

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