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#109 戦国最強の武将、上杉輝虎

 永禄八年(西暦一五六五年)四月下旬、田畑の世話に忙しい頃合い。

 織田木瓜を翻す大軍が街道を北に征く。

 それも三方同時に。

 一つは織田信行が率いし六万の大兵。

 内、半数は積年の恨みを晴らさずにはおられん、と言わんばかりに肩を怒らせる東侍である。

 彼らは織田信広を将に戴き、誉れ高き先陣を命ぜられていた。

 今一つは織田信包が率いし三万の軍勢。

 先陣を務めしは甲斐武田家の新たな棟梁、武田義信であった。

 上杉勢が信濃に攻め上がった道を逆に下っている。

 最後は、佐久間信盛を大将とする二万の兵馬。

 飛騨越中の領内を、念仏唱えながら。

 ある意味一番賑やかだ。

 それぞれが目指す先は越後春日山、関東管領上杉輝虎が居城である。

 道道にあった砦やら城やらには、南蛮砲による大穴が穿たれていた。




  ◇




 朝靄に紛れ、そそり立つ山の頂きから幾つもの炊煙が昇る。

 見える筈のない、赤々とした竃の火が瞼に浮かんだ。

 だからだろう、俺は思わず——


「太郎よ、あれが春日山城の灯火だ」

「はぁ……」


 江戸城を発ってから春日山城に肉薄するまでの間、俺と俺の庶子である太郎の間は頗る縮まった。

 それもその筈、当初の予定より行軍が遅れたからだ。

 上杉勢の抵抗が激しかった、からではない。

 むしろ、表立った軍事行動はなかった。

 それどころか、斥候や雑兵の姿すらまるで見なかった。

 しかし、我が軍は遅れた。

 その原因は、織田軍に対する風聞の所為であった。


「如何した、太郎。元気がないではないか」

「殿の名代となり、飢え細った越後の民に糧食を分け与えて回ったからにございまする」


 下々に優しいと評判の織田の棟梁が越後入りした、と聞き付けた民が総出となり飯をたかりに来たのだ。


「なんだ太郎、不満か? 情けは人の為ならず、と言うではないか」

「上杉の民でしょうに」

「最早織田の民よ」


 無論、こうならしめた原因は上杉方にあった。

 上杉輝虎の命により、冬を乗り越えた後に残ったなけなしの米どころか、春に蒔く種籾すら春日山城に持ち去られていたからだ。

 現代で言うところの焦土作戦、だろうか。

 もっとも、我が織田家には何一つ影響ない。

 数年来の米作り改革が功を奏し、石高が飛躍的に上がっているからだ。

 それに加え、ここ数ヶ月の米価上昇。

 噂によれば、南蛮人が西国で買い漁り、南方に送っているとか。

 現代で言う所のフィリピンに上陸したスペイン人、彼らがパエリアでも焚いているのだろうか?


「しかし、この様な策を平気で用いる。上杉輝虎は実に恐ろしい将でございまするな」

「だがな、太郎よ。実に効果的な手ではある。事実、我ら織田の足は半月も遅れたのだから」


 流石は戦国最強の武将、と言い伝えられるだけの事はある。

 まぁ、そんな事よりもだ、差し迫った問題があるのも事実。


「閉和休題」

「か、かんわきゅうだい?」

「それた話を元に戻す、の意だ」

「……はぁ。殿の仰る事は時折意味が分かりませぬ」

「許せ。お前はどうも赤の他人に思えぬ」

「いや、血を引いておりまするぞ。それとも、殿の仰せは嘘にございましょうか?」

「ふっ、そうであったな」


 その問題とは無論、目の前に聳え立つ春日山城の事である。

 標高二百メートル近い春日山を拓き、築かれし城。

 天然の要害を有する、文字通り難攻不落の名城だ。

 これに近しいと言えば美濃、現代で言う所の岐阜県にある稲葉山城だろうか。


「殿はその稲葉山城を殆ど無傷で、それも僅か数日で落とされたと聞きます」

「あれは偶々よ。春日山城はそうは成るまい」


 何故ならば、春日山城は稲葉山城とは違い、西に山々の稜線が伸びていたからだ。

 平野と川に挟まれた、ほぼ一つの山であった稲葉山城と、山脈の端に築かれた春日山城。

 稜線にそって砦が幾つも築かれている。

 大手門はもとより、搦手口からの攻め入るのにも、多大な犠牲を強いられる事が明らかであった。


「南蛮砲も使えないとなれば、如何なされるので?」

「知れたこと。まずは城下を焼き払うのだ」




  ◇




 五月上旬、織田勢による春日山攻囲戦が開始される。

 俺が手始めに命じた策は、春日山城とそれに連なる支城と砦の周囲を文字通り丸裸にする事であった。

 春日山城から一定の範囲内にある家屋と草木を一つ残らず壊し、切り倒させたのだ。


「太郎や」

「はっ!」

「越後の民は如何か?」

「手を休ませず、よう働いてくれておりまする。腹を膨らませた分は働いてくれるかと心配しておりましたが、杞憂でございました」

「左様か」


 その上で、次なる手を打つのだ。


「利益」

「はっ!」


 呼ばれた前田利益がニヤリと笑った。


「十重二十重に柵と空堀を設け、櫓を建てよ! 人の出入りを排せ!」

「ははっ! 鼠一匹通れぬ様致すでござる!」


 俺の傍に控える山田太郎が首を傾げる。


「どうした、太郎や?」

「前田様が斯様に楽し気な理由が分かりませぬ」

「分からぬか?」

「恐れながら皆目」

「越後の民を目にし、御主は如何に思うた?」

「織田の領民ではございませぬが、勝つ為とは言え護るべき民を虐げた上杉輝虎に対し憤った次第にございまする」

「それよ、それ」

「はぁ?」

「御主も思ったのではないか、あの様な手を打つ相手を見返したい、同じ目に合わせてやりたい、とな」

「では!」

「ああ、上杉輝虎を飢え殺しにする」


 自信満々に言い放つ俺。

 しかし、内心はまるで正反対だ。

 何故ならば、上杉輝虎の考えが一向に読めないからであった。


(史実では織田の軍勢四万に対し、半分の寡兵で臨み、見事に追い返した上杉謙信。それがただ越後一円から糧食を集め、春日山城に篭るだけで終わるだろうか?)


 有り得ぬ。

 だからこそ、俺は春日山をぐるりと閉じたのだ。

 伝え聞いた上杉謙信を恐れて。


(越後の虎ならば機会を虎視眈々と狙い、いずれは何かを仕掛けてくるに違いない!)


 そしてそれは、意外な形で露わとなった。




  ◇




「上杉勢がまるで動かぬ。さて、どうする?」


 攻囲して半月。

 余りに動かぬ上杉に対し、これ見よがしに麓で酒宴を開いたりして誘い出して見るもダメ。

 この日も、本陣を置いた春日神社にて、俺とその重臣達は軍議に明け暮れていた。


「信広兄者による越後仕置きは滞りなく進んでおる。早ければ後一月も経たずに平定し、那古野に戻れようぞ。だがそれには、春日山城に篭る上杉輝虎をなんとかせねばならぬ。誰でも良い! なんぞ考えがあるなら申してみよ!」


 すると、本来戦評定に出る資格のない、たまたま信広兄者からの書状「仕置は順調なれど、何処にも米が足りておらぬ。隣国から買い付け運ばせようにも、越後の湊に悉く船が見当たらぬで候」を携えて来た男が声を発した。

 誰でも良い、と俺が口にしたからだろう。


「恐れながら信行様! この藤吉郎めに一計が!」

「申せ!」

「されば、水攻めがいいでゃあ」

「却下ー!」

「なんでか!?」

「後始末が大変故にな!」


 水攻めをするとなれば付近の堤を壊さねばならない。

 つまり、戦が終われば元に戻す必要があると言う事だ。

 正直、面倒臭い。

 そもそも、春日山城に篭った上杉勢を飢え殺しにするだけならば、今のままでも十分。

 それに、これから梅雨時だと言うのにその様な事をしては、この辺りに不測の事態を招く恐れがある。

 最悪長雨が続き川が氾濫でもしたら、織田軍は壊滅の憂き目に遭うのだから。


 飢え殺しの拍車を掛けようと、付近の民を春日山に登らせようともしたが固辞された。

 なんでも、「山に篭った上杉兵以外は敵とみなし斬り捨てる」と事前に言い含められているらしい。


(用意周到な事だ。流石は上杉謙信)


 俺は腕を組みつつ、居並ぶ家臣の顔を見回した。


「誰でも、なんでも良いから気付いた事を申してみよ」


 すると、一人の武将が、


「恐れながら信行様」


 応えた。


「利益か。その顔、なにやら妙案が浮かんだと見える。期待するぞ」

「お任せあれ、と申したい所ですが然に非ず。一つ伺いたき事があるでござる」

「申してみよ」

「しからば、信行様が上杉輝虎めの立場にあったなれば、いかにしてこの難局を切り抜けましょうや?」

「ふむ……」


 答えるのは簡単だ。

 何と言っても、昨年の九月に同じ目に遭っていたのだから。

 あの時は自軍に数倍する敵兵に那古野を攻囲されるも、事前に攻め込まれた際の準備を周到にしていたお陰で引き付けるだけ引き付けた敵軍を奇策で翻弄し、慌てふためいた所を一息に……


「利益……まさかとは思うが、上杉輝虎は昨年の意趣返しを?」

「その可能性はあると思われまする。春日山城と自らの首を贄に信行様を釣り出し、背後からバサリ、という具合に」

「何者がその役目を担うか?」

「関東の諸大名、ないしは越後と境を接する伊達や芦名、更には恭順を示した越後の民の可能性もございまする。しかし、それを申せば……」

「キリがない、か」


 とは言え、俺が上杉謙信、いや上杉輝虎の立場ならば隣国の力を頼んだりはしない。

 領国内に他国の兵を呼び込むなど、後々の火種を蒔く様なものだからだ。

 となると……信じられるのは最も信頼出来る腹心中の腹心か、或いは——


(いやいや、流石にそれはないだろ? 国主自ら国を離れて……とか)


 それは文字通り最悪の事態であった。

 包囲している筈の敵方の総大将が既に抜け出されているどころか、本隊を率いて後背を突こうとしているなどと。

 しかしそれは、その日の夜中に現実となる。


「恐れながら信行様!」

「こんな夜更けに何事ぞ!」

「通信衆から急報にございまする! 上杉輝虎が率いし三万の軍勢が敦賀湊に上陸!」

「な、なんだと!? して、それはいつの事か!」

「はっ! 恐れながら、三日前の夜との事!」


 み、三日も前に!?

 俺の背を冷たいものが伝った。

 だが、それどころではない。


「う、上杉の軍勢は今何処におる!?」

「それが、以降の連絡が取れておりませぬ!」

「な、なんだと!?」


 ま、まさか那古野に向かってはいないだろうな?

 敦賀あたりなら、越後に来るのも、尾張に行くのも大差ない。

 いや、寧ろ近い。

 もっとも、上杉勢が三万の兵だけなら、守りに徹してくれれば、津々木蔵人なら何とかなる筈。

 だが、それ以上の兵が……例えば、朝倉の残党が加わったりでもしたら……

 幾ら那古野の総構えがあったとしても、南蛮砲が外された今、防衛力は著しく低下している。

 しかも、通信衆との連絡が途切れている現状、万一が考えられた。


「お、お、おのれ、上杉輝虎め!!!!」


 俺は足元に転がる枕を、思い切り蹴り飛ばした。

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