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第五十七章:果たされた約束

静かな夜が包み込む死の谷でレイウィス女王はジッと・・・・血生臭い場所に立っていた。


その場所は・・・・橋の入り口の真下で何も無い。


しかしレイウィス女王には見えたのか・・・・静かに片膝をついて手をやる。


「・・・・様」


静かに名を呟くが、その名をゲッツは聞けなかった。


ただ、3本の剣を装備し何時でもレイウィス女王を護れるように立つ辺りは流石である。


ところがイガルゲ侯爵と三つ目は突っ立っているだけで、エルフィとシャノアは少し戸惑っていた。


何せ・・・・まだ血生臭いのだ。


死体は既に獣などが綺麗に片付けたが臭いは今も濃くて余り居たい場所ではない。


それでも主人が居るので我慢しているようにも見えるが・・・・空気が急に重くなった。


いや空気だけじゃない。


死の谷全体が暗い影に包み込まれ・・・・何か巨大な門が現れたではないか。


その門には幾人もの人間で構成されており・・・・まさに地獄の門という名に相応しい。


しかしレイウィス女王は怯えもせず門に近付き・・・・静かに何かを待った。


そして・・・・門が静かに開くと一頭の馬に乗った騎士が現れたではないか。


馬は骨だけで瞳からは炎が飛び出し、蹄が進むと・・・・そこだけ燃えた。


そんな馬に跨る騎士は・・・・髑髏だった。


ただし鎧は黒い甲冑で武器は大小の剣と槍を携えておりレイウィス女王には見慣れた姿である。


「・・・・様、御逢いしたかった」


レイウィス女王は髑髏の騎士の目の前に立つと静かに涙を流した。


対して髑髏の騎士は静かに馬から降りると片膝をついて頭を垂れる。


『御久し振りです・・・・見事に聖教を打倒し王国を救いなさって女王となられたのですね?』


おめでとうございます。


髑髏の騎士は・・・・頭を垂れたままレイウィス女王を称賛した。


『・・・・様、ここに来るまでに死体を見ましたが、あれは貴方がやったのですよね?』


『・・・・御意に。あれから私は3日3晩、戦い抜いた末に死にました。ですが、貴女様に害なす者は是が非でも取り除きたかったのです』


その強い業が自分を人ではない・・・・地獄の騎士へ変えた。


『そして・・・・やっと全員を狩れました』


これで貴女様に害なす者は居りませんと髑髏の騎士は告げた。


『・・・・様、もう・・・・良いです。私は、もう良いんです。だから帰りましょう』


私と共にヴァエリエに・・・・・・・・


レイウィス女王は髑髏の騎士に手を差し出すが・・・・その手を髑髏の騎士は取らなかった。


『申し訳ありませんが・・・・それは、出来ません。我が身は既に死者の身。生者である貴女様の手は取れません。そして我が身は、この地に縛られており動けないのです』


だから帰れないと髑髏の騎士は言うがレイウィス女王は首を烈しく横に振った。


『いいえ、帰るんです・・・・私と帰るんです!私と・・・・約束したではありませんか?!』


必ず私の所へ戻って来ると!!


『それに私は、まだ貴方様に渡していません!この女王である私に恥を掻かせるのですか?!』


激昂し叫ぶレイウィス女王だが、その姿は威厳など無く・・・・ただ、現実を受け入れられずに泣き叫ぶ少女だった。


『・・・・御許し下さい。我が主にして思い姫であるレイウィス女王陛下』


髑髏の騎士は深く頭を下げるがレイウィス女王は「嫌です・・・・嫌です・・・・」と首を振って拒絶した。


それを見続けていたゲッツは何か・・・・我慢できなくなったのか、髑髏の騎士に勇み足で近付くと罵声を浴びせた。


『この糞野郎!女との約束を破って赦しを乞うなど恥を知りやがれ!てめぇは、女王と約束したのに破ったんだ!ならば誠意を見せて罪滅ぼしをしろ!!』


じゃないと殺すぞ!!


今にも大太刀を抜く勢いのゲッツを髑髏の騎士は顔を上げてジッと・・・・深淵の如く暗い瞳で見たが・・・・微苦笑したように肩を震わせる。


『貴殿の言う通りだな・・・・レイウィス女王、これを』


髑髏の騎士は跪いたまま右手を差し出す。


その右手をレイウィス女王が取り開いてみると・・・・指輪があった。


『この指輪を受け取って下さい・・・・・・・・』


『・・・・この指輪は、何の意味が?』


レイウィス女王が問うと髑髏の騎士は自分の故郷である北の地に伝わった書物から言葉を引用した。


『秘すれば花なるべからず。恋の至極は忍恋と見立て申し候。逢ひてからは、恋のたけがひくし。一生忍びて思いひ死するこそ、恋の本意なれ』


この言葉を訳すと「無上の恋は心の中に秘めて外に現わさない恋だと決めている。その人に逢って形に現わしたのでは恋の程度も高くない。一生心に秘めて、思いを焦がしながら死んでいったというような心こそ恋の恋たるゆえんであろう」という訳になる。


つまり髑髏の騎士はレイウィス女王を女性として愛していたが、敢えて自分の思いを口に出さず、また身分の違いから成就しないと悟り・・・・思い姫として崇拝していたのだ。


『ですが・・・・この指輪を渡す事で貴女様に我が思いを伝えます。レイウィス女王陛下、この私の妻となって下さい』


余りにも遅すぎた告白だが、レイウィス女王は・・・・指輪を手にすると指に填めた。


それは髑髏の騎士の思いに・・・・応じた証だった。


『・・・・では、私が死する時には迎えに来て下さい』


『・・・・ありがとうございます。今度は、必ず約束を守ります』


髑髏の騎士はレイウィス女王を真っ直ぐ見て告げ、次にゲッツ達を見て・・・・こう言った。


『レイウィス女王陛下を・・・・頼みます』


『おう、レイウィス女王陛下は護る。いや王国は護り続ける。だから・・・・てめぇも約束は守れよ?今度、破ったら地獄に行ってでも約束を守らせるからな!!』


何処までもゲッツは髑髏の騎士に噛み付いたが、それは彼なりに念を押したかったのだろう。


それに対して髑髏の騎士は「待っている」と答え馬に跨った。


『ではレイウィス女王陛下・・・・何れ、御迎えに上がります。それまでは暫しの別れです!!』


馬に鞭を入れると髑髏の騎士は門を潜った。


その後ろ姿を見ながらレイウィス女王は叫んだ。


『必ず・・・・必ず迎えに来て下さいよ!約束ですからね?しゃれこうべ様!!』


その声が髑髏の騎士に届いたかは定かではないが・・・・門は閉じられ静かに音も無く消えた。


それを見届けて・・・・レイウィス女王は静かに涙を流して顔を俯かせた。


これが・・・・レイウィス女王が彼の地で「やり残した」事の全貌である。


・・・・・・・・以上が著者の調べた結果である。


そして後は皆が知る通りレイウィス女王はサルバーナ王国史上初の女性君主として辣腕を振るい王国を護り、そして発展させ続けた。


しかし彼の女王が生きた時代では正式に女性君主は認められておらず、また正当継承者であるイファグ第一王子も無事に成人を迎えたので・・・・レイウィス女王は王の座を弟に譲った。


時に1030年12月20日の事である。


イファグ王子に王の座を譲り、表舞台から完全に姿を消したレイウィス女王が崩御したのは政教分離を確立させてから凡そ70年後の事である。


その日は青天で雲一つ無かった穏やかな日だったとされており、イファグ王と然る貴族の妻となったエルナー元王女が孫などを連れてレイウィス女王の住む屋敷を訪れたらしい。


しかし、ドアをノックしても返事が無いので開けて見ると・・・・レイウィス女王は椅子に座って眠るように亡くなっていた。


後の調べでレイウィス女王が息を引き取ったのは12月9日の深夜だったらしく死因は老衰である。


両親を暗殺され、臣下達に辱めを受けた挙句に追い回され・・・・やっとの思いで歴代国王の意思を叶えた女王は孤独に死んだと民草は言ったらしい。


だが、一部の者は「それは違う」と断言した。


その筆頭はゲッツ・ツー・ヴァルディッシュ辺境子爵だった。


ゲッツ・ツー・ヴァルディッシュ辺境子爵は「レイウィス女王陛下は、夫である髑髏の騎士と去ったのである」と言い張った。


これをイファグ王も指示したとされており彼の王が遺した手記には「レイウィス姉上の死に顔は・・・・とても穏やかであった」とされている。


著者も賛成だ。


レイウィス女王の死に顔が穏やかだったのは・・・・約束を今度は果たされ、そして連れて行ってもらったからに他ならない。


だから・・・・ここから書く場面はあくまでも著者---ロッシェ・エヌ・ブラウザの願望である。

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夜も遅くなった頃・・・・エスカータ城から北へ移動した郊外に在る屋敷に明かりが灯っていた。


その屋敷は空濠と水濠を2重にし、そして見張り台などを用意し銃眼も備えた堅牢そうな屋敷だった。


この地は故バルバロッサ男爵の領土内であり、現在は子息にして青髭の異名を取るブラウキンバルト伯爵が治めている。


その地に屋敷を構えて暮らしているのは元サルバーナ王国女王レイウィス・バリサグその人であった。


政教分離を確立し、弟のイファグ王子が成人になると彼女は王位を譲り城を出て・・・・この地で静かに暮らしていた。


使用人は居るが、今は寝ており彼女だけが起きて・・・・何かをしている。


その部屋を覗いて見ると彼女は黒のドレスを纏い、そして黒い生地に刺繍をしていた。


それは表が黒で裏が赤のマントだったが・・・・何を刺繍しているのかは彼女しか知らない。


ただし、知る者が居ればこう言うだろう。


『・・・・70年前に中断した物を完成させようとしている』


見て見れば間もなく出来上がる。


これを完成させれば・・・・・・・・


「・・・・出来た」


レイウィス元女王は息を吐きながら肩を叩いてマントを見て微笑む。


「これなら申し分ないわね」


やっと出来たと満足そうに笑いながら安楽椅子に背を預け右手の薬指に填めた指輪を見る。


指環は黒真珠に髑髏が彫られた特異な物だが今から70年も前に貰ったのに全く色褪せない。


ただし、それを見る度に思う。


「・・・・早く迎えに来て下さい。私は、貴方との約束を果たしたんですよ?」


嘆息しながらレイウィス女王が呟くと・・・・先程まで月明かりが入っていた雲が一瞬だけ暗くなり目の前に門が出て来た。


それは70年前に一度だけ見た地獄の門だった。


門を見てレイウィス元女王は「嗚呼やっと来てくれた」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。


その門から一人の騎士が現れた。


姿形は70年前に見た時と変わらない。


「・・・・遅かったじゃないですか」


しゃれこうべ様・・・・・・・・


「申し訳ありません。レイウィス様」


髑髏の騎士---しゃれこうべは馬から降りると片膝をついて頭を垂れた。


「貴方が余りにも来るのが遅すぎるから・・・・皺だらけになってしまいました」


「何を言います・・・・貴女は、今も最初に会った時と変わらぬ気高くも美しい姿ですよ」


そう言われてレイウィス元女王が自分の姿を見ると・・・・若い頃の姿に戻っていた。


「これは・・・・・・・・」


「ハッ・・・・実は、地獄の王から言われたんです」


『女との約束を破ったばかりか70年も放っておいたくせに死期が来たので迎えに行く?馬鹿野郎!花束も持って行かないで何を考えているんだ!!』


「それで王の力で貴女様の姿を若い頃にし・・・・これを持って行けと言われました」


しゃれこうべが差し出したのは黒い・・・・花嫁衣装だった。


「地獄の王は、粋な方ですわね」


「御意に。そして・・・・これは私からです」


レイウィス元女王に差し出されたのは紫と赤の花束だった。


「・・・・私の好きな色を憶えていたのですか?」


「御意。どうか、受け取ってくれませんか?」


「・・・・はい。これを着て、連れて行って下さい」


そう言ってレイウィス元女王は花嫁衣装を着て花束を持った。


「・・・・とても御美しいです。我が姫。では参りましょうか?」


しゃれこうべが立ち上がりレイウィス元女王---花嫁となったレイウィスに手を差し伸べる。


「・・・・はい。行きましょう。我が夫」


レイウィスは静かに差し出された手を掴んだ。


その手を掴むとレイウィスを抱き上げて馬に跨る。


「これからは・・・・ずっと一緒です。少し揺れるので掴まって下さい」


「はい・・・・・・・・」


言われるままにレイウィスは夫の胸に顔を埋めた。


それを確認してから・・・・しゃれこうべは馬の腹を蹴り前へ進めると門を潜った。


2人が門を潜ると静かに門は消え・・・・そこに残ったのは安楽椅子に背を預けて眠るように息を引き取った老いた貴婦人だけだった。


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