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第五章:死ぬ事と見つけたり

今回は葉隠から言葉を選ばせていただきました。



ユニエールと呼ばれた男はレイウィス王女を見ると温和に微笑んだ。


「レイウィス王女、御無事で何よりです」


「この方に助けてもらいましたから」


レイウィス王女はユニエールと呼んだ男に温和な笑みを浮かべて答える。


このユニエールは、直参である中央貴族の中でも名の知れた侯爵家の長男---つまり次期当主になる男であり、イプロシング王からの信頼も非常に厚く次世代の臣下達の長と言えた。


性格は至って優しく謙虚で、文武両道を旨としており絵に描いたような好男だ。


そんな男が前に出たので他の臣下達は大人しくなって当たり前と言えるだろう。


しかし、しゃれこうべだけはユニエールを険しい表情で見つめている。


それがレイウィス王女には解らなかったが、ユニエールはしゃれこうべに一礼した。


「先ずは改めて我等が王女を護って下さった事に対し礼を申します。私はユニエール・ゴルファと言います。貴方の名前は?」


「・・・・しゃれこうべと申す。身分は貴方とは天と地もあるが、誇りある騎士です」


「それはそうでしょう。はぐれ騎士とは自分が認めた唯一の主人を見つけるまでは安住の地を求めず流離う者達。その彼等を支えているのは、主人と巡り会い、その主人を護り抜くという誇りがあるから」


だから誇りが在って当然とユニエールは賛辞の言葉を投げる。


「御理解いただいて感謝します。しかし・・・・私も城まで同行させてもらいます」


しゃれこうべはユニエールに向けていた槍の穂先を天に向けて敵意を無くしたが、自分の意志は変えようとしなかった。


「何故、と尋ねても宜しいですか?失礼ながら貴方様の訛からして出身地は北・・・と見受けます」


「えぇ、北です。ハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵様の治める土地の」


それを聞いてユニエール達の顔が驚愕へと変わり、次に険しくなった。


「・・・・・あの敵対者の名を与えられた、辺境伯爵の土地から来ましたか」


「えぇ、そうです。そして貴方は次に・・・・・こう言いたいのでしょ?」


しゃれこうべは嘲笑するように言葉を紡いだ。


「聖教の信者でない者が栄えあるヴァエリエに来ては、誰の眼にも穢れた者が来たと・・・・・・・・」


その上で髑髏の家紋を持ち、聖教と中央貴族、果ては王室にも喧嘩を売るような言動を繰り返すハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵の土地から来たとなれば・・・・・・・・・・


「殺されるかもしれない、と・・・・・・・・・?」


「・・・・否定は、しません。実際、聖教から見ればハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵は悪魔の手先でしかありません。そして私達を始めとした中央貴族からすれば王室に対して無礼な言動を止めない、誠に許し難い人物です」


そんな男の治める土地から来たというだけで・・・・


「白眼視され最悪の場合・・・・殺される可能性は高いです。無論、私達は愚かではありませんので、そんな真似はしませんが民草には関係ありません」


「でしょうね。ですが、私も同行します。レイウィス王女とは知りませんでしたが、それでも送り届けると約束しました」


その約束を違えるのは騎士として恥ずべき行為だと、しゃれこうべは断言した。


「お気持ちは解ります。しかし、死ぬ確率が高い場所に行くというのに恐くないのですか?」


唯一の主人を見つける前に死ぬかもしれないのに・・・・・・・・・・・


少しばかり脅すようにユニエールは声を低くして問い掛けたが、しゃれこうべはそれよりも低い笑い声を上げた。


「ふふふふ・・・・・恐いかと聞かれれば恐いですね。ですが、私の生まれ育った土地には、こんな言葉があるのですよ」


つわものの道とは死ぬ事と見つけたり。


『・・・・・・・・』


この言葉にユニエールを始めとした者達は茫然とした。


むろんレイウィス王女もだ。


「誤解する言葉ですが、この言葉はフォン・ベルト陛下が訪れた際に初代辺境伯爵に授けた書物に書き記されています」


しゃれこうべは茫然としたユニエール達に低い声のまま説明してから続きを話し始めた。


ただ言葉だけ取れば兵の道は死ぬ事だと取れる言葉だが・・・・・・


「実際は違います」


では、どういう意味なのか?


生か死か、この2つしか選べないのなら死を選べ。


生きる事に固執し失敗すれば恥となるが、死ねば恥にはならない。


いや、そもそも戦場を駆ける兵が死を常に覚悟せず何と心得るか?


「常に死を覚悟し、全力で日々を生きろ。そうすれば長生きし、御家も安泰である・・・・・というのが裏に隠された本当の意味です」


だから・・・・・・・・


「私も城まで同行させてもらう。仮に死ぬとしてもその時は槍や剣が折れても素手で戦います」


手がやられたら足で・・・・足もやられたら口で敵の首を噛み千切る!!


「それで生き残れば儲け物ですからね」


しゃれこうべは平然と言い切るが、レイウィス王女達は再び茫然とした。


こんな事を平然と言う時点で狂っているが、そんな危険思想の書物を与えたフォン・ベルトも・・・・・


だが、レイウィス王女は・・・・ふと刺客に襲われた際に自害しようとした時を思い返した。


あの時、自分は肩をやられて血を失い始め自決をしようとした。


敵の刃に掛かる位ならと思ったからだが、自決が成功したのか?


いや、まだ手足は動かせたのでは?


片手足がやられた時・・・・・四肢が使い物にならなくなった時にこそ自決すべきだった!!


そうすれば刺客の数人には一矢でも報いれた筈だ。


「・・・・・皆、しゃれこうべ様は私の命の恩人です」


レイウィス王女は静かに、しかし威厳のある声でユニエール達に言った。


「この方を城でもてなします。恩人に幾許かの金を渡して終わりなど恥ずべき行為ですからね」


「ですが姫様!そいつは薄汚い野良犬で、おまけにハガク辺境伯爵の領民ですよ?!我々の神を冒涜し迫害した悪魔の手先です!!」


一人の臣下が金切り声を発し、レイウィス王女に詰め寄る。


この者は次代の臣下という事で傍に置かれる筈だったが、余りに聖教を信仰する言動が強過ぎて外された筈だ。


それなのに来た辺り・・・・・・・・・・


「姫様、さぁ早くこちらへ。お前は何処かに行って野良れ死ね!!」


臣下はしゃれこうべを何処までも罵倒するが、しゃれこうべは何も言わずジッと臣下を見つめている。


恐らく相手にするのも無駄な相手と悟っているのだろうが、レイウィス王女は黙っていられなかった。


「黙りなさい。私の恩人になんて態度を取りますか。それに聖教の教えでは、見ず知らずの者にも慈愛を持って接しろとある筈です」


出身地で人を差別するなど聖教の教えに反している。


「いいえ!悪魔の手先と異教徒は八つ裂きにして構わないと大司教様は言っております!!」


「貴方にとって大司教の言葉は王女の言葉・・・・国より重い、ですか」


しゃれこうべが喉で笑いながら呟いたが、それを臣下は聞き逃さなかった。


「貴様、何を抜かすか?!」


「失礼。ただ、貴方は王国を護る騎士の前に聖教の犬と思いましてね」


犬呼ばわりされ臣下は今にも剣を抜きそうだったが、それをしゃれこうべは口で抑えた。


「確かにハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵様の先祖から今に掛けて聖教等に対し無礼な言動は多々あります」


だが・・・・・・・・


「聖教を迫害してはいません。ただ、人を正しい道へ誘う宗教が・・・・・貴族みたいに土地を持ち、税を摂取するのを禁じただけです」


それ以外は毎日、教会に行くのは許すし会合や祭りを開くのだって許可している。


「ただし、あくまでも一宗教の立場として、です。ヴァエリエみたいに国政に口を出させたりはさせないだけですよ」


それは何故か?


簡単だ。


何せ彼の土地は初代国王陛下を始め歴代国王が認めてくれ、直々に領土を治め続けろと命じられたのだからな。


「他の土地を治める地方貴族も同じです。そして聖教の教えは、レイウィス王女の言う通り他者を慈しみ、国を愛し、寛大に生きろという内容・・・・・・・・」


それを今の大司教は・・・・・・・・


「他宗教を迫害する勢いで地方貴族を蔑み、そして討伐しようとしている。挙句の果てには国政に口を出そうとしており凡そ宗教を教える者の立場から外れています」


「だ、黙れ!黙れ!黙れ!!」


臣下は正論を何処までも言うしゃれこうべに怒鳴るが、しゃれこうべは止めとも言える一撃を放った。


「そして貴方は王女の言葉を無視したばかりか、私の誇りすら・・・・・穢した。死ぬ覚悟は、あるんだろうな?糞餓鬼」


葉隠の評価は結構、賛否両論で学者の一人は「戦国の世を生きそびれた死にぞこないが書いた理想本」と断罪し、またある学者は「狭い土地でしか通用しない」と断言しました。


逆に武士の理想像と説く者もおりますが、読んでみるとサラリーマンの指南書っぽい感もあります。


ただ私個人の意見を言えば武士の理想像は騎士の理想像と同じく現実とは違い過ぎるが、それでも今なお愛されているのは理想だから・・・・と思います。


そして後世の人間がああだこうだ言っても当世を生きた者には、それが受け入れられたんだと思います。

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