第四十六章:死の谷の戦い
レイウィス王女と髑髏の騎士を取り逃がした流人達は橋から一目散にブタマン・ジューシの根城へと逃げ帰った。
そして報告をしたがブタマンは激昂したのは言うまでもないだろう。
「何をしやがる!!たかが一人の騎士に大の男が数人がかりで手古摺りやがって!!」
ブタマンは荒々しい口調で帰って来た流人達に怒鳴り散らした。
対して流人達はひたすら頭を下げる事でブタマンの怒りを静める事に徹するが、ブタマンの怒りは静まらない。
「良いか?ここでレイウィス王女を捕えれば俺は貴族になれるんだよ!!」
しかも直参の中央貴族という御墨付きだ。
「そうなりゃ誰も俺達を馬鹿にも出来ねぇし手も出せねぇ!晴れて王国の民草になれる上に土地を治める権利を保障されるんだよ!!」
この土地を治める権利に流人達は気を引き締めた。
何せブタマンを始めとした者達は罪を犯す前から流人だった者も多く・・・・流人が如何に過酷な暮らし振りを余儀なくされるか骨身に沁みている
常人は当たり前のように持っている土地を流人達は持っておらず帰る家も親しい友人も居ない。
そんな者が金を稼ぐには日雇いか悪事の極端な2通りしかない。
だから・・・・ブタマンの言葉は夢を叶える最後の機会なのだ。
「良いか?レイウィス王女は橋を渡ってヴァルディッシュの縄張りに逃げたが・・・・その前に騎士を殺せ」
あの騎士以外に味方は誰も居ない。
「この土地限定だが・・・・この地で捕えてしまえば俺等の勝ちだ」
仮に上手くヴァルディッシュの野郎を味方にしても・・・・・・・・
「数では俺等が上だ」
ブタマンの言葉に流人達は一同に頷いた・・・・ように見えたが一部は違った。
「・・・・生憎だが俺達は先にレイウィス王女を捕えるぞ」
「別に騎士を先に殺す事はねぇし・・・・あんたの部下になった憶えはないんでね」
ブタマンに意見したのは彼よりは数歩ほど遅れているが、それでも自分達の縄張りを持つ流人の頭だった。
「てめぇ等・・・・俺に逆らうのか?」
「言ったろ?俺は部下になった憶えはない」
「それにレイウィス王女を捕えたら貴族になれるんだ。別に・・・・お前に決定した訳じゃない」
誰にだって死と平等に・・・・好機は訪れる。
その言葉で一気に張り詰めた空気となるが・・・・そこに一人の男が現れると空気は切れた。
身形が良く顔立ちも整っている男にブタマン達は跪いたが、男は見向きもせず椅子に座ると問いを投げた。
「現状は?」
「レイウィス王女は・・・・ヴァルディッシュの縄張りに逃げ、髑髏の騎士は橋の手前に居ります」
ブタマンの返答を聞いた男は眉を僅かに顰めつつ次の言葉を投げた。
「・・・・その橋以外に渡れる道は?」
「谷に下りてからでないとありません」
ブタマンより先に別の流人長が椅子に座る男に説明した。
明らかに先程の会話に対する自身の意思を明確に表しておりブタマンの眼に怒りが宿る。
「・・・・ではブタマン。そなたは私と共に参れ。残りは谷からレイウィス王女を追え。それから・・・・憶えておけ」
ブタマンには子爵を与えるのは最早決定事項だと男は告げた。
これにブタマンは歓喜し、残る流人長は絶望したような顔をしたが・・・・・・・・
「レイウィス王女を捕えた者には男爵の爵位を与える。谷に一番乗りした者には準男爵だ」
そして・・・・・・・・
「髑髏の騎士を殺した者には騎士の称号を与える。身体の一部を取った者には金貨100枚だ」
この言葉に皆は色めき立った。
何せ子爵の爵位はブタマンに授与される事は決定したが、それよりも下だが爵位を与えられるのだ。
おまけに髑髏の騎士を殺せば・・・・更に上乗せされる!!
「さぁ・・・・ブタマンの次に手柄を立てる猛き者は誰だ?」
男の言葉に流人達は我先にと出て行き・・・・残ったのはブタマンと男だけだった。
「ブタマン、余り尖るな」
「申し訳ありません・・・・ですが、ああいう連中と付き合うと舐められないようにしなくてはなりませんので」
咎められたブタマンは謝罪しつつ奴等との付き合い方を男に説明した。
「なるほど・・・・そういう所は貴族と違うな」
貴族はあからさまには対立しない。
「表では握手し、裏では相手を如何に消すか算段する。ようは狐と狸の化かし合いだ」
だから皆は常に情報収集をして、顔を四方八方に売り周りを固める。
「それから多趣味で色々な事柄に明るくならなくてはならん」
「なるほど・・・・貴族と言うのは我々とは一見違うように見えて実は我々以上に恐ろしいのですね」
ブタマンは男の説明を聞いて酷く納得したが、かと言って貴族の爵位を拒否する事はしなかった。
「ふふふふ・・・・こんな一見は華やかだが裏は凄まじい世界だというのに憧れるか」
「はい。流人には・・・・土地が生命です。そして貴族となれば長という立場も維持できますからね」
「尤もだ・・・・ではブタマン中央子爵。行くぞ」
「仰せのままに・・・・ユニエール国王陛下」
ブタマンに名を呼ばれた男は静かに椅子から腰を上げたが・・・・どうやら彼の中では既に侯爵から国王になっているらしい。
誠に傲慢にも程があると言う他ないが・・・・ユニエールの眼は血走っていた。
『いよいよ・・・・貴様の最期だ。しゃれこうべよ!!』
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レイウィス王女に橋を渡らせた髑髏の騎士は眠りから覚めると同時に戦いを再開した。
しかし以前より烈しさを増したのは・・・・前日の夜に三つ目が告げたからである。
『王女は無事に橋を渡りました』
これに髑髏の騎士は安堵したが三つ目は先日の会話と同じく「橋を渡れ」と言ってきた。
確かに橋を渡ればレイウィス王女と合流できた筈だが・・・・彼は断った上に橋を結んでいた縄を切り自ら退路を断ったのである。
理由を問われると・・・・こう答えた。
『俺が逃げればユニエールは何処までも追い掛けて来るだろう』
ならば・・・・この地で奴を倒すべきだ。
それを伝えた後・・・・レイウィス王女の事を頼んだが、三つ目は髑髏の騎士を辛辣に批判した。
何せ彼はレイウィス王女との約束を破るのだからな。
『レイウィス王女を・・・・泣かせますか』
女を泣かせたくないし、泣かせるような男は男じゃないと髑髏の騎士は言った。
だが、しかし・・・・・・・・
好いた女を自分でない男になんて死んでも渡したくないのが男心だ。
そして・・・・・・・・
「男には負けると判っている戦にも出なきゃならねぇ事があるんだよ!!」
髑髏の騎士は槍で流人達を薙ぎ払いながら叫んだ。
そう・・・・男には、そういう時もある。
もっとも女から言わせれば男の自己満足でしかない。
そして愚かで馬鹿で酷い話だ。
三つ目も女ゆえか・・・・髑髏の騎士を「最低な男」と断言したのが良い証拠であるが・・・・彼の頼みは聞いた。
それを最後に三つ目の気配は消え、髑髏の騎士も流人達との戦いに全力を注ぐ事が出来たのである。
とはいえ・・・・既に3日3晩も戦い続けたが敵は減る事を知らない。
まさに「衆寡敵せず」と言う通り・・・・彼の獅子奮迅も陰りを見せ始め傷を負い始めた。
しかし、それでも戦い続ける彼の前に・・・・漸くユニエールが現れた。
「ふん・・・・惨めだな」
ユニエールはブタマンを前に出させながら鼻で笑ってきた。
「女に振られたくせに今も執着しやがる・・・・てめぇの方が惨めだ」
これにユニエールは今にも剣を抜きそうになるが背後から聖騎士団が現れたので・・・・そちらに視線を向ける。
「俺の名はブタマン・ジューシ。ユニエール国王陛下より子爵に取り立てられた者だ」
「王女を我が物にせんとする逆臣に尻尾を振った狗が偉そうに吼えるんじゃねぇよ」
髑髏の騎士はブタマンを鼻で笑ったが・・・・こいつは強敵と認めたように腰を落として槍を握り直す。
「何とでも言いやがれ。俺は貴族になるんだよ!!」
雷と共に2人は剣を交えた。
サルバーナ王国歴1032年12月11日・・・・世に言う「死の谷の戦い」は幕を上げた。




