第四十一章:悪魔の囁き
先頭を歩いていた貧相な案内人となった男は小山の頂上にあった洞穴の手前で足を止めた。
「ここが何れ国王様から爵位を得る予定のブタマン・ジューシュ様の城だ」
「何れ国王陛下より爵位を得ると言うが・・・・兵力は如何ほどあるのだ?」
ユニエールは男の言葉に疑問を抱きつつ戦力を尋ねた。
「後で地図を見せるから確認してくれ。ただ、ここ数年の話だが勢力図に変化はないし、このまま行けばブタマン様の勝利だ」
そう言って男は洞穴に向かって声を掛けた。
「ブタマン様、ヴァエリエから客人が来ました。中に入れても宜しいでしょうか?」
『あぁ、中に入れて差し上げろ』
洞穴の奥から野太い声が聞こえてきたが・・・・やはり土地柄のせいか?
血と酒が一緒の臭いになっていてユニエール達が中に入ると・・・・更に強烈な臭いとなって鼻を刺激する。
『・・・・・・・・』
ユニエール達は無言で前を歩く案内人の後を付いて行くが迷路のような道と薄暗さに一定の納得をした。
「ブタマンという男は用心深くて注意力もあるな」
「土地柄が土地柄ですからね。御客さんはヴァエリエから来たから知らないでしょうが・・・・ここは流刑地なんですよ」
案内人は自嘲しながら土地の説明を始めた。
「地方貴族が周囲を取り囲んでいるのは脱走防止の為でしたが、それ以外は特に手を出す事はしないので・・・・完全に治外法権地となったんです」
ただし牢に入っても誰かが牢の長になる事で一定の秩序を設ける。
では誰が流刑地の長になるのか?
「最初は数人でやっていましたが賭け事をやるようになると・・・・余所者も来たんです」
すると流刑地の長が・・・・何時しか貴族になれると実しやかに言われるようになり始めたらしい。
「こんな話になっちまってからは更に余所者が集まり出して今でも血で血を洗う状態で収集がつかないんです」
「なるほど・・・・で改めて問うが、ブタマンはどうなんだ?」
案内人の説明を聞き終えたユニエールは改めてブタマンについて尋ねた。
「今の時点ですが最有力者です。後の連中は3歩遅れていて大体はブタマン様に従っていますが・・・・逆らう奴が一人だけ今も居るんです」
「何処にでも居るんだな?輪を乱す者とは」
ユニエールは髑髏の騎士を思い出して舌打ちしながら呟くが、目の前に現れた鉄門を見て足を止める。
「ブタマン様、御客様を御連れしました」
案内役の男が声を掛けると鉄門が開いて武装した男達に囲まれて一段高い場所に座る男が見えた。
その男はガッチリした体型をしており獣の皮を腰に巻き、肉厚で幅広い剣を手にしていた。
「ヴァエリエの客人、ようこそ来て下さった。俺がブタマン・ジューシだ」
「・・・・俺はヴァエリエから来た汚れ屋だ。こちらに居る方が」
「サルバーナ王国中央貴族のユニエール侯爵だ。先ずは初めまして、ブタマン・ジューシ殿」
リーダーの男が紹介する前にユニエールは自ら名乗ったが、侯爵という単語にブタマンの眼が細まった。
「遠路遥々ヴァエリエから・・・・このような血生臭い地に何用で?」
「先ほど案内人から聞いた話だが・・・・貴殿は貴族になりたいそうだな?」
ユニエールはブタマンの問いを無視して逆に問い返した。
「なれるものなら・・・・誰だってなりたいですよ。ですが、貴族になれるのなんて噂でしかない。最初は俺も信じていましたがね」
「なるほど・・・・噂というのは知っていたのか」
「はい。ですが、この地で暮らせるなら文句はありません」
「欲が無いのだな」
「いいえ、欲ならありますよ。腹いっぱい飯を食いたいし、浴びるほど良い酒も飲みたいし、極上の女を抱きたい・・・・まぁ、俗な欲望ですがね」
「それを言うなら私も俗な欲望を持っている。そして・・・・その欲望を叶える為に貴殿の力を借りたい」
「といいますと・・・・・・・・?」
ブタマンは案内人が差し出した短剣を見てユニエールを見つめ返した。
「それは子爵の短剣で・・・・当主の証でもある」
「これが・・・・やはり貴族の持ち物だけあって良い物ですね」
「だろうな?それを・・・・その短剣を持って、この地を治める気はあるか?」
ユニエールの言葉にブタマンは無言となり部下も意味が解らず首を傾げたが、ユニエールは言葉を続けた。
「私は侯爵という5爵の中でも上から2番目の爵位を持っている。高い爵位を持っているので責任も大きいが・・・・権限も比例して大きい」
いきなり語り始めたユニエールに皆は戸惑いを覚えたが・・・・ブタマンの顔色は少しずつ変わっていく。
それはユニエールの語る内容に燻ぶっていた欲望を再燃焼されたからに他ならない。
「・・・・以上だ」
語り終えたユニエールをブタマンは静かに見て尋ねた。
「では・・・・貴方様は準男爵から子爵までの爵位を与えられるんですか?」
王の許可なく・・・・・・・・
「あぁ、とはいえ金と土地は微々たる物だ」
何せ私の持つ荘園と財産から出すからとユニエールは付け加えた。
「ですが・・・・ですが・・・・それでも爵位は与えられるんですよね?」
「あぁ、与える事が出来る。ただし今回は直参と言うオマケ付きだ。それは貴殿に問題が解決できたら与えるが・・・・どうだ?」
嫌なら他を当たるがと言うユニエールだが、殺した中央貴族達の物品をブタマンに渡す辺り抜け目ない。
それを見てブタマンは椅子から下りてユニエールに膝をつき、代わりにユニエールが椅子に座った。
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『恐ろしい方だ・・・・・・・・』
荒事を専門に仕事をする男はブタマンの座っていた椅子に腰かけるユニエールに恐怖した。
何せ直参の中央貴族が如何に堕落したかは殺した奴等で理解できたが、そんな奴等とユニエールは同格ではない。
寧ろ・・・・自分より遥かに上を行く悪と痛感したさせられたのだから無理もない。
とはいえ・・・・男の頭に浮かんだのは殺した中央貴族達の事だった。
どいつもこいつも身形と威勢だけは良いが・・・・直ぐに死んだ。
最初の奴なんて「名を名乗れ」と怒鳴ったので名前代わりに抜き打ちをくれてやり殺した。
そいつは剣に手を掛けていない状態で容易く死んだし次の奴もそうだったが・・・・こっちちは違う。
剣を抜いてから名乗れと言う辺り「マシ」だったが、剣は巷で人気が出て来たレイピアだったのが頂けない。
レイピアは護身用と銘打ちされているが実際は決闘用の代物---つまり「限定」された武器なのである。
それなのに敢えて追撃戦に持って来るなんて頭が馬鹿かと問いたくなったが、そのレイピアの表面には粉状の魔石が刷り込まれた「魔法剣」だった。
魔法剣とは今から数年前に出て来た新しい剣の事で魔術師が魔力を込めた「魔石」なる特殊な石を使うか、または剣に魔術を浴びせる事で作れる。
この製法で出来た魔法剣は限定的だが魔法を使える優れ物と言われているが高価である事から買い手は少ない。
おまけに今も「試作品」の粋を出ていないので実用性が低いと見られているのが広まっていない理由の一つだ。
現に魔法剣のレイピアは刃を合わせた途端・・・・容易く折れてしまった。
そいつは愕然としたが直ぐに護拳で剣を絡めようとして混戦に持ち込もうとしたから見込みはあったが・・・・喉を切って楽にしてやった。
そして最後の奴は最低だ。
何せ幅広い剣であるロングソードという一味の中でマトモな武器を所持しており、おまけに秀作と思わしき代物を持ちながら・・・・仲間の仇より我が身を大事にした。
つまり背を向けて逃げたのだが別に悪い事じゃない。
勝てない戦はしないに限るが、男にはレイピアで挑んだ男の愚かしいまでの勇姿が鮮明に残っており・・・・無性に理不尽な怒りに掻き立てられ追い掛けて斬った。
普通なら一撃で殺すのに止めを刺す辺りが怒りを感じさせる。
そんな事を男は思い出してからユニエールと自分を比べてみたが根本から違うと思い知らされただけだった。
自分達は手段を選ばず依頼された仕事を完遂するから仲間だろうと身内だろうと容赦なく切り捨てるし利用する時もある。
しかしユニエールとは漠然としているが一線が引かれていると思い知らされたのが、敢えて自分の首を絞めるような真似はせず・・・・今後の事をユニエールと相談しようと決めた。




