第四章:北の辺境伯爵
夜も深まった街道をレイウィス王女は愛馬に跨がり進んでいた。
しかし、手綱を握るのは・・・・・黒い甲冑を着た髑髏の騎士だった。
いや、髑髏を象った甲冑を纏うはぐれ騎士だった。
あれから2人は焚き火で暖を取ると出発したのだが、レイウィス王女としては・・・・・あの場に一晩くらい居たかったのが本心である。
何せ騎士の話す内容は実に興味深く、それでいてレイウィス王女の為になったのだからな。
『やはり聖教は政から切り離すべきね』
愛馬に揺られながらレイウィス王女は改めて政教分離を成功させようと心に誓う。
先ほど騎士から聞いたのだが、彼の生まれ育った土地はヴァエリエから北にある土地だと言う。
その土地は聖教の力が最初こそ強かったが今では全くと言って良い程に削り落とされた土地としても知られているが・・・・・・然る領主の名も知られていた。
北の領土でも五指に入る広大な土地を治める辺境貴族「ハガク・フォー・ナベグズ」辺境伯爵だ。
このハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵はレイウィス王女が知る地方貴族の中でも・・・・・一際目立って王室の覚えが悪い。
いや、王室だけではなく中央貴族と聖教などからの覚えも最悪と言って良い。
何せ彼の辺境伯爵は本来なら当主---つまり辺境伯爵にはなれない身だったにも係らず辺境伯爵になったのだから無理もない。
もともと彼は亡き先代当主の義弟だった。
ところが、義兄が亡くなると本来なら当主になる筈の義兄子息を押し退けて・・・・・辺境伯爵の身になったのだ。
本当なら後見人の立場に治まる筈が当主になったのだから周囲から悪く見られても無理ない。
だが、義兄の子息より実力はあるし一門からも多大な信頼と後押しもあった事を考えれば当然の結末とも言える
と言うのも未だに地方は王国に表向きは忠誠を誓っているが、裏では虎視眈々と爪牙を磨いていると囁かれているのが現状だ。
特にハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵の土地は、かなり抵抗したらしく、また近隣貴族とも血生臭い闘争が絶えなかったと言われている。
ここを考えれば実力が血筋より優先されて然るべき事だろう・・・・・昔の名残ではなく万が一の事を想定すれば。
ただ、これだけでは王室等を始めとした覚えが悪い原因とは言い辛い。
では何で最悪なまでに悪いのか?
それは初代国王と2代目国王に対して驚くほど厚顔だったとされているからだ。
王室の史書に寄れば彼の地を2代目国王が平定し、初代国王が訪れた際など「貴様の首など何時でも取れる」と言ったとされている。
そして2代目国王に対しては「首を掻く準備は常に出来ておりますので御覚悟ください」と言ったらしい。
こんな態度を2代に渡りやっただけでも無礼千万で成敗されても不思議じゃないが、どちらも御咎め無かったというから不思議な話だ。
ただ極め付けは3代目国王が訪れた時に「フォー」の称号を与えられてしまった事であろう。
このフォーとは「敵対者・反対者」という意味で、側近中の側近である九つの尾を持つ獅子こと9家の内1家も与えられている事で知られている。
つまり王室から御墨付きを与えられる程の反骨精神の塊なのだ。
そこに加えて現当主の家庭内事情も合わされば何も言えない。
故にヴァエリエ住む中央貴族達から見れば世襲制の当主座を奪ったと見えるし、歴代国王に何度も無礼を働いた獅子身中の虫としか見えない。
聖教からは髑髏を家紋にしているから悪魔の手先と映っている。
現に本来なら当主になる筈の義兄子息は余りの事に相次いで病死してしまった。
おまけに彼の辺境伯爵が居る北の領土では聖教の信者が殆ど居らず、また土地なども全て奪われてしまったのだ。
こんな事もありハガク・フォー・ナベグズ辺境伯爵を成敗しよう・・・・なんて声が挙がる始末だったが、この言葉に彼の辺境伯爵はこう答えたらしい。
『たかが陪臣の陪臣と、神を語る糞共が何を抜かすか。戦をしたいなら何時でも来い。歴代国王の代わりに貴様等の首を掻き切ってやる!!』
何とも凄まじい挑発だが、この言葉に中央貴族も聖教も何ら言い返すどころか、手も打てない辺り勝負はあったと言える。
そんな悪名高き辺境伯爵の土地出身のしゃれこうべだが聞いた話では・・・・領民からの信頼は厚いようだ。
「巷では悪い噂しか聞かないでしょうが、私知る限りで言わせてもらえればハガク・フォー・ナベグズ様は良い方です」
善政は敷くし、子煩悩の愛妻家で公正を旨としており亡き義弟と、その子息の亡骸も懇ろに扱っているとレイウィス王女にしゃれこうべは説明した。
「でも王室等からの覚えは、最悪ですよね?何か意図があるのですか?」
これを聞いてレイウィス王女はある程度の納得をしながら問い掛けた。
「聞いた話によれば・・・・・辺境伯爵様は自らを悪者にする事で王国の結束を固くしているそうです」
しゃれこうべは手綱を握り前を向きながら答えるが、声が先ほどより硬く槍を左から右に持ち替えた。
それを見てレイウィス王女も耳を澄ませると遠くから馬の蹄が聞こえてきた。
だんだんと蹄の音は近付いて来たが、松明も掲げられているのが見えてしゃれこうべに告げる。
「あれは臣下達です」
「・・・・・・・・」
しかし、しゃれこうべは槍を構えレイウィス王女を護るように立った。
そして馬の姿が見えるとしゃれこうべは・・・・・・・・・
「何者か?!」
覇気に満ちた声にレイウィス王女はビクリとし、前から来た馬達も荒だった。
「我等はサルバーナ王国の中央貴族なり!!」
馬達を落ち着かせながらレイウィス王女は聞き慣れた声を聞きつつ松明に身を照らさせた。
『王女様っ!!』
馬に乗った年若い者達はレイウィス王女を見ると下馬し膝をつくが、しゃれこうべを見るなり表情を険しくさせる。
「この方に危うい所を助けられました。皆、剣を納めなさい」
レイウィス王女は臣下達に言うが、臣下達はしゃれこうべを何処までも侮蔑の眼差しで見続ける。
「姫様、こちらへ。貴様には姫様の御命を助けた事に礼を申す。これは礼だ」
臣下達は懐から皮袋を出してしゃれこうべの足下に放り投げたが、傍から見ても分かる程・・・・しゃれこうべを野良犬と見下していた。
「・・・・要らん。そして遙々、姫様を迎えに来た事には讃辞を送るが私も城まで同行させてもらう」
「我等を何と心得るか?!」
「我等は初代国王陛下より仕える直参!!」
「貴様のような野良犬が城の中に入れると思っているのか!?」
臣下達は口々にしゃれこうべを罵った。
それもそうだろう。
何せ彼等から見れば主人を持たず、そのくせ戦場には進んで出て金を稼ぐ者など騎士に非ずして、血に飢えた野良犬なのだ。
だから、しゃれこうべを心の底から見下し、彼の言葉に激昂したのであるが、レイウィス王女から言わせれば憤飯物である。
身分で人を判断するなど地位ある者の傲慢であり、平等を唱える聖教の教えからも反しているのだからな。
何より命の恩人を愚弄されて黙っているほど・・・・・レイウィス王女は薄情ではない。
更に罵詈雑言を浴びせようとする臣下達にレイウィス王女は怒鳴ろうとしたが、一人の臣下が前に出て来たので大人しくなる。
その者はしゃれこうべとは正反対に綺麗な顔立ちと衣服に身を包み、サルバーナ王国の国旗を槍に巻いていた。
年齢はしゃれこうべと同じくらいだが、育ちの良さが全面に出ており、差し詰め絵本から出て来た王子その者である。
「ユニエール・・・・・・・・」
レイウィス王女は目の前に現れて、しゃれこうべと対峙する者の名を呼んだ。