第三十八章:黒豚のミサ2
サルバーナ王国歴1032年11月20日。
その日は12月も間近に迫った事もあり冬に備える最終準備期間で、本来なら誰もが薪や食糧を買い家に持ち込む筈だった。
だがヴァエリエの民草達に至っては違う。
何せ地方貴族がヴァリエを完全に包囲した事により物資が来ないのだ。
しかも食糧保管庫は厳重に鍵が掛けられているし、他の食糧は裏切り者達が奪っており冬に備えた物に手を付ける他ない。
ところが大司教は禁じているので・・・・何も食せないのだ。
お陰で飢えと寒さに耐え忍んでいるが日に日に裏切り者達に対する憎悪は膨らんでいく。
この裏切り者達とは王に味方した奴等の事で本当なら神罰が下ってる筈だ。
それを大司教に言えば「間もなく下る」としか言わない。
間もなくとは何時だ?
そして現実はどうだ?
神に味方した自分達が飢えと寒さに苦しんでいるのに王に味方した者達は飯を食え、火に当たっているではないか!!
これが現実なら酷過ぎる。
また今も嘘を吐き通す大司教に対する怒りも民草達は遅くも覚え始めたが、それでも裏切り者達よりはマシと自分達に言い聞かせる事で・・・・矛先を向けない。
しかし・・・・ここに来て信者として試されているとは思いもしなかっただろう。
何せ最近になってから悪魔に唆されて両親を殺したと言われているレイウィス王女が実は無実だと訴える者が出て来たのだからな。
これは聖教が公に発表した内容ではなく一個人が告発した内容である。
しかも、その者は幼子だから驚くべき事だが内容も幼子にしては聡明で理に適っていた。
『レイウィス王女は悪魔に唆されなくても何れは女王になる。それは弟のイファグ王子が病弱で、まだ幼いから成人になるまでの繋ぎ役としてだ』
そしてレイウィス王女は既に10代半ばとなっており善と悪の区別は取れる年齢である。
ここを考えれば悪魔は幼いイファグ王子を唆すと幼子は指摘した。
『イファグ王子は病弱だし場合によってはレイウィス王女が正当な王となる可能性もあると悪魔は唆すだろう』
確かに一理あると民草達は思った。
何せ王国では女王が統治する事は認められていないが、それは女王が誕生した事がない事からも来ている。
少なくとも歴代国王の娘達はそれぞれ他家に嫁いだりしたが場合によっては夫に代わって政をしていたと書かれている。
その点を考えれば一領土から一国を統治する事になるだけだが、正当継承者たるイファグ王子から言わせれば自分の継承を邪魔する存在と映る。
ここを悪魔は唆すと幼子は言い、民草達は納得するものだったが声高に賛同する者は少ない。
何せ下手に賛同すれば聖騎士団に何をされるか判らないし・・・・何より幼子と大司教のどちらを信じるかと言われたら・・・・・・・・
やはり聖教の最高位である大司教を信じるし無難だ。
少なくとも大司教を信じると言えば痛い目には遭わないのだからな。
このように民草達は内心で思いつつ・・・・果たして今日の昼に行われるミサで大司教が何と言うか気になって仕方なかった。
幼子がレイウィス王女の無実を言い始めた時に大司教は何も言えなかったが、今回は向こうから言い出したから何か秘策があるのだろう。
その秘策が良ければ・・・・・・・・
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
昼となったヴァエリエにある大教会では聖教の信者が集まっていた。
理由はミサを大司教が行う為だが、どういう訳か呼んでおきながら皆は外で待たされ大教会に入れたのは大司教と幼子、そして聖騎士団と幼子に賛同した者達だけである。
これに違和感を何人かは覚えたのか「ミサなのに入れないなら帰る」と言って帰ったのだが・・・・これは方便である。
その証拠にミサに参加しなかった者の日記があるので紹介すると・・・・このように記されている。
『我々が大教会に行くと聖騎士団が既に居たのだが・・・・どういう訳か大司教ではなく幼子の傍に居たのが変に思った。
しかも背後に隠れるようにいるから何かあると思い、その場を早々に帰った』
この日記以外にも似たような記述がある事を考えると・・・・聖騎士団は周囲を警戒して立っているように思わせて・・・・幼子達の背後に隠れていたという所だろうか?
しかし、それに気付く者は殆ど居らず予定通りミサは開かれたが扉は閉められたので中は見えなかったらしい。
もっとも今回のミサはあくまでも名義であって内容は幼子と大司教の答弁である。
先ず大司教はレイウィス王女を始めとした王室の罪---即ち教会への反逆と背徳について断罪した。
次に戦の現状と流れについて皆に説明を行う。
内容を信じるならば地方の信者が現在、地方でも兵を起こしており地方貴族と戦っているらしい。
五分五分としているが神に味方している自分達が負ける訳ないと最後に大司教は言い答弁を終える。
そして今度は幼子の番となった。
幼子は最初にレイウィス王女の無実を訴え、次に王国の建国から今に至るまで民草を如何に国王が大事にしていたかを訴えた。
同時に聖教の始まりと今に至るまでの悪行と背徳、そして大司教本人の罪まで手厳しく指摘するなど大人顔負けの答弁を行ったと言われている。
これに対して大司教は何の反論も出来なかったというから答弁で言うなら幼子の勝ちである。
それこそ完璧な勝利と言えるが、そこは幼子ゆえか・・・・軽率だった。
いや幼子にとっては・・・・うら若きレイウィス王女を助けたい一心で・・・・両親が篤く信仰している聖教の腐敗を取り除きたいと言う純粋な正義心からしたのだろう。
だが、その正義は・・・・欲望に染まり切って「嫉妬」の罪も犯した大司教の服を豚によって粉々に打ち崩されてしまった。
豚は幼子を欲情と嫉妬に染まった眼差しで見た途端に手を掲げて聖騎士団を使い・・・・幼子達を皆殺しにしたのである。
つまり豚は最初から答弁する気など無かったのだ。
しかし、形だけはやっておこうと思いミサを開き幼子と答弁したが、幼子の余りにも理に適った鋭い指摘に「嫉妬」したのである。
それは一人だけ生かした幼子を犯して、その肉を全て一人で平らげ己の血肉と化した辺りが顕著に出ていると言えるだろう。
これだけでも恐ろしいが豚は聖騎士団に更なる恐ろしい事を命じた。
命令の内容はミサに参加した者達----自分に逆らった凡そ1500の惨殺した者達を窯で茹でる事である。
何をするのか想像できた聖騎士団の何人かは拒否したらしいが、その者達は生きたまま窯茹でにされたから・・・・誰も言えなくなったらしい。
そして何食わぬ顔で夕方近くになってから大教会の扉を豚は開かせて待ちくたびれた信者達に・・・・こう言った。
『幼子は悪魔の化身で、激闘の末に・・・・先ほど追い払った』
では1500人の幼子に賛同した民草達はどうしたのか?
『あの者達は悪魔が私の目の前で食った。しかし、神は我々に勇敢な者と称し自らの肉を差し出して下さった』
それが窯で茹でた肉であると自分に味方する信者に言い・・・・惨殺した1500人の肉を信者達に食わせたのである。
この惨たらしいミサは後に白日の下に公の場で明かされたが誰もが耳を覆いたくなる内容であったのは言うまでもない。
そんな惨たらしいミサを聞いた者は日記に以下の言葉を書き残している。
『余りにも酷い内容で神への信仰と言う気持ちが揺らいだ・・・・そして人間とはこうも惨たらしい事が出来るのかと思った・・・・まさに業深き生き物である』
この日記に書かれている通り誠に業深き生き物であるが、こんな風な事をさせる豚も業が深い。
このミサを聖教の内部争いとして「黒豚のミサ」と後年では称されるようになったらしいが誠にそうだと言わざるを得ない。




