第三十六章:追っ手と包囲
レイウィス王女と髑髏の騎士を追い掛け辺境の地へ足を踏み入れた聖騎士団を迎えたのは熱烈な魔物の群れだった。
その魔物は鎖蛇と渾名されるヴァイパーである。
このヴァイパーの別名は上記の通り「鎖蛇」または「鎖の蝙蝠蛇」と言い、網目色の肌をして蝙蝠のような翼を持っている事から名付けられていた。
体長は1サンジィから1.2サンジィ(1mから1.2m)前後で魔物の中では比較的だが小型に分類されている。
しかし数多の魔物の中でもヴァイパーは体長とは裏腹に上位の危険度に認定されている。
それは空を飛べるだけでなく・・・・強い猛毒を2種類も所持しているからに他ならない。
おまけに網目色の肌は一種の迷彩効果もあり、蛇のように音も余り出さないから何処に隠れているかは判らない。
こう言った暗殺者的な所もあり上位に認定されているのだ。
ではヴァイパーの持つ2種類の毒は何か?
辺境と言われているが、その実はフォン・ベルト陛下より防人と尖兵と密命を受けた地方貴族の方々には判るだろうが敢えて言おう。
ヴァイパーの持つ2種類の毒は「神経毒」と「出血毒」だ。
どちらも毒蛇等が持つ毒で魔物も片方は持っているのも居るがヴァイパーは両方を持っている。
その毒を宿しているのは口の中に普段は収納されている長さ30サンチ(㎝)もある牙だ。
これを獲物に対して使用するから恐ろしい。
しかし、これだけがヴァイパーの強さではない。
いや、これに関しては・・・・全魔物に言える事だ。
それは聖騎士の一人が身を持って教えてくれた・・・・
「ぎゃあああああ!?」
暴れ回る馬の上で何とか体勢を整えた聖騎士だったが、その太い首は強靭な力で食い千切られ肉と血を迸らせる。
ところが先程まで自分達に襲い掛かっていた鎖蛇の姿が見えない事に他の騎士は気付く。
逃げたのか?
いや違う。
馬を見れば・・・・暴れる事はなくなったが・・・・耳を研ぎ澄ませているから近くに潜んでいるのは確実だ。
何処だ?
何処に居る?
聖騎士団は辺りを見回すがヴァイパーの影すら見つける事が出来ず不安に駆られた。
というのも・・・・間もなく辺境は夕方---黄昏に包まれるからだ。
この黄昏時だが辺境では「逢魔時」と呼んでおり出歩かないように心掛けている。
何故なら上記の言葉が古来から伝わっているからだ。
これも地方で暮らす方々にとっては当然と言えるだろうが、敢えて説明させてもらう。
地方には獣だけでなく数多の魔物が生存しており、その中に我々---人間が共に同じ地で「共存」している。
中央の者は何かと退治とか駆除などと物騒な言葉を連発するが・・・・そうなれば自然の均等は崩れてしまう。
それどころか魔物と人間の全面戦争となり両者ともに相討ちなんて最悪な展開にもなり兼ねない。
ここを今も・・・・そして昔も中央は知らない。
話を戻すも結果は同じである。
聖騎士団は逢魔が時という時間帯を無視し、そして十分な予備知識も準備すらせず魔物の縄張りに足を踏み入れた。
そして運が悪い事に地方での黄昏時は短く直ぐに夜となるが、彼等は何処までも運が悪い。
何せ今いる場所は・・・・黄昏が沈む時に十字路と化すのだ。
これは「降魔の十字路」と称され魔物が活発に動き始める時間帯を言う。
ヴァイパーは昼の間は巣穴で眠り夜になってから動く夜行性である。
つまり寝起き状態で腹が減っている訳だが、飲まず食わずでも1年は生存できる。
しかし目の前に飯があれば食って腹に溜めておくから・・・・彼等は確実に巣穴に来た獲物を仕留めるつもりだ。
だからこそ間もなく宵となる自然と「同化」し姿を隠したのである。
そして風の流れに合わせて飛翔する事で最小限の音にし十分に獲物を仕留められる距離まで近づくと・・・・毒牙を出す。
ぎゃああああ!!
また聖騎士の悲鳴が谷に木霊するが、今度は連続で鳴り響いた。
やがて・・・・いや、あっという間に黄昏から闇夜へと空は変わった。
闇夜に包まれた事で十字路は消えたが・・・・その時間帯に居た聖騎士団は全員が馬と一緒に谷底へと落ちて行った。
ヴァイパーは先を争うように谷へ落下する馬へ群がり捕食していく。
逆に人間の死体には見向きもせず・・・・聖騎士団という名とは裏腹に彼等は暗い地獄へと消えて行った。
何故ヴァイパー達は人間を食べず馬肉で腹を満たすのかについて説明しよう。
魔物にとって人間とは強力な知恵を持つ別の種賊として映るらしく、下手に手を出してしまえば自分達が危険に遭うと認識しているのだ。
また人間の肉は不味いから非常食のような感触が魔物の中では共通しているらしい。
だから聖騎士団は見向きもされず・・・・本当に地獄へ通じていそうな谷へ真っ逆様に堕ちて行ったのである。
ここだけ強調するなら生きたまま地獄へ行けと大司教に言われて果敢にも来た彼等を楽にしてやったと・・・・粋な神も居たものだと言えるかもしれない。
それにしても聖教の崇める神は意地が悪いのか?
こんな死を覚悟で来た彼等の努力を更に踏み躙るような所業をヴァエリエにもさせるのだからな。
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サルバーナ王国の王都ヴァエリエに在るエスカータ城。
そこはフォン・ベルト陛下の御子息であり2代目国王になられたフォーエム王が築かれた盆地に在る城だ。
本来なら国王一家が住まい、そして国を豊かにするために政務をする筈だが残念な事に現在は違う者が住んでいる。
いや、住んでいるとは人間に対して使う言葉なので「棲息」していると書き直そう。
エスカータ城の一室に大司教の服を着た豚が同じ場所を行ったり来たりしている。
豚のような肥満に満ちた身体で犬みたいに回る姿は実に醜く滑稽と言う他ないが、こんな男にも才能があった。
それは人を先導し、そして自分の姿は見せずに手も汚さないで目的を達成させる才能である。
とてもじゃないが威張って言える才能ではないが・・・・その恥ずべき才能を豚は使って国王夫妻を暗殺させた。
そればかりかレイウィス王女にはヴァエリエの屈辱を味合わせ、イファグ王子とエルナー王女は傀儡にせんとした天下の反逆者である。
もっも出だしは良かったが、計画は杜撰の一言に尽きる。
いや、これも違う。
そもそも豚の頭脳では綿密で長期的な戦略はおろか一戦で勝つ為の戦術すら考えられない。
だから今の状況に陥っているから正に「豚の浅知恵」と言う他ないだろう。
「くそっ・・・・どういう事だ?!」
豚は苛立った声を上げながら拳を握り締めた。
当初の計画では今頃イファグ王子を傀儡としてサルバーナ王国の国名を「聖サルバーナ神国」としていた筈だ。
そしてレイウィス王女とエルナー王女は慰み物とし、地方は奴隷として働かせるつもりだったのに・・・・現実はどうだ?
「まだ、収拾が出来ないなんて・・・・!!」
豚はギリッと歯軋りして今も抵抗をヴァエリエの中で続ける中央貴族の隠居達および一部の民草に憎悪を抱いた。
そればかりか今もレイウィス王女達の身柄確保も出来ていないから情けない。
3人の内1人でも捕えれば9家も地方貴族も手は出せないと豚は踏んでいたが、肝心の3人を揃えて取り逃がした事で事態は悪化し続けている。
といっても今の所だが血は大量に流れていないので兵力は温存だったが、その肝心の兵力を温存する為の・・・・食糧が枯渇していた。
地方貴族は最初にヴァエリエを完全に包囲し、そして聖教の兵士や使者を尽くヴァエリエに追い返したが、ここに来て剣ではない攻撃を仕掛けてきたのである。
これは剣で戦うよりも被害は少ない利点がある反面で・・・・人間の悍ましい一面も垣間見せると言える。
それは・・・・いわゆる「兵糧攻め」だった。




