第二章:皮肉な運命
レイウィス王女が繋ぎ役としてサルバーナ王国を治め始めた頃から聖教に不穏な動きが見え隠れした。
それは時の大司教が居た過激派にだ。
時の大司教が今の地位に昇る前から王室は初代から続いていた然る政治を推し進めていた。
内容は政治と宗教を切り離す事---即ち「政教分離」である。
この政策は平たく言えば宗教上の特権や政治への介入を無くす政策だが、種類は幾つかあり細かい説明は割愛する。
ただ、このような政策が何で出来たのかは説明しよう。
古今東西を問わず歴史を振り返れば宗教が政治に干渉し、絶大な力を振るった事例は数多い。
対して政治を行う王室や宮廷が対抗した事例も数多く虐殺した例もある。
王室や宮廷から言わせれば内政に宗教が口を挟むのだから厄介な話だ。
とは言え宗教の持つ力を甘くは見れないし、また利用したい気持ちもある。
故に自分が操る人形や犬にしたいが、それは宗教側も同じ事だ。
どちらも譲る事は出来ないので双方が矛を交えた事例もあり実に血生臭い。
しかし、宗教は生活に根ざした存在ゆえに完全なまでに切り離すのは至難の業である。
それをサルバーナ王国の歴代国王達は熟知していたのか、聖教に政治介入をさせない点に絞った。
また他宗教を排除するような過激な真似もさせないようにするなど多少なりの妥協点を示した。
ただし、力付くも辞さない為か、中央集権化も同時に推し進めてはいたが。
ところが聖教は拒絶した。
聖教から言わせれば王室が自分達を排除するように見えたのだ。
政治介入をするなという点も彼等から言わせれば攻撃だったらしい。
その証拠にレイウィス王女の父である4代目国王のイプロシグ王を罵倒した書物を書いた。
イプロシグ王は聖教のミサにも参加するなどしており、聖教を下手に刺激しないように心を砕いた王で知られている。
「建国王」、「拡大王」、「確立王」の3代国王とは違い「仁王」と言われる辺りが良い証拠だ。
そんなイプロシグ王を罵倒する書物を書くのだから呆れた物だ。
もっともイプロシグ王も歴代国王に倣い、中央集権化の強化と政教分離を推し進めていたのは事実である。
ただ、自分を罵倒する書物が出た事を悟るとレイウィス王女に王位を譲り後見人となった。
もちろんレイウィス王女に王としての実力があっても王にはなれないから繋ぎ役である。
しかし、自身が王として退く事で聖教を刺激しないように表向きはしながら・・・・・・・・
影では更に推し進めようとしたのだ。
ここら辺は仁王の名に恥じるが、一国の主人としては合格点である。
とは言え些か臣下達を信用し過ぎたきらいはあるのは否めない。
いや、既に病に犯された身だった事を鑑みれば信じたい気持ちも無意識に働いたのだろう。
そして世界を創造したと言い張る聖教の神とは別の神は、そう差し詰め人一人に必ず居る「歴史の神」は王室に然る人物を授けた。
つまり聖教が政に口を出す行為を本来の姿から外れたと見たのだ。
自分達が奉る神ではないが、何とも皮肉な歴史の一幕を飾りそうだ。
では、その皮肉な歴史の一幕を覗いて見よう。
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「はいや!!」
一頭の馬に鞭を打ち、軽やかに凸凹した道なき道を駆る者が居た。
その者は年齢が十代半ば位で質の良さそうな服装を着て腰に反りがある刀剣を提げている。
腰まで伸びた金糸の髪は真後ろで結い、青い瞳は空みたいに輝いて整った顔立ちを強調していた。
一見すれば貴族の子弟と見えなくもないが、よく見れば胸部が上下に揺れ顔立ちも女性的だった。
つまり娘だ。
しかも貴族の娘ではなく・・・・・何を隠そう、このサルバーナ王国の王女であらせられるレイウィス・バリサグその人だ。
「どうどう!!」
レイウィス王女は慣れた手付きで馬の手綱を引き落ち着かせると息を吐いた。
「はぁ・・・・・いつ来ても爽快な眺めね」
レイウィス王女は目の前に広がる広大な大自然を見て息を吐く。
「・・・・・綺麗」
王女の眼に映る景色は人の手が加えられていない自然の色がふんだんに使われており、窮屈な宮廷生活の疲れを癒やしてくれた。
何せ宮廷ではスプーンの上げ下ろし一つ取っても口喧しい。
加えて最近は自分の周りに控える臣下の子弟が頻りに聖教の素晴らしさを口にしてうんざりだ。
だから日課である遠乗りには同行させていない。
もっとも宮廷に帰れば否応なく会うし、今日の事を責め立てる事だろう。
だが、この遠乗りの為なら我慢できるとレイウィス王女は一人思う。
そして聖教の信者でもある次代の臣下の思想に頭を悩ませた。
確かに聖教には聖教の素晴らしさがある。
隣人を愛し、慈悲の心を説く教えは実に良く心に留めておくべきだ。
しかし、聖教を強く勧めてくる者は実に見ていて醜い。
「他宗教を排他しようとする気持ちも嫌ね」
人間が全員、同じ宗教を崇めるなんて有り得ない。
それぞれ違う宗教を崇め、文化を築いて何が悪い?
寧ろ異なる存在を見ては互いに学び合い、良い所は見習うのが何事にも良い筈だ。
にも係わらず聖教は他宗教を認めず、信者でない者を攻撃する。
それが人の心の拠り所にして清く正しい道を示す宗教のやる事か?
否・・・・・・・・大きく外れている。
また宗教が政に干渉するのも本来の道から外れているし、政が特定の宗教に干渉するのも駄目だ。
それを歴代国王は認識したから政教分離を推し進めた上で、父であるイプロシグ王も倣っている。
ただイプロシグ王は些か優し過ぎるのでは?
最近になって聖教が何やら良からぬ行動を取っているとレイウィス王女は9家から聞き、並々ならぬ危機感を抱いていた。
何せ現聖教の長である大司教は過激思想を隠しもせず頻りに聖教以外は排除しようとしている。
その排除せんとする中には・・・・・イプロシグ王も含まれているのでは?
自分も含まれているのでは?
『あの大司教なら考えていてもおかしくないわね』
しかし、大司教を逆に排除しようものなら自分達がやられるかもしれない。
レイウィス王女は、そこが心配だった。
聖教の信者は民草を始め貴族も含まれており、その中には自分の傍にいる次代の臣下も居る。
つまり下手には動けないのだ。
「それでも早めに手を打たないと・・・・・・・・」
危うい事態になるだろうとレイウィス王女は思った。
「・・・・はぁ、考えても切りがないわね」
頭を悩ませる事が多すぎて嫌になると一人ごちながらレイウィス王女は景色を改めて眺めようとした。
刹那・・・・・・・・
空を切り裂く音が背後からして振り返る。
「きゃあっ!?」
肩に鈍い痛みが走りレイウィス王女は馬から落ちた。
そこへ茂みの中から白刃を抜いた覆面の集団が現れて取り囲む。
「・・・・何者か?!」
直ぐに立ち上がったレイウィス王女は腰に提げた剣を抜き怒声で聞いた。
しかし、集団は無言でレイウィス王女を包囲し、白刃を構える。
「・・・・・私を亡き者にする刺客、か」
静かにレイウィス王女は呟くが、刺客達は無言を貫いたまま白刃を振り上げた。
「ていっ!!」
掛け声と共にレイウィス王女は剣を振るい、白刃を弾き馬の手綱を掴む。
愛馬も主人を護るように動き、乗るように促すが刺客達は包囲網を狭め矢を射た。
「くっ!?」
レイウィス王女は矢を叩き落とそうとしたが、余程の達人でない限り矢は叩き落とせない。
全て空振りするばかりか、馬に矢は刺さり悲鳴を上げた。
それでも王女から離れない辺りは見上げたものである。
とは言え多勢に無勢で・・・・レイウィス王女は肩から流れる血に見る見る体力を奪われていく。
それを刺客達は待っていたように更に包囲網を狭めると白刃を振り下ろす。
「くっ!?でいっ!やぁっ!!」
レイウィス王女は痛みと疲労を我慢しながら応戦するが覚悟を決めた。
『刺客に殺される位なら!!』
このまま刺客の刃に倒れるより自死を選ぶ。
そう自分に告げると剣を首に当てた。
そして首を掻き切ろうとした時に何処からともなく一本の槍が飛び、刺客の一人を串刺しにした。
『なっ!?』
レイウィス王女と刺客の驚愕する声が同時に木霊するが、疾風が駆け抜けた。
「ぐぎゃあっ!?」
「がはぁっ!?」
刺客の悲鳴が立て続けに2回鳴ると血飛沫が飛び散る。
見れば白刃が疾風の如く刺客達を斬っているではないか!!
「だ、れ・・・・・・・・?」
一気に体力が尽きたのか、レイウィス王女は膝をつき薄れ行く意識の中で問い掛ける。
だが、答えは返ってこない。
ただ黒い疾風が駆け巡り刺客達を次から次へと血祭りに上げる姿は見えた。
そして最後の刺客が血に沈むと黒い疾風が顔を向ける。
あれは・・・・・・・・
ここでレイウィス王女は意識を失ったが、これこそ聖教にとっては皮肉な運命が決まった瞬間だった。