序章:悪党の巣窟
どうもドラキュラです。
傭兵の国盗り物語は現在アガリスタ共和国を書き終えて、次の章に移る所ですが先に外伝を書かせていただきました。
外伝の内容はハイズを主人公とした「野良犬と聖女」に出て来る第5代目国王レイウィス女王の話です。
アガリスタ共和国編でも名前とかは出しましたが、今回はヒロインとして抜擢しました。
本編から2000年前の出来事であり政教分離を確立させた女王は如何なる人生を送ったのか?
そこを書きたくなり書きました。
サルバーナ王国の王都ヴァエリエから離れた南の辺境の地。
そこの一角には至る所に丸い小山が在り、そこに花や木が生え出ていた。
初めて見る者は珍しがるだろうが・・・・ここの土地の事を知れば近付く事に二の足を踏むだろう。
何せ今でこそ花や木が生え出て綺麗だが2000年前は土の饅頭だったのだ。
土の饅頭は穴を掘り、その穴を埋め直した跡である。
何を埋めたのか?
簡単だ。
人を大量に埋めて、そこに土を被せたに過ぎない。
だから・・・・そこに生えた花や木は栄養が十分に取れた事から立派になったのである。
そう・・・・ここは2000年前に血で血を洗う激しい戦闘が幾度も行われた地なのだ。
もっとも今は然る辺境貴族が治めており安泰だが、昔の名残は今も色濃く残っている。
土の饅頭跡が良い例であるが・・・・その血生臭い歴史に時の王が絡んでいるとなれば歴史家達は興味を惹かれるだろう。
では先に・・・・この地を治める辺境貴族が住む屋敷へ行くとしよう。
その辺境伯爵が住む屋敷は土饅頭跡が幾つもある整備されているが、それでもジグザグした道を通る。
そして傾斜のある山道を通り更に歩き続けると橋がある。
この橋を通ると人が5~6人ほど入れる小さな岩陰が在った。
岩陰には立札があり「この岩に国王陛下は隠れていた」と書かれているので歴史家達はピンッとするだろう。
こんな岩陰に隠れた国王は歴代国王の中でも一人しか居ない。
その王の名はレイウィス。
サルバーナ語で「強き者」を意味する名で本来なら男子に付けるのだが・・・・この王は女子だった。
ただし、名に恥じぬ業績を上げ・・・・王国を救い史上初の女性君主にもなり数多の異名を持つ事でも知られている。
だが決して良い異名ではない。
「背教の女王」、「死の女王」、「黒衣の女王」、「漆黒の魔女」、「処女の王」など・・・・・・・・
どれもこれも的を射た異名だが凡そ女王には相応しくない異名という他ないが、彼の女王はサルバーナ王国で「政教分離」を確立させた身。
その為どうしても血を流さざるを得なかった面もあり・・・・このような異名を名付けられたと推測できる。
そんなレイウィス・バリサグ女王が・・・・この岩陰に隠れたと教える立札を通り過ぎ再び斜面の道を登ると立派な滝が2つ左右に在った。
左右に在る滝の間には何とも不安定で弱々しい架け橋があり、そこを越えて再び山を越えると・・・・巧妙に隠された洞窟がある。
洞窟は半分以上を巨大な岩で覆われており片隅に小さな門があったから外敵に備えたのかもしれない。
そして門を潜ると・・・・・立派な内装で覆われた屋敷の中に出る。
この屋敷こそレイウィス・バリサグ女王を助け後に辺境子爵となった人物の子孫が住まう屋敷だ。
そんな屋敷に足を踏み入れると・・・・庭先で一人の男が椅子に腰かけ本を読んでいた。
年齢が中年でガッシリした体格をしており、禿げ上がっているが剛毛の黒髪に猪みたいな黒い瞳が特徴的である。
椅子の傍らには180もある大太刀を立て掛けており服装も如何にも悪党っぽい感じであったが、ふと顔を上げると顔に似合わず温和な笑みを浮かべた。
「はい、どうぞ」
男の座っていた椅子近くにあったテーブルにソーサーに載ったコーヒーが置かれた。
置いた人物は30代の女性で男に比べれば華奢な印象が強いし、品もあってか・・・・この地に似合わない。
しかし、この地に住み、そして屋敷で働く者達からは敬愛を持って接しられている。
「相変わらず・・・・お前の淹れたコーヒーは良い香りだ」
男は丸い盆を両手で持ち優雅に立つ女を見て愛嬌のある笑みを浮かべた。
「茶の作法は宮廷で教えられましたからね。もっともソニア伯爵夫人と同じく極僅かな間しか居りませんでしたが」
対して女は少し微苦笑して答えた。
「それでも短期間で物に出来たのは・・・・お前とソニア殿の努力の賜物だ。そこはソアラ様も認めているんだ。謙遜するなよ」
「謙遜など・・・・それはそうと何を読んでおられるのですか?」
ブロウベ・ヴァルディシュ辺境子爵様・・・・・・・・
女は椅子に座る男の名を呼んだ。
そう・・・・この椅子に座る猪みたいな体格をして悪党みたいな出で立ちをした男こそレイウィス・バリサグ女王を護った悪党の子孫にして現辺境子爵なのだ。
「先日エヌ・ブラウザ一家が来たのは憶えているか?」
「えぇ、憶えております。ソニア伯爵夫人もロッシェ坊も元気そうで何よりでした」
女は今でこそ離れて暮らし、そして同じく辺境貴族の妻になった元宮廷侍女の名を口にした。
「俺ぁ、今でも驚いているぜ。あの石橋さえ金槌で叩いて渡るような慎重派のエヌ・ブラウザが一目惚れして結婚するなんてよ・・・・・・・・」
ブロウベ辺境子爵は読み掛けの部分に指を挟むと静かに呟いた。
この地から西寄りに行った地に住むエヌ・ブラウザ辺境伯爵。
彼の地は初代国王フォン・ベルトが妻と共に一夜の宿を借り、後にジャガイモとサツマイモを広めた逸話がある。
そんな地を治める現当主30代目エヌ・ブラウザとブロウベ辺境子爵は友人関係で最近までは独身だったが・・・・エヌ・ブラウザは結婚した。
相手はヴァエリエで宮廷侍女をしていたソニアという女性だが、夫とは死別し息子が一人居る。
つまり子持ちの未亡人という訳だが結婚は瞬きする位の速さで済ませたのでブロウベからすれば衝動的な行動に見え、エヌ・ブラウザらしくないと映った。
しかし会ってみると・・・・なるほど、正解だと彼は思った。
奥方は実に良く出来た女性だし、義理の息子も幼いながらも聡明である。
そんな子の後継人を頼まれたブロウベだが・・・・彼自身も間もなく結婚するだろうと周囲では言われている。
相手は目の前の女性だ。
この女性もエヌ・ブラウザ辺境伯爵の夫人となったソニアと同じく宮廷侍女を短期間だが務めていたヴァエリエの民草である。
だが、エヌ・ブラウザの地に用事を済ませに来た折りにブロウベと出会い・・・・こうして付いて来た変わり種だ。
とはいえ・・・・彼女が屋敷で働き始めて屋敷は華やかな空気を纏うようになったし、ブロウベ自身の食生活も改善されたので良い。
「それはそうと一緒にどうだ?」
「残念ながら私には仕事が・・・・・・・・」
「良いじゃねぇか。他の者にやらせろ。お前は働き過ぎだし・・・・俺の傍にいてくれよ」
「・・・・それは命令、ですか?」
「いいや。お願いだ」
片眼を閉じるブロウベに女性は「分かりました」と言って椅子に座ろうとしたがブロウベは手を引いて・・・・自分の膝に乗せた。
「ちょっ・・・・ブロウベ様!?」
「これは命令だ。お前の椅子は俺の膝。コーヒーは俺のと一緒に飲む。良いな?」
「それは・・・・承服しかねます」
「いいや、駄目だ。離さねぇぞ」
ギュッ・・・・・・・・
ブロウベが左腕で女の腰に手を回すと女は観念したように・・・・ブロウベの胸板に背中を預ける。
「よしよし・・・・さて質問の答えだ。俺が読んでいるのはロッシェ坊が書いた史書さ」
「ロッシェ坊が?」
「あぁ・・・・大したもんだぜ。あの年で書いたってんだからよ」
そう言ってブロウベは女の為に最初のページに戻すと女の肩に顔を乗せた。
「・・・・この本は、自分が調べられる限り調べた歴史の一端を纏めた本である」
女は最初のページに書かれた文字を口にするが如何にもロッシェらしい書き方と思った。
エヌ・ブラウザ辺境伯爵とは血の繋がらない親子になったロッシェは年の割に頭が冴えていた。
ただし元気もあり・・・・義理の父であるエヌ・ブラウザと良い関係を築いていると聞いている。
そんな子が書いた史書に普段は本嫌いのブロウベが虜になったように読んでいるのも納得できた。
いやブロウベだけではなく・・・・地方貴族の間で話題になっている、この本を読みたい衝動に駆られて女はページに眼を走らせた。