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「クッソ、やっぱり、あいつは強ええ」
走り抜けた校舎の一角が砕けて、細かい破片が肩を打った。
「ははははっ、まだまだ俺の足下にも及ばんみたいやな、ケンジ、ゴウ。コソコソ逃げ回っててもどうしようもないぞ。男やったら真っ向からかかってきぃ」
バカ教官、ミヤケは校庭の体育用具倉庫の屋根に登り、例の百歩神拳とやらを放ちまくっている。
あまりの力の差に、教室の窓からガラスを撲ち割り逃げ出した俺とゴウは、彼の執拗な攻撃にひたすら校庭を逃げ回っていた。
「瑞輝がありゃあ一矢報いる事ができるんだがな」
つい呟いていた。
瑞輝とは、俺の愛刀の名前だ。
残念ながらそれは今手元にはない。個人の武器は基地に預けなければならない規則になっているからだ。
ひとまず、校舎の影に隠れ、ミヤケの攻撃から身を隠す。
「ゴウ、お前、なんかいい作戦はないのか?」
期待はしてないが、一応聞いてみる。
「ある」
意外な答え。きっとくだらない作戦だろうが、まあ詳しく聞かせたまえ。
「まず、俺たちには武器がない。これが不利だ」
おお、まともな事を言っている。逆に不安だ。
「武器を手に入れるにはどうするか。自分のものは預けていて、取り出すのは無理だろう。しかし、よく考えてみたら、ミヤケは得物を持っていない。だから、俺たちだけ武器を使うのは反則なんじゃないか、と思う」
ん、やっぱりなんかおかしくなってきた。
「で、だ。お前が俺の武器になって俺に装備されるってのはどうだ?大丈夫だ、俺ならうまくお前を使いこなせる」
とりあえず顔を蹴っておいた。確かに、俺の体重はお前の振り回す棍棒ぐらいだけどな。
「どうでもいいが、言い方が気持ち悪い」
もちろん脚下。
「こぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁっっ、あんた達。またアタシにの顔に泥を塗る気い?」
ははひぃぃっ、この声は。地の底から這い出てくる巨人のうめき声のような怒声を上げながら何者かが近づいてくる。
まさか、シャルリエか?と、気づいた時には俺の顔面は粉砕されていた。
「授業中に教官に刃向かうなんて。アンタ達の無軌道ぶりにはほんっとに呆れるわね」
俺の顔面を靴の裏の泥で汚したままで少女は言い放った。てか、お前に言われたくはない。どうせ、授業を勝手に抜け出してきたんだろうが。
そんな俺の心の叫びは届かぬまま、俺の身体は彼女の足下に蹂躙されている。どうやら、俺の身体に乗せた軸足を起点にしてゴウにキックを浴びせているようだ。
「お、君は、淀の水博士の娘さんやね」
俺たちを捜しに来たのか、ミヤケがシャルリエに尋ねる。ちなみに今俺は、目、口、鼻の主要感覚機が塞がれているので音と声のみでお届けすることになる。
「そうだけど」
にべもない返事。こいつは一体、何か怖いものがあるのだろうか?
「ケンジととっても仲がよさそうやな」
「そう見える?」
見えない。
「お噂はかねがねお聞きしてる。今度の侵攻作戦に参加を申し込んでいるそうやね?」
「それが何か。貴方が連れてってくれるの?」
初耳だ。というのは、侵攻作戦の事ではもちろんない。シャルリエが作戦に参加したがっている事だ。
士官学校生ではあるが、博士である祖父さんの仕事の関係でこの学校に入学している彼女は、軍人になりたい訳ではなかったはず。少なくとも、俺はそう思っていた。
その彼女が、軍事行動に興味を示すのは意外だった。
「いや~、残念やけど俺にそんな権限はあれへん」
「だったら、聞かなくていいでしょ。関係ないわ」
もう、用はない、といった風に片手で追っ払うような仕草をする。
「知っているから志願したんやと思うけど、今回はかなり大規模な作戦になる。樹の最深部を探ろうって事や。もちろん、君らがこれまで実習で行った樹の根の周辺地帯よりも遙かに危険な場所や。士官候補でもない君が行きたい理由には興味があるんやけどね」
うん、気になる。俺も知りたい。
いままで、俺たちは樹の根っこに覆われた地域から、人間の生活圏に出てくる怪物共と闘ってきた。
時には、前回のようにこちらから根の中――『根海』に侵入する事もあったが、ほんの外縁部までに留まっていた。小規模な調査隊を除けば、今回が初めての侵攻作戦だ。
あの樹の根の中心部には何があるのか、怪物共の正体は、奴等はどこから来たのか。興味は尽きない。
そして、世界中がその答えを求めている。自衛軍の大規模作戦に便乗して、世界各国からも調査隊が送られて来ることになっている……はぁ。
「だから、関係ないわよ。こいつらがまた、バカやらないように監督しに行くだけよ」
明らかにウソだが、これ以上話すことは……ない、と言わんばかりの態度……なので、無理に……、聞くことはできない……、ふぅ。俺は口すら開けないがな……ほぅ。
「そうか、わかった。ところで、足の下のそれ、死んでへんか?」
いいところに……気づいたミヤケ……、助けてくれ。ぐふぅ。