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「お前はこの子を護る為に産まれたんじゃ」


 初めて聞いたのはそんな言葉だった。


 まだよく見えない目をひん剥くようにこじ開けると、そこには頭の禿げ上がった初老の男と、小さく可憐な少女が大きな犬のぬいぐるみを持って立っていた。


 なぜかぬいぐるみの耳はちぎれてなくなっていた。


「こいつが私のしもべ?」


「そうじゃい。お前を護るしもべじゃ」


 僕だと? 


 誰がだ。まさか、この将軍様の事を捕まえて言ってるんじゃないだろうな。


 ……?


 将軍?


 俺が?


 俺は将軍なのか?


 と、いうか、俺は誰だ?


 名前はなんだった?


 何をしていたんだっけ?


 ………………。


 全く思い出せない。


「さあ、名前を付けてやるんじゃ」


 目は開いたが、身体は指の関節一節も石化したかのように動かない。どこか痺れているような感覚もある。


「そうね、しもべらしく『ポチ』はどうかしら?」


 犬じゃねーか。その名前。


 どうでもいいが、なぜ、犬にポチと名付けるのだろう。犬にポチっぽい要素ないと思うんだけど。


「うん、悪くないのう、しかし、お隣さん家の犬と被っておる」


 的確なアドバイスありがとう、じいさん。ポチは嫌だ。


 自分の素性が分からないんだとりあえずは状況に流されておこう。だから、もっとかっこいい名前にして欲しい。


「じゃあ、『ペス』は?」


 拒否だ。そんな間の抜けた名は御免被る。あと、なんで犬なんだ?


 ぺすぅぅぅぅぅ。


 じいさんがお尻から放屁された音である。部屋の中は悪臭に満たされ、気分は落ち込んだが、おかげで『ペス』という呼称は免れた。もしも、このまま名が通っても、俺を思い出すとき必ず屁の事が先に頭を過ぎるに決まっている。


「『ハチ』はどうじゃい?」


 だから、なんで犬っぽい?


「蜂は嫌い」


 と、少女。


「もう『ペロペロ介』でいいわ」


 待て、なんだその投げやりは。『ペロ介』で、いいじゃないか。嫌、全然良くないけど、『ペロペロ介』なんて語呂が悪いしなんか変態ぽいよりのよりまし。

 なんだったら、いっそ『ペロペロペロ介』でもいいよ。なんかのキャラクターみたいだし。


 くそっ。人様の名前だぞ。一生背負わなきゃならんかもしれんものをそんな適当に決めるな。


「『ペロペロ介』か、悪くない」


 ぐ、やめろ。なんとか、その名前になるのを阻止しようと、渾身の力で首を振る。


「あ、嫌みたい。贅沢ぅ」


「犬のくせにいっちょまえじゃいのう」


 くっ、誰が犬だ。誰が。


「あんたじゃないの」


 思考が言葉として飛んで出たようだ。自律神経にも齟齬があるようだ。


 少女はそういって肩からかけたポシェットから手鏡を取り出す。


 どうも自分の顔もよく思い出せないが、そこには見知らぬ少年の顔があった。そして、その頭部には犬のような耳。本来人間の耳が付いている場所には半球の機械のような物がくっついている。


 犬じゃんか。


 俺は呆然とした。


 なんて酷いご主人共だ。俺はこんな奴等のしもべなのか。


 これは夢だろう。とっておきの悪夢だ。


 ――――――――――――――。


 ――――――――――――。


 ――――――――――。


 ――――――――。


 ――――――。


 ――――。





「お~い、ボケッとしてんなや~」


 目の前に暑苦しい男の顔があったので、思わず立ち上がって後ずさり、椅子に躓いて盛大に転んでしまった。


「俺の話はそんなに退屈なんかいな?」


 グルグルのパーマにぶっとい眉毛。やらとガッチリとした体格。関西弁が暑苦しさに拍車をかけている。

 彼は教官。実践指揮を教授している。現場では俺たちの指揮官になる。ミヤケという名前だ。


 ……授業中だった。


 夢を見ていた。


「えらいニヤニヤして、な~にいやらしいこと考えとったんや?」


 教室のあちらこちらから、クスクスと忍び笑いが聞こえる。自業自得なのは分かっているが、羞恥に肩が震える。


 ――ミヤケ、むかつく。

 これが逆恨みってやつだ。そんな思いはつい口からはみ出していた。


「やらしい事なんか考えてねえよ。いやらしくてむさ苦しい顔なら目の前にあるけどな」


 寝起きだったとはいえ、不味いことをした。相手は仮にも教師であり、上官である。


「よう言うたな~」


 ホウッ、という風切音があったかと思ったら、衝撃がきた。

 痛い。何もぶつかっていないのに、ほっぺがひしゃげた。


「うっへ」


 拳は触れていない。不思議な力が俺を襲う。


「効いたか。百歩神拳や」


 なんか古い。なんだかよく分からないけど響きが古い。大昔のふざけたカンフー映画に出てきそうな技の名前だ。


「いってぇ、てめえ今何しやがった?」


「だから、百歩神拳や。そう言うたやろ」


 痛い、痛いんだが何より、ダサイ名前の攻撃を喰らった事が悔しい。

 背筋の力で飛び起き、右拳を振るう。


「くらえ、眉毛」


 軽く避けられる。一歩も足を動かさず、上半身の動きだけでだ。


「マユゲ言うな、俺はミヤケや」


 当て身のような素振り。またしても、触れられていないのに、身体が吹っ飛ぶ。


「訳わかんねえ技使いやがって」


「ふむ。これはな、近頃は体罰だなんだと世間は教師にうるさいやろ。だから、拳圧だけで生徒を痛めつけられないかと思って考案したんや」


 周りの生徒は、のんきに観戦モード。

 まあ、こんな事は日常茶飯事だからな。大抵、騒動の中心は問題児である俺かゴウだったけどな。


 みんな慣れたものだ。騒ぎが始まるやいなや机を盾にして巻き添えを食わないようにしている。教室はさながら、俺とミヤケとの闘技場のようになっていた。


 剣を使えば誰にも負ける気がしないが、今は素手。相手は戦闘のエキスパートで、専門は空手の格闘技、分が悪い。なにか対抗できる手はないか。辺りを物色する。衆目に無様な敗北を晒すのは御免だ。


 窓際では、暖かい日差しを浴びて、静かに独り詩集のページをめくるリコ。喧噪には我関せずの体だな。


「ガ~ウく~ん。まっけるっなよ~。負けたら、笑っえるよ~」


 マールの声援? 気が抜ける。それに、人の敗北を笑うなっ。


 すると、机の垣を乗り越えてゴウが闘技場に入場してくる。学生服兼軍服の上着を脱いで、やる気まんまんだな。


「ケンジ、助太刀するぜ」


 なんで? 

 まあ、マールの声援を受けたいだけだろう。バカだが、今は助かる。この太眉教官に独りで勝てる気はしない。こいつのデカイ身体を囮にして隙を突くしかない。


「よし、いい心意気や、友の危機を救わんで何のための戦友や。お前達の友情、この俺の心に刻んだで」


 なんと暑苦しい台詞を吐くのだろう。少し目が潤んですらいる。

 一気に戦意を挫かれた。まさか作戦ではないだろうな。


「おうよ、せんせ~。『義を見てせざるはYOU末期なり』、って言うだろうがよ?」


 言わねえ。YOU末期、ってなんだよ。無理矢理間違えてるだろお前、絶対。お前の頭の方がよっぽど末期だ。『勇無きなり』って言いたかったんだろ。


「その通りや。熱いぞ、ゴウ」


「よくわかんないけど、かぁっこいいよ~、ゴウ君」


 アホばっかだな。

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