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「あんっの、女。ふっざけやがって。いつか絶対にぶっ飛ばしてやる」
電撃のダメージから回復した四人は、食事に出ていた。
近所のファミリーレストラン『ファニーズ』。
四人はよくここで、博士に対する不満や、シャルリエに対する愚痴や悪口をぶちまけていた。
「ほんっとだよ~。いっきなりあのお仕置きはないよね~。ぜんっぜん楽しくないよ~」
チキンの刺さったフォークを振り振りマール。口元もチキンのソースでベトベトだったが、さらにそれを辺りにまき散らす。
その隣では、ウンウンと、同意を表すゴウ。その半身はソースだらけだ。
彼は、彼女の意見ならば何でも同意する。
「全く、あの親子の横暴は目に余る。僕は一つも悪くないのに」
サラダを口に運びながらリコ。
そんな彼等を、周囲の客は物珍しそうに見ている。ただ彼等の声と態度が大きいからだけではない。それはまあ、頭に動物の耳を付けた四人組は珍しいからだろう。
彼等は、博士に作られた人造人間だ。といっても、この時代、アンドロイドはそれほど珍しい存在ではない。
世界初のアンドロイドが誕生してから、もう、十数年経ち、一般にもそれなりに認知されるようになってきている。
アンドロイド、は通称ドナーズと呼称され、各研究所でも盛んに研究、生産されるようになった。
人造人間、といっても、一から人の手で造られたのではない。その生み出される過程は大まかにこうだ。
生前、死んでからドナーズになりたいと希望していた人間がいる。彼等が死ぬと、速やかに技術者の元に遺体が届けられる。技術者は、その身体を改造、必要であれば修繕して蘇生させる。
蘇生、といっても、死んだ人間が生き返るのとはちょっと違う。死んだ者の魂が戻ってくる訳ではないのだ。
元人間から人造人間として生まれ変わった、一個の人格がそこに誕生するのだ。だから、姿かたちは似ていても生前の彼らとはイコールではない。
今では世間的にも彼等の人格は尊重されており、表向きには人間とそう変わらない人権を得ている。
生前の家に戻ったり、他の家庭に養子になったり彼達のように軍人や助手として研究所に残ったりと、様々な道を辿る彼等だったが、その、人外な能力によって差別されたり、虐待の対象になったりするケースも少なくない。
法的には整備されつつあるとはいえ、世の中にはまだまだ卑下の対象として彼等を見ている人種も少なくはない。実質的な差別はある、といっても差し支えはないだろう。
しかし、多くのドナーズ達は、外見上は全く人間と変わりはない。本人がそれと明かすか、調べてみない限りは分からないだろう。で、あるので、彼等が人目を引く原因となっているそれは、単に制作者である博士の趣味の産物である。
生み出された当初は、これに対する憤懣が溜まったものだが、博士は頑としてその苦情を聞き入れなかった。
さすがにいつまでも思い悩むこともできないので、いい加減彼達も受け入れるようにしていた。
「すみませーん、店員さん。ミルキーラブリーイチゴチョコレートパフェ、一つ下さい」
リコの注文を受け、女性のウエイトレスが奥へ戻っていく。
「さんきゅ」
「ケンジ、いいかげん、注文くらい自分でできるようになったらどうなんだい?」
「……だってょ。恥ずかしいだろ。てか、名前長すぎるし。絶対俺、噛むぜ。自身ある」
俯きながらボソッと呟く。彼は甘いものは大好きだ。でも、なんだか、自分の口から「パフェ」なんて言うのは恥ずかしい。なぜ、と聞かれても分からないが、なんとなく男が言うには口幅ったい感じがして嫌なのだ。
だからいつも、代理で頼んでもらっている。
「こっのこの~。ケンジ君の照、れ、屋、さん」
対面の席からマールが冷やかす。その口の周りにはたくさんのソースがべったりと付いている。
「そーだ、男らしくないぞ。この俺のように堂々と、メイプルトリプルテリブルヨーグルトサンデーを頼めるようになれ」
と、大声で店員を呼びつけ、無駄に胸を張ってメイプルトリプルテリブルヨーグルトサンデーを頼んでいる。なぜか偉そうな態度だ。そしてケンジの方を見て誇らしげである。
「うるさい。声がでかいぞお前」
無性に腹が立ったケンジだったが、相手にしないでおくことにしたようだ。
「きたきた~」
チキンを食べ終えたマールが舌なめずりしてデザートの到来を歓待している。
盆にチョコレートパフェとメイプルヨーグルトサンデー等を載せた店員がやってくる。そして彼女は、迷うことなくゴウの前にサンデー。そして、ケンジの前にパフェを差し出した。
「いや、これは、俺のじゃ……」
紙ナフキンや細長いスプーンを手際よく並べ、用事の済んだ店員は、サッサと他の客の元へと行ってしまった。
「ぷぷーっ。ははっははは、ケンジ君ったらかっわい~んだからこのー。あっの慌てよう。見ましたか、リコさん。あーおっかし~、はははっ。もう何度も来てるんだからバレバレだって~。い、いあや、こ、これはそのぉ、だってさ~」
猫耳娘がゲラゲラと誇張したモノマネでからかう。
「い、今のは確かに、ちょっと可愛かったな……、ちょっとだけだけどね」
眼鏡の位置を右手で直しながら、リコはなぜか顔を赤くしてニヤつく口元を隠そうとしている。鼻息も幾分荒いように感じるが、気のせいだろうか。
「でっはははははははは。かぁっこ悪いぞ、ケンジ。早く俺のような男の中の男になれよ」
サンデーを前にふんぞり返っている男の中の男には絶対になりたくない。
「ふん、そんなことより、なんとかあの凶暴女をぎゃふんと言わせる手はないのか?」
パフェのウエハースを手に取り、嫌な話から話題を元に戻そうとする。
「ふむ、あの玉がある限り、僕らに勝ち目はないね」
リコはそう言いつつ、苺の乗ったロールケーキをナイフで一口サイズに丁寧に切り分けている。全て切ってから食べ始めるタイプのようだ。
その袖口からは、あまりオシャレとは言えない金属製の腕輪が見えている。
そう目立つ物ではないが、ケンジは首に。マールとゴウは足に、同様の物を嵌めている。
これは、一種の制御装置だ。これはあるモノに反応し、装着者に電撃を与える。体罰用の道具なのだ。人権もへったくれもない。
通常、アンドロイドにはほぼ人間と同等の権利が与えられると前述したが、彼等のような戦闘用特化して力を引き出されたアンドロイドはそうはいかない。
人体の限界まで肉体の能力を引き出すことができる彼等は、まさに歩く凶器だ。
そこで、万が一、彼等が暴走した時のために、その力を制御する必要があるのだ。
シャルリエが操った玉がそうである。
「「「「う~ん」」」」
一堂、考え込む。
「あの玉を奪っちまおう」
ストロベリーパフェの苺をうまそうに口に放り込みながら、片方の口の端を上げ悪巧みをするケンジ。
「どうやって?」
原型の無いほど細分化された、すでにロールしていないケーキをおちょぼ口で上品に召し上がるリコ。
「奴が風呂に入ってる隙に取り上げるパート2」
「それ、前にやったよ、ケンジ君。見つかって湯船に叩き込まれたのを忘れたとは言わせないよ?」
なあんだ、聞いて損した。と、言わんばかりに猫耳娘。
「いや、よく聞け。だからパート2だっての。あの時は服から玉を探すのにもたついたからバレたんだ。今回は服ごととっちまう。そうすれば、裸なもんで追いかけてくることもできない」
麻薬取引を企むマフィアのように悪そうな顔でニヤリとする。
「でも、もう風呂は警戒してるだろう。きっと玉も持ったまま入ってる」
リコはサラダ三皿とケーキを食べ終えて、作戦の穴を冷静に指摘する。
「……、む、じゃあ、他にいい案は?」
「じゃあ、俺の番だ」
「はい、ゴウ君、どうぞ」
いつの間にか、マールが議長で、挙手制会議になったようだ。
「『いっそ、頑張りたまえ』という言葉がある」
誰の言葉だ。それは。
「まずケンジが、間抜け面で、『お、お、お嬢様、か、かっお肩をお揉みしましょう』と持ちかけるんだ。それはもう、自分を蔑んだ態度で接してくれ、大丈夫、いつも通りやればいい」
「誰がそんなしゃべり方してるかっ。てか、お前がやれよ」
「まあ、最後まで聞けい。そして、まんまとお嬢に近づいたケンジは、おっと失礼、とお嬢の飲んでいたコーヒーをこぼしてしまう。そうして、『へ、えへ、お嬢様、風邪ひいちまいますだ。お召し物をお持ちしましょうずら』と言う」
「言わねーよ。どんどん俺のキャラ壊れていってるぞ」
「悪辣なケンジは服を持ってくると、お嬢の着替え中にそっと玉を盗みだすのだった、という作戦だ。どうだ?」
アイディアはともかく、かなり特定の人物に対しての悪意が読み取れるんだけど。えー、さっきの言葉、もしかして、『急がば回れ』か。
「それはいい思いつきだよ。ケンジ君の真似もそっくりだったしね」
愛するマールに手放しで誉められ、大男は頭に手をやり、「いやあ」などと言いモジモジと嬉しそうに照れている。
「そっくりじゃね~よ、お前らは俺にどんな印象抱いてんだ? てか、そんな風に見えてんのか俺は。脚下だ。脚下」
「次は僕の番だね」
「はい、リコちん、どーぞ」
マイク代わりにしたスプーンを手渡す。
「そうだな、彼女の行動を分析すると、まともにやりあっても玉がある限り勝ち目はない、彼女には躊躇いがないから強い。そして隙が少ない」
「ん、じゃあ、どうしようもねーじゃねーか」
「ケンジ、君はいつでも結論を急ぎすぎる。隙は少ないとは、言ったが、ない、とは言っていないよ。戦いはどれだけ相手の隙を見抜くかで勝敗が決まるんだ」
「回りくどいんだよ。お前の言い方は、で、どうやって隙を作んだ?」
ケンジはやや苛立った様子でパフェのウエハースをガジガジとやっている。
「いくつかあるけど、その一つ。彼女は動物が大好きだね」
「そうだな、野良犬や野良猫を見つけると見境なく寄ってっちまうもんな」
「それを利用する。野良猫に、僕が作った制御チップを埋め込んでリモコン操作可能にする。彼女の通学路に潜ませて近寄って抱き上げられたらこっちのもの、あとは懐から玉を……」
「肉球で玉が掴めるかよ」
「だね、あと猫さんかわいそうだよ」
「ダメか……」
本気なのかふざけているのか、会議はいつもこんな感じである。
「なかなかいい意見が出ないね」
「シャルリエちん手強いから」
シャルリエ。博士の一人娘である。見た目は小柄で可愛らしい少女だが、性格は短気で凶暴。口よりも先に手が出るという質だ。
頑丈な肉体を持つドナーズである彼達は、少女の殴る蹴るなら大したダメージは無いのだが、あの玉から放たれる電撃だけは話が違う。
これまでも、何度もこんな風に博士親子をギャフンと言わせようと、作戦会議を開き、実行してきたが、その企みは全て失敗に終わっている。
シャルリエは警戒心が強く、人に気を許すことがない。そして、異常に勘がいい。数々の試みは彼女の前に挫折させられている。まあ、それ以前に、彼等の作戦が稚拙だという問題もあるのだが。
「よう、君たち。こんなところで頭付き合わせてなんの作戦会議だい?」
まばらな無精髭をだらしなく伸ばした男だった。常にズレた黒縁の眼鏡がトレードマークだ。
普段着としてまで着用に及んでいる薄汚れた白衣は、オシャレなレストランにいるには浮きすぎている。
「よう、『シケた』か」
「『シケた』じゃない、重田だよ。それと、先生、若しくは教官、な。いや、プロフェッサー重田の方がいいね」
男は顎髭をしごきながらニヤッと笑う。その表情が大人らしいと信じているらしい。実際にはまだ三十前で、その身なりを青山あたりでコーディネートしてもらえば、異性は放っておかないだろう。
彼は、ケンジ達四人が所属する、『自衛軍大阪地区軍白方基地』略して『白方基地』の教官である。教官と言っても、部隊を率いて戦場に赴いたり、戦闘訓練を教授する方ではなく、むしろ、研究者兼戦略担当の頭脳派だ。
三十前なのに、浮いた噂の一つもない。おまけに、だらしないを絵に描いたような風体なので、生徒には好んでおちょくられていた。
「プロレスラーしげた」
「プロンプターしげた」
「プレゼンターでもプロンプターでもないよ」
心外そうに重田。もちろん、からかっているだけだ。
「プレゼンターしけた?」
「もうプ、しか合ってないよ」
「しけたプレゼントをして、振られた?」
もう原型がない。そして心ないリコの一撃は男の心を折ったようだ。
「うるさいよっ、ほっといてくれ」
意中の彼女への贈り物は相手のお気には召さなかった。そして振られた。そんな悲しい過去があったようだ。彼は心をえぐられたような顔で涙目を浮かべる。
「何をプレゼントしてくれるの~?」
マールが甘えた声で重田に寄っていく。
「?」
話が変わってきた。
マール以外の者はゴソゴソと帰り支度を始めている。
「きっと、ここの勘定奢ってくれるってことだろうぜ」
「そっか、せんせ~、ありがと~。すてきっ。彼女なんてすぐにできるよっ。振られた事なんて気に病まないで」
再び過去を抉る。
「本当に俺たちは立派なプレゼンターを持ったもんだ。みんな、プレゼンター重田に敬礼っ」
全員横並びに整列し、重田に軍隊式の敬礼をする。もちろん、周囲の注目の的である。
「「「「ごちそうさまです」」」」
深々と礼。異口同音にそう言うが早いか、伝票を重田に握らせて店を出て行ってしまった。
迅雷耳を掩うに暇あらず。素晴らしいチームワークだった。
事態の急変について行けず、しばらくポカンとしていた男は我に返ると、
「なんで?」
と、独り呟いていた。