エピローグ
「ワシの孫、シャルリエは、幼くして死んだ」
研究所のリビング、リコとマール、ゴウがソファに腰掛けて博士の話を傾聴していた。その顔は珍しく真剣だった。
「一五年前。アンドロイドの研究をしていたワシは、ある声を聞いた。その声は、ワシに一つの取引を持ちかけてきたんじゃい」
博士は、アンドロイドの意識の変わりを、機械で代用する、それまでの技術に行き詰まりを感じていた。
どうしても、『感情』を与える事ができないのだ。それらしい行動はできても、それは人間のモノとは全くの別物。中身のない空虚なものでしかなかった。
そこに現れたのが、それだった。
自分は意識の集合体、だという。アンドロイドの意識の代用となりたい、と申し出てきたのだ。博士はそれに、記憶の消去、という制約をつけることで了承した。
前の世界での記憶はこの世界で生きて行くには不要であり、邪魔にしかならないだろうと思ったのだ。
「生まれてすぐに死んだ孫娘。彼女にはその意識を与えた。それが今のシャルリエじゃい」
「その時のシャルリエちんと、この間のシャルリエちんの性格が違うのはなんで?」
博士の独白をソファにゴロンと俯せに寝ころんで聞いていたマールは、率直に疑問を提出する。
「う~ん、それはよくわからんが、多分記憶の消去が中途半端だったんじゃろうな。なにせ、初めての事じゃい、元々の意識と生まれてからの記憶が混ざり合って二重人格のようになってしまったんじゃろう」
「ま、どっちもシャルリエちんにはかわりないっか」
リビングの扉が開き、当のシャルリエが現れる。
「あ、シャルリエちん、今、どっちのシャルリエちん?」
「どっちだっていいじゃない、そんなの」
彼女はあれから、二つの性格が交互に顔を出す、本格的な二重人格になった。自身では、それを受け入れ、うまく付き合っていっているようだ。
「そっちか。ちょうどよかった」
怪訝な顔でマールを見ている。
「なによ」
「聞きたかったんだけど、あの、『樹』でヨキと二人っきりになったでしょ、あの時、なんて言われたの?」
「……あの時、ああ。そうね、『樹』と自分の出生についての話よ。私がアンドロイドだって言うのは信じられなかったけど、『樹』については、何か深い関わりがあるって思ってたの。案の定、私は高貴な王女様だったのね。あんた達はきっと私の奴隷だったのね」
ヨキに手を貸すように言われたもう一人のシャルリエは、悩んだが、まだ、『消えゆく世界』に残った人々を助けることに手を貸すことにした。
あの、暗い部屋に連れて行かれた彼女は、気を失い、そこからの記憶はないらしい。
チャイムが鳴る。客がきたのだ。リコは玄関に向かい居間にその客を招き入れる。
「やあ、みなさん、お集まりですな。ご無沙汰してました、博士」
そう挨拶するのは、重田とミヤケだった。
「あいつはどこなの?」
二人を見るなり、シャルリエは彼等に詰め寄った。
「あ、ああ、もうすぐ来ると思うよ。ちょっと一戦しててね、負けた彼に荷物持ちをしてもらった」
そう聞いた彼女は、玄関から出て行ってしまった。
「くふふふ、シャルリエちん、ったら、くふふふ。リコちんも行かなくていいのか~い?」
「な、なんの話?」
「照れちゃって、くふふふ」
「どうでもいいけど、その変な笑い方、止めて」
「俺も、行ってくる」
と、立ちかけたゴウの足をマールが引っかける。派手に転んだ彼は、箪笥の角に頭をぶつけて目を回してしまった。
ヨキの言葉通り、世界中に扉は現れた。各地で『樹』は蔓延り。世界は未曾有の危機に直面していた。
緊張状態にあった国々も、一時にらみ合いを止めて、その対処におおわらわになっている。
玄関が開く音がして、一堂はそちらに注目した。ケンジと、それを迎えに行ったシャルリエの到着を待った。
「な~んだ、レイジか~」
「な~んだとはなんだい、な~んだとは。ひどいじゃないか、実際」
が、そこに現れたのは、レイジ。
彼は、あの一件から淀の水研究所に所属する事にしたのだ。リコを引っ張る事ができないならば、自分が行くしかない、とでも思ったのだろうか。
「レイジ君、ぺーぺーはパシリだよ~、つらいよ~。これぞ下積みだね」
という、マールの言葉通り、彼女とシャルリエの使いっ走りに日々、酷使されている。今も、足りない物品をあえて遠くのスーパーに買い出しに行かされていたのだ。
「リコ君、なんとか言ってくれたまえ」
「僕に振られても困る」
哀れなレイジに味方はいないようだ。
「とにかく、みんな無事でよかったわい」
「うお~い、助けてくれ~。ころされる~」
扉が開かれ、ドタドタと駆けてくる足音。何かから逃げているようだ。
「コラ~。待ちなさいっ。何よ、気持ち悪い、って。私が感謝してあげてるんだから、素直に聞きなさいよね」
「俺は病み上がりなんだぞ。少しは労ってやろうという気はないのか、てか、その玉だけはしまってくれ~」
「問答無用よっ」
電撃が走り、何かが激しく壊れる音がする。
「仲いいね~、あの二人」
二人の足音は研究所を一通り駆けめぐって、最後にこのリビングを目指していた。
「みんな、用意はいい?」
それぞれ、手渡されたものを構えて、二人の到着を待つ。
そして、扉は開かれた。
「退院おめでとう、そして、おかえりなさい」




