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ケンジはどうも、怪物どもの仲間になってしまったらしい。
「まず、いな。人間が、ここまでやってくる。前線は、破れた」
ヨキ。妙なリズムで現在の戦況を語る彼の事は、暗闇でも誰なのかわかる。
部屋にやってきた彼は、背後に何名もの人間と怪人を連れていた。
人間は怪人に促され、部屋の中央に集められる。例の黒くて巨大な石の真下である。
「人、員、補充だ。ここが、最期の、砦」
ケンジとヨキが持つ懐中電灯の明かり以外に光源がなかった室内に新たな明かりが灯される。ヨキは地面に数本の蝋燭を設置すると、火を点けた。
ケンジについては、すでに事情を知っているようで、ただ、一瞥したのみだった。
だだっ広い部屋の隅々まで照らし出すには不十分だが、ある程度視界は確保できるようになった。
ケンジとともに、ヨキが行う怪しげな儀式の行方を見守るのは、シャルリエと、彼女の執事だという老人レイシェル。
床には例の魔法陣とそれを囲むように蝋燭が置かれ、頼りない明かりと映し出される影達を揺らめかせている。
「なにが始まるんだ?」
四、五十人はいるだろうか、魔法陣に集められた人々の顔には、まるで表情がない。眼は虚ろで、感情の動きは見て取れなかった。
ケンジはその中に、一昨日の晩、広場で食事を与えてくれた男を見つけた。彼も、あの時のような快活さはなく、ただ、怪人のいいなりになってる。
「では、始める、ことにしよう」
「おい、まさか……」
ひょろ長い男は両手をいっぱいに広げ、ケンジが聞いたことのない言葉でなにやら呪文を唱える。
ケンジは嫌な予感がした。
一昨日、ここで見た記憶が蘇る。死体の山、石から放たれた光。消失。
「ま、待て」
儀式は、続く。今のヨキにはケンジの声は届いていないのか、無視されているのか、返答はなし。
彼の呪文に反応してか、石は怪しく光る。始めは徐々に、石の中央に小さく、そして次第に力を集め凝縮しているように大きく。
あの光が放たれれば、真下にいる大勢の人間は、また焼け死ぬのだろう。ケンジが二日前に見たように。
止めなければ、と、動き出したケンジを制する者がいた。
「止めておくんじょ。お前さんはもう、ワシ達と一緒に来るしかない。それはすなわち、あそこに並ぶ人間共の敵になるということ」
彼を羽交い締めにするレイシェルの力は意外に強かった。疲労の極みにある彼では振りどけないほどに。
「なぜ、お前らはこの世界に来た。なぜ、人と戦う?」
ケンジの疑問に、キョトン、とした顔になった老人は、すぐに大口を開けて笑い出した。
「何を言うかと思えば、そんな事か」
「何がおかしい?」
「これから起こる儀式で、ヨキは新しい『国民』をあちらの世からこちらの世に喚び、生み出そうとしておるのじゃよ。あそこに集められた人間を触媒にしての。いわば、贄じゃ」
怪物の作り方、その一。異界の扉。そこから、『消えゆく世界』の住人達の意識をこの世界に引き出してくる。
その二。この世界に集めた意識を定着させる器(人間)を用意する。
その三。人間に異界の光を浴びせて殺す。
これで、立派な怪人が生み出せるらしい。
その説明を聞くうちに、ケンジは似たような話をどこかで聞いたことを思い出す。
「気づいたかの、お前達アンドロイドと根っこは同じじゃよ。ただ、触媒にするのが、元々死んでいるか、生きていた者を殺して作るかの違いだけじゃな」
「俺たちと……、同じ?」
驚きに思考がまとまらなくなる。以前、教官の重田が言っていた。アンドロイドの意識はどこから来るのだろう、と。その答えがこれなのだろうか。
「レイシェル、止めてあげて」
眼の前には長大な刃物が鈍い光をケンジに向けていた。それは、ケンジを掴まえている老人が手にしたものだった。しかし、両腕で抱き竦められている。
「お前さんは、ワシと同じにはなれんようじゃの。やはり、死んでもらおう」
三本腕の老人は、そう言い、手にした大鎌の刃を引いた。
「駄目ぇぇぇぇっ」
悲痛な叫びを上げる。シャルリエは、彼に何か自分との繋がりを感じた。記憶のない彼女にとって、それはなくしてはいけない絆のように感じたのだろう。
鮮血が噴水のようにほとばしり、床に大量の血だまりを作る。間違いなく致死量だった。
「こいつ、怪物だったのか」
「グブゥ、お前ら…………」
そう言った老人の口からは滝のように血が吐き出される。その喉からは、槍の穂先が突き出ていた。
それは見慣れた武器。マールのものだ。
「あっぶなかったね~、ケンジ君。マールッちに感謝、だね」
「お、お前ら……何で?」
力の失われたレイシェルの腕を振りほどく。
「みんながんばったんだよ~。いっちばん頑張ったのはマールッち。ほめてほめて~」
「いや、そうじゃなくて」
「どうした、ケンジ。マールちゃんを誉めてやれ」
「俺、怪物になって……、こいつらの味方になって……」
「何、言ってるんだい、実際。彼は?」
レイジが不思議そうに、隣のリコに問い掛けている。
「解らない。気が動転しているのかな」
「おい、俺は、お前達の敵だぞ。倒さなくていいのか?」
「どうした、ケンジ、お前は俺たちの仲間だろう。しっかりしやがれ」
仲間?
仲間なんていないはずだ。怪物でもなく、人でも、ドナーズでもない俺には。
今一度、自分の姿を顧みる。
強くて黒い体毛に覆われていた腕は、人のそれに、高く伸びていた鼻先もケンジ本来のものに戻っていた。
「戻ってる……、戻ってるぞぉぉぉぉーーーーーーーっ」
あの石に力が注がれている影響だろうか、いつの間にか人に戻ったオオカミだったが、そんな事とは知らない仲間達は、珍しい動物を見るような顔で彼等のリーダーを見ている。
「本当に、どうしたんだい、彼?」
欣喜雀躍して喜びを表現する彼に、呆れたようにレイジ。
「ケンジ、お喜びのところ悪いけど、あれはなに?」
そう、リコに聞かれ、現状を思い出す。
あれとは、もちろん、部屋の中央に集められた人々のことだ。その上空にある石は光を増している。
「そ、そうだ、あの人達が危ない。説明は後だ、あの石をぶっ壊すぞ」
「や……、止めておくんじゃ……の。そんな事をすれば、この……世界は滅……びる」
注意を促すのは、涙でベトベトになった顔を怒りに染めるシャルリエに抱かれて、今や青息吐息のレイシェルだった。
「なんでだ?」
「あの……石、『異界への扉』は……本来もっと小さなもんなんじゃ。ヨキは、この世界で一斉に開こうとするそれを閉じ、……ここに集めたのじゃ……、あれは、微妙なバランスで……ここに保たれている」
話をするのも苦しそうだ。死が近いようだ。いや、今、彼等にこのことを伝える為に生きている。
「あれを壊せば、また世界中であれと同じモノが開く、って事か?」
「そう……じゃ」
「え~、とそれって、結局どういうこと。かな?」
「ここだけじゃなく、世界中の至る所に『樹』が生まれるって事なんじゃない?」
ヨキを殺せば、石は砕け、世界を大禍に陥れることになるかもしれない。この場の全員がやっと事態を把握できたようだ。
「どうする、ケンジ、もう時間がなさそうだ」
リコが焦った声で決断を迫る。あそこで死を待つ人々を放っておくことはできない。が、彼等を救うことで、世界が危機にさらされることになる。
そこに立ちふさがる小さな影があった。
シャルリエである。
「どうして?」
「なんだ、シャルリエ?」
「どうしてレイシェルを殺したの?」
「え?」
彼女の手は既に事切れた老人の三本のうちの一本の手を握っていた。彼女の行動にドナーズ達は驚きを隠せない。彼等は、怪物を一体倒しただけだ。レイシェルの死に対してそれだけの認識しかない。
「な、何言ってるの、シャルリエちんっ。どうしたの?」
「クックック、そうかそうか、これ、はおもし、ろい」
その様子を眺めて一人陰鬱な笑みを漏らすのはヨキだった。
「何がおかしい」
「おかしいな。シャルリエと、言ったか。その女の肉体。お前達の知るシャルリエの意識はもうこの世にはいないぞ」
「意味がわからん」
噛みつかんばかりの語調で嗤う男に詰め寄るケンジ。
「つまり、シャルリエ、という、少女、は死んだ、とい、う事だ」




