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「全く、何をしているんじゃい。お前達は」
広い研究所に叱責の声が響く。耳障りなしわがれただみ声だった。
「お前達のお陰でワシはまたも大恥をかいたわっ。大恥を。大恥だぞ。大恥。かねてからどうやってかくのかと思っておった大恥をワシはかかされたんじゃ」
真ん中が禿げ上がった頭を蛸のように真っ赤にして怒っている。
「仕方ないじゃないか。彼等が勝手に命令とは別のルートを行きだしたんだから。僕は悪くないよ」
と、自己のみを弁護するのはリコ。
仲間が白い眼で見ているのはお構いなしだ。
ただ、この場合の彼女の意図は、上司に対して印象を良くしようとするものではなく、単に自分の正当性を主張したいだけだ。そういう性分なのであって全くおもねりの意図はない。
「やかまっしいわい。そんなものは連帯責任じゃい。こいつ等を止めるのもお前の役目じゃろうが。ええ。責任はチームでとれ。当然じゃ。お前らが軍内でなんと呼ばれておるか知っておるのか。ええ?」
やたらに唾をまき散らして怒鳴るものだから、近くにいたリコは唾まみれになってしまっている。
当然、露骨に嫌そうな顔をしているが薬缶のように頭から湯気を噴き出した老人はお構いなしだ。
「ポンコツ小隊」
「そうじゃ。ポンコツじゃ。ポンコツじゃぞ。ワシがポンコツか。いや、ポンコツはお前らじゃ。決まっておる。じゃが、お前らを創り出したワシもそこに含まれとる。そういう事じゃ」
「まあまあ、そう怒るなって。頭の血管切れるぞ。おっさん」
人ごとのように余裕たっぷりで隣に立ち、ポンと肩に手を置く者がいた。
「お前に言っとるんだっ、ケンジ。お前に。犬のくせに全く飼い主の言うことを聞かん。どういうつもりじゃ」
「なんだ、そうだったのか。俺はてっきりこのバカ二人に言ってるのかと思ったぞ」
と、マールとゴウを指差してしらばっくれる。
「なんだとお~。俺の事はいい、が、マールちゃんのことを悪く言うことは絶っっっ対にゆるっさんぞっ」
熊男は奥歯を剥き出し今にも殴りかからんばかりの勢いで凄んでいる。
当のマールはと言えば、「どうして?」と、いった顔で人差し指を頬にあてて考えている。
「うるっせえなぁ、じゃあ、お前だけバカだ。いや、お前こそがバカだ。最高のバカ。至高のバカである。おめでとう」
「ならよし」
いいのかっ?
本人が満足そうなのでいいのだろう。確かに彼こそバカの象徴と言えるかもしれない。
偉そうに説教をしているのは淀の水博士。意外と偉い学者らしく、アンドロイドを初めて世に発表したんだそうだ。彼等の産みの親、という事になる。
いつも通り長ったらしい説教は続くが、誰もまともには聞いていない。ゴウに至っては、完全に背を向け、マールの機嫌を伺っている。
その巨体に飛びかかる影があった。
「ジャ~ンプ、アンド、キーック」
「「ぐわっ」」
完全に不意打ちだ。背後から思いっきり蹴りをくらったのだ。
そのまま倒れれば間違いなくマールを巻き添えにしたが、さすがに彼は堪えた。気力で堪えた。
隣のオオカミ少年に向き直りその巨体を倒した。
ケンジは上に乗っかる巨漢を蹴り飛ばしてどかせると、跳ね起きる。
「いてえぞっ。誰だか知らねえが、ぶっ飛ばして、ケチョンケチョンに……」
威勢良く啖呵を切った声が急速に力を失う。握りしめた拳は、行き場を無くし、重力に引かれゆっくりと下がり、胴体の横に収まった。
腕組みをした小さな影。そこには彼達の天敵がいた。
不機嫌そうに硬く引き結ばれた口。つり目気味の大きな瞳の少女だった。
彼女はシャルリエ。博士の一人娘だ。非常に非情な性格で、自分の気に入らない事があると即座に暴れ出し、思い通りにしようという素晴らしい我が儘さの持ち主だった。
「さて、誰が私をぶっ飛ばしてケチョンケチョンにしてくれるのかしら?」
ケンジは先ほどまでとは別人のようにしおらしくなっていた。
具体的には、正座をし、俯き、肩を振るわしている。罪人が受刑を待つような態度だった。いっそ哀れである。それほど脅威な存在なのである。
「……えと、……その、あの熊です」
と、首をさすりながらやっと、起きあがったゴウを指し示す。
「そう?あんたのこの口から聞こえたように思ったけど?」
口の端を捕まれ、ビヨンビヨンと引き延ばされる。
「ひえ、だいへんひたたへへす」
いえ、代弁しただけです、と言っている。
「何しゃべってんのかわかんないわ」
自分でやっておいてそれはない。
「はから、はいつのひったこほほはわりにひったんへす」
だから、あいつの言ったことを代わりに言ったんです、と言いたいのだ。
もちろん、彼女には彼が何を伝えたいのかは解っているだろう。解った上でやっているのだから始末が悪い。
掌の上で孫悟空を手玉にとるお釈迦様のごとくあしらわれている。
ただし、彼女はお釈迦様のように神々しくも、優しくもなかった。むしろ嬉々として、自分よりも立場の弱い者をいたぶっている悪魔のように見えた。
「あはっははははははははっははっ、あはは。ケンジ君、その顔。おもしろすぎっすよ~、ふははっ」
隣では、マールが笑い転げる。伸びきった唇の少年は、それを横目で睨み付けるが、猫娘にはいっっさい威圧感を与えていないようだ。
「ぷぷぷっ」
バカ熊にまで笑われる。バカにバカにされるのだけは我慢ならん。
ケンジはゴウの顎めがけて蹴りを放つ……か、
「あんた、私の話、ちゃんと聞いてるの? 聞いてないんだったら……」
彼の動きを察知して機先を制する。その指先にはいっそう力が込められたようだ。
「ほ、ほしほんひいへるほ」
もちろん聞いてるよ。
「なんて言ってるのよ? 訳分かんないからもう、いい。そんなことより、あんた達、またつまんない失敗したみたいね」
ケンジの情けない様子に薄ら笑いを浮かべていた表情は怒色に一変した。小さな少女の背後に禍々しい怒りのオーラが立ち上るのが見えるようだった。
その場の誰もが、うっ、と息を呑んだ。騒がしかったマールでさえ鶏が絞められたように瞬時に静かになる。怯えているのだ。そしてなぜか、博士もびびっていた。
「あんたらのお陰で、私が学校でどれだけ恥をかいたか、思い知ってもらうわ。あんたらの失敗は私の顔に泥を塗るのよ」
彼女はスカートのポケットから銀色に輝く小さな玉を取り出した。
「そ、それはっ止めよう。お嬢、『積み木を盗んだ人は憎まず』だぞ」
『罪を憎んで人を憎まず』だな。泰然としていた大男の顔色が変わる。恐怖に青ざめているのだ。
「いやいやいや~、楽しくな~いっ」
「覚悟はいい?」
「ほんひか。かんかへなおへ」
本気か、考え直せ、と言っている。というか、まだ捕まれてたのかケンジの口は。
「待て、僕は悪くない、悪のは……」
「駄目。許さない」
リコの弁解は中断し、四つの悲鳴がそれにとって変わることになった。
電光。
輪っかから放たれたそれは、各々が身につけた黒い輪っかに反応し、彼等を撃つ。
「フン、お馬鹿なんだから」
あとには、黒い煙を燻らせる四つの塊が転がっていた。
「え~、大丈夫か、お前ら」
彼達には博士の心配そうな言葉も届かないのだった。