3
腕が工業用の巨大なバネになった男が行く手を阻んでいる。
その背後にも多種多様な出で立ちの異形の怪人が戦闘態勢をとっていた。
「ざっと、十。大丈夫、なんとかなるっ」
怪物の主戦力は前線に出払っている。それでも、後詰めは残してあるようで、遭遇した敵部隊はこれで三つ目だ。逃げたり隠れたりでなんとか、ここまで戦わずにやってこれたが、ここは避けて通れない。昨日の朝、抜け出した穴はこの先にあるのだ。
ケンジの変わりにレイジが戦力としているが、彼に比べると幾分見劣りがする。優秀な戦闘アンドロイドではあるが、こと戦闘のみに関しては、ケンジには及ばないだろう。
マールは、先の発言とともに、走り出し、先頭に待ちかまえるバネ男に躍りかかる。手には愛用のトンファー。
鋭い打撃を繰り出すそれを、金属バネで受け流す怪人。
腕を伸ばし、彼女の得物を絡め取ろうとする。
うっかり、突き出していれば、奪い取られていただろうその攻撃を、横に大降りしてはじき飛ばす。
「やるねっ」
敵本拠地のお膝元。さすがに簡単な相手ではなさそうだ。
道はビルとビルに挟まれて隘路になっていたので、一度に多方から攻撃される心配はなかったが、消耗戦となれば、数で劣るこちらが不利だ。それに相手はこれだけとは限らない。
『樹』内部にどれほどの戦力が残っているかわからないのだ。体力は温存しておきたいところだ。
そう、状況分析したリコは、一気に方をつける手を模索していた。
彼女の目に留まったのは、ガソリンスタンド。数ヶ月前から使われていないであろうそれは、根の侵食によって柱が崩され、屋根は傾き、崩れ落ちていた。
「レイジ隊長、あそこから敵の足下にガソリンを流してこれないかな?」
前衛では、ゴウとリコが敵の前衛と戦闘を繰り広げているが、例のガソリンスタンドは、そのまた向こう。敵集団の後ろに位置している。左右は廃ビルが塞いでいて、直線でそこまで向かうには、敵の間を割って進まねばならない。
「下手に迂回すると、迷子になるかもれない。危険だね、実際」
彼女の意図を察したレイジは、慎重な意見を述べた。彼の言うとおり、建物を回り込んでも、根っこや倒壊した建物が邪魔して通れなかったり、下手をすると、別の敵に見つかることもありうる。
「隊長、行ってくるよ。ガソリンが回ったら、奴等の足下に火をつけて」
「行くって、どうやって?」
その疑問には行動で答えた。左右を塞ぐビル、比較的、根に侵されていない右側のそれに向かい、残っていた窓ガラスを割って中に入る。
無茶を考えたものだ。ビルを抜けたところで気づかれれば、一対多で戦わなければならないのだ。
ゴウは二体の怪物を倒していたが、軽い怪我を負ったようだ。マールはまだ、バネ男に苦戦している。
今、レイジに出来ることはなかった。ただ、リコの安全を祈るだけだ。
「うおおおおぉ」
ゴウの雄叫び、三体目には手こずっているようだ。
気持ちが焦る。手にジワリと汗を感じる。手にした片刃の剣が振るえていることがわかる。いや、剣じゃなく、震えているのは手。今更ながらに、この状況の危うさに恐怖を感じているのだ。それと同時に何も出来ない自分に歯がゆさを覚える。
これまで、自分は、なんと型にはまって生きていたのだろう。その型の中で、うまく立ち振る舞い。周りから評価を受けてきた。いつでも安全な位置で得意になっていたのだ。
いざ、こういった危機的場面に出くわすと、何も出来ない自分がいた。
それに比べて、彼等の勇敢さはなんだろう。
レイジが情けない気持ちに浸っていると、リコの姿を見つけた。ビルを抜けて向こう側に出たようだ。あまり遮蔽物のない公園沿いの道をソロリソロリと歩いている。
怪物共は戦闘に気をとられていて、そちらを気にかける者はいない。
無事にガソリンスタンドに到着。給油機に取り付いて、細工をしている。
操作を間違えたのだろう、ノズルの先から少しだけ液体が吐き出され、地面に滲む。彼女はそれに驚いて、さらに足下のガソリンに滑り、転んでしまった。
そう、大きな音ではなかったが、怪物の中の一体が後ろを振り返ろうとする。
ああ、もう、見ていられない。あのドジッコ眼鏡。と、彼女に気のあるレイジには、その間抜けに転んだ姿さえ愛しいと思えた。
そして、彼は裸になった。
素っ裸。そして、ダンス。裸で剣を振りかざし、あろうことか、大声で歌って踊り出してしまった。
これには、敵も味方も唖然、しばし、戦いの手を休め、その変質者に見入ってしまった。
「あっはははっはは、レイジ君、どうしたのー、さいっこーっ」
「最高だって? ま、まてっ、俺の方が脱いだらすごいんだぞっ」
怪物も目を点にして、彼の奇行を眺めている。
「リコ君、僕は、君が、だいっすきだーっ、実際」
――僕は何をしているんだろう。
全裸で愛の告白だろう。感極まった彼は、つい、勢いで予定に無いことまでしてしまったのだ。
「おお~、衝撃的ですな~。すぅってき~」
マールはヤンヤヤンヤと嬉しそうに拍手で彼の暴挙を応援している。
「俺もマールちゃんが、大好きだ~」
急いで脱いだが、慌てて足を引っかけたゴウが、ズボンを脱ぎかけたままの情けない姿で地面に転がって愛を叫ぶ。二番煎じなうえに、間が悪い。もちろんマールからの返事は割愛された。
あのプライドの塊のような少年は、今、文字通り、全てをさらけ出していた。
彼は頭がどうかしてしまったのではない。告白したかったわけでもない。いや、告白はしたかったが、こんな状況でしたいとは思わなかった。
リコの為に敵の気を反らせたかっただけだ。その想いは報われ。リコに振り向き掛けた怪物はまんまとレイジを注視していた。もう一つの想いが報われるかは、今はなんともいえない。
リコの作業は完了し、ガソリンは放出された。
時を待たずに、それは、怪物共の足下を濡らす。さすがに、彼等もそれに気づいたが、時すでに遅し。
レイジは剣と共に握っていたライターに火を点け、それを投げる。
綺麗な放物線を描いたそれは、広がる液体に引火し、化け物共を一瞬で火だるまへと変えてゆく。
火は、地を走り、ガソリンスタンドに到達。瞬間、巨大な爆発が巻き起こった。傾いていた屋根は吹き飛び、給油機は数メートルも空を遊泳した。
爆発の衝撃派は、焼かれて悶える怪物をなぎ倒す。
熱波で揺らぐ視界の中、リコの無事な姿に安堵する裸少年レイジだった。
「リコ君、おめでとう。君の作戦は大成功だったね。彼等だけでは到底この難局を乗り切れなかった。やはり君は最高だよ、実際」
何も身につけていない事を忘れて、想い人に駆け寄っていた。
彼の接近に、顔をそむけるマール。
「どうしたんだい、怪我でもしたのかい?」
「服を、着ろ~っ」
リコの前でブラブラさせながら詰め寄るレイジに後ろからマールがドロップキックをかます。
可愛そうな少年は、そのまま伸びてしまった。
まだ、自分が昨日とは別人のように変わったことに自覚はないようだ。




